第17話 ゲート
メイスから剣に変えたのは効果的だった。防具をしていてもファーストアタックの際に急所を突き刺すことができればオークでも一撃、もしくは致命傷を与えられ、その後の安全性と回転効率がかなり上がる。《大食漢》によるSTR低下がなければもっと重いメイスを振り回せたのにと残念に思うが、それは考えても詮なきこと。
今の心配事は相手にも金属製の武器を持っているモンスターが増えてきたことだ。肉体強化があるとはいえ、胸にナイフを突き立てられたら無傷では済まないだろう。ソロで活動している身としては被弾には細心の注意をしようと心がけてはいても、万一を考えての対策は怠るべきではない。
ということで、俺は防具を買いに冒険者ギルドにある防具店にやって来ている。
学校の工房でも防具は売っているが、注文は基本的にオーダーメイドのためできるまで時間がかかる。今回はすぐに欲しいので出来合いのものを買いに来たというわけだ。
防具店の入り口にはガラスのショーケースに入ったフルプレートメイルが飾られており、照明の光を反射しまくって何とも目立つ。魔獣の皮や牙を使った軽鎧やファンタジー金属であるミスリル合金製の防具もあり、下に書かれている金額が恐ろしいことになっている。家一軒買えそうだなとプルプル震えながら眺め歩いてると。
「おう、にーちゃん。どんなのが入用だい?」
ヒゲモジャのエプロンをした山賊――のようなオッサンが話しかけてきた。デカい……そして凄い筋肉。エプロンに店のマークが入っているので店員さんかな。
「あ、えーと。軽い防具で良いモノがないかなと」
「どこの防具が欲しい? 予算はどんくらいよ」
話を聞くと店主らしい。俺の年齢や肉付きを見つつ「にーちゃんまだ高校生くらいかぁ。しかしかなり体格がアレだな……余り高価なのは無理そうだし……」と何やら思案している。
「上半身を守る防具で5万円ほどを考えてます」
「そんならぁ……」
店の奥へ行き、黒い革でできたジャケットとグローブを持ってきた。
「これは魔狼の革を使って作ってある防具だ。そこらのナイフくらいでは貫通しないし、なにより耐火性能もそれなりあるからな。その肩のプロテクターも付けられる。5万円ならお得だぜ?」
騙されているとは思わないが早速《簡易鑑定》で品物を見てみる。
[魔狼のジャケット]、防御+6、火耐性+5%
[魔狼の小手]、防御+3、火耐性+3%
たしかに魔狼の革だ。ジャケットのほうは前面と脇腹を守り、背後は革ひもだけで思ったより軽い。小手のほうは腕と手首の二点固定式で手の甲から肘まで守るようにできている。小手というよりガントレットかな。ゲームではそれほどの防具ではないが、実物は黒くてカッコいいのが気に入った。
「もう少し予算がありゃ下の防具も売れたんだがな。これでもサービスしてるんだぜ」
先週、懇意にしている魔狼狩りパーティーから大量の皮を安く仕入れてきたらしく、魔狼製品は格安で売っているという。ダンジョン6階にポップする魔狼を倒すと低確率で魔狼の皮を落とすので、それをなめして加工すればこのような黒い革ができるらしい。
「それじゃこの2つください」
「まいどあり! 今装備していくかい?」
レンタル品の剣を持ち、ショルダーアーマーにジャケットと小手を装備。ファンタジーに出てくる戦士のようになったかと期待して姿見を見てみたが……映っているのは世紀末アニメで出てきそうな悪役のモブだった。この体型にカッコ良さなんて期待していけないな。ふぅ。
金が貯まったら下の防具も買いに来ようかしらん。せっかくだし魔狼一式を揃えてみるのもいいかもしれない。ゲーマーというのは一式防具に憧れてしまうものなのだ。
防具の調整をしてもらいながら店主と世間話をする。
最近は冒険者の人気が高まりダンジョン攻略が活発化し、ダンジョン産金属や鉱石、ポーションの供給が追い付かず値上がりしているなど、市場の値動きも激しいようだ。また、ダンジョン内の治安も悪くなってきているので注意しろとの助言と共に割引券も貰った。
さて、新品の防具を買えたし、ダンジョンに行くとしよう。テンション上がるぜ!
*・・*・・*・・*・・*・・*
今日は4階に行こうと思う。
3階までと違って4階からは稀にだがトラップが出現するようになる。トラップは発動すると一定時間で仕掛けが復活し、どこか別の場所に再出現する場合もあるが大抵は同じ場所に出現するので発動済みであっても場所を覚えておくのは有効だ。
面白いことに「ダンエク」のトラップはモンスターも引っかかる。未作動のものがどこにあるか分かるならモンスターに対しても使えるのだ。だが4階にあるトラップは落とし穴のみ。穴の下には剣や槍などが突き出ているわけではないので、落ちても死ぬことはなく捻挫する程度のダメージしか与えられない。落ちたモンスターを倒すには遠距離武器か魔法が必要となる。
現時点では学校の工房で借りた近接武器しかないのでトラップは利用せず普通に狩ることにする。
(4階に到着……ここに来るまで3時間近くも掛かった。帰るときは5階からのほうがいいな)
5階まで行けば1階と行き来できる”ゲート”が使えるようになる。ゲートを使ってる人は確認していないので確実に使えるかどうかは分からないが、それを含めて帰りにでも確認しにいくつもりだ。
4階入り口の広間は天井30mほどで、その天井までフルに使った8階建ての宿泊施設がある。というか、はめ込まれているような建て方をしている。1階はレストランになっていて洒落た料金表が立て掛けられている。
(豚のしっぽ亭。一泊4万円から。トーストセットが1500円……高すぎだろ)
端末からこの宿の口コミを見てみたが「そこらの安宿レベルのサービスでこの値段はないだろ!」的なことが書かれていた。風呂に入れるし、この宿に泊まるのもダンジョンダイブしてるって感じがして乙なものかもしれないが、数万円の装備品を揃えるのにヒィヒィ言ってるレベルの俺では利用を我慢するほかない。
それでもこの宿は観光客が結構入っているようだ。階と階を繋ぐメインストリートを外れなければ入り口からここまで戦うこともなく安全に来ることができる上、ビザと海外の冒険者証さえあれば外国人もこのダンジョンに入れる。記念に潜る外国人観光客も多いと聞く。
テラス席には外国人観光客がちらほら見える。世界には数十のダンジョンが確認されているが、日本にはここにしかないのでダンジョン観光に来るとしたらこのダンジョンだけなのだ。
一方で普通の冒険者は宿には泊まらず広間の端にテントを建てたり茣蓙を敷いて雑魚寝をする。まぁ普通は数万円も払って泊まらないよな……
他には魔石売買所や粉もの屋台も見える。今日は時間も押してるし寄り道せず狩場に向かうとしよう。
4階は3階ほどは混んではいないものの、この階を狩場としている冒険者は多い。ごった返していた広場から5階へ続くメインストリートを歩き、オーク部屋のある場所へ向かう。所々発動済みのトラップにより穴が開いているが、これだけ人が多いならまず引っかかることはない。
4階での狩場となるオーク部屋は3階と似た広さだが、ポップするのはオークチーフ、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジと全てモンスターレベル4以上。
ゴブリンアーチャーは抽選ポップで、代わりにモンスターレベル5のゴブリンソルジャーが出ることがある。モンスターレベル5とはいえゴブリン系は基本耐久力が低く、無防備状態やバクスタでファーストアタックを狙えるなら美味しい相手だ。
最初に辿り着いたオーク部屋はパーティーが戦っていたので、そこから一番近い別のオーク部屋に向かう。こっそり中を覗くと――
(……いるな。ゴブリンアーチャー2体とオークチーフか。オークチーフは胸当てをしている)
それでは早速今日の狩りを始めるとしよう。スタングレネードをベルトから外しピンを抜いて放り込み、閃光が収まるまで目をしっかり閉じる。
光が消えた直後に部屋に入り込み、まずは耐久力の低いゴブリンアーチャー2体の手足に斬撃を放ち、落とした弓も破壊。どちらのゴブリンもトドメを刺さないようにしてオークチーフの脇腹に一閃。ふらつきながらブモォォと叫び武器を構えるがもう遅い。レベル5になった俺の一撃は重く、足をもつれさせてふらつくオークの鈍器を弾き飛ばして太い首を一閃。横でもがいているゴブリンを時間差で倒し、ようやく一息。
剣を振り回してみて分かっていたが、《大食漢》でSTRが下がっている状態とはいえ、最初と比べて力が相当上がっていることに気づく。
今使っている剣は前に使っていたメイスとほぼ同等の重さがある。両手でなら振り回しても苦になることはない。レベル1のときの木製バットを振り回す程度の感覚だ。走力も順調に上がっているようで、未だ100kgを超えるデブだというのに結構な速度が出るようになった。レベルをこのまま上げていけばこの体型でもヒーロー映画に出てくる超人のようになるのだろうか。楽しみでもあり怖くもある。
今回も狩りは順調だ。毎回奇襲か無防備状態を狙っているので1体を倒すのに掛かる時間が短く、10分間隔でポップするモンスターが3体いても大分余裕ができる。近場にいるモンスターが見えたらおびき寄せて倒したりバクスタをしかけたりして2時間で40体ほど狩ることができた。
途中オーク部屋付近を周回していたオークチーフに襲われたときは多少焦ったが、レベル4だったときと比べて相手の動きがよく見えるようになっており、戦ってみればそれほど苦戦はしなかった。レベル1の差でも動体視力や肉体能力が総合的に強くなるため、戦闘能力の差も大きいのだと実感する。
結局ゴブリンソルジャーは最後まで出ず。3階のオークチーフもそうだったが、抽選ポップのモンスター出現率はゲームと比べてかなり低めらしい。2つの弓をドロップしたが、マジックアイテムではない上にボロボロで弦も切れているのでクズ屋ですら買い取ってもらえないと判断し、捨てておくことにした。
帰りは3階へ上らず、ゲートが使えるか確認するために予定通り5階へ向かうことに。
ここにも売店やら屋台やら休憩所があり、多くの冒険者達が屯していた。夕方のこの時間では自前のテントなどを張って夕食を作っているパーティーも多くみられる。
ゲート部屋が近いというのにこの広場で一泊するということは、ゲートは知られていない、もしくは使えない可能性が高くなる。はたしてどちらだろうか。
記憶ではこの入り口の広場左手を1kmほど進むとゲート部屋があったはずだ。そこの壁には幾何学図形のような魔法陣が描かれていて、魔力流して登録すれば1階までのゲートが開きワープできるようになる……はず。
ゲートは上級ジョブである【ソーサーラー】でも同様の魔法を覚えられるが、ゲート部屋は5階毎に設置されているため今のところはそんなスキルがなくても困らない。まぁ味方に【ソーサーラー】がいるなら緊急離脱手段として重宝するのだが。
ゲート部屋前に到着し中を覗いてみると……誰もいない。というかこの付近にすら誰もいない。やはりゲートの存在が知られていないパターンか。だとしたら高位冒険者は何週間、何か月も掛けて1階から狩場まで移動してるのだろうか。
知られていないなら匿名で公表するという手も一瞬考えたが、やめておこう。
ゲートが周知されたら確かにダンジョン攻略は劇的に進むだろう。しかし同時にテロリストのような危険な武力組織までも強化され、世界はより混沌と化すかもしれない。それならいつかバレるとしても知らせないほうがマシに思える。
周りに誰もいないことを確認し、壁に描かれた魔法陣にゆっくり魔力を流してみる。すると魔法陣の溝が深い青色に光り、同時に何かの装置が起動するようなブゥンと短く低い音が鳴る。すぐに紫色にウネウネと光り輝くゲートが開いた。
「こちらの世界でもちゃんとゲートは使えるじゃないか。それじゃまぁ、潜ってみますか」
1階のゲート部屋には誰かいるかもしれないが、こちら側からは確認しようがないので気にせず行ってみることにする。潜るとサァーと音がして一瞬にして景色が変わる。
通り抜けた先は何やら薄暗い場所だ。
「あれ、ダンジョン1階ではない……ここって学校か?」
この場所にもゲートの魔法陣があるのでちゃんとしたゲート部屋のようだが、魔法陣があること以外は学校の教室にそっくりだ。だが窓はない。周りを確認していると20秒ほどでゲートは閉じ、壁には魔法陣模様の溝だけが残る。その壁の逆方向には机が山積みになっている。
教室に似た薄暗いゲート部屋から外へ出てみる。思った通り冒険者学校の内部だったようで、階段を上ると見覚えのある1階のエントランスがあった。ということはゲート部屋は学校の地下1階にあるということか。
「どうなってんだ……何でダンジョン外部にゲート部屋があるんだ?」
ゲームのときも何度もゲートのお世話になっていたが、ダンジョンの外に出たことなんて一度もなかった。ダンジョンの構造やシステムがゲームと違うというのは元プレイヤーのアドバンテージが損なわれ、計画の変更を余儀なくされるかもしれない。これは悩ましい問題になりえるな。
そも、こんな場所にゲート部屋があるのは何故なのか。人為的に作られた? 仮に人為的にゲート部屋を作る技術があるならば、日本はダンジョン攻略においてもっとリードしていてもおかしくはないはず。
試しにもう一度戻って隅々まで調べてみても何の判断材料も見当たらず。うーむ。
しかしながら、学校内からセキュリティーを介さずダンジョン内に入れるのは嬉しい誤算かもしれない。家族をダンジョンに入れるために《ゲート》スキルかマジックアイテムを用意しようと考えていたけど、これでその問題は解決されたようなものだ。
毎回人ごみに揉まれる正規の入り口にはうんざりしていたし、次からはこの場所をこっそり使わせてもらうとしよう。
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