第23話 パワーレベリング
昨日もオークロードトレインを頑張り、レベルは8まで上がった。【ニュービー】のジョブレベルもカンストの10となり、無事に《スキル枠+3》をゲット。
現在のスキル枠は以下の通り。
《大食漢》
《簡易鑑定》
《空》
《空》
《空》
《スキル枠+3》はその名の通りスキル枠を3つ拡張するスキルだ。ダンエクではスキル枠の少なさで十分にスキルを覚えることができず、スキルの取捨選択に苦しめられていた。なのでこれだけは絶対に入手しておきたかった。
そして、本当ならここで【ニュービー】からさくっとジョブチェンジして新ジョブでヒャッハーしたいところだが、冒険者ギルドでジョブチェンジを行うと端末情報まで書き換えられ、現在のレベルがクラスメイトに確実にバレる。10階のオババの店に行けるようになるまでは我慢しなければならない。
一方で、肉体強化のほうは順調だ。最初にトレインを行ったレベル5の時と比べて、レベル8になった現在では大分走力が上がり、このデバフ付きの太った体でも余裕を持って走行できた。今100m走を計ったらどれほどのタイムが出るのか。マジックフィールド内ならそろそろオリンピックで優勝できるくらいの速度が出るかもしれない。
走力が上がっているのはダイエットのほうがかなりのペースで成功しているせいでもある。最近気づいたのだが、この体は食欲と同様に基礎代謝も異常に高く、必要摂取カロリーも相当なものになっている。食事を制限し、空腹の苦痛を我慢できさえすれば、かなりの速度で脂肪を減らすことが可能。体重の方も全体的に筋肉が付いてきているのにもかかわらず100kgをもうすぐ切るところまできている。このままダイエットを続行していきたい。
肉体強化とダイエットを同時進行させ、走力を劇的に上げることができたが、逆に考えればレベル1でオークロードトレインを行っていたら非常にまずかったことに気がつく。こちらに来た当初はいきなり5階まで行ってトレインで楽にレベルを上げようかとも考えたのだが、あの弛んだ体ではまともに動けなかったし、恐怖心から走力が不足して追いつかれる可能性もあったので、やめておいて正解だ。
あとは、《大食漢》についての考察は10階に行くまでは後回しにする。どれくらいHPとVITに補正が入っているか、”???”という項目が何なのかは計測すれば分かるので、それを見てからでも消すかどうかの判断は遅くないだろう。それまでは空腹との戦いである。
「水筒とお弁当と~、
「まぁいいんじゃないか。んじゃ行くぞ」
「もうっ適当な返事だしっ! で、どうやって行くの?」
薄茶色のアノラックパーカーにデニムパンツというカジュアルな服を着た妹がくるりと回る。服装なんて動きやすければジャージでもいいと思っているが、そんなことは言わない。妹の機嫌が急降下することが分かっているからだ。
そして、ダンジョンに入る方法はもちろん学校のゲート部屋から。冒険者学校の正門では警備員が目を光らせているが、抜け道なぞいくらでもある。通学に使う大通りから逸れて、小山に入る細道を歩く。
今日は妹にパワーレベリングをしてやる予定なのだ。レベルアップ効率や速度を考えればもっと後でパワーレベリングをしたほうがいいのだが、そろそろイベントアイテム回収や特定モンスターの攻略をするのにソロではキツい箇所が出てくるため、この際家族諸共パワーレベリングしてパーティーを組んでしまえ作戦でいくことにした。主人公の行動選択次第では早々に厄介なシナリオに突入するかもしれないので、家族も今のうちに、という考えもある。
「えぇ……こっから行くの~?」
「すぐ通り抜けられる。ちょびっとの辛抱だ」
学校の裏側の山道……という名の獣道を抜けていく。この辺りは国有地になっており、建物はない。
元々は小山の麓にダンジョン入り口が出現し、その後に山の大部分を削って建てた学校。山は全部取り除いたわけではなく裏側はまだ斜面になっていて、そこから学校に入ろうという段取りだ。春になり草も伸びてきて多少歩きにくいが、通れないこともない。数分で抜けてようやく学校の敷地内に入ることができた。
「ちっちゃい虫にたかられたっ! こんな所通るなら虫よけスプレー持ってきたら良かった!」
「よし、誰もいないな……校舎の裏側から入るぞ」
ぺっぺと唾を吐きながら悶える妹をよそに校内の人目を確認しながら校舎へと入る。非常用の扉をこっそり開けておいたので、そこから地下一階の空き教室へと向かうのだ。
「へぇ~ほぉ~、さっすが天下の冒険者学校。うちの中学とはお金のかけ具合が全く違うよ。あ、このトロフィー凄い!」
「おい落ち着け。というか急げってば」
「きゃうっ」
キョロキョロする妹の首根っこを捕まえて階段を降り、薄暗いゲート部屋に誰もいないことを確認して中に入る。
「ここどこ~? この模様は何~?」
「この紋様に今からにーちゃんが魔力を流すからよく見ておけよ」
手に魔力を集めてゆっくりと流し込みゲートを起動させると、目を見開いて驚く妹。軽く説明をしてすぐに移動しよう。
「この中に入ると5階に到着だ。ついてこい」
「そんなすぐ行けるの? あ、待ってよ」
サァーという音がすると瞬時に景色が変わり5階のゲート部屋に出る。間もなく妹も後ろのゲートから恐る恐る出てくる。
「ここダンジョンの中なの? もう5階なの?」
「そうだ。ここから先はモンスターが出るかもしれないから俺の後ろからはぐれるなよ」
「わかった~」
道中にゴブリンソルジャーがいたため、正面から真っ二つにする。レベルが上がったことで剣の重量を上げてみたが問題ないようだ。
「その倒し方グロいぃ……もうちょっとレディーに配慮してよっ!」
「バカモン。これからダンジョン潜るならこういうのに慣れていかなきゃダメだぞ」
その後にも3体ほど掃除して目的の橋落としポイントへ到着。しばらくブツブツ言っていた妹はダンジョン内が物珍しいのか壁をぺたぺた触ったり、魔石を手で転がしたりとせわしない。
「ここまでモンスターを大量に連れてくるから、俺が渡り切ったらそこと、この2本のワイヤーを切って橋を落としてほしいんだ」
「それで剪定ばさみがいるんだね。でも切れるかな~あの紐、太いし」
そういえばこのワイヤー結構太いな。レベル1の非力な中三女子でも切れるのかオラ不安になってきたぞ?
「……試しに切れるか他の橋で試してみるか」
「うん」
今いる場所から30mほど下に降りた先にも別の橋があるのでそこで実験だ。道は完全に舗装されておらず、所々に大きな段差や岩がある。妹は降りるのに時間がかかるようだ。俺も肉体強化がなければあんなものかもしれない。
「よし、ここ切ってみ」
「は~い。えいっ! えいっ! かったぁ~い」
5秒ほど剪定ばさみをにぎにぎして、ようやく1本切れた。この速度ではトレイン中にこれを2本切ってる余裕なんてない。俺と同じように鉈でやらせてみるか。しかし鉈なんて扱えるのか……
「ジャンプ~斬りっ! あ、切れた。今のコタロー様の必殺技の1つで」
「鉈ならいけそうだな。それじゃ戻るか」
「ちょっと! ちゃんと聞いてよっ!」
安全のため俺が最初の1本を切って、妹が2本目を切る作戦で行くとするか。俺も試しに剪定ばさみで切ってみたが確かに力が必要だ。鉈のほうが切りやすいのかもしれない。
橋の付近はモンスターがポップしないため他の場所から連れてこない限り安全。妹にはそこで隠れて待機してもらう。心配なのは妹がどこかフラフラと行ってしまうかもしれないこと。そうならないよう何度も念を押しておく。
「それじゃ行ってくるが……、そうそう、大量にオーク連れてくるからびびるなよ?」
「大丈夫。そこの紐切るだけでしょ?」
「数分で戻るからな、動くなよ。それじゃ行ってくる」
「は~い、いってらっしゃ~い」
経路にいるモンスターの掃除とトラップの有無を確認しながらオークロード部屋に急いで向かう。目的地まで100mほどに迫ったところ、オークソルジャーが徘徊していた。
(おかしいぞ?)
この階でのオークソルジャーはオークロードが呼び寄せたものしか存在しない。自然にはポップしないのだ。つまり誰かがオークロードに召喚させたことになる。
誰かが戦っているのか……いや待て。誰かが倒れてる!
徘徊しているオークソルジャーから隠れるように、女性冒険者が壁の窪みに背を預けて
声を掛けようにもオークソルジャーが邪魔なので、まずは倒すことにする。奇襲攻撃を狙いに死角へ回り込み、足音は控えめに、だができ得る限りの速力で駆け出す。
オークまであと5歩といったところで俺の足音がようやく聞こえたのか慌てて振り返る……が、もう遅い。片手突きの構えで剣の切先を防具で守られていない喉元に差し込むと、オークソルジャーは声にならない悲鳴を上げ、ガクッと崩れ落ちる。剣に乗る重みがリアルだぜ。
「大丈夫ですか」
「ぐっ……うぅ、向こうに見たこともないオークが……まだ仲間が中に……」
女性は腕が痛むのか蹲ったままで顔だけ上げて話している。痛む箇所をよく見れば青黒く腫れあがっている……骨折はしていても命には別条はなさそうか。
そして”向こう”というのはやはりオークロード部屋のことだろう。冒険者ギルドでも注意喚起されてるはずなのにオークロードに手を出したのは何故なのか。まぁ今はそれを問い詰めても仕方がない。
「今から様子を見に行きます。安全な場所まで一人で歩けますか」
「……あぁ……すまない。私は大丈夫だ。どうか、どうか仲間をよろしく頼む」
彼女は冷や汗を掻きながらも懇願するように「仲間を助けて」と俺に乞う。まだ生きている可能性があるのか分からないが急いだほうがよさそうだ。
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