第25話 早瀬カヲル ③

 ―― 早瀬カヲル視点 ――



 いつもなら朝のホームルーム5分前に到着するように登校するのだが、今日は特別な日。早めに登校しようと思っている。

 

 ユウマがEクラスの代表として因縁のDクラスと戦う日を迎えたのだ。

 

 先日の部活動勧誘式でEクラスの立ち位置を知り、冒険者学校生活に夢や希望を抱いていたクラスメイト達が絶望的な状況に追い込まれたのは記憶に新しい。すぐに立ち直れたのは稀。未だに落ち込んでいるクラスメイトも多く、Eクラスには重苦しい悲愴感と先が見通せない閉塞感が漂っている。

 

 だからこそ負けるわけにはいかない。これ以上、他のクラスから侮られ見くびられるわけにもいかない。Eクラスだってやるときはやるんだと知らしめるためにも、そして私達が胸を張って前に進むためにも。

 

 ここ1ヶ月、遅くまでダンジョンに潜りモンスターを狩り続けてきた。学校にいる時間は対人戦のトレーニング。合間に作戦会議など、やれることは全てやってきたつもりだ。それでも不安は拭えず、ついネガティブな思考に陥ってしまう。そんなときは厳しい特訓を思い出しシミュレートする――




 刈谷という男は相当な《オーラ》を放っていたことから只者ではないというのは知っている。レベルも今のユウマより高いことも。また1年生の中では有名な大剣使いという情報もナオトが仕入れてきてくれた。Eクラスの生徒が経験したこともないほどのハイレベルな戦いを仕掛けてくることは間違いない。


 そんな相手に戦いを挑むというのなら当然無策というわけにもいかない。自身のレベルを上げるのはもちろん、相手のスタイルや戦術を徹底的に研究し、打ち勝つための道を切り開かなくてはならない。


 私は幼少より剣道をやっていたものの、大剣使いとまともに実戦を行ったことはない。とはいえ冒険者が一世風靡するこのご時世。大剣使いの戦闘シーンを映した動画は探せばネットに転がっている。それらを皆で見て研究を重ねるわけだ。

 

 大剣は一般的な片手剣と比べて重量も間合いも大きく異なる。剣道は竹刀を相手の体の正中線にぴたりとつけて、そのまま打ち込める間合いまで距離をつめる戦術を取ったりするが、大質量で高い攻撃力を誇る大剣相手に至近距離でまともに打ち合うわけにもいかない。

 

 だが大剣は大きく重いという武器特性ゆえに振りかぶる攻撃が多く、隙を狙われやすいという弱点もある。そのため対刈谷戦でユウマが取るべきスタイルは必然的にカウンタースタイルとなる。

 

 まずは刈谷の動きを見てどのような攻めのパターンや癖があるか知ること。そのためには位置や間合いを掴ませないよう、絶えず動き回らなければならない。

 

 それである程度パターンが分かったら攻撃の隙を徹底的に狙いに行く。また隙を狙うだけでなく隙を作る動きを見せて誘うこと。カウンタースタイルは立ち回りと打突の攻撃スピードを上げることが重要になる。

 

 Eクラスにはユウマの実力に見合う大剣使いに心当たりがないため、私が大剣を用いて練習相手になったのだけれど……正直上手くいけた自信はない。レベルが上がり私の体も大きく強化されたとはいえ、10kg近い金属の武器を振り回すというのは相応の技術力が求められると分かったからだ。

 

 肉体強化により膂力がアップしたとしても私の体重が増えているわけではないので、重い武器を振り回せば重心もフラフラと動き回る。動きの速い相手との戦いの中で大剣を振るいながら重心を安定させることは非常に難易度が高い。

 

 仮に、片手でひょいと100kgの武器を持てる膂力があったとして、そんなものを振り回そうとすれば自分の方が振り回されてしまう、といったら伝わるだろうか。

 

 なので重い武器を振るうということは、その慣性に抗う力と技術力、経験が必要となってくる。重心を安定させようと武器を振るう速度を遅くすれば簡単にカウンターを入れられてしまうし、速くすれば慣性が大きくなり自身も振り回されてしまう。ユウマと戦いながら私も勉強の連続だった。

 

 そんな感じで毎日手探りで練習を続け、動きを撮影した動画で確認しながら対策を立て、なんとか形になったと思う。ユウマも大剣を相手する感覚は掴めたと言っていたので、多少なりとも役に立てたのなら幸いだ。

 

 だが全てを完璧にできたわけではない。

 

 まずユウマが大剣の衝撃をまともに経験していないこと。地稽古とはいえユウマに怪我をさせるわけにはいかなかったからだ。決闘で使う武器は刃を潰してあるとはいえ当たりどころが悪ければ徒では済まない。ましてや格上相手では尚更。

 

 またレベルも思ったより上がらなかった。刈谷のレベルは端末のデータベースでは何故か参照できなかったが、入学式のときのオーラ量からいってレベル10前後。しかも【ファイター】のスキルも所持しているはずだ。私達もギリギリジョブチェンジまではいけたが、基本ジョブのスキル獲得まではできなかった。

 

 ウェポンスキルの対処も問題だ。恐らく使ってくるのは《スラッシュ》というソードスキル。私では放つことができないので動画を繰り返し見てイメージするだけだった。

 

 このようにネガティブ要素はあるものの、それを上回るほどのポジティブな要素もある。ユウマには剣術の才能が底上げされる《剣術マスタリー》という凄まじい性能の初期スキルを持っている。対人戦におけるセンスや勘も抜群に良い。


 そして刈谷に対しては秘策もある。それが決まれば確実に勝てるはず。ユウマも何とかなると自信を見せていたので大丈夫のはずだ。それを仲間の私が信じないでどうする。




 ――といった感じで大剣使いとの戦闘を何度も何度もシミュレートし、不安に駆られ自分に大丈夫だと言い聞かせ続けたせいで、睡眠不足を実感している。私が何を考えたところで今更変わることはないというのに。できることはユウマが自信を持って決闘に臨めるよう、笑顔で送り出してあげることだけだ。




 長い髪を高い位置で結び、身だしなみをチェックし、今日も今日とて颯太を迎えに行く。迎えに行くと言っても私の家の向かいなので歩いて10秒の距離だけれど。

 

 黄色い下地に黒い文字で『雑貨ショップ ナルミ』と書かれているやや古びた看板。その下のほうにある成海家のチャイムを押すと軽快なリズムの音が鳴る。

 

「おはようございます。颯太を迎えに来ました」

「あらカヲルちゃん。ちょっと待っててね~」


 階段下からいつものように「颯太~カヲルちゃん来たわよ~」と声を上げる陽気な成海のおばさん。迎えに来る時間が少し早かったせいか、颯太の妹である華乃ちゃんとすれ違う。にこやかに微笑んで声を掛けてみる。


「華乃ちゃん、おはよう」

「あ、ども……」

 

 立ち話をしてみたかったけど、華乃ちゃんは短い言葉と軽い目礼だけしてすぐに出かけてしまった。急いでいた……というより、やはり嫌われているのだろうか。目も一瞬しか合わせてくれなかった。


 少し憂鬱な気分になっていると颯太が欠伸をしながら、のっしのっしと階段を下りてくる。今日が何の日だか覚えていないのだろう、実に緊張感のない顔だ。別に期待などしていないのでどうということはないが。

 

「それでは行くとしよう」

「おうよ」

 

 いつものように私が先行し、やや後ろに颯太が付いてくる形の登校。特に話す事はないので普段なら無言。しかし今日は聞きたいことがある。

 

「そういえば……見たのだけれど」

「なにを」


 昨日の夕方のことだ。今日の決闘のことを考えながらぼんやりと窓の外をみていると、颯太と華乃ちゃんが歩いていたのを見つけた。そのとき――


「黒い色の防具を着ていたの……」

「黒い? あぁ魔狼の胸当てな」


 そう、魔狼の。6階にいる黒い狼のドロップ品から作られる革防具。中級冒険者にとってはメジャーなものだ。実は私もダンジョン攻略のために各部位の魔狼防具を揃えていた。それをスライム相手に四苦八苦している颯太が着ていたのは目を瞑るとして……


「その防具をなんで……華乃ちゃんも着ていたの?」

「……」


 華乃ちゃんは現在中学三年生で、来年冒険者学校を受験すると聞いている。ダンジョンにはまだ入ることができないはずなのに、何故かダンジョンで戦闘するための防具を着ていた。魔狼の小手や胸当てなんて重いものを普段着として着るわけがない。これは一体どういうことなのか。


 問いただそうとすると颯太は視線を泳がせ誤魔化すように明後日の方向に顔を向ける。おまけにカスカスの口笛を吹き始めた。


「……その下手糞な口笛で誤魔化すのはやめて」

「ぶひっ」

「何か隠してるの?」

「あぁ、実は……」


 相変わらず要領を得ない説明をしようとする。「来年受験するから今のうちに持っておいてもいい」だとか「俺が着ているのを見て欲しがった」とか。なくはないかもしれないが苦しい言い訳だ。


「じゃあ、なんで華乃ちゃんの腰に武器なんて下げていたの……?」

「…………ぶひっ」

 

 颯太は汗っかきだが、この汗は冷や汗なのを知っている。そしてこの顔は何かを隠そうとしている顔だ。昔から変わっていない。何かあればすぐに感情が顔に出るというのにポーカーフェイスで隠し事が成功すると思っているだなんて、烏滸がましい。


「あぁ! 大宮さんだ! おはよおぉおお~」

「えっ、あ、成海君? あの、おはよ……」


 たまたま前を歩いていた大宮さんを見つけ、急いで走っていく颯太。……逃げたな。


 大宮さんは誰にでも優しく知性もあり、ユウマとは違う意味でクラスを引っ張っていけるほどの優秀な生徒だ。それなのにどうして颯太と一緒にいることが多いのか気になっていた。最初は颯太がクラスメイトから忌避されているのを見て、同情心から声を掛けただけだと思っていたけど、そうではなかった。

 

(私の忠告を跳ねのけたのは何故……?)


 大宮さん達には一度「颯太が良くない人物なので近づくべきではない」と忠告したことがある。それなのに未だに教室で話しているのを見かける。


 彼女らの颯太を見る目が節穴だったのか。それとも実は入学してから颯太は変わったのだろうか――


(変わった気もする……)

 

 入学前の颯太より明らかに痩せてきている。あれだけ無茶な暴飲暴食を繰り返し、怠惰で動こうとしなかったというのに。その頃を考えれば撼天動地というべき出来事だ。

 

 

 

 でも誤魔化し方や逃げ方は、やはりいつもの颯太だった。

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