第24話 華乃の隠された才能
なるべく足音を立てずに走り、そろりそろりとオークロード部屋入り口まで移動。少しだけ顔を出して部屋の中を覗くと、血が散乱していた。死体は見えるだけで2人。生き残りは……まだいる。中に3人立っているのが確認できた。
すでにオークソルジャーは10体以上召喚されていて、オークロードを含めた集団に囲まれている。生き残っている冒険者3人のうちタンクっぽい人はもう左腕が折れ、強い衝撃を受けたであろうボコボコの盾を右手でただ構えてるだけ。後ろの2人は恐怖のあまりふさぎ込んでいる。どうやらオーク達は一思いに殺さず、楽しんでいるようだ。
(ふーむ。どうしたもんか)
レベル8になったとはいえ、あのオーク集団に飛び込むのはリスクが高い。だが見捨てるのも目覚めが悪すぎる。どうするか悩んでいる時間もない。ちんたらしていたら待たせている妹も危険だ。
(倒せるだけ倒し、釣れるなら釣る。無理そうなら逃げる。これでいこう)
オークソルジャー達は冒険者をいたぶるのに夢中なのか、こちらに注意を向けていない。見た感じ生き残っている冒険者達は……オークソルジャーにも勝てないだろうな。とりあえず2、3体減らしてみるか。
こっそり足音を消しながら近づき、一番手前のオークソルジャーの後頸部目掛けて一突き。まずは1体。振り返った隣のオークの左脇腹から右からに向けて逆袈裟を噛ます。痛みの悲鳴を上げて倒れるが、まだ死んでいない。
そこでオークロード達が一斉に俺に気づく。左隣にいたオークソルジャーの振り下ろしを避けてから刃先を首に当てて引く。大量の血が噴き出し、これで2体目。すぐに先ほど倒れたオークにトドメを差し3体目。
《ブモォオォオオォオオォオオォ》
オークロードの《雄叫び》により、黒い靄から出現し、新たなオークソルジャーが4体生まれ落ちる。さらに《雄叫び》の効果により周囲のオークソルジャー達は赤いエフェクトを帯び、攻撃力が2レベル分強化された。
楽しみを邪魔されたせいかオークロードが激昂し、俺に目掛けて手に持った丸太を振り回そうとするが、近くのオークソルジャーにぶち当ててしまい壁までぶっ飛ばしている。すんげぇパワーだ。
闖入者許すまじと2体のオークソルジャーがこちらに突進し、錆びた鉄剣を渾身の力で振り下ろそうとしてくるが――俺は逃げる。これ以上は無理だ。
「俺が引き付けます! 隙を見て逃げてください!」
尻尾を巻いて逃げる俺にオーク達は一瞬唖然とするが、火をつけた爆竹を3つほどオーク達に投げつけると、我に返って次々に俺へ向けて猛ダッシュを開始する。
「「「「ブモォオォオ!!」」」」
「まだあの数には勝てないな、だが上手いこと釣れた」
オークロードは俺を追走しながら何度も《雄叫び》を発動させ、オークソルジャーが嘗(かつ)てないほど量産される。吊り橋までの経路の逃走はもう慣れたもので、トレインの乗客がバラバラにならないように逃走速度を調整し、追加で適度に爆竹を投げ込む。よし、橋落としポイントまでもうすぐだ。
「こっちだよーおにぃ! ……ひぃぃ」
「ロープを切る準備をしとけっ!」
そりゃびびるよな、これ50体は軽く超えてるのではなかろうか。過去最高記録だぜ。
橋は揺れるが重心を下げ、下半身でできるだけ揺れを消して移動するのが一番安定することが分かっている。最初にやった時と比べたら橋渡り技術は雲泥の差だ。
「俺が切った直後に切るんだ。まだだぞ!」
「わ、わかったー!」
ようやく渡り切って剪定ばさみを取り出す。だがワイヤーを切るのはもう少し後だ。
20mほど手前までオーク集団が迫っている。オークロードの血走った目が見え、息遣いも聞こえ始める距離。吊り橋が大きく揺れ、何体か落ちるがオーク集団は誰も気にせず俺に対する殺意だけを高めて突進してくる。
集団の後ろを見れば……ようやく後列も橋に乗ったようだ。
「華乃、今だ!」
「じゃーんぷ……斬り!!」
必殺技かなんなのか知らないが一発でワイヤーを切ることに成功し、断末魔と共に落ちていくオーク達。妹は「お~大漁だ~」と谷底を楽しそうに見つめている。
「想像以上に多かったんだけど……あぁっ、何? 苦しい……」
「レベルアップの症状だな」
「うぅっ……ん? なんか……力が……
急激なレベルアップで肉体強化が始まり、それが終わると全能感に満たされたのか腕をぶんぶんと振るう妹。レベル1なのにオークロードとその集団をこんなに倒したら一気にレベル3か4くらい行きそうだな。
「まだスキル……《簡易鑑定》は覚えてないよな」
「《簡易鑑定》? あ、なんかほわほわした感じがする。これセットしていいんだよね?」
「いいぞ。ジョブチェンジはせず、そのまま【ニュービー】のジョブレベル10まで上げるんだ」
「はぁーい」
ということは今の一回きりのトレインでレベル5に、ジョブレベルは7に達したのか。
「そういえばおにぃ。返り血浴びてるけどなんかあったの?」
「他所の冒険者がさっきのオーク達に絡まれて襲われてたんだよ」
本来はオークロードを刺激して逃げるだけの簡単なトレインだが、今回はすでに交戦中で数体のオークソルジャーを倒しつつ纏めて釣ってきたと話す。
「多分逃げられたと思うが、もう一度行ってどうなったか見てこないとな」
「ほぇ~私はどうするの?」
「放っておくとアイテムが消えちゃうから一緒に行くにしても回収だけはしておこう」
見た限りオークロード部屋にいたオーク達は全て釣れたはず。レスキュー部隊を呼んであるならこれ以上俺達にできることはないと思うが、念のために見に行こう。
その前に谷底まで80mほど降りなければならない。そろりそろりと降りていた妹は自分の肉体強化に驚いている。
「なんかすっごい体が軽いよっ」
「あんまり調子に乗ってると転げ落ちるぞ」
よっこらよっこらと谷底の魔石が散乱している場所まで降りる。上空を見れば切れた橋が崖にぶら下がっている。
「すっごーい! これいくら? あ、このキラキラしたコイン何? あそこアイテム落ちてる!」
「落ち着け。魔石とかは売ってお前の装備代にするから徴収するぞ」
「はぁーい」
これは……ユニークアイテムか。《簡易鑑定》で見てみると[オークロードの紋章]と出ている。亜人に対し攻撃ダメージ10%増加、被ダメージ10%減少の効果がついた豚のマークのバッチだ。亜人は種類が多く深層でも出るため、対亜人特効アイテムは長く使えるのだ。ゲームでもオークロード狩りが取り合いになるほど人気だったのはこのバッチのせいでもある。
ちなみにユニークアイテムは特定のフロアボスのドロップか宝箱でしか手に入らない珍しいアイテム。ゲームでは争奪戦になることも多く高値で売れていたものだ。
「このアイテムはお前にやるよ。《簡易鑑定》で見てみ」
「やってみる……えいっ! おぉ……え、これ強い?」
「護身用に付けておけ。それ結構貴重なもんだから無くさないようにな」
おっ金ーおっ金ーと何かの替え歌を歌いながら小躍りする妹。これは売っちゃダメだと念を押しておいたほうが良いな。
バッチの他には魔石数十と、ダンジョン通貨が3枚。1回のトレインで数万程度稼げた計算だ。これだけでも食っていけるんじゃね? とか小物的な考えに取りつかれそうになる。
「それじゃオークロード部屋見に行ってくるけど、華乃はどうする?」
「待ってるのも暇だし、一緒に行くっ!」
オークロード部屋に行くには来た道を戻るのが一番近いが橋を落としてしまったため、やや遠回りの別ルートを通らなければならない。アイテムを全部回収し終えて水分補給した後に移動開始する。
途中ゴブリンソルジャーがいたため、持っていた金属武器を叩き落としてから妹に戦いを経験させてみる。持たせた鉈をエイッエイッと振り回すものの、なかなか致命的なダメージを与えられず血だらけになるだけで、かえってグロくなる。攻撃している妹は涙目だ。
「首のような急所を狙うか、戦闘能力を封じられる腕や足を狙うのがいいぞ」
仕方がないので俺が一撃でゴブリンの首を落とす。ゴブリンソルジャーは皮鎧を着ているため、無闇矢鱈に攻撃しても効果が薄い。時間を掛ければそれでも倒せないこともないが、他のモンスターがリンク(※1)し、多対一になる危険性もある。いつ何時モンスターが現れるかもしれないダンジョンでの戦闘はなるべく短時間で終わらせるに限るのだ。グロいのに耐性がないのは慣れるしかない。
そんなことしつつ10分程度でオークロード部屋の前に到着。部屋の中を覗いてみても誰もおらず、生き残っていた冒険者らは無事に逃げ切れたようだ。しかし彼らの仲間の遺体も無くなっているが一緒に運んだのだろうか。5階にはレスキュー隊の他に死体を運ぶギルド職員もいる。連絡して応援を呼んだのかもしれない。
「ここにオークロードがでるんだね。吊り橋まで呼び寄せてから落とせばいいの~?」
1時間でオークロードがポップし、橋も1時間きっかりに自動修復される。橋落としで倒した場合、どちらかを見れば次の橋落としが実行可能なのかどうかが分かる。
トラップや経路のモンスター掃除、冒険者の有無などの注意事項も教えておくが、それ以上にレベル7までは走力が厳しい可能性があるためやらないほうがいいとも言っておく。
「あと基本的にダンジョン情報は極秘で行くぞ。知られるとせっかくの美味しい狩場が取られたり、悪い奴に悪用される可能性もある。情報を狙って怖い奴らが危害を加えてくるかもしれないしな」
「わかった~」
「んじゃ今日はあと何回かやってみよう。そういえば、初期スキルって何か覚えてる?」
俺の場合は《大食漢》というスキルを初期から覚えていた。一般的には初期スキルを覚えているほうが珍しいので妹が覚えていない可能性のほうが高かったが、試しに聞いてみたら――
「んっと、《簡易鑑定》以外のだと《二刀流》っていうスキルがあるよ」
「……まじで?」
《二刀流》とは【侍】が覚えるエクストラスキルで、両手にそれぞれ武器を持ったときに攻撃力、命中が大きくアップし、ウェポンスキル発動時には攻撃回数も増える上級スキルだ。2回攻撃のスキルを《二刀流》で使うと4回攻撃となり、隙が少なくなる特性もある。
エクストラスキルとは上級以上のジョブをカンストさせ、特殊クエストを完了させることで取得が可能となるスキル。この世界では初期からこれを覚えているのは大きなアドバンテージになりうる。
何故ならエクストラスキルの特殊クエストを完了させるには40階に行かなくてはならないからだ。ゲームのときは高レベルプレイヤーに連れていってもらうという手段を取れたが、攻略記録が32階のこの世界ではそれも不可能。自分で取りに行くしかない。
カラーズのリーダー田里も【侍】ではあるものの、特殊クエストの
《二刀流》についてもいくつかスタイルがある。
ダンエクプレイヤーの間ではSTRを集中的に上げて両手にそれぞれ両手武器を装備した高火力スタイルと、AGIを特化させ攻撃回数の多いスキルを連発する多段攻撃スタイルの2つが主流だったが、妹はどちらがいいかそれとなく聞いてみた。
「うーん、いい武器が入ったらそれでやってみたいかな~」
「試しにその鉈と……この剪定ばさみでゴブリンを攻撃してみるか」
「《二刀流》をやれってこと? できるかなぁ~。というかこの鉈、結構重いから片手だと振り回せるか……あ、できるっぽい」
線の細い中三女子でもレベル5まで上がればそこらの成人男性並みかそれ以上の腕力が身につくので問題はないだろう。試しに先ほどと同じようにゴブリンソルジャーと戦わせてみたら「元々両利きだったしね。右でも左でも字を書けるよ」とか言いながら見違えるような動きで攻撃を繰り出していた。
驚異的な戦闘センスを誇る妹を前に、やや立場をなくしつつある兄であった。
*・・*・・*・・*・・*・・*
パワーレベリングの途中でランチタイムを挟み、3回ほどのトレインで終わりにした。今日がダンジョン初日の妹は楽しそうにはしゃいでいたが、実感を伴っていなくても緊張はするし疲弊もするわけで、無理は極力避けたい。
帰りもゲート部屋からすぐに出られたため往復ではほとんど時間は掛かっていない。元の世界での会社の通勤時間もそうだったが、移動時間を削れるというのはその分時間を有効活用できるので非常に大きなアドバンテージとなる。
時刻を確認すればまだ午後2時。終わりにするには早かったので、冒険者ギルドの防具店へ寄って妹の防具を見に行くことにする。
「らっしゃーい! ……ん? 魔狼の防具買ってくれたにーちゃんじゃないか」
「あっ、どうも」
前に訪れたときに魔狼ジャケットを売ってくれたヒゲモジャエプロンのオッサンだ。今日はどうしたと言ってきたので、妹のための軽い防具がないか聞いてみる。まだ魔狼の皮の在庫があるのなら魔狼の胸当てでも頼んでみようかしらん。
「ちょっと待って! かわいいのがいいっ!」
「かわいいのって……ヒラヒラするやつは革だから重くなるぞ?」
物理攻撃から守ることを想定した革防具はどうしても分厚い皮を使用するため重くなる。どう説得したらいいかと考えていると、ヒラヒラ部分は布でやるからフレアスカートで何か良いのがないかと我が妹ながらアホなことを宣う。
ヒラヒラなんてあったところで邪魔になるだけだし、戦闘でスカートとか何を考えてるんだと止めに入る。どうやらアニメキャラを参考にした可愛いドレスのような防具が欲しかったらしい。
そも、可愛いとかヒラヒラとか以前におにーちゃんの財布も心配して欲しいものだ。
「まぁ、革防具ってのはどっちかっていうとピッチリした感じのになるな。だがまだレベル1なら重量もかなり減らさないと……」
「私もうレベル6だよっ!」
「なにぃ!?」
妹は身長150cm足らずで中三としても小さいほう。加えてかなりの童顔。そんな女の子がレベル6だと分かり、エプロンおじさんは目を見開き仰け反りながら驚いている。
「そ、そんならァ5kgほどの防具なら何の問題もなさそうだな」
「華乃よ……今日は胸当てと小手くらいで我慢しておきなさい」
「えぇーブーツ! ブーツも欲しいっ! かわいいやつ!」
なんだかんだで魔狼の胸当てと小手の他に、魔狼ニーハイブーツも買わされ、今日の稼ぎどころか昨日稼いだ稼ぎもすってんてん。妹のほうはホックホクの笑顔で鼻歌を歌いながら歩いている。
まぁこれは初期投資。これから沢山稼いでいただきましょうかね。武器のほうは学校で小さめの剣を2本レンタルすればいいか。俺名義でも問題になるまい。
さて。刈谷と赤城君の決闘の日が近づいている。ちゃんとレベルは上げられただろうか。結果次第ではEクラスの雰囲気が更に落ち込むことになるので頑張って貰いたいものだが……どうなることやら。
(※1)リンク
近隣のモンスターが戦闘に参加したり、増援を呼んだりすること。この場合プレイヤーは多数のモンスターの相手をしなくてはならない状況に陥る。
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