第16話 俺TUEEEしたい
3階へ降りたところにも喫茶店や出店が何軒かあり、700円もする6個入りたこ焼きを摘まんで一息する。うーむ、この店は失敗だな。粉っぽいし中に入っているタコも小っちゃい……
付近で買い物をして歩く冒険者を見てみれば、黒い革製の防具を着けているのが目につく。俺もそろそろ防具を揃えたほうが良いかもしれないと思案しつつ、たこ焼きが入っていた入れ物を捨てて通称「オーク部屋」を目指す。
この階も冒険者が多く、オーク部屋の近くの分岐まではほとんど交戦することなく辿り着くことができた。そこからはオーク部屋まで慎重に進む。ゴブリン部屋と同じくオーク部屋も中に3体ポップするはずだが……
部屋をこっそり覗くとオークがちゃんと3体いた。一見すると人間のように見えるが、首がやけに太く、後ろ姿がずんぐりむっくりしている。また、豚のような鼻でブモーッと鳴くので近くまで寄れば見間違えることはない。
(最初が肝心だな……)
レベルアップしてそれなりの重さの金属製武器を振り回せるようになったので、3体のオーク相手でもゴリ押しでいけないこともない。とはいえ、下手をすれば囲まれてタコ殴りにされる危険性もある。
なので買ってきましたスタングレネード。冒険者ギルドのグッズコーナーで1つ5000円とかなり高価であったが、オークを狩り続けられるならば十分ペイできるはずで必要投資と考える。
元の世界のスタングレネードは閃光と爆音がセットであることが普通だが、そんなものをダンジョン内で放てば爆音により近くのモンスターを引き寄せてしまう。そのため、ダンジョン用のスタングレネードはほぼ無音で閃光のみとなっている。
説明書と注意事項は昨夜に隅まで見てあるので使い方は大丈夫なはず。ということでポイっとな。
シュコーーンという空気の抜ける音を出した直後、オーク部屋に強烈な閃光が走る。ブモォーブモォーと悲鳴を上げるオーク達。視界を失っている間に近づき後頭部アタックをぶちかます。
3体とも一気に倒してしまうとリポップする際に同時に湧いてしまうため、2体は瀕死に留めて時間差を作りながら止めを刺す。
「これは……一つ200円だったか」
後に残るのはオークの魔石。パーティーだとかなりの数を倒しても普通のバイトの時給以下だろうが、ソロならリスクが高くなる代わりに、それなりに美味しい稼ぎになるかもしれない。
タイマーが次のポップまで後30秒と教えてくれると、時刻通りに黒い霧が生まれ始める。
急いで武器を取り無防備状態のオークに近づいて急所に攻撃を入れる。首が太く一撃で倒すのは難しいものの、的確にファーストアタックを打ち込めばたたらを踏んで
その後もオークを問題なく倒し続けていくと今度はゴブリンがポップ。杖を持っているのでゴブリンメイジだろう。
ゴブリンメイジは《ファイアーアロー》を撃ってくるため、複数を相手に戦う場合は強敵となるが、見て避けられる速度なので単体ならばそれほど怖くはない。そもそも耐久力は2階にいるゴブリンと大差ないので、無防備状態ならば一撃で刈り取れるボーナスモンスターとなる。
「ふんぬっ! これでモンスターレベル4は美味いわぁ」
こりゃレベル5までは楽勝だぜぇ、と鼻歌を歌いながらオークより大きめの魔石を拾う。休憩を挟みつつルンルン気分で20体ほどオークを狩り続けていたところ、初めて上位個体であるオークチーフが抽選ポップする。
今まで通り頭を狙おうと間合いを詰めるが、兜に加えショルダーアーマーをしているため振り下ろしは効きそうにない。すぐにデカい棍棒を持っている腕に狙いを変えて渾身の一撃を繰り出す。ブモォーッと叫んでいる間に3発ほど追撃を加えるが、なおも耐え抜くオークチーフ。野郎の目はまだ死んではいない。
睨み合いとなるが相手は虫の息だ。一気に詰め寄り低空状態からメイスを振り上げる。
「さっさと魔石になっとけ……なにっ!?」
瀕死のくせにバックステップで躱しやがった。オークチーフは残った力を振り絞り横なぎを繰り出す……が、ダメージが色濃くモーションでバレバレ。屈んで躱してから立ち上がりと同時にメイスを股に振り上げる。
「ブッ……モォオオォオ……」
……この感触、雄だったか。同じ雄としてこの鬼畜攻撃はどうかと思うが、背に腹は代えられない。オークチーフは股間を押さえながらガクッと膝をつき、魔石となった。
「なかなかの強さだったな……」
無防備アタックではない万全の状態からコイツを倒すとなると、どれくらいの時間がかかるだろうか。その間にゴブリンメイジなんてポップしたら厄介この上ない。
オークチーフ戦は長引きそうなら一度オーク部屋から連れ出して戦ったほうが良さそうだ。幸いオークの足は速くはなく、難なく逃げられるはず。他の冒険者もオークチーフ相手にはよく逃げるため、この階でのトレイン(※1)はよく見る名物的な光景らしい。もちろんそんなことやったら他の冒険者に怒られるが。
無防備状態から一気に倒しきれないのはSTRが足りてないのもあるが、この武器自体が弱いせいでもあるだろう。良い武器を新調してもすぐにレベルアップして過去の遺物になるし、レベルが低いうちは複数の種類の武器をレンタルして試すとしよう。
もしくはメイスから剣に変更して突き刺すという手段を増やしてみようか。メイスでは防具で覆われた箇所を攻撃する場合はどうしてもダメージが弱くなる。元々バットしかなかったからメイスをチョイスしただけだし、明日は気分転換に剣に変更してみるか。
オークチーフが消えたあとを見ると魔石に加え、ショルダーアーマーが落ちていた。つい嬉しくなって装備してしまったが、大きさが俺に合うようにリサイズされたことから、マジックアイテムだと判明した。やべぇ、これが外せない系呪いのデバフ付きアイテムならオラやばかったぞ。肩パッドしながら学校とか行きたくねぇ。
冒険者ギルドでの解呪は10万円コースだった気がする。不用意によく分からないアイテムを装備するのはやめておこう……
冒険者ギルドで1万円払ってアイテム鑑定を頼んでみようかと考えたが、【ニュービー】のジョブレベルを7まで上げれば《簡易鑑定》を覚えられる。お金が勿体ないのでそれまでは待つとしよう。高校生の懐事情は厳しいのだ。
ちなみにジョブレベル5になれば基本ジョブである【ファイター】【キャスター】【シーフ】へのジョブチェンジが解禁される。だがそこでジョブチェンジしてしまうと、その後に覚えるはずだった【ニュービー】のスキルが取れなくなってしまうので、死ぬ気でジョブレベルを最大まで上げるつもりだ。
何の効果があるのか分からないショルダーアーマーをオーク部屋の隅に置いておき、遅くまでオーク狩りを続ける。が、その日はもうオークチーフは出なかった。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「おっかえり~おにぃ!」
「……おう、ただいまっ」
家に帰ってみれば背負っていたリュックを甲斐甲斐しく手に取り、荷物持ちを買って出る我が妹がいた。あれ……こんな甲斐甲斐しいヤツだったっけ。何か狙いでもあるのだろうか。
「これ、ダンジョン産のドロップアイテムでしょ?」
どうやらリュックからはみ出ていたショルダーアーマーが気になっていたようだ。
「オークチーフから出たんだよ」
「えぇ!? もう3階で戦ってるの? どんなパーティー? おにぃの役割ってどんなの?」
がっつきすぎだ落ち着け。
よっこいしょと居間の座椅子に腰を下ろし足を延ばす。何時間か狩りをしたので少し筋肉が張っている。レベル4になり肉体強化の効果も出てきたとはいえ、この体はまだまだ軟弱だな。
「にーちゃんはな、ソロで潜ってんだよ」
「えぇ!? ソロ? あっ……もしかしてボッチ……」
「ボッチじゃねーよ!」
そんな不憫そうな顔をするんじゃありません。可愛い女の子達からパーティーに誘われたし。まぁお情け的な感じだったけども。
「でも3階ってオークとかでるところでしょ? パパも危険だって」
確かにオーク狩りはレベル3以下では複数人でなければ厳しいだろう。たとえレベル4だとしても毎回無防備アタック、もしくはバクスタができる状況でなければ危ない状況に陥ることもあるはず。
「まぁやり方はあるし、お前が来るならもっと良い方法もあるからな」
「ほんと? オークとかと戦うなんてちょっとね……怖いし」
5階までいけばパワーレベリングスポットがあるのだ。あの方法はこの世界でもできるのだろうか。
「颯太~、ご飯の前にお風呂に入ってらっしゃい」
「あ~い」
今日はゆっくり休んでまた明日の狩りに備えるとするか。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「おっしゃーレベル5! 同時に《簡易鑑定》も覚えたぜ!」
連日ダンジョンを訪れオークを狩り続けた。もう帰ろうかと思ったころにやっとこさレベルが上がった。意外と早かったのはゴブリンメイジが多くポップしたのと、武器を剣にして効率が上がり、近場のオークも狩ることができたからだ。苦戦したオークチーフについては初日に一体出たきり。もしかして相当なレアモンスターだったのかもしれない。
そして《簡易鑑定》を覚えたということは【ニュービー】のジョブレベルのほうも7になったということ。ジョブレベルは基本的にメインレベルよりも上がりやすい。
早速持ってきたショルダーアーマーとゴブリンメイジが落とした杖を《簡易鑑定》で見てみよう。
「なになに。ショルダーアーマーは……[生命のショルダーアーマー]、効果は防御+2、HP+5」
ふむ。元がHP7しかなかった俺からすればかなり当たりの部類の防具だろう。HPボーナスが乗算ではなく加算というのが嬉しい。
「杖のほうは……これもマジックアイテムか。[くすぶる廃材の杖]、《ファイアーアロー》の威力+1%、耐久-80%……これはゴミかな?」
すぐに折れそうな杖だったしな。片方だけでも当たりだったからよしとしよう。
そして問題の初期スキル、《大食漢》を鑑定してみる。単に腹が減るようになるスキルだと思っていたが……何やら不穏な文字列が見えてくる。
「レベルアップ時にHPとVIT上昇値にプラス補正……食欲増大。そしてSTR-30%、AGI-50%、最後の項目は“???”となっていて鑑定不能……うーむ」
これは予想以上の爆弾スキルだな。色々と能力が付随しすぎだろ。食欲増大は予想していたので置いておくとして。
まず最初の「レベルアップ時のステータス上昇値プラス補正」とは。
命の生命線であるHPと、防御力・生命力が上がるVIT、どちらも命が懸かっているダンジョンダイブにおいては最重要ステータスといっても過言ではない。そのステータスに上昇値プラス補正が掛かるというのは――どれくらい補正が掛かっているのか分からないが――素晴らしい能力と言わざるを得ない。
次に最大のデメリットであろう「STR-30%、AGI-50%」……これは深刻な問題だ。
初めてこの体に憑依したときは、太い腕や脚にもかかわらずやけに力や足腰が弱く、動きも異常なほど緩慢なので驚いたものだ。でもこれは全て運動不足かつ超肥満なせいかと思っていた。それがスキルにより能力が減少しているとなればこのスキルを消さない限り、いくら痩せようがハンデを背負ったままとなる。
今のところはレベルも上がり問題なく戦えている。
STRが低下していても剣に持ち替えて攻撃力には苦労はしていないし、AGIが半減しているとはいえ、オーク相手なら十分逃げ切れる程度には走れるようにはなった。だがマイナス数%程度ならともかく、これだけの減少値は命に関わるのではなかろうか。
最後の「???」という項目は読み取れなかった。《簡易鑑定》で鑑定できないとなると上級ジョブクラス並の能力ということになる。できればデバフではなく良い能力であってほしいと祈るほかない。
これらを総合的に考えるとステータスのプラス補正がどの程度なのか、最後の“???”というのが何なのか次第となるが、仮にこれらの中身が多少良くてもデメリットが大きすぎてデバフスキルと言わざるを得ない。ゲームならば死んでもいいのでステータス上昇値目当てで残しておくかもしれないが、現実となればそんなリスクは背負いたくない。
「せめて“???”の部分が何なのかだけでも知りたいが……ギルドで鑑定を受けに行くのも嫌だな」
詳細なステータスは上位の《鑑定》スキルや鑑定アイテムがあれば知ることができるが、現状ではそんなスキルやアイテムはない。知りたければ冒険者ギルドにある鑑定装置で計測して端末のプロフィールを更新するしかない。しかしそうすると、そのデータは学校のデータベースとも共有され、レベルやステータスが他の生徒の端末からも参照できてしまう。
更新したくない理由として、目立てばろくでもないイベントがてんこ盛りで発生する可能性があるからだ。ゲームのメインクエストを鑑みれば、プライドの高い上位クラスや上級生、果てはどこぞの冒険者まで難癖を付けてくるだろう。面倒事は起こしたくないのでできるだけ情報の露出は控えていく。
とはいえデータベースを更新されずに鑑定できる場所もあることはある。ダンジョン10階の隠しエリアにある店、通称「オババの店」というダンジョン内にある店だ。そこには鑑定アイテムも売っているしジョブチェンジもできるため是非行っておきたい場所の1つと考えていた。
オババの店については以前図書室で調べたことがあったが、何も書かれていなかった。ゲームと同じなら存在するはずなのに何故、何も書かれていないのか。今のところ正確な理由は分からない。
いずれにせよオババの店に行くまでは鑑定もできないので《大食漢》を消す判断もできない。そも、ジョブチェンジしなければ上書きするためのスキルすら覚えられないので消す事もできない。しばらくはこの妙なスキルと付き合っていくしかないのだ。
「はぁ……色々な意味で予想を超えるスキルだったけど、消す消さないにかかわらず頑張ってレベル上げて10階を目指すしかないな」
当面の目標としては――
・ダイエットと筋トレを続ける。目標体重100kg以下。
・10階のオババの店に行けるようレベル上げを頑張る。目標レベル10。
・鑑定アイテムを買い、ステータスと《大食漢》を鑑定アイテムで鑑定する。
くらいか。
いつかはこそこそ隠れるようなことなんてせず堂々と俺TUEEEしたいものだが、目立つのなら少なくとも高位冒険者から十分に身を守れるくらいまで強くなっておきたい。この世界の高位冒険者はレベル30ほどだから、そのくらいまで強くなれば我を通せる……いや。俺だけ強くなっても家族を狙われるかもしれない。共にレベルを上げたほうがいいだろうな。
ブタオには何としても家族は守ると誓ったのだから。
(※1)トレイン
通常は列車の意味だが、ゲームの場合は大量の敵を引き連れて逃げていること。この状態で引き連れたプレイヤーが死んだり逃げ切ったりすると、目標を失ったモンスターが周りのプレイヤーを巻き込んでしまうため、最悪のマナー違反の一つとされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。