第49話 三人目のプレイヤー

 僅か2mほどの距離で剣を向け合う俺と新田さん。ゲームの時ならば密着といっていいほどの距離。刹那の間に無数の斬撃とウェポンスキルが飛び交っていたことだろう。


 そのような緊張感は欠片もなく、風になびくような声でえげつない質問をしてくる。


「こちらではPKをやるつもりはないの?」

「……やるわけないだろう。現実となった世界でそんなことできると思うのか?」

「じゃあ~私がこちらの世界の“災悪”になろうかしら……」


 目の前の少女は何を言っているんだ。つい呆然としてしまうが今は授業中。話してばかりいるのもまずいので適当に剣を合わせながら小声で会話することにする。向かい合っている新田さんが本気で打ち込んでこないのは分かっているが、どうしても身構えてしまう。


「もう冗談だってば~。こちらの世界ってダンエクと色々違うでしょ? 常識だとか、人の命の重みだとか。だから成海君と意見交換したいなって」


 確かに普通にこの学校に通い生活していると元の世界のような感覚に陥ってしまうことがある。しかし、この世界ではPKやMPK紛いの事が頻繁に起きるし、攻略クランは平気で殺し合う。爵位持ちが平民に酷い仕打ちをしても法では裁かれないことなど珍しくもない。

 

 そんな理不尽を見て「平等にしろ、差別を無くせ!」「人権を、秩序を守らない奴を懲らしめろ!」なんて思ってしまうのは仕方のないことではある。こちらの世界に来たからといって元の世界の倫理感や常識を脱ぎ捨てるのは簡単ではないのだから。

 

 それでも俺達がトラブルを避けて生き抜いていくにはこちらの情報を集めて上手く適応していかなくてはならない。命の価値だとか法や秩序の差異に注意を払うことを忘れてはならないのだ。

 

 新田さんはそれを相談したいと言っているのだろうが――


「と、言われてもな。そもそも俺とお前はダンエクでもほとんど話したことがない。それどころか敵同士だった。意見交換するにも信頼関係の構築が先じゃないのか」

「えっ。もしかして口説いてるの?」

「……」


 両頬に手を当てて恥ずかしそうな“フリ”をしているけど、ゲームでは目が合ったら即殺し合いになっていただけに違和感が凄まじい。


 新田さんは外を歩いていたら目を引くほどの美人だし、正体を知らなければ柔和な笑顔にコロッといっていた可能性は……残念ながら非常に高い。だが正体が分かってしまった今、特にときめくものはない。むしろ引くまである。


 とはいえ俺も確認したい事は多々ある。そも、数えきれないほどのPK活動により殺戮と略奪を繰り返し悪行を積み重ねてきた俺が、正義の執行者である新田さんの人格をどうこう言うのもおかしな話かもしれない。忌避されるとするなら俺の方なのだから。


「今分かっているプレイヤーは俺とお前だけか」

「“お前”なんて言うのやめてよ~。リ・サって呼んで♪」


 妙にくねくねしながら違和感をまき散らす。どうしてそんな親し気に俺に話しかけられるのか気になるがまぁいい。


「とりあえず《簡易鑑定》するがいいか?」

「いいけど~。無視しないでほしいかな~」




<名前> 新田利沙(ニッタリサ)

<ジョブ> ニュービー

<強さ> 相手にならないほど弱い

<所持スキル数> 2




 これが《簡易鑑定》の結果なのだけれど《フェイク》により改変されているのか判別がつかない。そこらの冒険者ならともかく、偽装を行っている可能性が高いプレイヤーや諜報員に使うには信頼性が著しく低くなってしまう。


「ちなみに《フェイク》は使ってる?」

「ソロでこっそり潜っているんだけどね~。まだレベル5よ」

「……レベル5?」


 ならばオババの店には未到達か。レベル5でも行くことは可能だろうが、命を懸けてまで行くほどでもない。一応10階まで行ったかどうか聞いてみても、やはり一度も行ってないとのこと。自らプレイヤーだとバラしているのに嘘をつく理由もなく、信用してもいいだろう。

 

 だが、レベル5というのはゲーム知識があるプレイヤーとして些かスローペースな気がする。他にプレイヤーがいる可能性が高い状況下というのにだ。何か理由があるのだろうか……例えば俺のようなデバフ付き初期スキルを持っていたり――


 そんなことを考えていると、中段の構えから急にフェイントを交えて居合いを放ってきた。彼女が使っているのは刀を想定した剣道由来の剣術ではなく、ロングソードを想定した西洋剣術。間合いが広い癖に打ち合いから体術も使ってくるため、格闘戦に持ち込まれないよう距離を離しておく。


「おっと。急に仕掛けてくるなよ」

「ふふっ。やっぱりこれくらいは躱してくるのね。でも真面目にやっていないと思われると指導が飛んでくるわ」


 周りを見てみれば、やる気のないと判断されたペアがインストラクターに怒られていた。少し打ち合いをしておくか。


 数発打ち合いながら、俺の方からも情報を流しておく。オババの店はこの世界では知られていないこと。それなのに最近訪れた人物がいて「誰が来たか」と店主のフルフルに聞いてきたことなど。


「フルフルがそう言ってたの~? でも私ではないわよ」


 10階にいた人物が新田さんでないならば、そいつは三人目のプレイヤーということになる。そしてプレイヤーならばEクラスに所属し、今もこの剣戟の授業を受けていると思うが……


 クラスメイトが戦っている姿を横目でこっそり見渡し、プレイヤーに該当する者がいるかどうか探してみる。こんな剣戟の授業ごときで本気は出さないだろうけども。


 見たことがあるような人物がいないか打ち合いながらちらちらと見ていると、闘技場の端っこの方ではダンエクの主人公、赤城君がパートナーの剣を吹き飛ばしていた。無事、闇落ちしたようだ……目が据わっている。


 ゲームでの赤城君はAクラスばかりの第一剣術部に入部しようとし、Eクラスだからと門前払いを喰らう。何度も入部しようとするが殴り飛ばされその後に闇落ち。サブヒロインでもあるギュー先輩、もとい松坂柚奈ゆな先輩の作った第四剣術部に拾われ入部することになるという流れのイベントがあったのだが、この世界の赤城君も順調にそれをなぞっているようだ。


 威圧にも似た気迫を放つ赤城君に、打ち込まれた男子生徒が震え怖がっている。ああなってしまっては暫く放っておく他ないだろう。名前も知らん君、すまんな。


 同じく端っこ付近にいるカヲルは三条さんとペアを組んでいる。見た感じレベル5くらいの速度で動いているが、まだまだ二人とも余裕がありそうだ。三条さんもBLモードの主人公なだけあって潜在能力は凄まじく、これからが面白く……そしてゲーム通りに進むなら面倒事が起きるだろう。彼女にも厄介なイベントが多数用意されているからだ。

 

 国や組織に目を付けられ、周りを巻き込んだ戦闘イベントなんて起こされては堪らないので、赤城君か他のプレイヤーがその辺りの情報・イベントをコントロールしてくれることを願いたい。最悪、俺か新田さんが何とかしなければならなくなるだろうが。


 その他に気になると言えば、アメリカの情報収集部隊の諜報員としてこの学校に入り込んでいる久我さん。既にレベル20を超えていて、いくつもの隠密・諜報スキルを持っている。基本的に彼女の正体を暴かなければ無害だが、《フェイク》による偽装も彼女の持つ鑑定スキルに突破されてしまうため、できるだけ距離を置いたほうが良いだろう。


 そんな久我さんにせっせと打ち込みをしている大宮さん。おさげが可愛く揺れ動いている。久我さんの本来のパートナーは髪の長い大人しそうな女子らしいが。


「久我さんは元々、相部屋の子とペアを組んでいたんだけどね。まだレベル3だったかな~。私もちょっと探り入れてみたけどプレイヤーではなさそうよ」


 戦っているところを見て、ダンエクをやり込んでいる動きには思えなかったとのこと。剣にせよ棍にせよ、膨大なSTR膂力を頼りに武器を長時間扱っているプレイヤーは武器捌きに特徴が出てくる、というのが新田さんの持論。俺には見分けがつかないが、そういうものなのだろう。


 その他のクラスメイトは学校のデータベースに記載されている通り、ほとんどがレベル3、わずかにレベル4が混じっている程度か。この中からプレイヤーを探すとするなら俺よりも新田さんのほうが見つけられそうだ。


 ……それにしても、こちらの世界に来る切っ掛けとなったゲームイベントを一体何人のプレイヤーがクリアできたのだろうか。


 広範囲即死攻撃の絨毯爆撃。逃げる先にも即死トラップてんこ盛りという、ぶっ壊れバランスのイベントを何十人ものプレイヤーがクリアできたとは到底思えない。どんなに多く見積もっても数人。それくらいの鬼畜難易度だった。


 現在判明しているプレイヤーは俺と新田さん。オババの店に到達したプレイヤーを含め三人。最初は俺だけがクリアできたのだと思っていたので、三人もクリアしていて正直驚いている。


「しかしよくあの糞イベントをクリアできたな。俺はほぼ運だったが」


 偶々俺のいるところに即死攻撃が来なかった。偶々俺が進む道に即死トラップが無かった、もしくは前の人がトラップを踏んだおかげで生き残れた等々。イベントクリアできたのはそんな偶然の連続が起きただけで、実力どうこうの問題ではない。


 とはいえ、全てが運だったわけではない。防げる攻撃は防がなければならなかったし、ダンエクを長くやっていたからこその“勘”で生き残れた場面もあった。それらを鑑みて、実力が不足していては運があろうとクリアもまず不可能。


「団員に協力してもらってね~。いい人たちだったわ……」


 遠い目をしながら胸に手を当て自らの団員に弔辞を捧げている。何のことか聞いてみれば、団員が命を賭して即死攻撃や即死トラップから新田さんの身を守ったらしい。確かに多くの団員が命を顧みず協力すればクリアできるかもしれない。もしかして他にクリアした奴も集団でクリアしたのだろうか。


「大手攻略クランもいくつか参加してたかな~? でも誰かをクリアさせようと協力して動いているようには見えなかったわ」


 新田さんのクランは新田さんを中心に狂信的な組織を作り上げていたので、身を挺して守るように動くのは何となく理解ができる。一方で、最前線の攻略をしたりボス狩りで名を馳せた攻略クランは高い実力があることは間違いないが、我も欲も強いメンバーだらけ。誰かをクリアさせようと献身的に動くことはないだろう。


 ……まぁクリア基準に新田さんを参考にはしないほうがいいか。


「話したいことは色々あるけど、授業中では多くを語ることができないな」

「また後にでも話そっか~」


 剣戟の授業は新田さんと示し合わしてレベル3程度に見えるよう、無難にやることにした。

 

 でも、ちょいちょいフェイントをかましてくるのは止めてくれませんかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る