第46話 昇級試験 ②

「こらこら、おいたしちゃダメでしょ~?」

「だっ誰だ、お前はっ」


 仁王立ちで腰に手を当て、静かに微笑むくノ一の格好をした女性。


 サイドスリット入りのミニスカートにピチピチの黒い網タイツ。胸元が開いていて大きなお胸とその谷間を強調する黒い着物。さらには花模様入りの半幅帯(はんはばおび)で縛られくびれた腰は実にセクシー。顔はマスクをして分かりづらいが、それでも相当な美人だと分かる。


 それにしてもかなりの速度で走ってきたというのに息一つ切らしていない。もしかしたらレベル20よりもう少しレベルが高いのかもしれない。


 そんな闖入者とは対照的に激しく狼狽しているクソ試験官。この様子からこのくノ一さんが試験官の共犯ではないということが推測できる。仮に共犯なら“奥の手”を解禁しなければならないところだった。


「貴方、ここ何年かの間に冒険者学校の生徒を狙って強盗、傷害、強姦等、冒険者公務員法違反を繰り返しているわね? それで調査依頼のクエストが出ていたのだけれど」


 ターゲットは冒険者学校のEクラスばかり。昇級試験の受験時を狙って犯罪行為を行っていると分かれば、あとは受験者の名簿を見ながら待っていれば現れると判断したようだ。


 というか、コイツは強姦までしてるのか。俺、男だからそんなことはしないよね?


「良かったわねぇ、この男は大の男好きみたいだから……貴方みたいな可愛い顔してる坊やは危ないところだったわ」


 ……とんでもない奴だ。こんな凶悪犯はさっさと牢屋にぶち込み、永遠に閉じ込めておかねばならない。


「ふぅん、【ファイター】なのにぃ、【ニュービー】の弱い子を狙ってイジメてたわけね」

「なぁんだ、君も【ニュービー】か。焦らせやがって」


 互いに《簡易鑑定》を使った模様。しかしあのムチムチしたくノ一さんが【ニュービー】のわけがない。恐らく俺と同じで《フェイク》による偽装を施しているはず。

 

 レベル20を超えているとスキル枠に余裕がなくなってくるので、プレイヤーでもなければ《簡易鑑定》や《フェイク》なんて消してしまうのが普通だと思っていたが……もしかして彼女も対人を想定したキャラビルドなのだろうか。それとも見たまんまで諜報活動のためか。


「冒険者学校という諸悪の根源。そこに属するクズ共は全てこの手で浄化します。それを妨害するというのなら……君にも容赦はしない」

「それで強姦までやるんだぁ。とんだヘンタイ野郎じゃない。ふふっ」


 面白おかしくコロコロと笑うくノ一さんに、胸糞悪い顔をしたクソ試験官が勝ち誇ったように《オーラ》を放つ。だがレベルが10近く上の相手に効くわけがなく、くノ一さんは微風を受けているかのように微笑みを絶やさない。


 互いに向き合い、今まさに戦闘が始まろうとしている。


 


 ……が、ちょっと待って欲しい。


 コイツが倒され連行されてしまったら俺の昇級試験の失敗が確定し、受験料が無駄となってしまう。その前にどうにかならないか交渉してみよう。


「あの~ちょっとすみません、俺の試験のことなんですが……」


 このクソ試験官が昇級試験で指定された書類をビリビリに引き裂き、試験内容を勝手にPvPに切り替えたことを伝える。俺としては強制でもないのにタイマンなんぞやりたくもない。なのでコイツを倒したら身柄をちょっと貸してくれないかと頼んでみたのだが――


「いやよ~面倒くさい。一応、貴方が先に見つけた獲物だし優先権はあげるわよ?」

「えっ、俺が倒すんですか」

「それができないならそこで指を咥えて大人しく眺めてなさい」


 はぁ……面倒なことになったな。くノ一さんは得体が知れないのであまり戦っているところを見せたくはないのだがどうしたものか。ここは一人でやったほうがいいのかね。


「……分かりました。それじゃ俺の方で処理しておくので、もう行ってもらって結構ですよ」

「えぇ? 何かヒミツでもあるのかなぁ~? お姉さん興味出てきちゃったかも♪」


 くノ一さんには出て行ってもらおうとしたものの却って興味を持ってしまわれた模様。くねくねしながらも目を光らせている。どうしたら良かったんだ。

 

「もしかして君はこの私に勝てるとでも思っているのかい? 二人まとめて掛かってきなよ」

 

 クソ試験官も無駄に《オーラ》をぶつけてくるのでイライラゲージが鰻登りだ。昇級試験を受けに来ただけなのにどうしてこうなった。オラ爆発しちゃいそうだゾ。


 マニュアル発動をやらなければ大丈夫かな。今の俺はくノ一さんよりはレベル低いし、口止めすれば問題なかろう。


「それじゃそういうことなので……」

「君一人でいいのかい? どちらかというと君はメインディッシュにしたいと思っていたのだけどね。まぁ先に半殺しで済ませておきますか」


 犯罪者っぽく唇をペロリと舐め上げ、ゆっくりと歩み寄り、5mほどの距離で俺と向き合う。全てはコイツが元凶なんだし遠慮はいらないよな。


 まずは《簡易鑑定》で調べる。

 

 ジョブは【ファイター】で、強さ表記が「相手にならないほど弱い」……ならば俺よりレベルが5つ下。レベル14以下か。所持スキル数は「3」で、そのうち一つが《簡易鑑定》となれば大したスキルは持っていなそうだ。

 

 ただこれらの情報も絶対ではない。俺やくノ一さんのように《フェイク》でステータスを偽装していればこれらのデータも全てフェイク表示となり真実を見抜くことも難しい。対人戦を考えている冒険者は自分のステータスを隠したほうが油断を誘えるので偽装は常識なのだ。そういう意味では《簡易鑑定》など当てにならないと思っておいたほうがいい。

 

 そのため偽装を突破する鑑定ワンドをリュックの中に携帯してあるわけだが……コイツは単純そうだし偽装というパターンは考えなくて大丈夫だろう。


「特別にハンデをあげることにしようか。10秒間、僕は攻撃しない。君はレベルが低いから分からないだろうが、今の君と僕にはそれくらいの実力差があるということを教えてあげよう」


 しかし先ほどからコイツは《簡易鑑定》の結果を妄信しすぎなのではないか? 《フェイク》なんて【シーフ】で最初に習得できる何の変哲もないスキルだ。その【シーフ】だってレアジョブでもなく、広く周知されている。ステータス偽装を全く考慮に入れていないのもおかしな話だ。

 

 ゆっくりと“手ぶらで”俺の2m手前まで来てふんぞり返る。いつでも余裕で避けられると言わんばかりだ。にやけた面が気に障る。


「大丈夫なの~? もしかして貴方も偽装しているのかしら」


 確かにレベル5だとしたら目の前の男にパンチを当てるのも難しいだろう。くノ一さんも頬に手を当て心配そうに見ている。だが今の俺はレベル19。この距離で俺の攻撃を躱すのは容易いことではないはず。油断して無防備な状態なら尚更だ。


「フンッ」


 クソ試験官はミスリル合金製の軽鎧を着ているものの、腹の側面は金属ではなく薄い革なので斬撃には強くても打撃には弱い。2mという距離を一瞬で詰めて金属で守られていない脇腹を抉るように拳をお見舞いする。めり込んだときにポキポキとした小気味良い感触があったのでアバラの2~3本は持っていけたか。

 

「かっ……はっ……」


 数mほど横に吹っ飛び、何が起こったのか分からないような顔で折れた箇所を押さえて蹲るクソ試験官。呼吸が上手くいっていないみたいだが大量の余罪を抱えた犯罪者に慈悲なんてかけるわけもなく。当然追撃を行う。

 

 無防備の顔面を蹴り上げ、仰向けにしてから勢いよく右足首を踏みつけて折る。これで俺から逃げることはまず不可能となった。念には念のためスキルを撃たせないよう右肩も折り、首根っこを捕まえる。

 

「ひぁ……あぁ……」

「今から言うことを聞け。抵抗したら後何箇所か骨を折る」

「ひっ……」


 これから冒険者ギルド員を呼ぶ。あそこで散らばっている指定アイテムをビリビリに引き裂いた犯人だと証言しろ。その時に余罪も全て報告しろ。


 そう言ったものの汚い悲鳴を上げながら呻くだけで返事がない。なので追撃するぞと脅すと聞き分けが良くなった。


「返事は?」

「はひっ……わ、わかった! これ以上殴らないでくれぇ!」

 

 というか性犯罪者如きにこんな良い防具いらないだろ、俺が貰っておくか。


 ギャーギャーと泣き叫ぶので殴って気絶させてから防具を剥ぎ取りにかかる。レベル15前後の冒険者が着る防具だが、買うとなれば数百万円クラス。牛魔の小手とブーツはクリーニングに出しておくとして、この細剣も使えるな。いい仕事したぜ。

 

「容赦ないのねぇ。でもあなたも《フェイク》を覚えていたなんて……」

 

 ごそごそと防具を外し着こんでいると後ろからくノ一さんが何か考え込むように話しかけてくる。《フェイク》はそちらも使っているというのに、俺が《フェイク》を覚えていたとして何かあるのかな。

 

「ギルド員に報告して言質を取った後はコイツの身柄を預けますので好きに使ってください」

「でも私が倒したわけじゃないし……そうね、クエストの半額をあなたに上げるわ」

 

 端末の連絡先を教えてくれればクエスト完了時の報酬を半額くれるという。金額を聞くと優に100万を超えてきた。こりゃ貰うしかねぇ! しかしレベル14以下の雑魚を倒してもそれほどの額なのか。冒険者階級を上げる動機が増えたぜ。

 

 冒険者ギルド員が来るまで暇なのでそこらに座って世間話をしてみた。くノ一さんは冒険者ギルドや公表できない事件の捜査に協力する国家寄りのクランに所属しているらしく、クラン名も名前も公表できないとのこと。よって名前も教えてもらえなかった。

 

 そういった組織があるのだろうとは予想していたものの、こんなお色気くノ一だとは思わなかった。一応、冒険者階級は4級で、【シーフ】のみで構成されたクランに所属しているというのは教えてもらえた。4級か。

 

 冒険者階級については、1級と2級は称号のようなものなので事実上の最上位は3級となる。4級はそれに次ぐ上位の冒険者階級となり、冒険者ギルド内にも相応の影響力を持っているとかなんとか。くノ一さんもレベルも25前後のようだし、そんな人が所属しているクランも普通ではなさそうだ。

 



 その後も他愛のない話をしていると、連絡した冒険者ギルド員がようやく到着する。気絶しているクソ試験官を運んでもらいつつ事情聴取の流れとなり、くノ一さんが証言してくれたので事はスムーズに運んだ。


 そして、別れ際にウインクをしながら気になる事を言ってきた。


「そういえば……冒険者学校の生徒にうちのクランの新人研修員がいたわ。会ったらよろしくね♪」


 新人研修員か。可愛い子だというが、くノ一さんのクランに入ろうとするくらいだからEクラスではないのだろう。俺とは縁がなさそうかな。

 

 クソ試験官には指定アイテムである書類を勝手に引き裂いたという証言を吐かせ録音してあるので、その音声を渡しに冒険者ギルドにも行くことにする。面倒だが昇級がかかっているので仕方がない。

 

 

 

 ――が昇級試験の結果は保留となった。

 

 なんと合格判定はクソ試験官の裁判の結果次第となり、最低でも1年かかるとのこと。そんなに待ってられないので今回は諦めるしかないか……俺の9800円。まぁ思わぬ収入も入ったことだし、時間があるときにでもまた受けに来よう。


 気を取り直して明日は数日ぶりの学校に行くとしようかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る