第36話 おどろおどろしい勇者

 骨だけのはずの腕から振り下ろされる、特異の力が乗った斬撃を紙一重で躱し、すれ違いざまに回転しながら加速し渾身の力を乗せて手斧を叩きこむ。それに対しヴォルゲムートは明らかに関節の可動域を無視した動きで上体をずらして回避すると、死角からカウンターを仕掛けてくる。


 目の前で轟音を立て、大岩を砕こうかというような攻撃を何度も躱し、持てる全てを振り絞って致死を狙う。腕を振るうたびに血が流れ蒸発し、骨と臓腑が軋みを上げる。すでに全身の筋組織は断裂と再生を繰り返し、歪に再結合している。


 レベル8でしかないこの体にバフで無理やり身体能力を底上げし、踏み込みだけで石材の床が罅割れるほどのスピードと、振った斧が壁に当たれば砕け散るほどのパワーを出せば無理が出てくるのも当然だ。肉体の強度が強化スキルに全く追いついていない。


 それも全てはコイツと戦い、生き残るための対価。だが、このままではじり貧になるのは確実。


 今は拮抗しているように見えてもあちらはアンデッドのため疲労は無く、逆にこちらは息が上がり無茶な強化ですでにズタボロ。その上、バフスキルのタイムリミットも迫っている。


 しかも……ヴォルゲムートは想像以上に戦い慣れしているようだ。バフのおかげでスピードとパワーは互角まで持っていけたが、俺のフェイントを織り交ぜた斬撃軌道をほぼ全て読みきり、さらには《シャドウステップ》の高速移動を活かして死角からカウンター攻撃を狙ってくる始末。短時間で倒すには困難を極める。




 ――ならば。体への負担はデカくなるがカードをもう1枚切ろう。




 今の間合いから半歩引いての乱打戦へ移行。この間合いでは手斧よりリーチの長いファルシオンのほうが有利になるが、回避重視の立ち回りに徹底する。


 両手でなければ受けきれない強い攻撃に注意しながら、左手で魔法陣を先行入力し、死角に逃げつつ再び乱打戦へ。ゲームの時は魔法陣の入力判定が途切れても1秒以内なら継続できる判定だったが、こちらの世界でも同様なのは確認済みだ。


 魔力の流れが少しずつ魔法陣の形になり始めるとさすがに気づいたか、ヴォルゲムートが俺のスキル入力完成を阻止すべく片手剣スキル《サベージストライプ》を発動してくる。


 発動直前に重心を低くして武器を突如水平に構え、横に凪ぐモーションを取る。武器の間合いさえ分かっていれば《サベージストライプ》の軌道と攻撃範囲を読むことは可能。そも、ジョブが【シャドウウォーカー】でスキル所持数が4つなら、このスキルを持っていることも予測済み。


(此方人等そのスキル何千回も見てきてんだよ!)


 ファルシオンの剣先はスキル補正により音速を超え、目視は不可能となるが軌道は分かっている。間合いを再び詰めてスキルの発動直後を両手で受ける。火花が散るがそこで潰すことに成功。《サベージストライプ》を躱すには「飛ぶ」か「しゃがむ」が定石だが、現状の能力ではどちらも不利になり兼ねないので受けにまわった。


 尚も続く斬撃の暴風の中、目まぐるしく立ち位置を入れ替わりながらも魔法陣を少しずつ描ききり完成と共に淡い緑色に光り輝く。


「いくぜぇ! ……暴れ狂う暴風となれ《エアリアル》!!」


 上級ジョブ【ソードダンサー】のスキル《エアリアル》。空中の、思うところに足場を作るだけの魔法だが、これがあればあらゆる場所で立体的な戦い方を取れるようになり戦術そのものを大幅に変えることができる。ただ単位時間当たりのMP使用量が激しく、今の俺のMP量では持って30秒が限界だろう。


 平面的な乱打戦から上下左右前後シフトする立体戦術へ。ダンエクの対人戦において《エアリアル》を使った近接戦闘は俺の十八番おはこだ。フェイントを織り交ぜ、全方位から荒々しく手斧を叩きつける。


 視点が目まぐるしく変わるため、どこが上なのか下なのか分からなくなり通常なら混乱してしまうだろうが、足場が自在のためそこは問題ではない。重要なのは狙いを常に見定め死角を取り続け、いかに翻弄するかだ。


 しかし空中でベクトルを切り返すこの戦い方は足に異常な負荷が掛かってしまう。MPの枯渇以前に足がもげそうだ。


(ぐぉ……きつい……が、ついに攻撃が当たったぞ!)


 背後から一撃与えたのを皮切りに、次々に攻撃を喰らいよろめくヴォルゲムート。金属が擦れぶつかり合う不協和音が鳴り響き火花があちこちに飛び散る。防具で守られた骨の部分ですら鉄に近い強度を誇るため、攻撃している鋼の手斧も徐々に変形していく。


(一気に終わらせてやる!!)


 力を振り絞り乱打しながらも斬撃は一定の描線となり、1つ1つマニュアルでモーションをなぞり紡いでいく。すでに元が手斧なのか何なのか分からない歪な鉄の塊となっているが構わない。


「おにぃ……勝ってぇぇ!!」

「これで終いだぁあああああ! 《アガレスブレード》!!!」



「……《エア・ブレイク》」




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 ―― 成海華乃視点 ――




 私は小さな頃からおにぃに守られてばっかだった。



 学校で急に倒れた時も、近所の男の子にいじめられたときも、山で遭難したときも。


 守られてばかりの存在では前へ進むおにぃと一緒にいられなくなる。今のままの私では何もできなくなる。


 だから強くなろうと努力した。いつか強くなっておにぃと一緒に歩くことができる強い存在になりたかった。


 食べ物の好き嫌いを直して牛乳いっぱい飲んで勉強も頑張るようにした。


 そんな中。おにぃは冒険者学校を受験すると言い出した。恐らく“あの女”の影響だろう。


 何でも冒険者学校というのは偏差値がべらぼうに高く、受験倍率も優に百倍を超え、有名冒険者を多数輩出している超難関校だとか。なのに見事に合格した……してしまった。誇らしくお祝いをしたい気持ちと、どこか遠くにいってしまったという焦りがい交ぜになった。


 それなら。私も冒険者学校を受ける。絶対合格して追いかけてみせる。


 その日から自身を追い込んでの猛勉強と猛特訓を始めた。ダンジョンやカラーズっていうトップクランについても沢山調べ勉強した。武術スクールにも通うことにした。


 調べるほどに、勉強するほどに、パパから聞いていた冒険者という概念が果てしなく広がる。私の今までの世界観が如何に小さかったのかが分かった。


 私は冒険者にますます憧れ、勉強とトレーニングに打ち込んだ。


 おにぃは当然のように冒険者学校に合格。入学早々にダンジョンに行くらしい。ダメ元で連れて行ってと言ったらまさかのOK。


 楽しみ! 沢山食べてランニングも増やし、体もすっかり強くなった……と思う。足手まといにはならないはず。


 そして初めてのダンジョン。怖くて危ないところと聞いていたが拍子抜けするほど楽だった。パワーレベリングというのであっという間にレベル7に。レベルが上がると有名冒険者のように驚くほどの力が湧き上がってきた。これならおにぃより強くなれるかも……なんて。


 家に帰っても学校に行ってる時もダンジョンのことばかり考えてしまう。新しい防具も買ってもらえたし、ダンジョンダイブが待ちきれない! 次はゴーレム狩りだ!




 でも突然、絶望をまき散らす魔王が現れた。


 見ただけで心臓を鷲掴みされ握りつぶされるような圧迫感を放つ、恐怖が形となった“敵”。吹き上がる真っ黒の《オーラ》がまるで魔王。これには絶対に勝てないと感覚的に理解させられる。


 初めて死を覚悟した。


 でも死ぬより恐ろしいのは、私のせいでおにぃまでも死んでしまうこと。


 足を斬られなければ。その前にあの三人と組もうなんて言わなければ。津波のように後悔が押し寄せる。


 怖かったけど、声が震えてしまったけど、“逃げて”とちゃんと言えた。


 でもこれで私は死ぬんだなと。……生きるのを諦めることがとても、とても悲しかった。




 そう、思っていたのに。今見ているものは何なのか――


 おにぃが不思議な魔法を唱えると、突如“おどろおどろしい勇者”になった。


 膨張し浮き出た筋肉と血管。血を流し赤黒い《オーラ》を纏う姿から、明らかに無理な力を身に宿しているのが分かってしまう。あんな魔法はどんな映像や本でも見たことがない。


 心配するなというけれど、どうみても大丈夫なように見えない。


 数秒ほど睨み合った後、すぐに戦闘は始まった。




 血と闇の暴風が縦横無尽に入り乱れ、お城の通路一帯が壊され瓦礫となっていく。


 あの敵は今までのモンスターと次元が違う強さなのは間違いない。テレビでみた”究極の化け物”リッチとどちらが強いのか、というくらいの異質な存在。


 それに対応して戦っているおにぃも異次元。


 目まぐるしく立ち位置を入れ替える高度な超近接戦闘。あまりにも動きが早く、全てを目で追うのは難しい。それでもただ単に斬り合っているのではなく、視線や体の傾き、間合いの詰め方や離し方、武器の動きに無数の虚実を織り交ぜて戦っているのが何となく分かる。


 私も強くなるために武術スクールに通い基礎を学んだ。そして沢山のテレビや本を見て、最前線の冒険者が使っている魔法や戦闘技術を収集して研究し、勉強していたけど……目の前で行われている、互いの消滅を懸けて貪り合う獰猛さと、合理的かつ理知的な近接戦闘技術が綯い交ぜになった超ハイレベルの戦いには驚きを隠せない。こんなのトップクランの映像でも見たことがない。今まで私が思い描いていた最高の戦闘シーンをあらゆる意味で幾重にも凌駕している戦いが行われていた。


 戦闘が開始されてから未だ1分経つかどうかなのに、すでに通路や天井にはいくつもの大穴が空いている。粉塵が飛び散っていて視界が悪く、不安定な足場の中でも動き回り、地響きを響かせながら戦闘を続けている。


 連撃の最中に空間を切り裂くようなとてつもない威力を秘めたウェポンスキルが飛び交う。ジリジリとおにぃが押されかけたと思った途端、新たな魔法で加速し、爆発的な音を立ててゴム鞠のように上下左右に飛び回る。


 ようやく初めての一撃が重い金属音と共に入ると、次々にクリーンヒットが成功する。さらに追い打ちで何らかのスキルを発動するのだろうか、おにぃは一度空中を蹴って上昇した後に反転し、独特な構えから血の《オーラ》を爆発させ敵に目掛けて下降する。


 敵は火花を散らし被弾しながらも、漆黒の《オーラ》を増幅させ上空を睨む。おにぃの攻撃にウェポンスキルを合わせようとしている!?


「おにぃ! 勝ってぇぇ!!」


 これで決着がつく。思わず声が出てしまう。


「これで終いだぁあああああ! 《アガレスブレード》!!!」

「《エアブレイク》」


 2つのスキルがぶつかり閃光と轟音が走る。蒸発現象と爆風で舞い上がった土煙により、どうなったのか良く見えない……


 徐々に光が収まると……元は石造りの床だった地面が縦に抉れて深い溝ができている。あれはおにぃが放ったウェポンスキルの斬撃軌道だ。


 抉れた地面の奥底を見ると、バラバラに砕けた敵が丁度魔石となっているところだった。見たことのないような大きさの綺麗な魔石だ。

 

 おにぃはどこかと探そうとすると、突然酷い眩暈に襲われ胸が苦しくなる。


「ぐっ……うぁ……私……何にもしてないのにレベルアップするんだ」


 感覚からしてレベル上昇幅は1や2程度ではない。5階でのパワーレベリングで一気にレベルが上がったときよりも遥かに強いレベルアップ酔いと全能感を感じた。ついでに《スキル枠+3》も手に入った。


 おにぃは“変わり果てた姿”で地面にうつ伏せで倒れていた。

 

 右腕の上腕から先が無くなっていたものの回復スキルが発動しているようで、シューシューと音を立てながらゆっくりと骨が伸び、その周りに筋組織が紡がれていく。このスキルは一体何だろうか。私の知っているスキルはこんな異常な回復の仕方はしないはずだけど。


 おにぃも大きくレベルアップしたのか、再生スキルの効果も一段と加速して働いている。


「……おにぃ、大丈夫?」

「はぁっはぁ……大丈夫だ。……はぁ……ちと足がヤバいが……一度帰るよりは、10階に行ったほうがいいかもな……はぁ……MP切れたからちょい……」


 そう言いながらおにぃはゆっくりと体をひっくり返して仰向けになり、目を瞑って呼吸を整えている。

 

 いっぱい聞きたいことがあるけど、今はそっとしておいたほうがいいみたい。




「……ありがと……おにぃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る