第20話 橋落とし

 部活動勧誘式のせいで重苦しくなった教室を後にし、今日も今日とてダンジョンに潜る予定だ。


 レンタル武器やら道具を確認し、やることの準備に取り掛かる。家に戻りカッコいい――と思っている――新防具を着ればテンションも鰻登りだ。


 ルンルン気分で再び学校まで戻り、差し足忍び足で校舎地下一階にある空き教室、もといゲート部屋に来てみた。


「さて、こちらからもゲートは使えるかな?」


 先日5階のゲート部屋で魔力を登録したから、ここで魔法陣を動作させれば5階へのワープゲートが開くはずだ。果たしていけるのか……


 掌からゆっくりと魔力を練るように壁に放出すると、描かれた魔法陣が青く光り、低い音を奏でながらゲートが開く。


「発動したな。ゲートがちゃんと機能するなら次からは毎回ここを使うか」


 ダンジョン内に入る一般的な方法、つまりギルド前広間からの入場は、とにかく多くの冒険者で混雑している。日曜の混んでいる時間帯はダンジョンに入るだけで30分かかることもざらにあるという。できればここのゲート部屋を使いたかったので一安心。


 早速、開いているゲートを潜る。ぐにゃりと視界が歪んだと思ったら一瞬で再構築される。端末で現在地を確認するとちゃんと5階と表示されており、部屋の様子からもダンジョン内へワープが成功したのが分かる。


 このゲート部屋は6階へ行くためのメインストリートから逆方向に位置する。そのせいか周辺に冒険者がいないのも好都合だ。




 さて、5階での狩りだが。


 平面に展開していた4階までのMAPと違って、5階はMAPが立体構造になっており、至るところに渓谷があったり吊り橋で繋がれていたりと、かなり入り組んでいる。


 端末上では真上視点の平面MAPしか表示できないため、立体に入り組んだ5階は端末の地図頼みにしていると迷ってしまうことがあり、要所で情報を付け足す必要が出てくる。


 これから向かう狩場も、そんな入り組んだ場所の先にある吊り橋の一つだ。そこにモンスターを呼び寄せてその橋ごと切り落とすことで、戦わずに経験値を手に入れるという戦術がある。


 当然モンスターは落下するため、ドロップアイテムを回収するには落下地点まで行かなければならず、橋を切り落とす場所によっては回収を諦めないといけないこともある。


 そしてこの5階には、隠しボスキャラ的な存在であるオークロードが出現する。このオークロードは5階にポップするにもかかわらず、この辺りにポップするモンスターと比べ、モンスターレベル10と頭2つ3つ抜けてレベルが高い。戦闘力も今の俺では太刀打ちするのも難しいほど強く、ウェポンスキルも使ってくる。その上厄介なのは《雄叫び》をすることでモンスターレベル6のオークソルジャーを複数呼び寄せ、さらに周辺にいるオーク全員の戦闘力を強化するという凶悪なスキルも持っている。


 この5階ではオークロードを知らない冒険者パーティーが手を出して死傷者が多発しているため、冒険者ギルドでは注意喚起されているほどのモンスターなのだ。


 ――だが。


 オークロードの足はそれほど速くはなく、《雄叫び》で次々とオークソルジャーを呼び寄せることを利用すれば、広域を走り回らなくても大量モンスタートレイン作成が可能。そのトレインに対し橋落としを使えば、大きな経験値ボーナスがあるオークロードに加え、大量のオーク共を一気に殲滅できて美味しいことこの上ない相手なのである。


 オークメイジやオークアーチャーなど、遠距離攻撃ができるオークは呼び寄せないのもポイントが高い。


 オークロードはこのMAPでは同時に1体のみ出現し、倒しても1時間でリポップする。吊り橋を切り落としてもトラップと同様に橋も1時間で自動修復するので、橋の修復具合を見ればオークロードがリポップした時間が分かる。ここには、まるで橋落としを実行してくださいと言わんばかりの好環境が揃っているのだ。


 しかし橋落としをやるにもいくつか確認しなけばならないことがある。


 これが一番の問題だが、まず誰かが橋落としをやっていたら俺ができないので目的地の橋が落とされていないかどうかの確認。なにせゲームではプレイヤーが多すぎてまともに橋落としなんてできなかったのだから。


 ただこの世界でのオークロードが注意喚起されているモンスターだというのなら、橋落としはされていない可能性が高い。橋落としをやっているならオークロードは常に狩られ続け、オークロード部屋は常にもぬけの殻となっているからだ。


 次に吊り橋からオークロード部屋までのトラップの確認だ。トレイン中に落とし穴になんて引っかかったら洒落では済まない。狭い穴の中でオークロードとインファイトなんて悪夢そのもの。それとMAPを覚えているとはいえ、迷わず確実に橋まで辿り着けるよう、端末で経路を見ておいたほうがいいだろう。


 最後に、冒険者がオークロード部屋周辺に多数彷徨うろついていたらトレインに巻き込んでしまう可能性があるので、周囲を確認しなくてはならない。


 まぁ、どれも確認するだけなのでさほど難しいことではない。さっさと実行に移すとしよう。




 途中何体かゴブリンソルジャーがいたが、角待ちをしたり背後からバクスタを狙って掃除したりしつつ、橋が落とされていないことを確認。その後、マップの西の果てにあるオークロード部屋に着く。


(周辺に冒険者はいなかったな。オークロードは……いたいた。ゲームで見たオークロードよりも格段に強そうだが……)


 20m四方ほどの部屋の中にいるのはオークロードただ1体のみ。そこらのオークとは違い2mを優に超える身長で、腕なんかもはち切れそうなほど太く、巨大な棍棒――というか最早丸太――を握っている。動かないので立ちながら寝ているようにも見える。たまにブモッと独り言ちるので何か夢を見ているのかもしれない。


 しめしめ。予想はしていたが、オークロードの橋落としを誰もやっていないのはラッキーだ。これができるのは5階にいる中で1つのグループだけ。橋落としができないとなるとレベル上げが少し面倒なことになるところだった。


(それじゃま、いくとするか)


 用意してきた爆竹にライターで火をつけて放り込む。


 ババン!バババンッ! と大きな破裂音を立てる爆竹。何事かと周囲を見渡すオークロードは部屋の入り口にいた俺と視線が合うと、ニヤリと悪そうに笑う。そして初手からいきなり《雄叫び》を発動。


 


《ブモォオォオオォオオォオオォ》




 オークロードの周辺に5つの黒い靄が一斉に現れ、大鉈のような波打った鉄剣と皮鎧を装備したオークソルジャーが次々に生まれ落ちる。


 さぁ、トレインスタートだ!


 


 *・・*・・*・・*・・*・・*


 


 大量のモンスターを引き連れ、目的の吊り橋に向けて全速力で走る。


 追いかけてくるオークロードは再び《雄叫び》を使用し、オークソルジャーを次々に呼び寄せる。さらに道中にポップしたゴブリンソルジャーも合流し、トレインの乗客が膨れ上がる。


 オークロードはそこらの一般的なオークと走力は同じという設定になっているので確実に逃げ切れると考えていたが――


「うおぉ! 命かかってるトレインとか正直怖すぎるわっ!」


 走りながら後ろを横目で振り返ってみれば……俺を殺すためにオーク達が土煙を上げ、血眼になって追いかけてくるのが見える。アレらに捕まったら流石に死ぬだろう。恐ろしさから冷や汗が止まらず、縮こまりそうになる。


 再度歯を食いしばり、足に一層力を込め、ダンジョン内を必死に駆け抜けること1分少々。前方にようやく目的の橋が見えてきた。


 橋は2本のワイヤーでぶら下がっている吊り橋方式なので、そのワイヤーを切るだけで簡単に落ちる仕組みになっている。5階には他にも落とせる吊り橋は数多くあるが、オークロード部屋に近く、ドロップアイテムの回収が容易な橋といったらこのポイントがベストなのだ。他では遠かったり高度が足りなかったり、回収のために大きくMAPを迂回する必要があったりする。


「こっ、この橋かなり揺れるぞっ」


 急いで吊り橋を渡ろうとすると思ったより揺れて滑りそうになる。もしかして俺の体重が重すぎるせいなのか。なるべく慎重に、かつ揺れないように急いで渡ろうと橋上を走っているとオーク集団も次々に橋に到着。全長50m、幅1.5mほどの橋に数十体のオークとゴブリンがなだれ込み、先ほどよりもさらに揺れはじめる。


 先頭を走るのは一際デカいあのオークロードだ。


 揺れと大量のモンスターに恐怖で竦み上がりそうになるが、すぐ後ろまでオークロードが迫っているためモタモタしている時間はない。「うぉぉぉ」と叫ぶ俺と「ブモォォ」と追いかけるオーク共の声が交じり合い、ダンジョン渓谷に汚い音色が木霊する。


 心臓が張り裂けそうになる中、体にムチ打ち、頭から向こう岸へ滑り込んでなんとか渡り切る。急いで腰に引っ掛けていたレンタルの鉈を手に持ち、橋を支えているワイヤー2本に向けて力一杯振り下ろす。


「へへっ……死にやがれ!!」

「ブモォ? ブモォオォオォォォォォ……ォォ……」


 橋を切り落とすとは微塵も思わなかったのか、目を見開きながら落ちていくオーク達。落下地点は80mほど下。この高さからの位置エネルギーは相当なもので、まず助かることはあるまい。


 10秒ほどすると体から熱がこみ上げ、レベルアップの兆候が現れる。


「はぁはぁ……こりゃ凄い経験値だ、一気にレベル6か」


 最終的には30~40体ほどいたであろうオークの集団。格上のため経験値ボーナスがついたオークロードとオークソルジャーに加え、ゴブリンソルジャーも数多く混ざっていたため、たった1回の橋落としでレベルが上がるほど大量の経験値を手に入れることができた。


 一息ついた後、少しよたつきながらも立ち上がり、ドロップアイテム回収のためにオークが落ちた谷底に降りる。落下地点には数十個の魔石の他に、いくつか光るものが散らばっていた。


「はぁ……これは……ダンジョン硬貨だな」


 ダンジョン内には様々な種族の住人が営む店がある。どの店も隠しマップにあるため見つけにくいが、珍しいマジックアイテムや鑑定アイテムが売っていたり、ジョブチェンジも行えるため、ゲームではプレイヤー達の憩いの場となっていた。


 それらの特殊な店を利用するにあたって注意しなければならないのは、日本円は使うことはできず、ダンジョン通貨、もしくは魔石トレードでしか商品を買うことができないという点だ。魔石では交換レートが低くて買い叩かれてしまうため、ダンジョン通貨を揃えてから買うのがベストである。


 ちなみにオークロードが落としたダンジョン通貨は銅貨3枚。1枚で1リルだ。この銅貨が最小単位で銀貨だと10リル、金貨だと100リルの価値となる。1リルは10階層のモンスターの魔石と同等の価値があり、10階の隠しストアを利用するならば是非持っておきたい。




 次の橋落としまで1時間近くある。魔石と硬貨を拾い終えた後は持ってきたスポーツドリンクをちびちびと飲みながら休憩タイムだ。持ってきた茣蓙を敷き、こてりと横になりながら息を整えつつ、追われていた時のことを思い返す。


 肥満、かつAGI半減というデバフ効果を持っている俺は走力に不安があったので、そこらのオークで実験し、大丈夫だと確信してから橋落としに臨んだのだが……思ったよりギリギリのトレインになってしまった。


 地響きが鳴るようなオークロードの追走に予想以上の恐怖を感じ、身が竦んでしまいそうだった……BETしてるのが自分の命であることも実行に移すまで忘れていた。というか、実感が湧いていなかった。この辺りがゲーム時のダンジョン攻略と比べ、格段に難易度が上がっている大きな要因なのだと改めて感じる。


 今日はほとんど時間をかけずに狩場に来ることができたので、後5回くらいは橋落としをやるつもりだったが、たった1回やっただけでかなり精神力を消耗してしまいヘトヘトだ。そも、肥満でデバフスキル持ちのブタオは、通常のレベル5と同じと考えてはいけないのかもしれない。しっかり休憩していかないと体が持ちそうにないな。


 一方でゲームと同じように橋落としが成功したのは嬉しい限りだ。これでパワーレベリングができることがほぼ確定した。


「俺のレベルが十分上がったら家族を連れてくるか」


 この橋落とし。橋を落とした人にほぼ全ての経験値がいくため、俺がオークロードを釣って、レベルを上げたい人が橋を切り落とせば簡単にパワーレベリングができる。ただ先ほどのようにギリギリのトレインでは事故が起こる可能性があるので、ここでしっかりレベルを上げておこう。


 地形やトラップを利用したパワーレベリングスポットはここの他にもいくつかあるが、妹は待ちきれない様子だったし、今度連れてきてやろう。親父も長年4階の攻略で手古摺っているなら、ここで一緒にレベルを上げてしまったほうがいいだろう。お袋は……ダンジョンダイブに興味があるのか、今度聞いてみよう。


「さて、途中の経路のゴブリン共を掃除して次のトレインも頑張りますか」


 道中のゴブリンソルジャーを数体倒してみる。ゴブリンの仕掛けてくる攻撃はよく見えるし、体の動きも快調で被弾する気がしない。もう奇襲せずとも楽に倒せるようだ。




 結局その日は3回のトレインで体力の限界が訪れたため切り上げ、レベルは7になった。

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