第18話 立木直人 ①

  ―― 立木直人たちぎなおと視点 ――

 


 すでに入学式から2週間ほど経ち、このEクラスもようやく落ち着いてきた。休憩時間になれば冒険者学校だけあって必然的にダンジョンの話題が多くなる。

 

「ゴブリン余裕だったぜ」

「私達もパーティーで2階に行くんだけど、良かったら教えてよ~」

 

 今、窓際で話している男子生徒達は2階を周回しているようで、ゴブリン戦の時の勇姿を女子に身振り手振りで伝えている。ゴブリンは鈍器を持った子供程度の強さでしかないが下手な所を殴られれば大怪我するし、金属武器で攻撃してくるゴブリンチーフは強敵となる。さらにゴブリンは人型なので殺すことに抵抗を覚える冒険者も多く、ここを乗り越えてやっていけるか試金石となるモンスターでもある。

 

 ダンジョンダイブ初心者はモンスターとの戦闘やダンジョン内での移動に慣れるために、2階の周回が推奨される。安全マージンを考えれば1階周回でもいいが、誰でも勝ててしまうスライムしかいないので経験になるとは言いがたい。クラスメイトの皆が1階を飛ばし、こぞって2階周回をしているのはそれが理由だ。

 

 レベルアップを競い、毎日潜っているクラスメイトも多い。この学校に入ったからには誰しもがAクラス入りを目標にしているからだ。

 

 もっとも、現時点で最前線に立てているのは僕たちのパーティーだけだろう。わずか10日でユウマもカヲルもサクラコも、そして僕のレベルも3となり、オークやゴブリンメイジ狩りのため3階を周回できるほどだ。そろそろ4階に行ってもいい頃合いだろう。このまま突っ走り、立ち止まるつもりはない。

 

 この学校はいかに自分だけが優秀だとしても、それだけで這い上がることは困難だ。レベルアップとダンジョン攻略には優秀な仲間が欠かせない。しかし、そんな優秀な生徒はどのパーティーからも人気が高く、引く手数多となってしまう。Aクラスへ昇格するには優秀な仲間をどれだけ早く確保できるかが焦点となる。

 

 その点、驚異的な才能を誇るユウマと寮のルームメイトであったことは幸運だったし、サクラコとカヲルという美しくも才能のある女子とパーティーを組めたことは利運であったのかもしれない。

 

 また情報の量と正確性、速度も重要だ。どんな生徒がいてどれほど優秀なのか。加えてダンジョンダイブの攻略情報も欠かせない。何気ないクラスメイトの会話の中に思いがけない情報が潜んでいることを僕は知っている。そしてそれらの情報を得ることが可能なのも、僕に《聴覚強化》というスキルが備わっていたおかげだ。

 

 指向性を持ったスキルなので音源が乱雑に点在している教室内でも特定の方向だけを狙って誰にも気づかれず聞くことができる。冒険者学校の入学試験や面接試験でもこのスキルのおかげで乗り切れた部分もあった。ズルくても活かせるのなら使うべきというのが僕の持論だ。

 

「この刀買ったんだ、結構したけど」

「DUXじゃん、すっげぇ」

 

 教室後方にいる生徒が布袋に包まれた日本刀を取り出す。DUXとは冒険者間で有名な武具ブランドで、値段は少々高いが、自前で武具開発を行っていて数多くのユーザーに信頼されているメーカーでもある。

 

 武器は冒険者の命と呼べるもの。レンタルでもいいと言っているような輩はいつまで経っても底辺のままだろう。僕は祖父から代々家に伝わる魔法杖を持ってきてある。この点からもスタート地点からして優位に立てている。

 

 ……そういえば、バットを武器にしていた阿呆がこのクラスにいたような気がする。誰だったか思い出そうとしていると、教室中央ではユウマを取り囲んでいる女子達がキャーキャーと黄色い声を上げる。

 

「悠馬君、今度一緒にダンジョンどうかな?」

「あ、ずっるーい。私も誘おうと思ってたのに~」

 

 男の僕ですら見惚れるほどの端正な顔立ち、そして誰とでも紳士的に分け隔てなく接する態度は彼のカリスマ性を一層際立たせている。あれで冒険者としての才能まで与えるのだから「天は二物を与えず」なんて諺は戯言に過ぎないのだろう。


「悠馬君に比べて、あのブタオは……」

「義理だとしてもアレとは絶対組みたくないよね」

「スライムに勝てないってある意味凄いー」

 

 ブタオ……あぁ、教室の最後方にいるあの太った男のことか。真実かどうかは分からないが、スライムに負けたという悪い噂が広まっており、ろくにパーティーも組めない状況になっているという。

 

 今後も誰とも組めないならばダンジョン攻略もままならず、レベルを上げることも難しくなるであろう。経験値効率の良い「同じ強さ」のモンスターを倒そうにも、ソロでは何度も無傷で倒し続けられるわけもなく、かといって格下を倒しても微々たる経験値しか手に入らない。加えて緊急時には誰も助けてくれない。ソロダイブなどというものは不安定で長続きしないと歴史が証明している。

 

(近々、クラス対抗戦もある。足を引っ張らなければいいのだが……)


 女子生徒達があんまりにも大声で悪口を言うものだから、ブタオは目尻に涙を浮かべ、無駄に横方向へデカい体を精いっぱい縮こませているではないか。

 

「な~る~み~君っ」

「あ、大宮さん……」

「落ち込まないで~。組む人がいないなら私達が組むよ~?」

「ありがとう、新田さん。でも今のところ大丈夫だよ」


 優しい声を掛ける大宮と……知的な感じで実は個人的に気になっている新田。確かオリエンテーションでも彼と組んであげていたな。仲間外れを放っておけない優しい性格なのだろう。

 

 この学校の成績は学力やダンジョン攻略など個別に採点されるものが大部分だが、クラス対抗戦などクラスとしての成績加算もあるため、できるならば落ちこぼれを出したくない。ブタオがこのままソロダイブを強いられ、クラスの足を引っ張るようなら僕の方で救済しようかと思っていたけど、大宮達がやるなら任せてしまってもいいだろう。僕としてもそれほど余裕があるわけではないのだから。

 

 居た堪れない気持ちになったのかは分からないが、ブタオは「トイレへ行ってくる」と言ってそそくさと教室を出て行く。するとカヲルが立ち上がり大宮の元へ。

 

「……あの、大宮さん」

「ん、早瀬さんだっけ。どうしたの?」


 目を伏せがちに何か言いにくそうにしていたものの、やがて決心したのか相手の目を見つめて話を切り出す。


「……成海颯太にはあまり近づかないほうがいい」

「えっと、それはどうして?」

「……あまりいい人間じゃない……から。これは忠告」


 そういえばブタオとカヲルとは知り合いなんだったな。家に迎えに行ったときに彼がいたのに驚いた記憶がある。親しい間柄かと思いきや、どうやら軋轢があったようだ。

 

「でも私は成海君のことを高く評価してるんだっ」

「私もサツキと同じ意見かな~? これでも人を見る目はあるほうだからね。忠告はどうも~」

「……」

 

 てっきりカヲルの言葉を聞いてブタオから距離を置くのかと思いきや、大宮も、そして新田もきっぱりと迷わず忠告を拒絶する。その返答が意外だったのかカヲルのほうもたじろいでしまう。

 

「……そう。でも忠告はしたから」

 

 そう最後に告げると少し寂しそうにうつむき加減にして席に戻るカヲル。

 

 ふむ、健気で素直な性格のカヲルが忠告するほどか。相当に良くない人物なのかもしれないが、実際に組んでダンジョンに潜ってみたあの二人の意見も気になる。ブタオの評価はまだ決めず、要注意人物程度に留めておくべきか。

 

 そして別の方向には気になる話題をしている二人組がいる。どちらもスポーツが得意そうな女生徒だ。

 

「ねぇ、どの部活入るか決めた?」

「“部活動勧誘式”があるみたいだから、それみて決めようかなって」

「やっぱり“第一”の名がつく部活が人気高そうねー」

 

 学校では色々と行事がある。

 

 まずは近日開催される部活動勧誘式。

 

 冒険者学校の部活動は少し特殊で、冒険者活動に役立つ部活がメイン。剣術、弓術、魔術にくわえて職人を育てる工学などの種類がある。それぞれに特化した専用の施設があり、専属のトレーナーもいて、その部活に合った最適なカリキュラムが組まれているという。この育成システムは冒険者学校の目玉とも呼べる。

 

 オリエンテーションのときも見てきたが、どこぞの大手スポーツジムかというほど施設が整っていてとにかく金が掛かっているのが分かる。

 

 部活動勧誘式はそれら部活動の紹介を新入生に対して行う式のこと。それを見て僕らはどこに入るか決めようというわけだ。

 

 部活動では部活動大会で優秀な成績を修めれば成績ボーナスを貰えるため、Aクラス入りして冒険者大学を目指す生徒において参加は絶対。僕は今のところ魔法職を目指したいので魔術部に入部希望だ。できれば一番規模の大きい第一魔術部に入部したいと考えている。魔術研究や戦術研究も盛んなようで、見識を深めるためにも是非参加したい。

 

 そして生徒会長選挙もある。

 

 これはAクラスの近くを通りすがったときに耳にしたものだが、生徒会長選挙が7月に行われるようだ。そしてなんと1年Aクラスの女子生徒が立候補するという。

 

 この学校の生徒会長は、通常の学校のそれと比べて桁違いの政治力を持つ。生徒会の扱う金が数十億円規模なので、それに比類する発言力があるのも頷ける。そしてそんな美味しい役職は必然的に奪い合いになるもの。

 

 生徒会長になるには多くの生徒の票を集めなければならない。多くの票を集めるにはこの学校の主たる派閥を説得し、支持を取り付ける必要が出てくる。その派閥とはかの有名な“八龍”というやつだ。

 

 冒険者学校には数多くの団体・派閥があるが、八龍とはその中でも特に大きな8つの派閥のこと。下位に多くの生徒や派閥を従えていたり、有名冒険者クランや大企業とも繋がっていることから発言力は非常に高い。

 

 現時点で判明している八龍は“生徒会”、“第一剣術部”、“第一魔術部”、“第一弓術部”、“Aクラス同盟”の5つ。これらの派閥はマスコミにもよく取り上げられていて、僕が入学する前から知っている対外的にも有名な派閥だ。後3つあるというが今は分からない。

 

 そして生徒会長に立候補するだけでも、八龍のうちいくつかの後ろ盾が必要となってくる。その後ろ盾を、高校生になってまだ間もないが得ているというのは実に驚くべき話であろう。

 

 残りの3つの派閥、そしてその1年生。僕がこの学校でのし上がるためにも調べておく必要があるな。

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