第41話 オババの店
「角!? 人間じゃないのっ?」
「アタシは魔人と呼ばれているねぇ」
にこやかに質問に答える、胸の主張が激しいお姉さん。頭の両サイドには黒く大きな巻き角が付いている。名前は「フルフル」。深層のとあるクエストをクリアすると親密になり名前を教えてくれる、ゲームでもお馴染みのNPCである。
妖艶で嫋やかな見た目とは裏腹に年齢は千歳を超えていて、このダンジョンについて色々な質問に答えてくれるおばあちゃんの知恵袋的な存在。プレイヤー達の間では「オババ」というあだ名が付いているが、それを本人の目の前でいうとギリギリ死なない程度のワンパンでぶっ飛ばされるので絶対に言ってはならない。めちゃくちゃ強いのだ。
ダンエクでは魔人が店を経営していたり、いくつかの種族が冒険者を助けたりしてくれていた。こちらの世界において彼らの記述は見受けられないが、フルフルのように存在はしているはず。今後を考えて親交を深めておきたいものだね。
「あの~、品物見せてもらっていいですか~?」
「いいわよぉ、自由に見て行って」
店内や店前の広場はもちろん、隠しエリアに入ってから冒険者の姿は誰一人と無く、一帯は閑散としている。にもかかわらず商品棚には武器、防具、装飾品、薬品など各種幅広く商品が置いてある。冒険者ギルドでもこれほどの品ぞろえがある店は少ない。儲けなんて考えていないのかもしれないが、値引きには応じてくれないことも知っている。
「すっごーい! ミスリル?」
「これはミスリル合金製だな」
華乃が鈍く銀色に光る短刀を手に取り見せてくる。
ミスリルは魔法銀とも呼ばれ、マジックフィールド内では非常に硬度が高い。逆にマジックフィールドの外に出すと普通の銀と性質が変わらなくなる。その場合、柔らかく重いだけの金属になってしまうので扱いには注意がいる。
そしてミスリル合金というのは、柔らかい銀にミスリルをほんの少し混ぜるだけで、そこらの鋼よりも硬度が高くなる特性がある。レベル10から30くらいの冒険者はよくお世話になる武具なのだ。
妹が見せてきた短刀はミスリル合金製だが、ミスリル含有量は1%もなく、99%以上は銀。とはいえ銀も安い金属ではないので冒険者ギルドで買うならこのサイズでも100万以上の値はつくだろう。
一方、100%ミスリルでできた純ミスリル製武具というのもある。非常に硬いうえに水に浮くほど軽く、魔法耐性もあるので、魔法剣や耐性防具の素材として優秀だ。デメリットとしては入手性が悪く、高額になりやすいこと。オークションなら一体いくらになるのか考えるだけでも恐ろしい。
華乃が感嘆しながら武具を眺めている横で、俺は状態異常回復サービスを頼む。状態異常回復の薬品も売っているが、フルフルに回復魔法を頼んだ方が安上がりなのだ。
「状態異常回復ね、3リル頂くけどいいかしら?」
「これで。よろしくお願いします」
”リル”とはダンジョン通貨の単位のこと。1リル=ダンジョン銅貨1枚だ。現在銅貨は38枚、そして7階の城主が落とした金貨も1枚を所持しているので合計138リル所持していることになる。
フルフルが目の前でパンッと手を叩く。それだけで全身にあったボコボコとした膨らみが取れ、足に広がっていた痺れも引いていった。
治ったかどうか症状を確かめようとフルフルは金色の目を細め、俺の全身を確認し、すぐに後に首をかしげる。どうやらまだ状態異常があったらしく今度は眉間に人差し指を当てて魔力を流してきた。
すると徐々に視界もクリアになっていく。目……視神経にも異常があったようだ。
「随分と……無理をしたのねぇ。2回目のはサービスしておくわぁ」
「ありがとうございます。イレギュラーな敵がいたものでね」
あの骨は一体何だったんだと悪態をつきたくなるのを抑えながら、肩を回して体の調子を確認する。ふむ、完全に治ったようだ。驚くほど体が軽い。
「あとジョブチェンジもお願いしていいですかね」
「奥に水晶があるから使っていいわよぉ」
「あっ、私もジョブチェンジした~い!」
陳列している装備品を手に取って見ていた妹がダッシュで駆け寄ってくる。ジョブチェンジすれば様々なスキルを会得でき、通常戦闘でもスキルを使った幅広い戦略を取ることが可能となる。この世界ではジョブチェンジできれば冒険者として一人前という風潮があり、妹もそれを楽しみにしていたようだ。
「これがジョブチェンジの水晶? 見た目は普通だね」
幾重にも重ねられた布の上に直径15cmほどの丸く透明な水晶が置かれている。ゲームでは手を当てれば自動的にインターフェースが開いて誘導してくれたが……
そっと手を当ててみる。すると感覚的なインターフェースが頭に浮かぶ。計算中に数字が頭の中に浮かぶ感じのやつだ。
(これ、分かりにくいなぁ)
数値を見比べて判断できないため、どうにもやりにくい。パソコンの画面のようにじっくりと文字や表を見ながら考えたいのだけど、イメージされた数値を紙か端末に写しながらやったほうがいいのだろうか。
「レベルは……19!? 結構上がったな。ということはあの骨、レベル25くらいはあったということか」
「えぇ!? じゃあレベル11も上がったんだね。なんであんなのが7階にいたんだろう」
「さぁな。俺も分からん」
操作を進めていくとジョブチェンジの項目を発見する。
現在ジョブチェンジできるジョブは基本ジョブと呼ばれる【ファイター】、【キャスター】、【シーフ】の3つ。それらに就くための条件は【ニュービー】のジョブレベルが5以上。そしてステータスも一定以上要求される。
【ファイター】ならSTRが、【キャスター】ならINTが、【シーフ】ならAGIが20以上で就くことができる。俺も妹もレベルが19まで上がったことで必要ステータスはどれもクリアしているはずだ。
「おにぃはどれに就くつもりなの?」
「そうだなぁ。早い所【シーフ】の《フェイク》は取っておきたかったが……予定より早く来られたし多少の猶予もある。先に【キャスター】で魔法攻撃手段を覚えておいたほうがいいかもな」
これから先では物理攻撃耐性、または物理無効の特性を持ったモンスターを相手にする必要がでてくる。物理以外の攻撃手段は是非とも欲しいところだ。魔法を宿した属性武器でも対応できるとはいえ、今現在、判明している属性武器は億超えの国宝クラスのみで、一部の冒険者が独占している。金があったところで揃えられるものではない。
「属性武器って、コタロー様のメインウエポンだよね」
「多分な。あの赤いエフェクトは炎のエンチャントだろう」
カラーズのクランリーダーである田里虎太郎も属性魔法が付与された太刀を使っていたが、あれも日本では数少ない最高峰の国宝武器に指定されている。属性武器は30階前後では手に入れる手段が限られているため、どうしても希少なものになってしまうのだ。
「物理攻撃が効きづらいモンスターが出るというのが、銃火器が廃れた理由なんだっけ」
「レイス系やスライム系モンスターだな」
ダンジョンがこの世界に現れた昭和の初め頃、つまりダンジョンダイブ黎明期では、主要武器は銃剣であった。元の世界でも白兵戦において最強なのは銃であったし、剣技なんてマシンガンの前では手も足も出ないのは自明だ。この世界にももちろん銃はある。オークを狩るにしても、離れた場所から銃を使えば、剣よりも早く安全に倒すことができるはずだ。
ならば何故、この世界の冒険者は銃を使わないのか。
それは10階以降では物理無効、または物理耐性持ち、中には飛び道具耐性なんてものを持った厄介なモンスターもでてくるからだ。そういったモンスターを無視して攻略できないこともないが、フロアボスのような攻略上無視できないモンスターもいるため、物理攻撃のみでは攻略が詰む。実際、ダンジョンダイブ黎明期では15階前後で攻略が
そも、銃には対応スキルがなく、レベルアップやジョブ補正による肉体強化の恩恵も受けにくい。逆にダンジョンのモンスターは深く潜るほどにどんどん能力が強く、素早く、様々な耐性を持ち、強力な攻撃手段を取ってくるようになる。7階で戦ったヴォルゲムートクラスにおいては、銃弾を打ち込んだところで大したダメージを与えられないだろう。
攻略する階層が浅い場所限定というならともかく、より深く攻略するのを念頭に置いているなら、対応するウェポンスキルがある武器、もしくは魔法を使って鍛えていくのがセオリーだ。そのほうが後々強くなることが目に見えている。
(まぁそれに。10階以下でもあれだけ冒険者がいたら、銃なんて危なくて使えないだろうな)
ということでこの先のモンスターを考えれば俺か妹のどちらか、あるいは両方とも魔法を取得しておいたほうがいいだろう。
魔法攻撃手段以外でいえば、【シーフ】の《フェイク》と《トラップ検知I》や、【ファイター】の《バックステップ》と《スキル枠+3》あたりは是非とも取得しておきたい。
「ジョブって何度でも変更可能なんでしょ?」
「できるぞ。ジョブレベルはリセットされるがな」
ジョブは何回でも変更可能だが、ジョブレベルはリセットされて1からとなり、ジョブによるステータスボーナス(※1)も減ってしまう。また上げればいいだけなのでそこまでのデメリットにはならない。一度ジョブレベルを上げたジョブへの再転職はスキルの再取得やジョブ補正目的で行うのが一般的だ。
一応、取得できるスキルとジョブ特性(※2)を妹に説明しておく。
「え~と、魔法撃ちたいから先に【キャスター】やってみたいかも。魔法を使いながらでも《二刀流》ってできるんだよね?」
「普通にできるぞ。ただ魔法を撃つときに武器が邪魔になるかもしれないから、そこは考えて武器を使うんだな」
【キャスター】は魔法攻撃を覚える以外にも、簡単な状態異常を回復するスキルも覚える。パーティーに一人は欲しいジョブだ。スキル枠に余裕があるなら覚えておいて損はない。
「じゃあ俺は【ファイター】か【シーフ】にしてみるか」
【ファイター】はいくつか近接戦闘スキルをいくつか覚えるが、最重要なのはなんといっても《スキル枠+3》。これは無条件に習得しておきたい。
それ以外には後方に回避する《バックステップ》も使えるスキルだ。これは通常攻撃や一部のスキルモーション中に割り込んで発動することができ、動作をキャンセルして後ろに緊急回避するスキル。こういったスキルキャンセル系スキルは対人戦や一部の強力なモンスター戦において重宝され、上位互換である《スウェー》を覚えるまではスキル枠に入れる価値はあるだろう。
戦闘面でのスキルでいえば【ファイター】のほうが優秀だが、情報漏洩に備えて【シーフ】の《フェイク》スキルだけは先に覚えておいたほうがいいか。
それ以外の【シーフ】のスキルでは《トラップ検知I》も役立つスキルだ。面倒なトラップを見つけやすくなるのでスキル枠に余裕があれば覚えておきたい。ただこれもパーティーの誰かが持っていれば十分なのだが。
「ま、先に【シーフ】になっとくか」
おもむろに水晶に手を当て、目を閉じる。すると頭の中にぬるりと数字の羅列が投影された。
(※1) ステータスボーナスはジョブレベルMAXの10で100%貰え、ジョブレベル1では10%しか入らない。例えば【ファイター】ジョブレベル10でSTRとHPが共に10%アップするが、ジョブレベル1では1%ずつしかアップしない。
(※2)基本ジョブ3種データ。
【ファイター】 STRとHPに10%ボーナス
・《スラッシュ》 ジョブレベル(以下JL)2で習得 片手剣、両手剣スキル
・《HP上限アップI》 JL4
・《フルスイング》 JL5 片手斧、両手斧スキル
・《バックステップ》 JL7
・《スキル枠+3》 JL9
・《ソードマスタリーI》 JL10 片手武器装備時に攻撃力、熟練度がアップ
【シーフ】 AGIのみ15%ボーナス
・《フェイク》 JL2 ステータス偽装
・《隠密》 JL3 モンスターに気づかれにくくなる
・《ダブルスティング》 JL5 短剣スキル2回攻撃
・《パワーショット》 JL7 弓スキル(弓矢は消費)
・《開錠I》 レベル9 簡単な鍵を開ける
・《トラップ検知I》 JL10 簡単なトラップ検知
【キャスター】 MPとINTに10%ボーナス
・《ファイアーアロー》 JL2 数cm大の炎の矢 炎属性
・《回復》 JL3
・《アイスランス》JL4氷の槍 水属性
・《キュア》 JL6 状態異常回復
・《ウィンドガード》 遠距離攻撃から守る防御魔法 風属性
・《メディテーション》 JL10 スキル使用中にMPリジェネ
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