第26話 刈谷イベント ①

 今日はいつもより少し早めの登校となったのだが、その理由は教室に入れば一目瞭然だ。クラスメイトが赤城君の席の周りに集まって「頑張って」と激励している。


 赤城君のほうはというと、クラスメイト一人一人に「ありがとう」と笑顔で応えている。大事な決闘の日でもナーバスにならず、しっかりと受け答えができているのは大物の器というやつだろうか。

 

 カヲルも教室に入るなり人の輪の中に入り激励していた。この1ヶ月、赤城君のダンジョンダイブや練習にずっと付き添い、遅くまで頑張っていたのを知っている。今日という日が心配でならなかったのだろうが、それでも笑顔で応援しているのは流石ヒロインと言うべきか。

 

 カヲルが赤城君に接近することに対しブタオマインドも以前ほどシクシクと痛むことはなくなってきたが、それでもまだかなりきつい。人を好きになるということはそう簡単に割り切れるものではないのだと、ブタオが教えてくれている気がする。


 赤城君の武器立てには布に入った細身の武器が立て掛けられていた。中は見えないがアレで戦うのだろうか……まさかゲームと同じ攻略法で行くとかしないよな。とはいえ、あの攻略法がこの世界の刈谷に通用しないということもなさそうだが。


(中の武器がアレだとしたら……ゲーム攻略法を知っていることになるのか?)


 しばし思考の渦にいると教室の引き戸が勢いよく開けられた。


「おう、Eクラスのボンクラ共。えーっと誰だったか、俺に盾突いたゴミは……」


 刈谷とその取り巻きたちが教室に突然入り込んできた。負けるわけがないという、こちらを完全に見下した目をしている。驕れる者久しからずって言葉を叩きつけてやりたい。一方の赤城君のほうも臆せずやる気のようだ。


「それで。どこでやるんだい?」

「んぁ? あぁ、お前だったか。放課後に闘技場の4番部屋の予約を取っといた。逃げんじゃねーぞ」

「そうそう、赤城とかいう名前だった。刈谷さん、見せしめにボコボコにしちゃいましょう」


 同じ学年でこれから同じ学校で頑張っていこうというときになのに。強いとはいえ、ここまで人間、低俗になるもんかねぇ。Eクラスはまだ1ヶ月しかダンジョンに潜ってないんだし、レベルが低くて弱いのも当たり前だろう。入社数年目が新入社員と張り合っているようなもんだ。


「Eクラスの劣等生共! お前らも絶対に来い。そしてお前らの立場がどういうものか教えてやる」


 刈谷が《オーラ》を発する。ビリビリとした空気がEクラスの教室を満たす。

 

 やはりレベル11くらいかね。何でかデータベースからは刈谷の情報が見えないので登録されているレベルは不明だが、ゲームと同じなら11のはずだ。《簡易鑑定》はしない。使うと相手に使われたと分かってしまうから、使い時は注意しなければならない。


 クラスメイト達は強者の《オーラ》に怯んでしまい何人か俯いてしまっている。レベル8になった俺からすれば威圧感は以前と比べ然程でしかなかった。しかし、こうも頻繁に《オーラ》を使われちゃたまらんね。


(刈谷と戦うとなるとレベル7、8くらいがボーダーラインだと思うが……)


 端末をみても赤城君のレベルは5と表示されている。俺のようにレベルを隠匿している可能性はあるが、仮にレベル5だとすると相当な熟練プレイヤーレベルでなければ勝つことは難しいだろう。

 

 刈谷が勝ったらDクラスの雑用とかさせられそうだし、赤城君には頑張ってほしいものだ。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 昼食の間もDクラスからの煽りは続いた。


「Eクラスのくせに、私たちのクラスに歯向かってるってマジ~?」

「身の程知らずだよね~刈谷君に勝てるわけないのに」

「あたしらもEクラス討伐参加しちゃおうか」

「キャッハハ、それいいかも~」


 学食にてEクラスを馬鹿にした発言を近くから大声で宣うDクラス。【ファイター】志望のクラスメイトの女の子が肩をプルプルさせなんとか耐えている。大宮さんと新田さんも別の話を振って気をそらしながら宥めている。


 朝の刈谷訪問の後にクラスメイトで話し合い、煽りが続いてもみんなで我慢しようという結論になったが……もちろんEクラス全員の気が長いわけがなく。


「うぜーんだよ、お前らだって中学組の最下位クラスじゃねーか」


 士族の磨島君だ。彼は頑張り屋だがプライドも高く、理不尽な見下しに我慢ならなかったのだろう。確かにDクラスは内部生では最下位クラスだが、外部生であるEクラスの実力と比べればその差は大きい。


「あぁーん? なにコイツ。今すぐボコっちゃおうか」

「やっちゃう~? Eクラスのくせに同じ場所で食事とか不味くなるのよね~」

「【ニュービー】のくせに生意気すぎ」


 焦ったクラスメイト達が間に入り、Dクラスの連中に謝罪しつつ磨島君を宥めに入る。今やりあっても勝てるわけないのだから耐えるしかない。


「ちっきしょう!」

「一刻も早く俺らも強くならねーと挑発止まりそうもないな」


 磨島君は率先してEクラスの強化のために動いてきた一人なので少し不憫だ。こちらにも強者がいるにはいるが、今の段階では表舞台に出てくることはない。俺だってしょうもない煽り如きで目立ちたくないし、ダンジョン知識を持っていると知られるわけにはいかない。


 だが、何故こうもEクラスを煽るのか。


 刈谷だけでなくDクラス全体が仕掛けに来ているように感じる。上位を目指すなら下位なんて気にしている場合じゃないだろうに。何か狙いでもあるのだろうか。


 ゲームだったときの刈谷イベントはどうだったか。


 メインストーリーは基本的に主人公の赤城君かピンクちゃん視点でしか語られておらず、ストーリーに関与しないキャラやその背景については省かれていることが多い。刈谷についても序盤の中ボス的な扱いで、倒した後はもう登場しなかった……気がする。


 というか、アドベンチャーモードにおける序盤の会話なんてほとんどを読み飛ばしていたし、すぐに倒される中ボスの裏設定などいちいち覚えておくようなことでもなかった。こうなると分かっていれば隅々までちゃんと読んだのだが……後の祭りだ。


 いずれにせよ、これだけEクラスを煽る理由は必ずあるはずなので、刈谷イベントが終わって余裕があるときにでも探ってみるとしようかね。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 そして放課後。


 クラスにピリピリとした雰囲気が漂う。


「おい赤城! そしてEクラスの雑魚共ォ! 闘技場の4番に集まれぃ!」


 担任の村井先生がホームルームの終わりを告げた瞬間になだれ込んでくる刈谷の取り巻き共。先生はこの場にいるのに何にも言わず、何の関与もしないと宣言するかのように教室を後にする。もしかしてこれも教育の一環とでも考えているのだろうか。


 赤城君は黙って武器が入った布袋を持ち、胸を張り足取り確かに教室を出る。こういった場面でも堂々とした態度を取れるというのはEクラスの生徒としても頼もしいものだね。


「がんばって赤城君」

「見に行くからなっ!」

「Dクラスなんてやっつけちゃって!」


 ぞろぞろとクラスメイト達も闘技場へ移動を開始する。大丈夫、大丈夫と互いに声を掛け合っている。期待したい気持ちは分かるが、正直かなり分が悪いように思える。

 

 それでは俺も闘技場4番部屋とやらに見学しに行きますか。




 闘技場は当然の如く全域がマジックフィールド内にあり、施設自体も肉体強化前提の耐久性を持つ。内部は1番から4番までの区域に分かれており、1番部屋が1番大きく、小さめ4番部屋でも数十人が練習できるほどの広さがある。魔石を使えば魔法防御のシールドを張ることもできる本格的な訓練闘技場となっている。


 この闘技場は普段多くの部活が練習場として使っており、4番部屋とはいえ下位クラスの決闘ごときで放課後に予約を取れるのも妙な話だ。ゲームでは背後にBクラスの頭がいるんだったか……もう忘れた。


「逃げずによく来たなぁ、赤城ぃ」

「逃げるつもりなんてないさ」


 闘技場の中央で向き合う二人。体の大きな刈谷が赤城君を見下ろし睨みつける。赤城君も背が小さいというわけでもないが、190cmを超える刈谷と比べると体格差は歴然だ。


「刈谷君、Eクラスなんてやっちゃえ~」

「身の程を思い知らせてやってくれ刈谷さん!」


 外野のヤジが煩い。というか刈谷は人相悪く、いつも居丈高な態度をとって周りを怖がらせてばかりいるものと思っていたのにDクラスの生徒には存外人気がある。実はジャ○アンのように面倒見がいいとかいう設定あったりするのか。


 一方の赤城君はDクラスからのヤジや挑発がまるで効いてないようで、涼しい顔で刈谷を見ている。随分と余裕そうだけどレベルは大丈夫なのかね。


 ダンジョンに潜ってみて分かったことだが、この1ヶ月で刈谷のレベルに迫るのは厳しく、それ故に正攻法で倒すことも難しいということが実感できた。ダンエクプレイヤーなら刈谷の戦闘スタイルはよく知っているし対策もあるのだが、そうではない赤城君には何か作戦があるのだろうか。

 

 両者の睨み合いが終わり、防具を装着しに互いの陣地へ戻る。

 

 防具に着替えるため学生服を脱ぐ刈谷。長身だけではなく、高校生になったばかりとは思えない体つき。首から肩にかけての筋肉の盛り上がりから、肉体強化以外にも相当なトレーニングをしているのが見て取れる。

 

 装備しようとしているのは随所に金属製のプレートが張られたレザーアーマーだ。重量は20kgを超えるかもしれないがレベル10を超えている、かつ、狭い闘技場のような場所限定なら立ち回りは問題ないだろう。

 

 取り出した武器はツーハンデッドソードと呼ばれる両手持ちの大剣。重量は10kg以上、長さも1.5mほど。踏み込みと腕の長さを合わせれば剣の最大リーチは3mを超えてくる。攻撃範囲の見極めは気を付けなければならない。

 

 対する赤城君は黒色の魔狼の軽鎧だ。丈夫で軽くダンジョン産の素材の割には安価なので人気が高い。腹の部分は金属の補強が入っていて、内臓を守るようにもできている。そして布袋から取り出す武器は……


(やはりあれは[スタティックソード]……ゲームと同じ戦法を使う気か)


 赤城君が取り出したのは細く鋭い刀剣。バックソードとも呼ばれる片刃の直刀で、レイピアの剣身をやや幅広にしたような形状をしている。刃は潰してあるとのことだが切先は鋭く、肉体強化された力で振るえば少なくないダメージを与えるだろう。

 

 問題はアレがただの剣ではなくマジックウェポンだということ。

 

 [スタティックソード]は攻撃力は高くはないが、当てた相手にAGI低下、一定確率で麻痺の追加付与という効果がある。もちろん序盤の武器なので相手のレベルが高いと入らないが、レベル11の刈谷相手なら十分入る。主人公のサブイベントをクリアすることで手に入る武器だ。

 

 ゲームでの刈谷は大振りモーションのソードスキル【スラッシュ】を多用してくるため、それに合わせたカウンターが攻略のカギとなる。だがレベル差があるとその隙を突くことすら難しいため、AGI低下+麻痺が付与された武器を使った攻略が定石となったわけだ。


 AGIは移動速度だけでなく通常攻撃モーションやスキル発動速度も関係してくる重要なパラメータ。あの剣を当てて刈谷のAGIを下げることができれば、もしくは麻痺が成功すれば《スラッシュ》のカウンターが入れやすくなり、刈谷攻略の難易度が激減するだろう。

 

 しかし――


(あの剣の入手イベントを発生させるには結構面倒な回り道をしなければならないはず……誰かの入れ知恵か?)


 最初からあの剣の存在を知っているなら刈谷打倒のために狙って入手イベントを起こすことも容易だが、知らないというならそう簡単に手に入れられるようなものではない。そも、あの剣で刈谷を倒すというのは元々裏技的なものだ。

 

 ゲームでは実際に何度か戦ってみて、開始1ヶ月で刈谷を倒す難しさと自身のレベルの低さを痛感し、その上で効率的なレベル上げをしつつ試行錯誤を繰り返して、正面から撃破するというのが通常の倒し方だ。

 

 それに対し、レベルを大して上げなくても刈谷を倒す方法として編み出されたのが[スタティックソード]を使った戦術。刈谷戦がどういうものかを知っていなければ思いつくのは難しいはず。

 

 もちろん偶然イベントを起こして手に入れたということも考えられる。そして刈谷が大剣使いという分析から、カウンターの成功率を上げるためにAGI低下させる[スタティックソード]戦術が有効だと判断した可能性もゼロではない。

 

 だが入手が必然ならば。それは赤城君の背後に”ダンエクプレイヤー”の影がちらつくことになる……考え過ぎか?

 

 

 

 互いに防具を装着し終えて武器を持ち、闘技場の中央で向かい合う二人。ルールはセーフティで殺しはなし。降伏はあり。気絶したら負け。

 

 公式な決闘ということで生徒会の一人と、怪我をしたときのために【プリースト】の先生が同伴している。またD、Eクラス以外からも何人か見学に来ているようだ。

 

 クラスメイトのみんなも固唾を呑んで見守る。

 

「……ほう、それでは準備はいいか?」

「こちらはいつでもいいよ」




 さぁ、刈谷イベント開始だ。

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