第47話 ラブレター

「颯太~カヲルちゃんが迎え来たわよ~」


 数日ぶりの登校。カヲルには今日から復帰すると伝えてあり律義に迎えに来てくれたようだ。少し痩せたので今の体型に合うようにサイズ調整した新しい制服を着こなし、軋む階段を降りる。玄関にはいつものようにカヲルが待っていた。が、何か様子が変だ。


「そ、颯太なのか?」

「あぁ。ちょっとダイエットが成功したんだけど……大丈夫か?」


 何やら胸を押さえ苦しんでいるように見えるけど風邪でも引いているのだろうか。一応大丈夫とのことだが……あ、もしかしてシェイプアップしイケメンになった颯太君に惚れちゃったかな? いやぁモテる男はつらいぜ。


 などと妄想しながら、いつものように無言でカヲルの後ろに付いて歩いて通学する。痩せたとはいえ、十分にぽっちゃりしてるからイケメンになるまではもう少し時間が必要なのだ。もう少しだけ。

 

 

 

 初夏でよく晴れているということもあり、朝のこの時間でも20度を超えるほど暖く、時折吹く南風が気持ちいい。入学式のときは肌寒い温度にもかかわらず歩くだけで汗が噴き出し、分厚い脂肪のせいでずっしりとした重力を感じていた。それと比べれば今は別人のような軽さではある。

 

 現在、身長は170cmそこそこなのに体重はまだ80kgほどある。未だ全身に結構な脂肪があるとはいえ、筋トレも欠かさずしているので筋肉量も増しており体のバランスは大きく改善している。一方、《大食漢》の効果も相変わらずなので未だ食欲は凄まじく、隙あらば太らせようとしてくるお袋もいる。油断しないよう体脂肪には気を付けていきたい。


 その《大食漢》の鑑定結果も食欲や金策と並んで大きな悩み事になっている。急を要するというわけでもないのでこのスキルを今後どうするか追々考えていこうかね。




 いくつもの施設が乱立している広い校内をカヲルの後ろに付いて歩き、1年Eクラスの教室へ。ゆっくりと自分の席に着くが……クラスメイト達がまるで珍獣を観察するかのように俺を遠目からジロジロとみてくる。

 

「あれ? ブタオ、ちょっぴり痩せたか?」

「ブタから子ブタになった感じかも~」

「それ若返ってるじゃん、アハハ」

「……ちょっと風邪を拗らせてね」

 

 いつもはスルーされていたのだが、急にクラスメイトからの生暖かい声に戸惑い、非常に居心地が悪い。オラ小心者なんだからもうちょっと優しい視線で眺めて欲しいのっ! 確かに短期間で20kgも体重を落としたのはやりすぎだと思ってたけどさ。


 そんな感じで自分の席で縮こまって教科書を読んでいるフリをしていると、スイートなハニィ達が目の前に降臨し、元気のいい声を掛けてくれる。


「な~る~み~君っ!」

「もう体調は大丈夫なの~? なんか随分と細くなってるけど、壮絶な風邪だったのかな~」


 頭の両サイドからおさげを垂らした大宮さんと、落ち着いた雰囲気でゆるふわ眼鏡っ子新田さんの仲良しペアだ。今日も二人ともお美しくていらっしゃる。体調を心配してくれるのは有難いが、痩せた原因が「壮絶な風邪」ではなく「壮絶な死闘」だなんて言えるわけがないので「もう大丈夫だよ」と誤魔化しておく。

 

 軽く挨拶をして話しかけてくれた理由を聞いてみると、何やら午後の授業では闘技場で剣戟を学ぶ授業があるらしい。


「それでねっ、二人で組んで練習するんだって。成海君は休んで来てなかったから、まだパートナーいないでしょ?」


 二人組を作れだと……ボッチはこのワードを聞くだけでダメージを受けてしまうというのに。

 

 しかし剣戟の授業で二人組とは、いきなり地稽古でもするのだろうか。この学校の体育とは部活と同じでダンジョンダイブに関するものが多く、剣戟以外にも様々な武術を学ぶカリキュラムが組まれている。色んな武術からある程度の型を学んでダンジョンダイブに繋げるのは確かに良いかもしれない。


「あの子の相方が今日学校休みでねっ。それで私があの子と組んで~」

「そうそう、私が成海君と組めば上手くペアができるでしょ~? どうかな~って」


 大宮さんの視線の先には存在感を消して陰に潜むように久我さんが席に座っていた。日頃から無口で何を考えているのか分かりづらいタイプの女の子だけど、ルームメイトの相方とはそれなりに喋っているという。

 

 余り者の俺と相方のいない久我さんが組めば二人組というのは簡単に解決する話なのだが、彼女は鑑定スキル持ちで工作・諜報員という背景があるので余り近づきたくはない。大宮さんと新田さんが上手くバラけてフォローしてくれるというのなら渡りに船だ。


 とはいえ、野郎が女の子の中に混じるのには少々気が引ける。俺の答えは……


「ヨロシクオナシャース!」


 地にひれ伏さんばかりのイエスである。もしかしたら「可哀想なボッチに一応声を掛けてあげただけ」という憐れみと社交辞令を足して2で割ったものに過ぎなかったかもしれないが、いや恐らくそうだが、図々しくもここは参加希望表明していく所存だ。


 ダンジョンに潜ってばかりでクラスメイトと積極的に関わる機会がなかった。それ以前にスライムに負けた最弱という悪評もあるため相手にされずボッチ状態が続いていた。そんな俺に、わざわざ声を掛けて誘ってくれる大宮さんと新田さんには是非お近づきになりたいのだ。やましい意味ではないよ。


「武器は授業で配るみたいだから大丈夫だけど、体に合うプロテクターのサイズだけ申告してねっ。それにしても……凄く雰囲気が変わった気がする」

「痩せたのは勿論だけど~。頼もしい感じがするね~」

「そ、そう?」


 今の見た目は童顔の妹に結構似て、目が大きく柔和にみえる童顔のぽっちゃり少年。この1ヶ月ちょっとの期間、頑張って筋トレしまくったので服の下は結構ムキムキだ。元が超肥満で糸目になっていたブタオなので確かに雰囲気も変わっていることだろう。

 

「それじゃまた後でね成海君っ」

「剣戟ではお手柔らかにね~」


 軽くこちらに手を振り、二人は他の女子グループに入っていく。

 

 大宮さんは部活勧誘式におけるEクラスの扱い方に一時期落ち込んでいたのだが、どうやら持ち直し、持ち前の明るさを取り戻しつつあるようだ。一方の新田さんは学校生活を楽しんでいるのか相変わらずニコニコとして周りの雰囲気を和ませてくれる。復帰早々、そんな彼女らと話せたことで晴れやかな気分になれたのは有難い。

 

 さぁて、今日も一日頑張るゾイ!




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 昼食の時間。


 クラスメイトの大部分は学食へ移動していて、教室に残っているのは10人もいない。俺はと言えばいつも学食ばかりだったので今日は気分転換のため購買でジャムパンと牛乳を購入し、教室でゆっくりと食べている。ここ数日休んでいたので授業の遅れを少しでも取り戻そうと、大宮さんから借りた数学のノートを斜め読みしているところだ。

 

 まだ高校生活が始まったばかりだというのに授業内容も入試問題レベルを解かされる始末。俺の通っていた高校と同じと考えていては学力でも一瞬で落ちこぼれになり得る。一応、元居た世界で2流といえ理系の大学を卒業した身として、理科系で高校1年生如きに負けるつもりはない。問題を書き写しながらあんぐりと口を開け、パンに齧り付いていると……遠くで少しの騒めきと俺の名を呼ぶ声が聞こえた。


「ちょっとそこの貴方。成海颯太というものはいるかしら」


 やや小柄ながらもピンと伸ばした背筋に、ウェーブのかかった碧色の長い髪。凛として気が強そうな目と小ぶりな鼻。口元を黒い羽扇子で隠しても良く通るはっきりとした口調。次期生徒会長とは別方向の”THEお嬢様”な女生徒がそこにいた。


 制服のスカーフの色が青なので2年生。特に服装などは弄ってはいないが、その佇まいから上品な雰囲気を醸し出し、上流階級、またはその関係者だと分かる。


(あの人は確か……)


 上位クラスであろう人からの呼び出しに、クラスメイト達があれが成海だとまるで犯人かのようにこちらを指差し息をひそめた。俺とてあまり関わりたくないが、教室の空気が冷たくなってきたので仕方がなく名乗り出ることにする。

 

「俺が成海ですが何か御用で?」

「貴方が。ふぅん」


 頭のてっぺんから爪先まで何往復もギロギロと睨みつけて見分してくる。なんというか実にいたたまれない気持ちになる。


「ここでは何なので。ついてらっしゃい」


 有無を言わさず何処かへ歩き出すお嬢様。飯を食っている最中なので後にしてください、なんて言えるわけもなく、トボトボと彼女の後ろをついていくことにする。

 

 

 

 何度か廊下を曲がり階段を上がって誰もいない空き教室に入ると、ハガキサイズの白い封筒を差し出してきた。こんな誰もいないところで二人っきり。もしかしてラブレター的なものですか?

 

 見た感じは普通の封筒に見えるが、封は何かの植物のマークが入った蜜蝋で閉じられている。表には「成海颯太殿へ」と書かれているだけで裏を見ても送り主の名前はどこにも見当たらない。

 

 目の前のお嬢様からはミジンコを観察するような目で見てくるし、ラブレターのような好意からこの手紙を渡したのではないとは気づいていた。むしろ俺に対し負の感情が垣間見える。


 彼女が苛立って見えるのはこの手紙の主と何か関係があるのか。封を開けようとすると――


「その手紙を開ける前に質問に答えなさい」


 今までの声と違って低く警告するような声色で言ってくる。状況が掴めていない今は大人しく聞いておくほうがいいだろう。


「なんでしょうか」

「先日。わたくしの所属するクランメンバーとお会いしたでしょう……」


 クランメンバー? どこのクランだろう。ソレルじゃないよな。


「その際に、クランネームと名前は言っていまして?」


 その質問が来るということは、あのくノ一さんのことを指しているのか。機密行動をすることが多いクランだそうで、結局名前もクランネームも機密だとか言って教えてもらえなかった。そういえば、くノ一さんは別れ際に「冒険者学校にクランの新人研修員がいる」とも言っていたけど、この人のことか。早速会いに来てくれて嬉しいやら困惑するやら。

 

「クランネームどころか名前も教えて貰えませんでしたね」

「そう。それなら次の質問。あなたのレベルはおいくつ?」


 レベルを聞かれると同時に《簡易鑑定》が俺に向けられる。

 

 今現在は学校のデータベースと同じ【ニュービー】でレベル3に見えるようにしている。だがそれは嘘であると確信している模様。くノ一さんからクソ試験官を倒した時のことを聞かされているのかもしれない。

 

 目の前の女生徒と事を荒立てたくはないが、教えるつもりも全くない。できるだけやんわりと答えることに努める。

 

「レベル等は秘密にしています。これは俺なりのプランニングなので、どうかご理解ください」

「……そう。では最後の質問。あなたは……何者?」


 これまたえらく抽象的な質問だな。《フェイク》で偽装しているからってそこまで警戒されるものかね。赤城君やカヲルもジョブチェンジしたというし、1年Eクラスの生徒とはいえ【シーフ】に就いていることが、そこまで珍しいものではないだろうに。

 

 もしかして《フェイク》というスキルは一般的なものではないのだろうか。それなら先日の《簡易鑑定》を妄信していたクソ試験官や《フェイク》に対して妙な反応してきたくノ一さんの態度に頷けるものがでてくる。とはいえ現時点では断定できないので惚けておくしかない。


「何者と言われましても。1年Eクラスの成海としか言いようがないですね」

「……」


 そう答えると目の前の女生徒から一瞬、殺気と《オーラ》が溢れ出る……が直ぐに引っ込める。俺と明確に敵対しようとしないのも、この手紙の主が関係してくるのだろうか。そも、くノ一さんとは友好的に別れたし、その関係者と敵対的になる要素なんてないはずだ。

 

 ちなみにこの女生徒はくすのき雲母きららというゲームでもそれなりに人気があるサブヒロインだ。キララちゃん、もしくは身近な人からはキィちゃんと呼ばれていた。子爵位を持つ家の嫡女で、この学校でもそれなりの立場を築いている。

 

 BLモードのピンクちゃん使用時以外ではほとんど登場しないので、赤城君かカスタムキャラでしかプレイしたことない俺には残念ながら詳細は分からない。それでも「冒険者学校の実力者」「ピンクちゃんのライバルで保護者」「大の男嫌い」「背後に大物が多数」というくらいの情報は知っている。

 

 彼女は校内に多くの生徒を従えていて色々な意味で非常に目立つ。下手に関われば面倒くさいイベントがわんさか降りかかってくるので、できれば距離を開けておきたい人物の一人だった。そう考えればこの封筒も面倒事でしかないように思えてきたゾ。

 

「……それでは、今からその中の手紙をお読みなさい」

「はぁ。それじゃ開けますよ」


 気は進まないが読まざるを得ないので丁寧に封を開けることにする。中から出てきたのは綺麗な模様で縁取られたクランパーティーの招待状。細い筆のようなもので丁寧に書かれている。送り主は……おいおい。

 

「”くノ一レッド”のクランリーダー、御神みかみはるかさんからですか」

「ええ。ちなみに先日、貴方と会ったのは副リーダーです」


 再び羽扇子を取り出し上品に口元を隠すキララちゃん。

 

 くノ一レッドと言えば女性の【シーフ】だけで構成されているクランとか以前聞いたことがある。そのクランリーダーである御神はメディアにもよく登場し、グラマラス美人としても有名人だ。ということは先日会ったくノ一さんも、目の前のキララちゃんもくノ一レッドの一員ということか。

 

 それにしても。くノ一さんとちょっと会っただけの俺なんかをどうしてクランパーティーに誘うのか。理由を聞いてみたいがキララちゃんの先ほどの質問から推測するに、何も教えられてはいないのだろう。


「クランパーティーといっても身内でのお茶会のようなものですわ。ただそちらに書かれている通り、御神様直々のご招待。くれぐれも失礼のないように」


 ふむ。身内の女性だけのクランパーティーに、正体が良く分からない野郎が来るかもしれないと聞いて警戒していた。だがクランリーダー自らが招待した客なので無下にはできない。そんなところか。

 

「では、その日にお待ちしていますわ」


 そう言い終えると、足音を立てずにそそくさとこの場を去って行ってしまわれた。本当は断りたかったのだけど後が怖いので出席するしかなさそうだ。

 

(日時はクラス対抗戦が終わった頃くらいか)

 

 重いため息を吐きながらどうしたものかと思案していると、午後の授業開始5分前の鐘の音が聞こえてくる。そういえば飯も食いかけだった。急いで戻らねば。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る