第35話 いつかの願い

 俺はこの世界においてと呼べるものをいくつか知っている。


 まずゲーム知識だ。


 ダンエクを一通りプレイしているなら、ダンジョン情報やアイテム、武器、スキル、学校や生徒たちの情報もある程度知ることができる。それどころかこれから起こりうるイベントという名の”未来”すら知っているのだ。ゲーム知識はこの世界において最大級のチートとも言えるだろう。


 それだけではない。こちらにくる直前のゲームキャラのスキルを使うことができるチートもあることが分かっている。いつぞやの実験で【ウェポンマスター】のスキル《真空裂衝撃》が使えたことが何よりの証拠だ。


 俺はあれからスキルの実験を何度も行っていた。最初は【ウェポンマスター】のスキルだけを使えるのかと思っていたが、そうではなく”ゲーム時代に使っていたキャラのスキル”が使えるということが実験結果で分かった。


 使っていたキャラのジョブは最上級ジョブである【ウェポンマスター】だったが、スキル枠には【ウェポンマスター】以外で覚える優秀なスキルをいくつも覚えていて、それらも使用可能だったのだ。


 現状は【ニュービー】でスキル欄にも2つしかないにもかかわらず、ゲーム時代に使っていた強力なスキルが数多く使えるわけだが……当然、制約もある。


 例えばSTRが低すぎて最弱のスライムですら殺せなかった《真空裂衝撃》のようなパターンだ。現在のような低いレベルのステータス、もしくは弱い武器では使い物にならないスキルがあり、特に攻撃スキルはこのパターンが多い。


 他には覚えてしまえば常時発動するパッシブスキルと呼ばれるスキルがあるが、これも制約だらけで使うことができないものばかりだ。


 覚えていたパッシブスキルには、動体視力が常時極限まで上がる《観の目》というスキルや、ものの本質、相手の強さ、一部所持スキルが分かる《裁審者の目》というスキルがあった。これらは今現在のスキル欄にないため常時発動せず、またマニュアルでの発動法もない――少なくともゲーム時代に聞いたことはない――ため、使うことはできない。


 だが、今のステータスでも有効なスキルもある。




「それじゃあ、いくぜ……」


 複雑な魔法陣を両手を使って素早く描き切り、スキルのマニュアル発動を試みる。最初は純白の色だった魔法陣はすぐに赤黒く変色し、ドクンッ、ドクンッと鼓動し始める。


「冥府の悪王よ……俺に力を貸しやがれ! 《サタナキアの幹細胞》!!」


 最上級ジョブ【魔王】で覚えるスキル《サタナキアの幹細胞》を発動。最大MPの99%と引き換えに一定時間、強烈なHPリジェネ(※1)効果をもたらす、いわゆる“再生”スキルだ。

 

 リジェネとはいえ、最上級ジョブのスキルだけあって、腕を切り落とされたくらいなら1分も経たず生えてくるほどの凄まじい回復量を誇るが、即死の場合は回復しない。MP消費と被ダメージの兼ね合いからタンクには必須のスキルと言われている。


 スキルが発動すると最初に体中の皮膚に焼けるような痛みが走り、次に脳内の何かが作り替えられていく感覚に陥る。


 すぐに持っていた[MP回復ポーション(小)]を1本飲み干し、新たな魔法陣を描く準備をする。


「まだまだいくぜ……闇を駆ける疾風となれ! 《シャドウステップ》!!」


 闇色の幾何学模様でできた魔法陣が発動と同時に付近の光を吸収し、周囲もいくらか薄暗くなっていく。俺の足元にも残像が揺らめき始めた。


 《シャドウステップ》はヴォルゲムートが使っているスキルと同じもの。上級ジョブのスキルとはいえAGIと移動力アップに加え、回避率も大きく上がるため廃プレイヤーも好んで使っていた。もちろん俺も対人戦用に覚えていた。AGIについては%上昇なので元のステータスが低い俺では上昇ボーナスも低くなってしまうが、そこは目を瞑るしかない。


 そしてもう1つ。これはリスクがデカそうなため実験すらしたことがないが……出し惜しみはしない。[MP回復ポーション(小)]をもう1本飲み干す。


 複雑な幾何学模様が幾重にも重なり、複数の武器がごちゃ混ぜになったような魔法陣を高速で描く。


「覇王の……冥王だか何だか知らねぇが、俺に力を貸せやっ! 《オーバードライブ》!!!」


 最上級ジョブ【ウェポンマスター】が覚えるエクストラスキル。スキル効果は、5分間あらゆる近接武器や体術の攻撃力、命中力が上昇し、熟練度、反応速度、動体視力が大幅上昇する神スキル。【ウェポンマスター】の肝とも言えるバフスキルだ。これはステータス%上昇ボーナスだけでなく、加算式でもボーナスが貰えるので元のステータスが低い俺でも恩恵はデカい。


 発動した瞬間に複数個所の骨肉が軋み切断され、同時に《サタナキアの幹細胞》の効果により修復されていく。斬られ捩られるような痛みに気が狂いそうになりながらも目の前の敵を睨み、耐える。額の所々から血が滲み、目の前の視界も赤い靄が掛かかったようになる。


(ぐぁっ……はぁぁ……思ったよりヤバいな……)


 《サタナキアの幹細胞》や《シャドウステップ》は別個で試したことはあるが、それらと比べても《オーバードライブ》の負荷は想像以上にデカい。リジェネが掛かっていなかったらこのレベルの体では発動した瞬間に血を噴き出して死にかねない。


(まだ戦ってすらいないのにすでに死に体とは笑えるぜ……)


 俺の姿を見た妹は開いた口がふさがらないような、そして悲しそうに顔を歪めている。


「お、おにぃ。そのスキルは、大丈夫なの……?」

「……はぁ……心配するな。お兄ちゃんの勇姿をとくと見ておけ」


 細かい血管から多少出血はしたようだが、最強クラスのバフを重ね掛けしたことにより元の何倍もの”暴力”を手に入れることはできた。後遺症が残るかもしれないがそれが何だ。目の前のコイツを倒さなければその先が無いのなら、迷うことなんて何も無い。


 武器を振るって状態を確かめると、強く握りすぎた手斧のグリップが少し変形していた。握り具合を加減しないと壊してしまいそうだ。

 

 そして一歩を踏み出す。石畳にひびが割れ、一部は粉々になりはじけ飛ぶ。


 ヴォルゲムートはアンデッドのくせに驚いたように距離を取ろうとする。俺のスキルに警戒しているようだ。コイツ本当にアンデッドか?


「おいおい、俺がここまで準備してやったんだ。楽しくやろうぜぇ?」

「グォ……ォ……ォォォオオォオオ!!」


 

 

 間を置き、睨み合うこと数秒。

 

 互いに一歩を踏み出し、そこから《シャドウステップ》により間合いが刹那に潰れる。


 雄叫びを上げながらヴォルゲムートのファルシオンと俺の手斧がぶつかり、溢れ出るような運動エネルギーが音へと変換される。通常、運動エネルギーはぶつけた質量と速度の二乗に比例するが、マジックフィールド内では魔力と《オーラ》の力も加わっているため、見た目以上の力が込められている。


(武器を合わせてみて分かった。力は負けていない。だが……)


 たった一発、武器を合わせただけなのに四肢に受けた衝撃は未だかつてなく、例えるなら時速100km以上の速度が出ている重い鉄球を全力で撃ち返したかのように響く。《サタナキアの幹細胞》によりダメージを受けた骨や筋組織は高速再生されるとはいえ精神を削られる。それにこのバフスキルは長く持たず、そうなれば俺の体も自壊するだろう。


 一気に決着をつけるしかない。


「んぬぉおおおオラアアァァ!!!」

「グオォオオオォオオ!!」


 超至近距離の乱打の応酬だ。


 互いの武器が互いを食いちぎろうと暴風を生み出しながら振るわれ、ぶつかり合い、耳を覆いたくなるような金属音が響き渡る。攻撃の全てが無慈悲な死に直結する致死の一撃。余りに過剰なまでの力比べは人間の持つ限界を遥かに超えている。


 掠るだけで皮膚が抉れ、受け止めるたびに俺のHPが削れ、高速再生を繰り返し、周囲が崩れ……持っている鋼の手斧も徐々に変形していく。


 武器の寿命が思ったより早い。これだけの力を受け続ければ単なる鋼ごときでは耐えられないか。


「華乃! 手斧を投げてくれ!」

「おにぃ! 受け止めて!」


 武器が壊れるのを予測していたのか、妹はすぐさま手斧を滑らせて投げ込む。だが受け取ろうとした隙を逃すはずもなくヴォルゲムートがスキルを発動する。


「《スライスエッジ》」


 短剣、片手剣でのみ発動可能な剣技《スライスエッジ》。振り下ろされた斬撃が突如L字に曲がる軌道を描く。が、その軌道は必ず右に折れるため、ゲーム時代に何度も見てきた俺にとって避けるのは容易い。


 半身をひねり剣の軌道から体を外して躱し、投げ渡された手斧を拾いながら距離を開ける。


 最後の[MP回復ポーション(小)]を飲み干す。これでもうMP回復手段はなくなった。




 戦いが始まってまだ十数秒ほどだが、すでに足場となった通路の床は《シャドウステップ》による高速移動でズタズタに破壊され、壁に深い斬撃の跡がいくつも残されている。


 目の前がさらに赤く染まる。

 

 これはどうやら強化によって耐えきれなくなった毛細血管が破裂し、滴り落ちた血が膨大な《オーラ》により吹き上がり空中分解したもののようだ。命を削って力を得るとはまさにこの状況のこと。


 対して。死を体現したようなドス黒い《オーラ》をまき散らし、俺と妹の命そのものを簒奪しにきた目の前の”化け物”を観察する。




 ――そういえば。こんな戦いがしたいと日々願っていたんだっけか。




 別に元居た世界が悪かったというわけではない。まだ拙なかったが仕事にやりがいを感じていた。初めての部下もできてやる気だってあった。それでも、いつかこんな身を焦がすような世界で、凶悪な化け物共と命がけの戦いをしたいと夢見ていた。


(それが今、叶っているじゃないか)


 この絶望的な状況の中、思わず口の端を吊り上げてしまう。俺はとっくにダンジョンエクスプローラークロニクルというゲームに罹患していたようだ――




 だがこんな時間も長くは続くまい。生きるか死ぬか、この先の数分が分かれ道になる。


 俺の血でできた赤黒い《オーラ》が吹き上がる。ヴォルゲムートも呼応するかのように漆黒の《オーラ》を放ちながら互いにゆっくりと間を詰める。


 

 

 さぁ。決着を付けようじゃねぇか。






(※1)リジェネ

一定のタイミングで持続的に少量回復する回復魔法のこと。リジェネレイトとも言う。

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