第38話 10階へ ①

「それじゃあ、最後にあのスケルトンが撃ったスキルは対空スキルなんだ」

「空中にいる対象に当てれば高確率でクリティカルダメージになる対空カウンタースキルだな」


 あの戦いの後、体力とMPが枯渇し2時間ほど気絶したように寝てしまった。そして今現在は妹の背に負ぶさりながら会話をしている。足に上手く力が入らないので背負ってもらっているのだ。

 

 そう。下手すると小学生にも見えなくもない妹に。豊満ボディのはずの俺を。

 

 ダイエットに励んでから1ヶ月と少し。最近では入学式に着ていたズボンに余裕が出てきていた。このままいけば半年後くらいには80kgくらいまで体重が減らせられるのではと期待を抱いて頑張っていたのだが――あの骨との戦いの後、疲れて寝て起きたら若干細くなっていたのだ。

 

 今まで極度に太っていたので標準の細さというものを忘れていたけど、腕や腰回りを確認してみた感じではデブというよりぽっちゃりレベルまで体重が落ちているのではなかろうか。おかげで着ている服や防具が伸び切っているようにダボダボになっていた。今はベルトなど要所で締め直している。


 もちろん背負っていられるのは俺が痩せたという理由だけでなく、妹が大幅にレベルアップしたというのもある。何と片手で数十kgの岩をヒョイと持ち上げられるほど肉体強化されていたのだ。レベル上昇幅は1や2ではないことが分かる。

 

 とはいえ太った男子高校生が、小柄な女の子に背負われているのはシュールに見えるだろう。オラ少しだけ恥ずかしい……

 

 しかしこの足の不調……試しに自分を《簡易鑑定》してみたら、移動速度低下とHP上限低下の状態異常が掛かっていた。強化魔法による無理な負荷と再生スキルの繰り返しにより、足の筋肉がおかしな方向に回復してしまったのが原因だろう。所々麻痺していて思うように動かない。


 ちゃんと治そうと冒険者ギルドでの治療も考えたが、多額の費用が掛かってしまう。学校にも【プリースト】の先生はいるが、こちらで治すなら確実に鑑定されてしまうだろう。大幅にレベルアップしている現状を知られるのはまずい。


 そういった理由から家に帰らず、そのまま10階の隠しストア「オババの店」に行って治そうというわけだ。


 腰にはファルシオンがぶら下がっている。あの骨を倒したときに魔石と共にドロップしたので有難く頂戴した。また城主の間にあった宝箱はひとりでに開いており、中には銀のチェーンで繋がれた淡い水色の宝石のペンダントが1個だけ入っていた。


 ファルシオンもペンダントも何らかのマジックアイテムなのは確かだが《簡易鑑定》では判別できなかった。恐らく中層レベルのアイテムなのだろう。ただどちらもアンデッドが持って守っていただけに呪い装備の可能性がある。剣は鞘から抜かず、ペンダントも装備せずカバンに入れたままだ。こうすれば剣も装飾品も装備したという判定ではなくなるため呪いは発動しない。


 あれやこれやと背負われながら考えていると、妹はヴォルゲムートとの戦闘が気になるようで矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。


「最後に使ったスキルはなに? すんごい威力だったんだけど……」

「あぁ、《アガレスブレード》か」


 最上級ジョブ【剣聖】が覚える片手武器、素手スキル。マニュアル発動でも簡単なモーションで発動することができ、発動までの前兆が読みにくく発動後の隙も少ないという優秀なウェポンスキルなのだ。


 特筆すべきなのは素手でも発動可能という点。片手武器で発動したときより威力は下がるが、剣と格闘を織り交ぜた戦い方ができるので対人戦用のスキルとしても人気が高い。


 俺はゲーム時代に覚えていた幾つものウェポンスキルを使うことができるという“チート”を持っているのだが、STRが低く武器も弱い状態で、まともにダメージを与えることができるスキルはほとんどなかった。


 そんな中《アガレスブレード》はSTR比例ダメージに加えて固定ダメージも乗るため、低レベルの俺でも相応のダメージが与えられる唯一の攻撃スキルだったわけだ。


 ……とはいえ、最上級ジョブの高威力スキルを低レベルの俺がまともに発動するとなれば肉体が耐えられるわけもなく、代償として右腕が根元から吹っ飛んでしまった。まぁそうなるなとは何となく分かっていたが。


「そもそもだけど。何であんないっぱいスキル使えたの? 最初の強化魔法も何だかおかしな発動方法だったよね。というかあの強化魔法も一体何なの?」


 そりゃ色々と気になるよなぁ。さて、なんて説明したらいいのか。


「……今のお前にはまだ早い」

「ちょっと! 師匠みたいな言い方しないでよっ!」


 妹は半年ほど前から武術スクールに通い始めたのだが、そこの先生――師匠と呼べと言われてるらしい――がまだ若い癖に師匠ムーブを強要してきてウザいとのこと。伸びた顎鬚と肩の部分を破いて取ったような胴着もダサいと何度か愚痴をこぼしていた。結構上位の冒険者らしいが、果たして。


「まぁ全てを話してもいいが、ダンジョン知識は下手に知れば危険が伴う。そこらの冒険者から自分の身を守れる程度に強くなったら教えてやる」

「うーん……わかった……」


 なんだ、やけに聞き分けがいいな。


 危険なゲーム知識はともかく、マニュアル発動については早めに教えておくべきか。今後もイレギュラーなトラブルが起こらないとも限らないし、ダンジョン外でもダンエクのシナリオにあるような危険なイベントに遭遇するかもしれない。身を守る術は多く持たせておきたい。




 そんな雑談をしながら7階の追加MAPから魔狼の遠吠えが聞こえる通常エリアのMAPへ戻り、そこからメインストリートを辿って8階に到着。


 8階は7階までと打って変わって、再び洞窟MAPとなっている。ただ天井も横幅も20~30mほどあり今までの洞窟MAPより広く、そこまでの閉塞感はない。入り口広間の冒険者は7階と比べてさらに少なくなっている。施設も無人の販売機とベンチが何台かある程度で、まるで寂れた田舎のパーキングエリアのようだ。


「トイレいってくるから待っててね」


 俺をベンチに下ろすとトイレを指差して言う。別に歩けないわけではないからそこまで過保護にする必要はないのだけども。


「んじゃそこの自販で何か買ってくるわ」


 自販までの20mほどの距離を確かめるように歩いてみる。普通に歩くことはできるし痛みもないが、足の感覚が所々麻痺して薄れているのが分かる。ふくらはぎを見てみれば、筋肉と血管がボコボコに浮き出ていた。


 これでも戦えないこともないが、走力とか瞬発力とか相当落ちているはず。戦闘は極力避けていったほうがいいだろう。


「まったく……無理するもんじゃないな。仕方がなかったとはいえ」


 吹き飛んだ右腕はしっかり正常に――ちょっぴり痩せた状態で――生えているが、左腕はなんだか皮膚と筋組織が歪に修復されている。そして無性に腹が減る。これは《大食漢》のせいなのか強力な再生スキルを行使した副作用なのか、あるいは両方か。


 目の前には何処かで見たような古めかしい自動販売機がいくつかあった。何を売っているのか近寄ってみると。


(うどんか。腹減ったし食っていくか……って。高すぎだろうが!)


 狸うどんごときが980円だと? 常識を遥かに超える驚きの値段にじっくり20秒ほど悩んだが、この猛烈な空腹感には抗い難い。コインを入れボタンを押すと中身の入った熱々の容器が勢いよく飛び出してくる。


「おい、こぼれてるじゃねーか……熱っ」


 愚痴をこぼしながら息を吹きかけ食べようとすると、トイレから出てきた妹が同じものが欲しいと強請ってきたので渋々了承する。こんなのが2つで1960円とか世も末だぜ……と思ったが、空腹は最高のスパイスというのは本当のようで、安っぽい狸うどんでも最高に美味かった。汁まで飲みきり、発泡スチロールの器を専用のゴミ箱に投げ込む。


「10階まで行くのに、おにぃを背負ってて大丈夫かな。モンスターいっぱいいるんでしょ?」

「大丈夫だとは思うが、一度8階のモンスターと戦ってみて今の実力を調べたほうが良いか」


 10階にある隠しストアにいくには中ボスがいる部屋を通らないといけないので最悪戦闘になる可能性がある。その前にこの階でどれくらい強くなったか試したほうが良いだろう。ヴォルゲムートを倒して実際どれくらいレベルアップしたのかも分からないからだ。


 8階にでるモンスターはオークジェネラル、ジャイアントバット、オークアーチャー、オークソルジャーの4種。


 オークジェネラルはモンスターレベル9。モンスターレベル8のオークソルジャーやオークアーチャーを複数体連れていることがあるため戦う際は背後の数を確認する必要がある。


 ジャイアントバットも厄介な敵だ。攻撃力は大したことはないが空中を飛んでいるため、遠隔攻撃の手段が無いなら非常に面倒。無視しようとしても執拗にこちらを追いかけてくるので倒さないでいるのも難しい。この階で狩りをするなら遠距離攻撃持ちが欲しい所だが――


「倒すなら攻撃してきた瞬間をカウンターで迎撃するやり方が一般的だな」

「ふーん……あ。上のアレ、ジャイアントバットじゃない?」


 9階へ続くメインストリートを背負われながら移動していると体長50cmほどの何かが天井に張り付いているのが見える。あれくらいの蝙蝠なら翼を広げれば1.5mほどになるだろうか。


「こっちに気づいてないな。寝てるのか」

「じゃぁ、そこの石でも投げてみるね」


 ジャイアントバットがいる真下付近まで近づく。天井までは20mくらいか。華乃が落ちている小石を勢いよく投げる。


 ピシャンッ!! と投げた小石が風切り音を立てながらジャイアントバットの1m横にぶち当たり、粉々に砕ける。あの感じからして時速200km近くは出ていたのではなかろうか。


 突然の音に驚いたジャイアントバットは一度ふわりと飛びながら周囲を見まわし、こちらを見つけると翼を畳み、防具で守られていない妹の首元を狙って滑降してきた。


「よーし、ばっちこーい!」


 迎え撃とうと小太刀を構えるが……うーむ。


 ジャイアントバットの滑空速度は時速100kmほどで、こちらに向かってきているのが。それは妹も同様のようで、噛みついてくる瞬間に斬りこむのではなく襟首をつかんで見せた。キィキィと鳴きながらジタバタするジャイアントバット。可愛いのかもと期待して顔を観察してみれば、思ったより獰猛な顔つきをしていたので躊躇なく小太刀でトドメを刺し魔石化させる。華乃ちゃん……


「こっちにくるのがすっごくよく見えたんだけど。これってレベル上がったせいなのかな」

「レベルがあがると力や魔力だけじゃなく、反応速度や動体視力も上がるからな」


 今ので動体視力が相当上がっているのは分かった。ジャイアントバットくらいなら数匹絡まれても何の問題も無く勝てそうだ。

 

 しかし今のだけでは俺達の戦闘能力がどの程度なのかよく分からない。もう1回くらい戦っておくとしよう。

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