第37話 早瀬カヲル ④
―― 早瀬カヲル視点 ――
ユウマをも上回る刈谷のハイレベルな戦闘技術に狼狽し、Dクラスからの悪意あるヤジが私の心を痛めつける。
そしてついに大剣の一撃がユウマの脇腹に決まり、思わず目を塞いだ。
信じていたものが徐々に罅割れ砕け散る。必死にかき集めて再構築しようとしても端から次々に零れ落ちていくような感覚。私達が自信をもって送り出した友が、無惨にも敗れてしまった。
やはり私達Eクラスは彼らの言うように劣等生なのか。あれほど、血の滲むような努力をしても尚、勝てないというのはそういうことだったのか。この学校で得られる夢なんてものは最初から無く、全て幻だったのか――
あの日から授業も上の空だ。昨夜もよく寝付けなかった。日課となっていたダンジョンダイブも朝の訓練も今は休止している。
今日の授業も終わり、重い息を吐きながらゆっくりと帰りの支度をしているとナオトが静かに話しかけてきた。
「……少し、話がある」
いつもの柔和な雰囲気ではないことから何か重要な話なのだろう。ここではDクラスの輩がいるので廊下に出ることにする。窓から見える空は私の心を反映したのか鉛色で今にも泣きだしそうだ。
「カヲル。僕達が諦めてどうする」
諦めるとは何をだろうか……などと分かっているのに無意識に逃げの考えが思い浮かぶ。けれど優しくも力強いナオトの視線が私の目の奥を捉えて逃げることを許さない。
「僕達は歩みを止めてはならない。このクラスのためにも。何よりも僕達自身のために」
私達自身のため。そうはいっても3年間というアドバンテージを覆すことなんてできるのだろうか。思い浮かぶのはあのハイレベルな戦闘。ユウマなら追いつけるかもしれない。でも私はいつあのレベルに辿り着けるのか。そんな自信などもう……
「そう思わせることが奴らの狙いなんだ」
悪意を向けられていることは知っている。部活動勧誘式でも肌で感じた。外部生なんて勧誘も歓迎もする訳がないということも。
「僕達が入学した初日に、ピンポイントでユウマを攻撃してきたことに疑問を持つべきだったんだ」
その悪意の攻撃は周到に計画されたものだという。
ユウマは外部生として最優秀成績で入学したEクラスの顔とも呼べる生徒。同時にクラスそのものを引っ張っていくカリスマ的存在でもある。その彼に対し訳の分からぬ言い掛かりを付けてきた刈谷とDクラス一派。
Dクラスの彼らも中学時代の3年間遊んでいたわけではない。国が認めるほどの能力を持ち、必死でレベルを上げてきたはず。そんな彼らがダンジョン経験皆無のユウマにピンポイントで攻撃してきた……か。確かに最初から仕組まれていたと考えるのが妥当だ。
「敵は予想以上に大きいかもしれない。だからといって悪意に負けてはいけない。僕らが前に進むために歩みを止めてはいけないんだ」
これを企んだ敵とその背後は想像以上に巨大かもしれない。だけど無条件に夢を諦めるなど真っ平御免だと身振り手振りで力説する。
私も入学前から毎日竹刀を振り、走り、寝る前に学業に勤しみ、入学後は毎日ダンジョンに潜っていた。その歩みを数日間とはいえ止めてしまっていた。やる気がなかった、というよりも逃げていた。
「カヲル。君の夢は何だい? 追いかけているものはないのか?」
夢……そう、幼少の時に父から聞いた御伽噺に出てくる伝説の冒険者に憧れていた。常識を超えた剣術を使いこなし、深淵なる魔術を極め、凶悪なモンスターを相手に縦横無尽に戦い、誰も辿り着いたことのない未知の階層を攻略する勇敢なる――勇者の物語。
寝る前には何度もその話をしてくれと強請ったものだ。
そんな存在は御伽噺の中だけしかないかもしれないけれど、今も夢を叶えようとダンジョンの最前線で頑張っている攻略クランもある。私もそんな冒険者達と背中を預け、共に最前線を攻略したいと夢見て竹刀を振るってきたのだ。そのために冒険者学校に入学したのだけど……
「入学してたかが1ヶ月と少し。不条理で悪意のある攻撃をされたからといって、そんなことで夢を諦め、折れていいのかい? 僕は嫌だね。絶対に諦めない」
私だって嫌だ。でも。
「だから……力を貸してくれないか。前へ進むために」
ナオトが頭を下げて力を貸してくれと頼みこんでくる。
私はユウマの役に立てなかった。友をあんな目に遭わせて逃げるような女だ。もう横に並び立つ資格はないのかもしれない。それでも――
「……私でも……こんな非力な私でも力になれるのだろうか……?」
鉛色の空から雨が零れはじめた。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「なるほど。クラス対抗戦か」
「時間はそれほどない。あと1ヶ月で僕たちがどこまでできるかが勝負だ」
六月にあるというクラス対抗戦。1年生の全クラスが参加し、クラスの順位ごとに成績が加算される最初の試金石ともいうべき試験だ。
「去年の対抗戦の詳細は調べてきた」
プリントアウトしてきた紙を渡される。すでに情報をある程度集め、纏め上げているとはナオトの手際の良さには舌を巻く。
「ふむ、これは……グループ作りも重要になってくるのか」
クラス対抗戦は1週間かけてダンジョン内で行う。去年に今の2年生がやった種目は「指定ポイント到達」「指定モンスター討伐」「到達深度」「指定クエスト」「トータル魔石量」の5つ。これらは恐らく今年も同じだろう。
一見したところ、やはり高レベルが有利になりそうな種目ばかり。無駄な戦闘を避けられる隠密系スキル持ちも活躍することだろう。そしてレベルが低く、ジョブチェンジ済みも少ないEクラスはやはり厳しい戦いになりそうだ。
これら5つの種目にクラスメイトをどう振り分けるのか。Eクラスのダンジョンダイブにおいて先頭を走っている私達は集めたほうがいいのか、分けたほうがいいのか。
「どう振り分けるにしても、Eクラスの戦力底上げは必ずしておきたい」
一人足手まといがいればそのグループ全体の動きが鈍くなるというのもあるが、レベルが低いほどレベルも上げやすく練習の効果も出やすい。ここは積極的に戦力の底上げを狙うべきだと端末のデータベースを見ながらナオトが言う。
私もクラスメイトの現在レベルを見てみる……この1ヶ月でEクラスのほとんどがレベル3に到達。レベル4が10人程度、レベル5以上は私とナオト、ユウマ、サクラコ。そして磨島君の合わせて5人、つまりジョブチェンジ済みも未だ5人しかいないことになる。
レベル5になれば【ニュービー】のジョブレベルも7となり《簡易鑑定》を覚えるので気兼ねなく基本ジョブに移行できる。つまりレベル5になったかどうかはジョブチェンジしているかどうかのラインになるのだ。
なんとか試験までにジョブチェンジ済みを増やしたいところではあるが……
「一番レベルの低いのは……レベル2の久我さんね」
登録されているクラス全員のレベル一覧を見る。一人だけレベル2の生徒がいたので詳細項目をタップする。
クラスの後ろの方に座っているショートボブの女生徒を思い出す。いつも一人でいて誰かと話しているところをほとんどみたことがない。口数も少なく影の薄い生徒だ。未だレベル2ということは、もしかしたら誰とも組めていないのかもしれない。
一応、颯太も見てみたがレベル3になっているのでダイブ自体はそれなりに頑張っている模様。いや……もしかしたら大宮さん達に手伝ってもらったのかもしれない。
(久我さんと颯太は要注意か)
この二人はクラスの足を引っ張る可能性がある。どう手を打つべきだろうか。
「戦力底上げの手段としてダイブ能力の低いクラスメイトを集めてパワーレベリングをするのもいいが、それに依存してしまうのも怖い。最初は練習会を開いてクラスメイトの長所を伸ばす方向で考えている」
パワーレベリング。キャリーされる側は楽にレベルアップできるが、それに依存すればその先が伸びない。きちんと工夫して攻略できるよう手助け程度に留めるのがベストだろう。私達が知っているダンジョン情報を共有しつつ、剣術、魔術、戦術を教え合って、各自パーティーが攻略しやすいようにすることを目指して行くようだ。
けれど、魔術や剣術などは本来私達が指導するより知識が豊富で施設もある部活に入って伸ばすほうが良いに決まっている。それなのにDクラスとの悶着により現在は入れないままとなっている。ナオトは何か考えがあるのだろうか。
「部活についてはどうするの?」
「それも難しい問題だ」
ナオトは眉間を揉みながら次から次に湧いて出てくる難題に頭を悩ませる。
「現状のまま打開策がないならEクラスの先輩方のいる部活に入るのがいいと思っている」
「でもDクラスからの嫌がらせは激しさを増すわ……」
刈谷が例の決闘騒ぎ以降、Eクラスの先輩方が作った部活には入るなと強い圧力をかけている。それでも入るとすればDクラスが乗り込んでくる可能性がある。
「そうだ。それについては大宮が生徒会に立会いを求めている。駄目かもしれないが結果を待ってから彼女たちの意見を加え、再考してみよう」
ひょこひょこと動く小柄で元気な大宮さん。彼女も何か動いているらしいが、Eクラスの現状を放置しておくような生徒会が果たして話を聞いてくれるのか……とはいえ、打つ手もそれほどない状況では僅かな可能性だとしても待ってみる価値はあるかもしれない。
「あとクラス対抗戦で考えることは……」
「妨害対策とか……魔石を恐喝してきたり」
対抗戦の間は魔石で食事や生活・生理用品と交換するルールを採用している。ダンジョン内では文字通り生命線となるだろう。実際の魔石交換レートがどれくらいなのかは分からないが、魔石を奪われれば棄権に追い込まれる可能性が出てくる。
一応ルールとしてそういった強奪は禁止されているものの、ダンジョン内にいる全ての生徒を監視することは不可能。所持している魔石は分散したり隠したりするなど対策を講じておいたほうがいいだろう。
「ふむ。しかし対策するにも去年の情報をもう少し精査してからのほうがいいかもしれん。勉強会のほうは参加して欲しい人は僕の方でリストアップしておこう」
「サクラコとユウマにはもう?」
あの決闘以降、ユウマとサクラコも精神的に参っているはず。これからも彼らとは背中を預け合える仲でありたいのだけれど……
「いや、まだだ。一緒に説得して欲しい」
「……もちろんだ。それとナオト」
私が、私達が前に進むため何ができるのか。それはゆっくり考えていくとして。とにかく彼らを救いに行こう。自信を折られ、冷たい沼に沈み込んでいた私を救ってくれたように。
でもその前に。
「なんだ?」
「……ありがとう」
数日ぶりに、笑えたような気がした。
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