第40話 微笑む魔人
石畳を踏みしめ、隠しエリアに向けて足を進める。
通路が真っすぐのため遠くまで見えるのはいいが、見渡しの悪い十字路も多く、角待ちしているモンスターには気を付けないといけない。狩りをしている冒険者がほぼいないためエンカウントが多くなるのを見越して俺も歩いての移動だ。
「10階はどんなのがでるの~?」
足の調子を確かめながら歩いていると、妹が隣で小太刀をクルクルと回転させながらモンスター情報を聞いてくる。
「トロールやオークロードみたいな大型亜人モンスターがメインだな。中ボスはミノタウロスだ」
「ミノタウロス~? オークロードはもう普通に倒せるのかな……」
オークロードについては5階でのトレインで見たときの凶悪な姿が記憶に新しいが、今の俺たちはそれ以上の力を持っているはず。ただ急激にレベルを上げたため強くなった実感が湧かないのだ。
この階は亜人が多いので5階で拾った亜人特効アイテム[オークロードの紋章]を妹の胸に装着させている。見た目は豚のマークの可愛いバッチだが、亜人に対して攻撃ダメージ10%上昇、被ダメージ10%減少とそれなりに強力な効果がある。5階でポップするオークロードしか落とさないため、橋落としを独占できるならもう何個か欲しいところだ。
そんなことを考えつつ何番目かの十字路に差し掛かったとき左方向からベタンベタンという音が、微かな振動と共に聞こえた。トロールかな。
音がする方の角からこっそり覗くと、のっそのっそと歩くトロールが見える。3m弱ほどの巨体で襤褸切れを纏い、髪はボッサボサ、毛むくじゃらの筋肉質。アクティブモンスターだが五感は鈍いため、目の前に出でもしない限り襲われることはない。
「(どうするのっ。戦う?)」
「(いや、通り過ぎるのを待つぞ)」
トロール相手に短剣や小太刀のような刃渡りの小さい武器で攻撃しても、急所以外では分厚い筋肉や脂肪に阻まれることがある。短い時間で倒すなら攻撃力または貫通力の高いスキルを持つか、それなりの大きさの武器が欲しいところ。現状では無理に戦う必要はない。
ということで少し後退してトロールが通り過ぎるのを待ち、再び隠しエリアを目指して足を進める。
途中何度かトラップを避けてトロールを数体やり過ごし西へ1kmほど進むと、目の前の一本道をオークロードが塞いでいた。動く様子は見られない。
オーク系は足が遅いという弱点はあるものの、この麻痺した足では上手く走ることはできないので俺では振り切れるか微妙だ。華乃に釣ってもらって撒いてくるにしても、この辺りのMAPを全く知らない上、下手に走り回れば他のモンスターがリンクしてトレイン状態になってしまう危険性もある。素直に倒したほうがよさそうだ。
「(アイツはやるぞ。武器は強く振り過ぎるなよ、壊れるから)」
「(うん。私が先に出るね、おにぃは背後からよろしく)」
「(わかった)」
5階のオークロードと同じように、丸太のような棍棒を持っている。妹が駆け寄る姿を見るや否や、その巨大棍棒をぶち当てようと振りかぶる。が、予想以上に加速した妹はするりと脇腹から横へ回り一閃。
痛みによろめきながら「グアアァアアッ!!」と響く声で叫ぶ。そんなことはお構いなしに華乃は次々に容赦なく斬りつける。俺が背後から挟みこんで攻撃するまでもなくオークロードは倒れこみ、魔石となった。
「華乃の動きについていけてなかったな。恐らく見えてもいなかったか」
「でも、もう少し速くできそう」
あのデカい棍棒に当たればただでは済まないだろうが、今の華乃に当たるようには思えない。オークロードの動きが良く見えた……というのもあったが、肉体強化により移動速度と加速度が思ったよりも向上しており、見てから余裕でした状態。これならミノタウロスも問題なく倒せそうだ。
その後も確かめるように何度か戦闘をしながら、ようやく中ボスがいるドーム状の部屋まで辿り着く。この部屋の先に隠しエリアへ入る仕掛けがあるので部屋の中を通っていかなくてはならない。
部屋の大きさは50m四方ほど。部屋の入り口付近からこっそり中を窺えば、身長2mほどのミノタウロスが部屋の中央付近にポツンと立っているのが見える。部屋自体が大きいためミノタウロスは相対的に小さく見えるが、筋肉が異様に盛り上がっており、牛頭人身の獣人の姿も相まって圧迫感すらある。
モンスターレベルは12。手には[ラブリュス]という攻撃力が高められた対称形の両刃斧を持っている。あの斧を受けきるには相応の武具とSTRが必要だ。また、初めてウェポンスキルを使ってくる敵――俺たちの場合は7階のユニークボスが初めてだったが――である。
感知能力はそれほど高くはないため、物音を立てないで部屋の外側の壁に沿って行けば通り抜けることは可能だ。さてどうするか……
「(戦いたいんだけどっ)」
「(……まぁいいか。だがウェポンスキルだけは注意しておけ。あれは受けるな)」
「(うん。撃たせる前に倒すつもりだけどねっ)」
ミノタウロスのウェポンスキル《フルスイング》はSTRに比例し攻撃力が上昇する両手斧スキル。どういったモーションで発動するのかを道中に教えておいたが、今の動体視力と肉体能力があれば発動後でも見てから躱せるだろう。
華乃は部屋に入ると同時に前傾姿勢のまま加速し、あっという間に時速50kmに達するほどの速力でミノタウロスへ接近する。
近寄る音に気づいたミノタウロスは、高速で向かってくる姿を見て取ると、後手に回るのを覚悟で華乃の攻撃を見極めて受ける構えを取る。それだけでミノタウロスがパワーにものを言わせただけのモンスターではないのが分かる。
俺も後を追って駆け出すが、レベル8だった頃の走力にも達していない。それでもマジックフィールド外での一般人以上に走力はあるだろう。
(相手が待ちなら無理に攻撃を仕掛けなくていいんだぞ……何か作戦があるのか?)
ミノタウロスの構えが受けと分かると、左右どちらかから攻撃するか読ませないよう、ジグザグに動いてフェイントを仕掛けながら近づいていく。
ミノタウロスとしては、華乃の攻撃を受けてから力押しに持ち込み、武器を弾き飛ばしてカウンターを狙いたかったようだが、それも難しいと判断すると受けを諦め、重心を低くしウェポンスキルの発動モーションに入る。前方の広範囲を薙ぐ《フルスイング》だ。
しかし、その判断は“遅い”。
華乃はまだ余力があったのか、さらに加速し《フルスイング》の発動前に間近まで到達。そこから右脇を搔い潜って腹を斬りつけつつ背後に回り込むと、《二刀流》により右手と左手が独立して動いているような器用な斬り方で次々に斬りつける。亜人特効がある[オークロードの紋章]も効いているのか、えぐい攻撃力を出している。
それだけ斬られている状態でも《フルスイング》は発動する。ただその方向にはすでに華乃はいない。ミノタウロスは背中を滅多切りされながら「モ”ォオォオォ」という牛の断末魔のような叫びを上げ、地面に伏して魔石となった。
ダンエクの攻撃スキルには発動モーションの状態に一度入ると“スキルキャンセル”を行わなければ発動完了するまで止まらないという制約がある。
そして現状、スキルキャンセルをしてくるモンスターはいない。少なくともゲームでは記憶にない。ミノタウロスもゲームと同じならスキルキャンセルはしてこない敵だ。
《フルスイング》は、前方に大きな範囲を薙ぐため、躱しにくいスキルではある。だが発動前の溜めモーションがしっかり見えているなら躱すことは難しい話ではない。
引くのか、しゃがむのか、飛ぶのか、前に出るか。その4択の中で《フルスイング》に対しカウンターを狙うなら、しゃがむか前に出るかの2択。そこで華乃は加速しながら前に出て回り込みつつ背後を切り裂いた、という流れである。
しかしその流れはレベル差があればこそ。仮に華乃のレベルがミノタウロスのモンスターレベルと同等か、それ以下なら、ミノタウロスは開幕に《フルスイング》を放つのではなく、そも最初に受けを狙わず、全く違った戦いになっただろう。
「大丈夫。今のはレベル差があったからでしょ」
「そうだ。まぁそうでなきゃ戦闘にゴーサインは出さなかったしな」
ちゃんと分かっているようで何より。慢心が一番怖いからな。ゲームのようにやり直しが効くなら失敗して痛い目をみるのもありだろうが。
ミノタウロスの魔石とダンジョン通貨を拾い、奥にある石壁に向かう。
石壁を注意深く見れば数cmほどの丸い窪みがあることが分かる。そこに持っているダンジョン銅貨をはめ込むと……
「あっ、壁が割れた! すっご~いっ!」
重いものが擦れ合うような音と共に石壁が石の形に沿って左右に開く。ただ窪みにコインをはめ込むだけで開くとか、無駄に凝った作りだなぁと感嘆しつつ中へと入る。この先はモンスターはポップせず、完全な安全地帯のはずだ。
閑散としている広い広場をゆっくりと歩いていると、ダンエク初心者だった頃の記憶が蘇ってくる。ここでアイテム交換しながらわらしべ長者をしたっけか。
ダンエクのサービスが開始したころは隠しエリアとして扱われていたが、それなりの広さがあるこの広場は、プレイヤー達には公然の攻略拠点として扱われていた。自分が売りたいものを持ち寄って露店を開いたりパーティーを募集したりと賑わっていた。しかし今は俺たち以外に誰もいない。
広場を横切りしばし歩くと粗い石を積み上げて作った四角い箱のような建物が見えてくる。目的地である通称“オババの店”にようやく辿り着くことができ、安堵感から深いため息をつく。本来ならここに来るのはもう1ヶ月くらい後の予定だったのだが……
店先には黒い薄手の服を着崩している女性が簡素な椅子に座り、プカプカと煙管を吸いながら煙を楽しんでいる。俺達が近づくとゆっくりと立ち上がり。
「あらぁ、いらっしゃい。何か買っていくかい?」
こめかみから大きく重そうな角を生やした魔人がにっこりと微笑んで俺達を歓迎してくれた。
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