第45話 昇級試験 ①
「そちらの資料閲覧は“冒険者階級”が7級以上からとなっております」
(冒険者階級制限があったか……)
ここは冒険者ギルド18Fにある図書室の、さらに奥にある資料室。
資料室といっても本や本棚は無く、インターネットカフェのように壁で仕切られた半個室の場所にPCが置かれているだけ。このPCから冒険者ギルドのデータベースサーバーにアクセスできるのだが、その際には端末で認証する必要がある。
調べようとしたのは冒険者ギルドに登録されているクラン情報、主にカラーズの二次団体“金襴会”とその傘下のクランについて。ソレルの背後に金襴会がいるのは知っているけど、実際の構成員や傘下である三次団体がどれだけいるのかなど分からない。それを知るためにここに来て調べようとしたのだが、どうにもアクセスできない。資料室にいる司書さんに聞いてみたところ、冒険者階級が足らないとのこと。クラン名すら閲覧不可とは思ってもみなかった。
冒険者ギルド情報には重要度やリスク評価があり、冒険者階級による閲覧制限が掛けられているようだ。
今の俺の冒険者階級は9級。冒険者学校の生徒なら自動的に9級からのスタートとなる。階級は上げるメリットを特に感じていなかったので冒険者登録をして以来、一切上げてこなかった。しかし今後はクエストや冒険者ギルド情報も収集していきたいので、この際に上げておくべきか。このPCでアクセスした感じでは7級もあれば今欲しい情報の大半は閲覧できるようなので、まずは7級を目指すことにしよう。
昇級試験の日程を見てみると「毎週水曜日の午前9時と午後3時に8級昇格試験」とある。現在、水曜の午前8時。急いで受付に駆けつけ聞いてみたところまだ間に合うとのことで、受験費9800円を払って指定された試験会場にやってきた――わけだが。
(見事にガラの悪いメンツばかりだな)
来ている受験者はざっと100人くらい。そのほとんどが若い……目つきも態度も悪いゴロツキって感じの冒険者ばかりだった。刺さりそうなほどツンツン頭に、某世紀末漫画にでてきそうな人相の三下悪党モドキ、他にも人相の悪い輩が沢山いる。髪型に個性を付けすぎだろ。
もしかしてコスプレ会場に来てしまったのかと思い、入り口をもう一度確認しに行くが“8級昇格試験会場”という看板が立て掛けられたのでここで間違いはないようだ。
午前の部だからなのか偶々なのか。ゲームでも赤城君達はよく絡まれていたけど、いくら何でも治安が悪すぎる。こういった威圧的な格好をするのが流行っているのだろうか。一部まともそうな人もいるが、隅っこで存在感を消すように縮こまっている。
気にしても仕方がないので空いてる席に向かえば「へっへっへ」とか薄ら笑いをしながら俺に足を引っかけようとしてきたり、高価そうな武器を見せつけ、いかに自分が強いかを誇示したり、レベルや攻略階層を自慢したり、中には俺に絡もうとガンを飛ばしてくる輩までいる。
《簡易鑑定》を仕掛けられた様子はない。
先日に超肥満を脱して少々気の弱そうなぽっちゃり童顔男子になったとはいえ、見た目だけで判断して喧嘩を売ってるのだろうか。
この場所がマジックフィールド内かどうかは分からないが、そんなものはどうとでもなる。うちの妹なんて見た目は小学生のような少女だが今や数百kgの重さを持ち上げられる怪力少女と化しているし、うちの学校の猛者も皆が刈谷みたいな厳つい野郎というわけではなく、華奢な女の子が派閥を仕切っていたりする。見た目なんぞで強さを測っていてはいつか死ぬことになるだけだ。
まぁ勝手に死んでくれればいいだけなので、そんなことを指摘するつもりはない。何人かのガラの悪い受験者に睨まれつつも華麗にスルーして10分ほど待っていると、ようやく試験官が到着する。ビシッとスーツを着こなしており真面目そうな試験官で少しほっとした。
「それでは時間になりましたので説明を始めます」
腕時計を見ながら大きな封筒から用紙を取り出し、全員に配り始める。用紙には試験内容と注意事項が書かれていた。
「試験内容はそこに書かれている通り簡単です。ダンジョン内に各自指定されたポイントへ行き、そこに置かれているモノを取ってきてください」
試験内容は要約するとこうだ。
・指定場所はダンジョン3階のどこか。
・時間制限がある。ダンジョンに入ってから12時間以内まで。
・モンスターは別に倒さなくてよいが、場所的に戦闘となる可能性は高い。
・他の受験者と何人とでも組んでも良い。ただし指定アイテムがある場所は受験者それぞれ違うため、人数分のアイテムを取りに行く必要が出てくる。
・取ってきたアイテムは受験票と共に時間内に冒険者ギルドクエスト係に提出すること。
特定の場所で指定アイテムやドロップアイテムを取ってこいなんていうクエストは多く、それほど珍しい試験内容ではない。ただ試験予定のダンジョン3階を往復するとなると相当な時間がかかることになる。12時間という時間制限には気を配らねばならない。
試験会場を見渡せば、2~3人のパーティーか、ソロで潜る人が多い模様。大勢で組んでいくと全員のアイテム収集に時間を消費しすぎるので少人数というのは妥当だろう。まぁ俺は最初からソロだが。
「ダンジョン内に入ったら端末のタイマーが自動で動作するので各自準備ができ次第、開始してください」
端末画面の受注クエストという欄で確認したところ、俺の指定アイテムは何かが書かれた“文書”で、場所は3階のかなり奥に置かれている。
早速荷物を取りまとめて部屋を出ようとすると――
「キミさぁ、俺らの荷物持ってよ~」
「おい、待てよっ」
俺に絡む気満々だった輩がいることを前もって察知していたため、ダッシュでダンジョンに向かうことにする。アイツ等も流石に人が多いダンジョン前まで来て絡むようなことはしないだろう。
全く面倒なことだ。
いつもならダンジョンには学校地下1階にあるゲートから入るが今日は1階入り口から普通に並んで入る。早めに行きたいというのに相変わらず冒険者でごった返していて追い抜くわけにもいかず、3階に辿り着くまでに2時間もかかってしまった。
3階からはメインストリートを外れて目的地までダッシュだ。レベルも19まで上がったことで時速50kmくらいは苦もなく出せるようになった。ただし狩りをしているパーティーもちらほらといるので、見渡しの良い開けた場所以外はゆっくり走る様心掛ける。
「道中のモンスターも結構多いな……」
モンスターは無視して走り去っているので倒していないが、3階付近が適正レベルならずっと逃げ回ることは不可能だろう。倒して行くにもそれなりに時間が取られるはず。複数人なら間に合わない受験者もでてきそうだ。それに目的地までに多くの分岐があり、どのルートでいけば一番近いのかを考えながら進まないと時間が足りなくなってしまう。思ったより難易度は高いのかもしれない。
端末で現在地を確認しながら10分ほど走り続け、ようやく指定のポイントへ着く。
そこは普段なら数体のモンスターが動かず陣取っている“モンスター部屋”のはずで、戦闘は避けられないと思っていたのだが……中を覗くと眼鏡を掛けた中肉中背の男がポツンと立っていた。胸にギルドマークが入った制服を着ている。試験官だろうか。
てっきり、指定された場所にいるモンスターをどうにかして指定アイテムを持ってくるというのを試しているのかと思っていたのに、いいのだろうか。
「おや、もう来ましたか。待っていましたよ、冒険者学校高等部、一年Eクラスの成海颯太君」
はて……知り合いだったろうか。ブタオの記憶を探ってみても思い当たらない。お袋が冒険者ギルドで働いているのでその関係者なのか、もしくは単に試験官だから俺のことを知っていただけか。
「ども。えっとどこかで会いましたっけ?」
「いえ、初めましてですね」
それにしては……嫌な目付きをしているな。何かこう、恨まれているというか復讐者のそれだ。オラ嫌な予感がしてきたぞ。ここは早めに離れたほうがいいと俺の勘が囁いている。
「え~と、そこの書類を持っていけばいいんですよね」
「試験内容は変更にします。今から私と戦闘して勝ったら合格にして差し上げましょう」
そういうと試験官は部屋の中央に置いてあった昇級試験の書類を拾い、勝手にビリビリと引き裂く。念入りに細かく千切ってやがる。
ちょっと待てよと言おうとした矢先に《簡易鑑定》が飛んできた。一応《フェイク》により、レベルは5、【ニュービー】、所持スキルは1に見えるように偽装してある。俺もお返しに《簡易鑑定》したいところだが、今使ってしまうと不自然に思われるのでやめておこう。
「たしか……昇級試験申し込み時の君のレベルは確か5だったかな」
こちらを無遠慮にジロジロと見てくるクソ試験官。俺はジャージにバットだから強さの指標になるものは何も無いと思うけどね。
「それでもこんなに早くここに辿り着くとは。流石は冒険者学校の生徒さんということかな?」
言ってることから判断すると俺のレベルは上手く誤魔化せているようだ。しかしコイツは一体何者なのだろう。目の前の青年をよく観察してみる。
装備品はしっかりとしたものを揃えているのが分かる。ミスリル合金の軽鎧に、牛魔の皮製とみられる小手とブーツ。武器はミスリル合金製の細剣だが付与魔法などは掛かっていない。見た目だけで判断すればレベルは10から15くらいだろうか。
というかコイツは俺がレベル5だと分かった上で戦おうとしてるのか。
「いきなり試験変更って、そんな権限あなたにないでしょ」
「権限? あぁ、そんなことはどうでもいい。君が冒険者学校の生徒なのが悪い」
冒険者学校の生徒だから悪い? 冒険者学校の生徒だと特別試験が課せられるルールでもあるのか。
「どういう意味ですか」
「まず罪その1、入学志願者を見る目が全くない事。罪その2、それにより優秀なこの私を入学試験で落としたこと。罪その3、君らは大した実力が無いのに冒険者界隈で持て囃されてウザいこと。罪その4、君らはいつも一般冒険者を見下していること。罪その5、君らは……」
憎悪の表情を見せながら吐き出すように一気にしゃべり始める。罪とやらを言い終えると両手を広げて急に微笑みながら――
「――だからこうやって悪の芽は適度に叩いて掃除しないとね」
ごちゃごちゃ言ってるが、要するに“冒険者学校に落ちた”から逆恨みをしてるのか。それで昇格試験を利用して冒険者学校の生徒が受験していたら先回りし、待ち構えていたというわけね。
「でも俺、防具というかジャージ姿だし、武器もバットしか持ってきてないんだけど」
「君が何の装備をしていたとしても結果は変わりません」
ヴォルゲムートとの戦いによりレンタル武器も魔狼防具も大破したので、今はジャージにバットという、初めてダンジョンに入ったときと同じ格好をしている。レベル19ならこんな格好でも3階くらいなら余裕なのだ。
それにしても酷く楽しげで嗜虐的な顔をしていらっしゃる。
冒険者学校の受験倍率は100倍を超えるというし難易度が高いのは分かるが……落ちたからといってどうしてそんな性格が捻くれる。冒険者というのはエリート意識を刺激する職業なのか、どうにもプライドが高い奴が多くなりがちな気がする。
「それでは、じっくりたっぷり
一歩前に踏み出すと同時に《オーラ》を全開で叩きつけてくる。この感じからしてもレベル10~15くらいというのが妥当だろう。俺よりもレベルがいくつか低いので逃げ切れるとは思うが、こちらも今朝から色々あってストレスが溜まっている。誰も見てないなら……ヤッチマウカ。
「どうしました? 私のこの強大な《オーラ》の前に
憎しみで歪みながらも笑いが止まらないといった何とも言えない表情。人間こうも屈折してしまってはお終いだね。
目の前の男がレベル15、基本ジョブは全てマスターしていると仮定すると、このバットで攻撃してもダメージは期待するほど出せないだろう。ならば拳で直接殴ってギルド関係者にコイツを叩きつけるとしよう。そうすれば昇級試験を合格にしてくれないかな。
首の骨を鳴らしながらどう料理するか考えていると、後方から何者かがとてつもない速度で向かってくる気配を感じる……これは俺よりも速いか? レベル20を超えているかもしれん。
逃げようか隠れようか判断している間もなく、到着してしまったようだ。
「こらこら、おいたしちゃダメでしょ~?」
振り返って見てみれば、セクシーかつダイナマイトボディーの“くノ一”が仁王立ちしていた。
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