第52話 早瀬カヲル ⑤

 ―― 早瀬カヲル視点 ――



「来たぞッ!」

「回復準備OK! 行けます!」


 私が前に出て、その後ろにナオトとサクラコが杖を構える。

 

 ここはダンジョン6階。ワーグという名の魔狼を狩るためのキャンプ地だ。


 遠くから魔狼を連れたユウマが全速力でこちらに向かって走り込んでくる。魔狼の走る速度は予想以上に速く、遠くから弓で遠隔攻撃して釣る(※1)ようにしないとすぐに追いつかれてしまう。

 

 魔狼は《ハウリング》で近くにいる魔狼を呼び寄せるスキルを持っているため、連れてくる最中も周りに他の魔狼がいないか細心の注意を払う必要がある。今の私達では2匹の魔狼と戦うのはリスクがあるからだ。

 

 そんな危険が伴う魔狼の釣りもユウマだから安心して任せられる。現時点での彼は背中に弓を背負って片手剣、盾を持ち、釣りにタンク、アタッカーまで幅広いロールをしてもらっている。それら全てをハイレベルで熟せていることから、ユウマの才能が如何に凄まじいかを物語っている。

 

「グルルゥゥ! グァウッ!」


 本能のまま牙をむき出しにして追いかけてくる魔狼。体長2m、体重も優に100kgを超えるほどの巨体にもかかわらず、足音をほとんど立てずに飛びかかってくるのが恐ろしい。

 

 安全なキャンプ地に到達したユウマは、背後から迫ってくる魔狼の攻撃を一度盾で受けて時間を稼ぐ。時速50kmは超えているであろう巨体を受け流すだけでも相当な技術と膂力が必要となるが、ユウマならば問題ない。それと同時に私が挟み込むように魔狼の背後を、少し離れたところでナオトが魔法を撃つようなフォーメーションを取る。サクラコは基本的には戦闘に介入せずサポートがメイン。彼女には回復という一番重要なロールがあるため、万が一を考えてやや距離を取っている。


 あれだけ興奮して周りが見えていなかった魔狼だが、狩場に誘い込まれたと分かると私達全員の動きを横目で見ながら低く唸り、隙を見せないようにしている。そんな膠着しがちな状況にナオトが《ファイアーアロー》を撃ち込み、均衡を崩す。


「陽動を頼む、私も“スキル”を発動する」


 基本ジョブである【ファイター】に就いたことで基礎能力も大きく向上し、私もやっとウェポンスキルも放つことができるようになったのだ。

 

 後衛にターゲットが行かないようユウマが盾で身を守りながら細かい攻撃で上手く魔狼のヘイトを稼ぐ。そして私への注意が減った瞬間を狙って《スラッシュ》を発動させる。

 

 全身の筋肉にスイッチが入り、体が自動的にスキルモーションへ移行。常人の動きを超えて達人の域まで達するその斬撃には恐るべき力が秘められている。魔狼の分厚い毛皮もこのスキルならば易々と斬り裂くことが可能だ。

 

 背後から、しかも隙を突いて《スラッシュ》を放ったにもかかわらず、既(すんで)の所で身を捻って致命傷を回避する魔狼。これだから6階のモンスターは侮れない。それでも脇腹から後ろ足にかけて一閃が決まった。傷を負った魔狼は上手く動けず距離を離そうと後ろへ引こうとするが、すぐに距離を詰めたユウマが剣を、ナオトが後方から短剣を突き刺し、これがトドメなったのか魔狼は一度甲高い声で鳴くと魔石と化した。

 

「これで10匹目。いいペースだけど、ここらで休憩したほうがいいだろう」

「“オレ”はまだいけるよ」

「いやここは一度休んだほうがいい。この階からは万全を尽くして臨むべきだ」


 今日は土曜日なので朝早くから四人でダンジョンに入り、既に10匹もの魔狼を狩っている。私が休憩を提案すると、ギラついた目をしたユウマがまだいけると続行を申し出る。しかしそれは気負い過ぎだ、流石に休んだほうがいいとナオトが止めに入る。

 

 先ほどの魔狼戦も戦闘時間は1分少々でしかないが、そんな短い時間と言えど命を賭けた死闘というのは大きく精神力を削るもの。それに1つの戦闘に1回しかスキルを発動していないとはいえ、再使用のためのクールタイムや減ったMPの回復を考えれば余裕を持たせた方がいいだろう。

 

「少し早いですがお昼ごはんにしませんか? 今日は美味しいお肉とお野菜をたっぷり挟んだサンドイッチを作ってきました」

「私もお腹が減った。サクラコのお弁当は本当に美味しいからな。楽しみだ」

「では僕とユウマがセッティングしよう。ユウマ、皿を並べてくれ」

「こちらの魔法容器に入ったスープもありますので。取り分けて頂けますか」




 四人で座ってランチタイム。このキャンプ地はモンスターがポップしない安全な場所なので、誰かがモンスターを連れ込まない限りゆっくりと腰を落ち着けていられる。他の冒険者もくることはあるが、1つのパーティーが狩るだけの広さしかないので基本的に先に陣取ったほうに優先権が得られる。つまりは私達がここを独占しているのだ。

 

 サクラコが持ってきた大きなバスケットの中には色とりどりの具材が挟まったサンドイッチが所狭しと並んでいた。またもう1つのバッグには保温魔法が掛かった容器があり、中に入っていたのは野菜スープのようだ。ずっと煮込まれている状態になるので、さぞ柔らかく味が染みていることだろう。いい香りもしてくる。


「ふぅ。この味は落ち着く」

「沢山あるので遠慮しないでおかわりしてくださいね」


 素朴だけど多くの野菜が混ざり合い、味わい深いものになっている。サンドイッチの塩梅も疲れた体には心地良い。ついパクパクと食べてしまいそうになるが、できるだけゆっくりと食べることに注意を払わねばなるまい。私とて年頃の乙女なのだから。

 

 ふと周りの視線が気になり隣を見てみれば、何やら難しい顔をしたユウマがいた。刈谷に負けた後は空元気で取り繕っていたが、今はそれすらできないほど精神状態が悪化している。先日、第一剣術部へ行ったことが原因だろうか。


 昨日の剣戟の授業でも、ペアの男子生徒を怖がらせてしまっていた。あれではまともに練習にならなくなるというのに。


 ナオトもユウマの表情を見て思うことがあったようだ。


「僕達は共に苦難を乗り越える仲間だ。だからユウマ、この場ではそんなに気負うことはない」

「……」


 何があったのか。悩んでいることがあるなら相談してくれ。このEクラスの窮境を打開したいというのは僕やカヲル、サクラコも同じ。一人で抱えることはないのだとナオトが優しく語り掛ける。もちろん私だって力になりたいし、サクラコも大きく頷いて賛同している。


 観念したのか一度大きく息を吐き、トボトボと伏し目がちで今までのことを話し始める。刈谷に負けてからの心境。そして第一剣術部で起こったことだ。

 

 話を聞くと刈谷に負けたこと自体はそこまでダメージはなかったそうだ。派手にやられたとはいえ上には上がいることは知っていたし、自分が未熟であることも分かっていた。ただEクラスの皆を窮地に陥れてしまったのは心苦しかったという。

 

 第一剣術部の出来事については……ショッキングなことだった。

 

 どうしても入りたいというなら一番弱い部員と1:1で戦って勝ってみろと見世物にさせられ、一方的に負けて叩き出されたそうな。しかも相手は一歩も動かず右腕しか使わないという屈辱的なハンデを背負ってもらった上で。

 

 その際に部員全員から自分を、そしてEクラスについても罵倒されたという。最強になるという彼のプライドは踏みにじられ、それ以降すっかり余裕が無くなってしまったと目尻に涙を浮かべて落ち込むユウマ。

 

 項垂れながら帰る途中、第四剣術部の人達に声を掛けられ勧誘を受けた。答えは保留している。そこに入るにも負けた気分になってしまっていて、どうしたらいいか分からないとのことだ。

 

 悲痛な報告に私達は何も言えなくなる。

 

 同情したい気持ちはあるものの、それは私にも起こりえたこと。同じ立場の者が憐れむ資格などないし、そんな状況でもない。私達ができることは共に立ち向かっていくことだけなのだから。

 

「第四剣術部……部活動勧誘式の壇上で話していた袴姿の方が部長だったか」

「あぁ。声を掛けてくれたときは副部長もいた」

 

 Eクラスにとって忌まわしき部活動勧誘式。その壇上にいた袴の先輩も上位クラスと戦っている一人だ。彼女の言葉には覚悟というか気迫のようなものを感じた。

 

「第四剣術部の人達ともう一度会ってみないか?」

「お話を聞いてみるのもいいかもしれませんね」

「ふむ。その部に入るかはともかく、第四剣術部には参考になるものがあるかもしれないな」


 第四剣術部がどういった活動をして鍛錬を行っているのか、私が会ってみたいと提案すると、サクラコもすぐに同意してくれた。ナオトはEクラスの今後の活動方針を決める上で参考になるかもと考え込む。確かに私達と同じように、いや、それ以上に苦労し足掻いてきた先人達の経験が参考にならないはずがない。


「今年は恐らく上位クラスに行くことは無理だろう。だがやれることは全てやっていく。着実に地力をつけて強くなるための何に対しても努力は惜しまないつもりだ」

「はい。まずはクラス対抗戦ですよねっ」

「来月にある試験か……」


 クラス対抗戦。Eクラスが初めて他のクラスと競う試験だ。さりとて冒険者学校に入ってすぐの私達が上位クラスとまともに戦うことができるのかといえば、無理だと言える。

 

 本格的なダンジョンダイブをやった今だからこそ分かることだが、5階以降は一筋縄でいかないモンスターばかりで、戦闘毎が綱渡りをしているかのように命がけ。怪我も増えてくる上に次のレベルまでの必要経験値量も相まって、ここから先の成長は牛歩のようになることが予測できる。

 

 それにもかかわらず、上位クラス――Dクラスですら、全員がこの6階よりも下の階層で狩りができている。私達Eクラスがそのレベルに達するにはとにかく時間が必要だ。

 

 果たして後1年でDクラス、またその上のCクラスと互角に渡り合っていけるのか。自信はないけどもやるしかない。

 

「Eクラスの戦力を上げる方法として部活を作ることも考えたが、大宮と生徒会の話を聞いてから考えようと思う。……まぁ仮にその話し合いが上手くいって設立許可を貰えたとしても、手続きで1ヶ月くらいはかかるだろうが」


 大宮さんは今、生徒会と掛け合って部活設立の交渉をしているらしい。貴族様が多く在籍する生徒会が私達Eクラスの話を聞いてくれるのかどうか、正直なところ望みは薄い。

 

 それに許可が貰えたとしても予算や顧問の予定の関係上、1ヶ月ほどかかるという。クラス対抗戦はもう半月後に迫っている。部活の活用は間に合わない。

 

「そこでだ……独自にレベル上げに苦しんでいるクラスメイト達を集めて、剣術、魔術の手助けをする練習会を開くつもりだ」

 

 レベルを思うように上げられていないレベル3以下のクラスメイトに、休日や放課後を使って練習をやろうと昨晩に誘いのメールを投げたそうだ。今後、参加希望者が増えたらその都度拡大していくとのこと。そしてもしよければ手伝ってくれないかと頭を下げてきた。

 

「剣道経験はあるので剣術は私が指導できるだろう。魔術は逆に教えて貰いたいが」

「弓術ならオレも少しは勉強した。まぁ教えられるほどではないかもだけど」

「回復魔法ならっ、あの、お手伝いできると思います」


 ナオトのクラスメイトを思う気持ちについ嬉しくなってしまう。私も、そしてユウマとサクラコも力になりたいと即答する。


 クラス昇格は個別の生徒ごとに判定されるが、クラス対抗戦のように集団で成績を付与される試験も多数ある。少しでも上位クラスに食らいつくためには共に協力していくことは当然のことだし、クラスメイトの戦力の底上げにも力を入れたいところだ。


「戦力の底上げといえば、磨島君も独自に動いていましたね。何人かのクラスメイトと一緒にダンジョンダイブの指導をやっているみたいでした」

「磨島大翔(まじまひろと)か。彼の剣術も相当にハイレベルだったな。カヲルと同じく剣道経験者なのかもしれない」


 自己紹介のときに士族の家系で【侍】になると豪語していた男子生徒だったのを覚えている。サクラコも磨島君に誘われたけど、私達と行くことになっていたので断ったそうだ。彼も部活動勧誘式で相当堪えたと思うが、早々に立ち直り頑張ろうとしている姿には好感が持てる。

 

「そういえば……あの噂は聞きましたか」

「どんなのだ?」

「あの成海君が2年の楠さんから呼び出しを受けたとか」

「楠? ……まさか八龍のくすのき雲母きららか?」


 八龍とは、この学校を実質的に動かしている8つの大きな派閥のことを指す。先ほど話題に上がった第一剣術部や、生徒会もその八龍の1つ。楠という人物は八龍の1つである“シーフ研究部”の次期部長に内定している冒険者学校の超大物だとか。

 

 いつもは多くの取り巻きを連れ立って歩いているような人物だというのに、一人でEクラスまで来て颯太を呼び出したらしい。

 

「ちなみに成海と楠雲母は以前から付き合いが?」

「いや知らない。私も颯太も普通の平民だ。その先輩は貴族様なのだろう? この学校に入る以前に接点があったとは思えない」


 平民と貴族様は生きる世界がまるで違う。にもかかわらず接点があるこの冒険者学校は非常に特異な場所とも言える。


「何かあるなら取り巻きを使って呼び出せばいいのに、直接本人が来たというのが気になる。もしよければ……成海から聞き出せないか? これは使えるかもしれない」

「それはいいけど期待しないで待っていてくれ」


 颯太と楠雲母に繋がりがあるのなら部活創設や生徒会とのやり取りに使えるかもしれないとのことだが、あの颯太がそんな大物と関係があるとは考えにくい。Eクラスまで来たのは偶々で、用事とやらも些事に過ぎないだろう。

 

 ――ところで颯太と言えば。

 

 昨日初めてみたときは驚いた。ちょっと前まで節操なく食べ続けブクブクと太っていたというのに、昔の面影を思い出すほど減量に成功していた。颯太に“初恋した”という封印されし記憶を思い出し、心臓が締め付けられるような思いをしてしまった。

 

 だが今はそんな感情は全くない……はずだ。余りのことで驚いてしまっただけ。

 

 それでもあれほどのダイエットは尋常ではない。颯太を横目で観察してみたが単に痩せただけではなく、上半身にも驚くくらい筋肉が付いていた。外から見える前腕や首回りが盛り上がっていたほどに。何か特別な訓練をしているのだろうか。

 

 ここのところ私に対するいやらしい目つきは鳴りを潜め、所かまわず寄ってくることもなくなった。この短期間に颯太は大きく変わっていることは間違いない。しかし端末のデータベースを見てもレベル3のままだ。

 

 楠雲母との関係を含め、それとなく通学の時に聞いてみるとしよう。






(※1)釣る

モンスターに対し、遠隔攻撃またはスキルを使ってヘイトを与え、おびき寄せること。パーティーでの狩りは基本的に他のモンスターに割り込まれない安全地帯で戦うので遠くからモンスターを”釣る”という行為は必須となってくる。

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