第21話 一方、最前線では

 夜8時過ぎに家に到着。レベルアップをすると何故だかいつも以上に腹が減る気がする。何か食おうと茶の間に行くと、家族みんなでテレビに齧り付いていた。


『はい、現在32階のボスフロア前に到着したところです。ただ今の温度が――』


 映っているのはダンジョン内のようだが何の番組かと聞いてみたところ、この階を攻略できれば日本ダンジョンの攻略記録更新となる日本国民が大注目の番組らしい。


 32階の攻略中ということは、現在の日本ダンジョン攻略記録は31層になるのか。


 31階からは氷雪地帯。本来なら金属製の鎧は低温のため皮膚が引っ付いてしまって使いものにならないのだが、耐冷装備とプリーストの耐冷バフにより前衛の多くが金属重装備を着ることができている、とリポーターの人が白い息を吐きながら解説している。


「おにぃ、“カラーズ”のクランだよっ! コタロー様が映ってるよっ!」


 どうやら妹が贔屓にしてるクランらしい。白、赤、青、黄、緑の縦縞5色のクラン旗がトレードマークで、日本屈指のダンジョン攻略クランの1つなのだと妹が目を輝かせて早口でまくし立てる。


 攻略クランとは、ダンジョン最前線攻略を主目的としているクランのこと。多方面で優秀な人材を数多く揃える必要があるため、必然的に百人以上の大規模クランとなる。大企業や官僚との結びつきも強く、スポンサーも多数持っているようだ。日本には10個ほど有名な攻略クランがあり、共にしのぎを削りあっているという。


『あと30分でボス攻略を開始するようです。それまでにカラーズの構成と経歴をおさらいしましょう』


 分厚いコートを着たレポーターが情報を纏めたホワイトボードを指さしながら説明する。


 クランリーダー田里虎太郎たさとこたろうは大層なイケメンで、ファッション雑誌やテレビ番組にもよく出ている。最近は男爵位を叙爵したとか。若い女性層から絶大な支持があるよう。


 また、日本で十数人程度しかいない上級ジョブである【侍】に就いていて、大太刀と呼ばれる約150cmほどの長大な太刀がメインウェポン。その刀は炎の魔法が付与されているのか、刃が赤黒く光っている。


 カラーズは5人で始めたクランで、創設者でありリーダーの田里は冒険者学校29期卒業生。……優秀な生徒は冒険者大学へ行くのかと思ったが、そうせず卒業後すぐに冒険者となりクランを立ち上げたらしい。破竹の勢いで攻略し続け、現在は128名がカラーズに在籍。攻略クランの中では今一番勢いがあるそうな。


 今回も構成を厳選して70人でダンジョンダイブをしている。その上、カラーズには5つの下部組織もあり、それぞれの色をクランの旗色にしてカラーズへの昇格を競い合ってるらしい。それらを含めると千人以上の大所帯だというから驚きだ。


 それにしても、こちらの世界のメディアではダンジョン関連の番組が本当に多い。毎日どこかのテレビ局がダンジョン特集をやっており、有名冒険者がジャンルを問わず様々な番組に出演している。


 また、本屋に行けば冒険者やクランの専門誌がいくつも置いてあり、かなりの面積をダンジョンコーナーが占めているほど。クラン特集や格付けランキングなどは人気のカテゴリーで、今テレビに映っているカラーズは表紙を飾ることも多い。


「ママは真田さんがいいわぁ」


 カラーズの副リーダー、真田幸景さなだゆきかげ。ジョブは【プリースト】で後衛全体の指揮と撤退判断を任されている眼鏡の……イケメンだ。HP回復、状態回復を同時に数十人を管理できる知的キャラで、いつも青いローブを着ている。こちらはマダムに熱狂的な支持があるようでウチのお袋も大ファンらしい。何でもバイト先の冒険者ギルドで真田とその一派の対応をしたことがあるとかなんとか。


「真田さんもカッコいいよね~。でもやっぱ男はワイルドさが肝心というか……」

「あら、ママはクールさが一番だと思うわぁ」


 アイドル談義みたいな感じになっとる。まぁこれだけ強くてイケメンならファンも大勢できるわな。ダンジョン攻略最前線にいるなら収入だって凄そうだし。うっ……羨ましくなんてないもんっ!


「パパはくノ一くのいちレッドが一番好きかなぁ」


 くノ一レッド。女性の【シーフ】だけで構成されているお色気満載のクランだ。赤色で露出度が高い忍者スーツをクランの指定制服にしている。リーダーの御神遥みかみはるかは結構なボインちゃん。実はどこぞの貴族のお嬢様だの、伝説のジョブ【忍者】だの噂されていて、謎多き女性のようだ。


 【忍者】は上級職である【アサシン】と【シャドウウォーカー】のジョブレベルを最大まで上げて、とある試練をクリアすれば就くことができる最上級ジョブだ。まぁ、くノ一レッドで可愛がってくれるなら【忍者】になってやらんこともない。ウフフ。


「そんなのカラーズと比べたらゴミよっ、ゴミ」

「ママはそんなはしたないクランは認めないわぁ」


 どうやらウチの女性陣にはくノ一レッドは不評のようだ。そんなくだらない会話をしていると。


『フロアボスはアンデッド最強の一角、リッチ。前回は攻略に失敗し、4人が犠牲になりましたが、今回は上手くいくでしょうか。日本中が、いや、世界中が見守っています……』


 リッチか。数種の属性魔法を使いこなし、オークロードのようにアンデッドの配下を召喚する厄介なモンスターだ。魔法耐性が高く、またHP再生力も高いため、高火力の物理攻撃で一気に押し切るのが最善の倒し方だったが……カラーズとやらのお手並みを拝見しますか。




 リッチのいる広間は100m四方ほどで天井の高さも50m以上。70人の討伐隊も余裕で入れる広さがある。


 カメラマンはテレビ局が雇っているようで、数人のガードが常に守っているのが窺える。


 カラーズの構成はやはり【ウォーリア】と【アーチャー】の物理アタッカーが主体。魔法が効きにくい相手だからか【ウィザード】は少なめだ。装備も耐火、耐冷、耐雷と3種の耐性リングを完備し、リッチ対策には万全を期している。


 複数人の【プリースト】が魔法抵抗を上げる《アンチマジックI》と、STRが上がる《ストレングスI》を突撃予定のアタッカーに唱え、カラーズ全体が慌ただしく動き始める。


 バフは効果時間があるため、戦闘の直前にかけるのが常識。そろそろか。


『最初に【アーチャー】が突撃を仕掛けます。いきますよ』

『【アーチャー】班、行くぞっ!』


 なんとファーストアタックは【アーチャー】のようだ。リッチのいる部屋に入るや否や、貫通力を高めた弓矢を同時に3本撃つ《トリプルショット》を十数人で一斉に放つ。ドドンッという弓矢を発射したとは思えない衝撃音がリッチ周辺に響く。


 数秒後、大剣持ちの【ウォーリア】20人が突撃陣を組んで駆け寄り、高速連続斬りの《ディレイスラッシュ》を次々に放つ。リッチは巨大な杖で身を守ろうとするが、全方位から放たれる大剣スキルをなすすべもなく喰らい続ける。

 

 開幕はかなり有利に運べているといってもいいだろう。最初が近接攻撃の場合だと駆け寄るまでにリッチが反応してしまい、ここまでのダメージを与えることはできなかったかもしれない。


 副リーダーの真田が鑑定アイテムを使用し、リッチの現在状況をつぶさに報告する。今のでリッチのHPは3割ほど削れたようだ。


 ここでリッチは『シャワシャワ』と声にならないような詠唱魔法を唱えた。六芒星と二重円を合わせた魔法陣紋様からして、召喚魔法なのが分かる。配下アンデッドである”カオスソルジャー”を召喚するのだろう。


 4つの黒い靄が同時に現れ、重装備に覆われたスケルトンの影が生まれ落ちる。即座に【アーチャー】が無防備状態のうちに弓矢を打ち込みファーストアタックでダメージを稼ぐ。


 カオスソルジャーは魔法耐性のあるタワーシールドを持っていて、リッチと同様に魔法が効きづらい。また、射程20mほどの飛ぶ斬撃《ソニックスラッシュ》を使ってくるため、後衛集団に近づけさせないよう4体のカオスソルジャーをそれぞれ数人の【ウォーリア】が囲い込み、【プリースト】が1人、サポートに付いて対応する。




 ここからは持久戦だ。


 クールタイムがあるスキルは連発できないため、開幕のスキル連打の後は通常攻撃が主体となる。カラーズの前衛は流れるようにメンバーを入れ替えて攻撃しながらリッチに狙いを絞らせない戦術を取る。


 リッチは一度仕切りなおしたいのか雷魔法を周囲に放ち、まとわりつくカラーズから距離を開けようと動く。が、カラーズはそうはさせじとカイトシールドを持った【ウォーリア】を前に出し、距離を詰めることを繰り返す。


 ここで最大のアタッカーはクールタイムが少なめのスキルを多く持つ【侍】の田里だ。


 《ディレイスラッシュ》や《トリプルショット》は、高火力だが数分から10分ほどのクールタイムが発生する大技。一方、【侍】の攻撃スキルである《居合い》や《対神の太刀》は1分ほどで再使用可能だ。また、敵の攻撃を見切って躱す《見切り》というスキルもあるため、一時的に避けタンク(※1)としても機能する。


 【侍】というジョブ自体が【ウォーリア】の上位ジョブでもあるため《ディレイスラッシュ》も使用可能。その攻撃力はカラーズの他を圧倒する。


『いくぜぇ! 我、敵を斬る刃をもたらさん! 《対神の太刀》』

『プリースト1班! 田里のHPをケアだ! 急げ!』


 刀の中でも特に大きい大太刀に、渾身の力を乗せて放つ田里の【侍】スキル、《対神の太刀》。刹那の一振りに途方もない《オーラ》と膂力が乗っているのが分かる。

 

 リッチも紫電をまとった杖で田里に反撃するも、味方の【プリースト】達が即座に回復魔法を唱え、田里のバックアップに動く。




「こりゃいけたんじゃないのか? 颯太はどう思うよ」

「HPが残り20%を切ってからが勝負だな。アイツはする」


 あまりにも順調なボス攻略戦に親父が勝負あったと述べる。が、このリッチは一筋縄ではいかない。


 ボスによっては残りHPが少なくなると強力なスキルを使ってくる「発狂」と呼ばれる状態になる。リッチの場合はHPが残り20%を切ると強力な広域闇魔法《ダークベイパー》を放ってくる。これを喰らうとHPダメージはもちろん、盲目や痺れの状態異常が付与され、前衛が一気に崩壊する危険性があるのだ。


 発狂状態になったらむやみに攻撃せず味方の回復と強化を優先し、態勢を整えてから一気にHPを削りにいくのが最善だが、言うは易く行うは難し。


『HP残り23%だ! アタッカー共! そろそろ闇耐性防具にチェンジして備えろ!』


 前回はこの発狂にうまく対処できずに前衛が崩れて【ウォーリア】数人が死んでしまい、撤退を余儀なくされたという。今回はその辺りも万全で挑んでいるようだ。


『来るぞ! プリースト全班、ケアに動け!』

『状態異常が治らない方は合図してくださいっ』

『防御陣構築、早くっ!』


 HPが残り2割を切った瞬間、リッチの足元に突如巨大な魔法陣が描かれ、数秒もせずに黒い波動が四方へ一気に拡散する。《ダークベイパー》だ。


 対するカラーズは盾持ちを前面に防御陣を構築。さらにプリースト1班が状態異常回復キュアを、2班が範囲回復サークルヒールを即座に唱える。真田が残りのプリースト班を動かして全員のHPをコントロールし、回復が足りないアタッカーをケアするため声を荒げる。


『クールタイム終わったやつからスキルぶち込めっ!』


 田里が雄叫びを上げてリッチの元へ突撃し、ウェポンスキルを発動。その田里に続いて【ウォーリア】部隊が再び攻撃陣を組み上げ、一斉に《ディレイスラッシュ》の構えを取る。




 この日、日本のダンジョン攻略最深記録は32階となった。






(※1)避けタンク

通常、タンクは防御力が高い盾持ちが相手の攻撃を受け持つが、避けタンクは盾でなく攻撃を避けてタンクをこなす。

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