第48話 俺と彼女の仲

 食べかけだったパンを牛乳で急いで流し込み、急いで体操着に着替え、剣戟の授業の集合場所である闘技場3番へ早歩きで向かう。

 

 まったく。これから体を使う授業があるというのに、突然の呼び出しのせいでどっと疲れてしまったではないか。

 

 ……しかしながら、今日の剣戟の授業は初回ということもありそれほど激しい内容ではないだろうし、ゆるふわな新田さんとペアを組むというなら間違っても疲れ果てるなんてこともないはず。むしろキャッキャウフフしながらの練習になることは間違いなく、待ち遠しいまである。

 

 

 

 無意識にスキップになっていた足を諫めながら、分厚い外壁で作られた闘技場3番に到着。中は強烈な照明がたかれており眩しいほど白い。

 

 ここは4つある闘技場の中では3番目の大きさだというけれど、天井は高く、俺が元の世界で通っていた高校の体育館くらいの広さはある。当然全域がマジックフィールド内。床や壁も衝撃に強いタイルが貼られており肉体強化前提の訓練をすることが可能だ。


「まだペアを組んでいない生徒はいないか?」


 担任の村井先生が入ってくるなり名簿を見ながら確認してくる。ペアの相手がいなければ村井先生自らが組んでくれるそうだ。それは罰ゲームにしか思えない。


 そして何故クラスの担任が体育の授業を主導しているのかというと、この人は冒険者大学卒。つまりこの冒険者学校高等部のAクラス卒なのだ。そこらの冒険者以上にレベルが高く経験も積んでおり指導も可能とのこと。それがどの程度の強さなのか《簡易鑑定》してみたい気はするが今は止めておこう。


 先生の背後には幾人かのインストラクターと【プリースト】のイケメン先生も控えている。応急処置だけでなく再生魔法という手段を無料で受けられるので、もしものときも安心だ。




 クラスメイトには全身に装着する黒いプロテクターと硬いゴム製の剣が手渡され、各自装着しながら担任の説明を聞いている。これから行うのは剣で打ち合う剣戟の地稽古だ。


 剣戟というのはその名の通り剣を使った武術だが、剣道と違うのは対人というより対モンスターを重視している点だという。モンスターは弱点や体の大きさ、攻撃手段がバラバラなので、どう立ち回っていくかが対人とは大きく異なる。


 剣戟で使う武器も本来は片手剣、大剣、刀、短刀など様々な武器がごちゃ混ぜで統一性なんてない。間合いの取り方も武器や相手によって変わるため、基本的にはヒット&アウェーのスタイルが好まれる。


 しかし今日の剣戟の授業ではヒット&アウェーなんてせず、武器も軽いゴムでできた剣のみ。ペアを組んで正面から相手と打ち合う地稽古がメインなので、やることは剣道に近い。お互いが打ち合って改善すべき点があれば、インストラクターの指導が入るといった感じで進めていくらしい。


 ペアの相手はレベルが同じくらいの相手で組むのが一般的であるものの、このEクラスはダンジョン歴が2カ月もないためレベル差も然程なく、誰と組んでも問題にならない……と思われている。


 今回、俺とペアを組むことになった新田さんは【アーチャー】志望で、メインウエポンは弓。近接武器はほとんど使ったことがなさそうなので、気づかれないように手を抜いて戦った方がいいだろうか。視線を向ければ小声で「よろしくね♪」と言って小さく手を振ってくれた。いやいやこちらこそ♪


 一方、大宮さんは久我さんとペア。小柄で【ウィザード】志望の大宮さんと、スラッとした体形の久我さん。志望ジョブや体格の違いも経験の差も勉強になるのでそこは頑張ってもらいたいが、肝心の久我さんはやる気があまりなさそう。気だるい目をしていらっしゃる。




「それでは始め」


 探り探り打ち合うクラスメイト達。冒険者志望とあってほとんどのクラスメイトが真面目に取り組もうとしている。中にはカヲルのように剣道経験者もいて、見事な構えをしている人もちらほら。

 

 俺はといえば。新田さんとのレベル差は鑑定して調べていないが大きいはずだ。それにほわほわな女の子相手にどこまでやっていいのか分からない。最初は受けてみようかしらん。


「私、剣術ちょっと自信あるんだよね~」


 腰に軽く手を当て自信を誇示するかのように大きめの胸を張る新田さん。剣術に自信があるというからには以前に剣道でもやっていたのだろうか。しかし、どんなに剣の腕があろうとマジックフィールド内ではレベル差がモノをいう。俺に通用する事はない。


(自信があるようだが、その自信を折らないように気を付けないとな)


 可愛らしく髪をかきあげ、ゆっくりと腰から剣を引き抜く姿が微笑ましく映る。そう警戒せず新田さんの構えをよく見てみると――


 重心を下げ、右手に持った剣を前に、左手は魔法を使うかのような引いた位置。魔法剣士がよくやる構えだ。ダンジョン経験が浅いEクラスの生徒がやるような構えではない。


(――いや、そこではない)


 それよりも頭の中で警鐘音を鳴り響かせるものがある。


 呼吸に合わせてゆらゆらと剣先を揺らし、細かにフェイントを掛けて初動を見切らせない、この剣術スタイルは確か。


 突如、強烈な既視感を感じ、ゲーム時代に俺を殺すべく追いかけまわしに来た”アイツ”の姿が稲妻のように脳裏を過ぎった。




「ねぇ。成海颯太君って――」




 正面から俺の目の奥を覗くように反応を窺う新田さん。さっきまでと全く同じはずの柔らかい微笑みが、まるで悪魔の形相に見えてきた。




「――もしかして。災悪クン……だよね?」




(マ……マジですか……)


 目の前の少女の周りが大きく揺らぎ、得体のしれない空気が流れ出てくる錯覚に陥る。いつの間にか俺の鼓動も大きくなり、緊張により思わず生唾を飲み込む。


「その反応はやっぱり! そうだと思ったのよね~」


 剣戟の最中だというのに可愛く飛び跳ねて喜びを表す新田さん。俺はといえば、げんなりして鬱でどうにかなりそうだ。何人かのプレイヤーがこちらに来ているかもしれないと想定はしていたが、よりにもよってコレなのか。


「最後に向かい合ったのは悪魔城の時ぶりかな~。あのときはウチの団員いっぱいやられちゃったけど」

「そう……だったな。そのときは俺もやられたけど」


 こちらの世界に来るまで俺と新田さんは“競い戦い合ったライバル同士”だった。正確には――


 俺はPK(※1)、新田さんはPKK(※2)というロールプレイをしていたのだ。

 

 「ダンエク」ではプレイヤーを攻撃して殺すことができるPKシステムというのを採用しており、スリルを求めてゲームを始めた俺はPKになることを決意。色んなプレイヤーに喧嘩を吹っ掛けては殺し、または返り討ちにされていたものだ。


 PKになれば倒したプレイヤーから手っ取り早く武具やアイテムを強奪できるという美味しい特典があるわけだが、プレイヤーを殺害してしまうと指名手配され、10階にあるオババの店のようなプレイヤー達が使う拠点に一定期間入れなくなるデメリットもある。


 指名手配された状態でさらにPKをし続けると冒険者ギルドから高額な賞金が懸けられ、“永続的なPK”という判定になってしまう。そうなるといくら善行を積んだところで元には戻れず、賞金目当てにPKを狩るPKKが動き出し、延々と戦いを強いられ続けることになる。


 またPKの状態で死んだ際、もしくは殺された際には大幅なレベルダウンと所持装備、アイテムの全ロスト、さらには不名誉な称号を付けられてしまうデメリットもある。俺の場合は【災厄の悪党】、略して“災悪”と呼ばれていた。


 このようにPKは、活動の制限や殺されたときのリスクが余りに大きいためメリット、デメリットを考えてなる者はいない。PKをやり続けていられるものは総じて俺のようにスリルを味わいたい快楽者か奇人だらけとなる。


 かくして、俺というPKと、そんなPKを追って倒そうとクランを作ったPKKクランリーダーの新田さんに接点が出来上がるのは必然。何度も追いかけ追いかけられ、奪い合い、襲い襲われ、殺し合った。

 

 俺と彼女がこちらの世界に来るまでの直近のゲーム状況とは、そんな感じだったわけだが――




 目の前の少女を観察する。


 漆黒のフルプレートと膨大なオーラを纏い、自在の剣術で魔剣を振り回し、狂気じみた行動力で俺を追いかけまわした【暗黒騎士】のイメージからはかけ離れた……可愛らしいスポーツ眼鏡を掛けたお姉さん系女子がいる。


「え~と、カスタムキャラなの?」

「うん、リアルの私だよ~。でも成海君はそうじゃないよね」


 そう。俺は「おまかせキャラ」を選んだらゲームでも出てくるブタオに転生してしまったのだ。あの時の選択を何度後悔したことか。今となってはダイエットも成功できそうだし、家族との仲も良好なので何の問題もないが。

 

 一方の新田さんは「カスタムキャラ」を選んだらキャラメイクするどころか問答無用でリアルの自分になってしまったそうだ。新田さんのリアルはてっきり凶悪な顔をした巨体プロレスラー系女子かと思っていたけど、こんなに可愛かったのか。


「……で。なんで俺の正体が分かったの?」


今は《フェイク》を所持しているが、それは最近手に入れたもの。もしかして俺に気づかれないよう《簡易鑑定》をしたのだろうか。そんな方法は知らないが。


「なんとなくね~。決め手は“ペンデュラム”を見たときの反応だけど」


 向かい合ったときに剣先を細やかに動かし攻撃タイミングを取りながらフェイントも掛けるペンデュラムとかいう剣術スタイル。新田さんのPKKクランは、ゲームなのに本格的な剣術を導入し、軍隊のような規律と戦術で対人戦を仕掛ける、まさに悪魔のような対人特化の剣使い集団だった。

 

 噂によれば自らが団員に剣術を指南し、クランメンバー全員の戦力を底上げしていたというが本当だろうか。


 今の新田さんにはゲームの時のように膨大なオーラや数多の剣術スキルがあるわけではない。しかしPKだったときに至る場所で数えきれないほど剣を交え、何度も殺されている身としては警戒感を抱かざるを得ない。


 軽く微笑み、怪しげな火を灯したかのような目で再び俺の顔を覗き込んでくる新田さん。暗黒騎士だったときの仕草を思い出してしまう。


 

 

 おい、まさか俺を殺す気じゃないだろうな……






(※1)PK

Player Killerの略。所持金やアイテムを奪うなどの目的で、一般的なプレイヤーを意図的に攻撃するプレイヤーのこと。通常は悪とされており、プレイヤーからは恐れられ忌み嫌われている。


(※2)PKK

Player Killer Killerの略。PKを専門に攻撃し倒すプレイヤー、または組織。プレイヤーを倒す行為そのものはPKと何ら変わらないが、忌み嫌われているPKを倒すPKKは歓迎されている場合が多い。

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