第50話 生徒会
「どうして認められないのっ!?」
端末画面を見ながら大宮さんが怒りを表す声を上げる。
事の発端は、赤城君がDクラスとの決闘で負け、Eクラスの先輩方の作った部活に入るなと半ば脅されたことが始まりだ。ならばと大宮さんがクラスメイト皆で参加できる部活を作ろうと生徒会へ申請したのだが――
画面には『却下する』の一言が掛かれた通知のみ。
部活を作るには10人以上の構成員と、責任者となる専任の教職員が必要。構成員となる人数は入りたいというEクラスの生徒が10人以上いることは確認済みだし、教職員は担任の村井先生に頼んで許可も貰っており、最低限の条件は満たしている。
あとは生徒会の承認さえあればすぐに部活設立と運営に移れると考えていたところに、生徒会から無慈悲な却下の通知。そのせいで大宮さんは何が理由でダメだったのかと憤慨しておられるのだ。
「生徒会に文句いってくるっ!」
「サツキ、ちょっと待って」
勢いよく教室から飛び出そうとした大宮さんの腕を捕まえて、なんとか落ち着かせようとする新田さん。少々熱くなっているので時間を置いて冷ましたほうがいいのは賛成だ。生徒会は伏魔殿そのもの。Eクラスの生徒が不用意に近づくのは止めておいたほうが賢明だろう。
ここは実力主義の冒険者学校。個人でも注目されている生徒はいるものの、実質的にこの学校を支配し発言力を有しているのは派閥だ。発言力や立場を求めるなら力のある派閥に属する必要がある。
力のある派閥は3年Aクラスの生徒を中心に、いくつか存在している。
剣術部主将や魔術部主将を筆頭とした部活系列の派閥が幅を利かしているのは当然として、最大派閥は何と言っても生徒会だ。各学年の首席と次席、高位の爵位持ちが生徒会メンバーに揃い踏み、普通の学校では考えられないほどの莫大な予算を管理する権限を持ち、全ての部活動や学校イベント、教職員やOBにまで大きな発言力を有する。
生徒会とはいわば冒険者学校の中枢。勉強もダンジョンダイブもできるエリートの、さらに上澄みのみが在籍できる名誉ある組織なのだ。それ故に爵位と金をちらつかせて不正に入ろうとする不届き者も後を絶たない。
では生徒会に在籍している生徒は“まとも”かというとそうでもない。当然のように頭でっかちで自己顕示欲が高く、プライドの塊のような生徒が多く占める。そんなところにEクラスの生徒が陳情に行ったところで相手にしてくれるとは思えない。ゲームでも主人公である赤城君やピンクちゃんと度々衝突し、決闘へ発展していたほどだ。
「理由くらい聞かないと納得できないよっ」
「生徒会室に行くにしてもサツキ一人だけじゃ心配だよ~。私も行くね」
感情的になっている状態で突撃するのは良い結果には繋がらない。ここは冷静な新田さんを連れていったほうが賢明だ。そんなことを思っていると「成海君も一緒に来てくれると心強いな~♪」と、にっこりウインクしてきた。
言われなくても二人にはボッチから救ってくれた大きな借りがある。行ってやろうじゃないの。ここは
「一緒に行ってくれるんだ……何かあったら私の後ろに隠れてね」
「えっ? ……あ、うん……」
俺が最弱というイメージが大宮さんの中で定着してしまっている模様。スライムに負けたことを知られたのはまずかったか。思わず項垂れそうになる。
でもめげないゾっ!
*・・*・・*・・*・・*・・*
隅々まで丁寧に磨かれている廊下を女子二人の後ろからソロリソロリとついていき、6階にある生徒会会議室の前までやって来た。
入り口の扉は大きく重厚な木製の両開き。何やら鳥獣の彫刻が細やかに入っている。この扉だけでサラリーマンの月給数か月分が飛ぶだろうな……
そんな扉の前で大宮さんは緊張を振り払うかのように一呼吸し、コンコンとノックする。数秒ほど後に中から「入れ」との声が響く。
重いかと思われた扉は予想以上にスムーズに動き、中に入るとクラシックなデザインの部屋が広がっていた。
テーブルや棚は材質を一目見ただけで高そうだと分かる一級品。全て輸入品だろう。床もピカピカに磨かれた大理石でできており、その上に
それらに負けず劣らずの高そうな革張りの肘掛け椅子の上に、眼鏡を掛けた男子生徒が一人で座っていた。高校生のくせにこんな部屋でそんな物を使ってやがるのかと、イッパンピーポーの俺はついつい憤慨してしまいそうになる。
その男子生徒の胸には金色の何かがキラリと光っていた。これは公家に列する伯爵位持ちの家系を示すバッチだ。それがなくても雰囲気や佇まいから上流階級だと分かる。品格というものは立場がそうさせるものなのだろうか。
「何用だ」
眉をひそめこちらの素性を伺っている。アポなしで突然来た訳だし訝るのも仕方がないとも言えるが。
「大宮と申します。部活創設に関して話を聞きに来ました」
「……お前たちは1年の……Eクラスか」
男子生徒は胸の記章、女子生徒はスカーフに色が付いているので、学年がすぐに分かるようになっている。俺達は赤の記章とスカーフなので1年生、目の前の生徒会員は色が緑の記章を付けているので3年生。ちなみに今日の昼間に俺を呼び出したキララちゃんは青のスカーフをしていたので2年生だ。
そして俺達がEクラスかどうかすぐに分かったのは胸に冒険者階級バッチを付けていないからだ。
何年もダンジョンダイブをしていれば、冒険者ギルドが発注するクエストを何度も遂行したり昇級試験を受けて冒険者ランクを上げる機会がある。7級以上に上げれば対応する色のバッチが貰えるわけだが、Eクラスはダンジョンに潜れるようになってからまだ間もないため、一部を除き9級のまま。それに対し、Dクラス以上の生徒はほとんどが7級になっているため、胸元に冒険者階級バッチを付けている。
冒険者階級バッチを付けろなんて校則はないので付けなくてもいいのだが、校内のヒエラルキーにも関わってくるため生徒は全員付けるようにしている。なのでこの時期なら一年Eクラスの生徒はバッチの有無を見ればすぐに分かるのだ。
俺はといえば昇級試験を受けたが合格ならず現在も9級のまま。あのクソ試験官許すまじ。
「帰れ」
「帰りませんっ。どうして申請を却下されたのか理由を聞かせてくださいっ」
「立場を弁えないゴミ共が毎年毎年現れるものだな……」
何か薄汚れたモノを見るような目つきで俺達に吐き捨てる。こちらとて文句の1つくらい言いたいところではあるものの、相手は爵位持ちなので何が起こるか分からない。物言いにも注意を払っておくべきだろう。
「お前たち。ここがどこか分かっているのか?」
入り口にデカデカと「生徒会」と書かれたルームプレートが掲げられていたので間違うわけがない。そんなことを聞いているのではないことは分かっているが、見下された目つきをされちゃうとついつい反骨精神が湧き出てしまうじゃないか。
「私は忙しい。もう来るな」
大宮さんが何か言いかけるも取り付く島がなく、こちらに興味を失ったかのように男子生徒は目の前の書類に目を落とし作業に没頭してしまった。こちらを振り向かせたとして今の時点では会話が成立するとは思えないので、ひとまず外に出て状況確認をしておこう。
「もうっ、どうして生徒会なのに話を聞いてくれないのっ」
「出直したほうがいいのかしら~」
「今はあの3年の先輩に何を言っても無駄っぽいね……」
生徒会に話を通すにしても誰かの紹介が必要だろう。だが出来損ないのレッテルを張られたEクラスが生徒会に伝手のありそうな人物と接触し、橋渡しを頼むことは困難を極める。前途多難だ。
途方に暮れながら言葉少なにとぼとぼと教室へ引き返す。
窓の外から部活をやっている生徒達の掛け声が聞こえてくる。訓練に励んでいるのは主にDクラス以上の内部生ばかり。たとえEクラスの生徒があの場にいたとしても裏仕事や雑用に駆り出され、まともに練習に参加させてもらっていないだろう。
Eクラスの先輩方が作った部活も今頃どこかで練習しているとは思うが、マジックフィールド内の立地の良い場所は使わせて貰えないはず。冒険者大学を目指し希望に満ち溢れて入学してきたEクラスの生徒は厳しい現実と向き合わなくてはならない。
1年Eクラスの教室へ戻って腹減ったなとか考えながら帰る準備をしていると、二人はダンジョンダイブの話をしているようだ。
「私達ね、明日ダンジョンに潜ろうと思うんだけど……成海君もどうかなっ」
「ふふっ。女の子から誘ってるんだから断らないよね~?」
こういう時は憂さ晴らしにダンジョンで暴れようと言ってくる大宮さん。多少の事でへこたれてはいられないと元気に笑う。
明日はオババの店を物色して金策しようかと考えていたのだけど、彼女達と交流を深めるのも悪くない。ダンジョンでなら大宮さんの力になれるかもしれないし、新田さんとも色々と話をしてみたいしね。
参加の意思を示すと今から工房にレンタル武器を見に行こうと誘われる。そういえば工房に預けていた鉱石がどうなったか見に行かなくては。そう伝えると、大宮さんは興味があるようで一緒に行っていいかと訊ねてきた。
預けてあるのはミスリル鉱石なのでできれば見せたくはなかったが……まぁ言い訳はつくし、いいか。
楽し気に揺れるおさげ髪とその隣でコロコロと笑う笑顔を見ながら俺も荷物をまとめ、後ろからついていくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。