第15話 ……スライムにも負けるのに?
後ろ髪を引かれる思いで大宮さん新田さんと別れ、初めての2階へと足を踏み入れる。
「さてと……ゴブリン戦か」
ゴブリン。モンスターレベルは2。ゲームでは身長100~120cmほどの亜人種で、顔は醜く、肌は緑色。非力だが知能はそれなりに高く、人間を見つけてもすぐには襲わず、角待ち攻撃を狙ったり徒党を組んだりするズル賢さがある。1階にいるスライムと比べれば格段に危険度は高い。とはいえ、しょせんは子供並みの身長と力しかなく、単体なら棍棒にさえ気を付けて戦えばそう難しい相手ではない。
一方で稀に出現するゴブリンチーフは金属製の武器を持っている場合があるので注意したほうがいいだろう。肉体的な強さは普通のゴブリンとそう変わらず、モンスターレベルも3なので経験値的には美味しいモンスターとも言えるが。
3階へ行く道は当然のように混んでいるため、ゴブリンが比較的ポップしやすい「ゴブリン部屋」と呼ばれる場所へ移動する。ここに湧くゴブリンは倒しても比較的早くポップし、他の場所と比べてゴブリンチーフが抽選ポップ(※1)しやすいのだ。
「ここもあまり人がいないんだな。どうしてだ? まぁ、いないならいないほうがいいか」
ゴブリン部屋をこっそり覗くと2体のゴブリンがキャッキャと話し合っていた。あれも歴とした言語なんだろうか。しばらく観察していると1体が丁度近くに来たので後ろからトゲ付きの棍棒を振り下ろす。
「後頭部アターック!!」
一撃で沈み魔石となるゴブリン。手ごたえありだ。ここを叩かれれば普通の人間でも一撃。残ったもう一体のゴブリンは驚いたのか、もしくは怒ったのか、棍棒を構えながら大声を上げてこちらを威嚇する。
「来ないならこっちから行くぞっ」
圧倒的なリーチに加え威力でも勝る俺はアグレッシブにメイスを振り下ろす。それに対しゴブリンは手持ちの棍棒を横にして俺の攻撃を頭上で受け止めた! やるじゃねーか。
「だがお腹がお留守だぜ」
ゴブリンの腹を蹴り上げるとゴブリンは仰向けに吹っ飛ぶ。その隙を逃がさずすぐに距離を埋めて再びメイスを振り下ろすと呆気なく魔石となった。
「しっかしスライムと違って対人型は何だか後味が悪いな。死体が残らないだけマシか……」
スライムとは違いゴブリンは人の形をしているため微妙な後味の悪さが残るが、ゴブリンの顔を近くでみると絶対に相いれない生物だと分かるから気にする必要はないな。
この魔石は……100円もしないだろう。ダンジョン歴数日でもここに来ようと思えば来れる。そこらの一般人でも倒せてしまうモンスターの魔石なんてそんなもんだ。レベル上げのオマケと割りきって倒しまくるとしよう。
モンスターは基本的に黒い靄から姿を現してから2~3秒ほどは無防備に立ちつくしているだけなので、その僅かな時間に攻撃を与えられれば大きなアドバンテージが得られる。
そのアドバンテージを活かすには「スライム部屋」や「ゴブリン部屋」のようなモンスターがポップする時間と場所が確定してることが重要だ。このゴブリン部屋ではゴブリン3体がきっちり10分間隔で倒した順にポップするため、一人なら丁度いいペースで狩ることができる。
こういった場所はひとつの階層に数か所ほどしかなく、ゲームだったときはレベル目的のプレイヤーに人気すぎて場所取りが困難だった。だがこの世界ではあまり人気がないのか、それとも知られていないのかは分からないが、周りに人がいる気配はない。つまりは独占できて美味しい。
それにしても。初めはあまりの体重と筋力の弱さによる鈍い動きに抵抗があったものだが、数日も経てばこの体にもだいぶ慣れてきた。ちょっとしたバランスのとり方や休憩タイミング的なものが感覚的に分かるようになって、体調管理も随分としやすくなった。
とはいえ、この体型で戦い続けるのはデメリットが大きすぎる。体重超過による速度の低下自体はレベルアップによる肉体強化で補正できるとしても、今後厳しくなるであろう戦いのために少しでも余力を残しておきたい。長期戦を強いられればすぐに息が上がってしまうし、下手をすれば死ぬ可能性があるのだから。
筋肉痛の様子を見ながら、もう少しトレーニングの負荷も上げていいかもしれない。まぁ一番きついのは食事制限なんだが。
それから順調に5体ほど狩った頃――
「おっと、金属製の武器持ってるぞ。ゴブリンチーフか?」
ゴブリンチーフだろうと何だろうと最初の数秒は棒立ちのため、関係なく一発で仕留めてやるぜと思ったら、頭に兜をしてやがった。しょうがないので武器を持ったほうの肩に振り下ろす。
「ッギャーアアッギャッギャ!!」
痛みのため悲鳴を上げて武器を落としてしまったゴブリンチーフ。痛みに耐えながらなんとか武器を拾おうとするが、それを読んでいた俺のほうが早い。残った左腕にメイスをぶち当て、その後に横殴り。
ぶっ飛んだゴブリンは魔石と化し、同時に錆びた短剣が落ちた。
マジックアイテムではなく普通の短剣っぽいが、見ただけでは確実なところは分からない。鑑定するにも金がかかるので、早いところ《簡易鑑定》のスキルが欲しいものだ。
「兜をしてる場合があるから、ファーストアタックに後頭部以外のパターンも考えとくか」
その日は夕食前まで狩ったが、レベルは上がらず3のまま。無理はせず今日のところは切り上げる。ボロボロの武器を3つ手に入れたが、使い道などないためクズ屋にでも売ってしまおう。お小遣い程度にはなるかもしれない。
*・・*・・*・・*・・*・・*
通常授業が始まる。二度目の高校生活なので授業内容なんか余裕かと思いきや、高校一年の授業としてはかなりハイレベルな問題を解かされ、この学校のレベルの高さに舌を巻く今日この頃。
ホームルームが終わって放課後になるとクラスメイト達はさっさと教科書をしまい、仲の良い者同士で集まってダンジョンダイブの予定作りをしている。
赤城君はいつもピンクちゃんと話しているが、ダンジョンのほうは頑張っているのだろうか。今月中にレベル10程度にならないと刈谷を倒すには難しくなるはず。まぁ、あの余裕そうな態度を見る限り何か考えでもあるのだろう。
カバンに荷物を纏め、ゴブリン戦をイメージしつつ教室から出ようとすると、鈴が鳴るような凛とした声に引き留められた。
「ちょっと」
振り返れば幼馴染で許嫁のカヲルがいつものように腕を組み、若干不機嫌そうな顔で立っていた。そういえば学校では颯太と名前で呼ばないんだな。
「どうした?」
「……そろそろ。練習したほうがいいのではないか?」
練習……はて。ブタオの記憶を探ってはいるもののカヲルと練習の約束なんてした覚えはない。入学前に一緒に出かけたり準備運動のような何かをしていたようだが、もしかしてあれがそうなのか。
俺は今日も今日とてソロでダンジョンへ直行する予定なのだ。足腰ならダンジョンを歩きながらでも鍛えられるので一緒に潜るつもりはない。それにゴブリンごとき相手に複数人でパーティーを組むのは効率が悪いしな。
とはいえ、心配して言ってくれているのかもしれないので、断るにも言い方には気を付けなければ。
「一応、独自にトレーニングを頑張っているんだ。だから大丈夫だよ」
「……どんなことをやっているの?」
柳眉を寄せて怪訝そうな顔で聞くカヲル。やけに食いついてくるな。
「散歩とか? ここ数日はダンジョン内で歩いているんだ」
「……スライムにも負けるのに?」
……ぶひっ。
確かにスライムなんかに負けたと噂されたら心配の一つでもしたくなるか。長年付き合いのある幼馴染だしな。
「あれはちょっと体調がな。まぁ今のところ体調管理はしっかりやってるから大丈夫だよ」
「……そう」
体調管理というかダイエットだが。カロリー制限をしているせいでフラフラしてるまである。まぁ無茶なスキル発動とかしなければ大丈夫だろう。
そんな説明でも納得したのかどうかは分からないが、俺から視線を外し席に戻る。彼女も赤城君のパーティーに頑張ってついていけば必ず強くなるはず。きついイベントも沢山起こるとは思うが応援してるぜ。
*・・*・・*・・*・・*・・*
ここ数日でゴブリンとゴブリンチーフを合わせて数十体は倒したがレベルは3のまま。ダイエットをしながら体幹を鍛え、体を強くすることを優先していたため、ダンジョンダイブの時間は少な目だ。ダンジョン3階以降では厳しい戦いになる可能性があるから、準備は念入りにしないといけない。
冒険者ギルド入り口にあるインフォメーションボードによると3階では毎月何人か死者が出るほどで、本格的なダンジョンファイトが経験できる初めての階とも言える。
ソロで行くので、万一を考えて少しでも動ける体にしておきたかったのだ。この2階でレベル4まで上げておいたほうがいいだろう。
ソロではもしものときに誰も助けてくれないためリスクは大きいが、モンスターを倒したときの経験値量も多くなる。さらに、ゲーム知識がある俺は美味しい狩場やモンスターをほぼ独占できる立場なので、ソロで潜るメリットがより大きい。
気を付けることは目に見えるリスクだけではない。
この世界は元の世界より格段に血なまぐさいため、何が起こるか分からない。貴重なダンジョン情報を持っていると分かれば、拉致監禁なんて平気でしてくる国や組織が山ほどあるのだ。ゲーム知識や情報は、絶対に裏切らない家族に伝えるくらいで留めておくのが無難だろう。しばらくは情報流出に気を付けながらソロで行けるところまで行ってこっそり強くなろうと思う。
ということでいつものゴブリン部屋。
リポップの際の数秒の無防備状態を逃さず狩り続け、1時間ほどでレベル4になった。体の調子を確かめながら《小回復》をかけて一休憩する。
この《小回復》は、マニュアル発動で行うと筋肉の疲労回復に効く感じがするのでやっている。MPの無駄遣いといえばそうなのだが、今のところろくなスキルを持っていないので、こういった無駄もできる。MP総量には十分気を付けながら行わなければならないが。
モンスターレベル2の敵が多くを占めるこの2階では、レベル4になった俺では獲得経験値が半減し不味くなる。素直に3階に移動したほうがいいだろう。武器も対オークを考えて金属製のメイスを借りてきてある。量ってみたら5kgもあったが、今のステータスならばそれなりに振り回すことができるはずだ。
ちなみに、レベルは4からかなり上がりにくくなるらしい。理由としては、レベルアップまでの必要経験値がこれまでと比べ多く必要となるのもあるが、何より3階からは敵の強さが格段に上がるからだ。
3階にポップするオークは、大人並の力で棍棒を振るうため危険な相手となる。また、《ファイアーアロー》という遠距離攻撃が可能なゴブリンメイジも登場し、オークの上位体であるオークチーフは1体倒すのにもレベル3以下では死闘となる可能性がある危険なモンスターだ。
リスクを回避して複数人のパーティーを組むならオークチーフでも比較的楽に倒すことができるが、代わりに経験値は人数分に分散し減少する。またモンスターがポップしている場所を探し練り歩かなくてはならない。それならばより深い階に行って経験値量が多いのを倒せばいいと思うかもしれないが、当然の如くモンスターも強くなり、リスクも跳ね上がる。
うちの親父もそうだが、一般冒険者でレベル4止まりが多いのはそういう理由らしい。だが、ゲーム知識があればそこまで上がりにくいということもないだろう。秘策もあるしな。
ここらで休憩は終えて次の階へ行くために、よっこらしょと立ち上がる。
さぁ、オーク狩りに行くとしよう。
(※1)抽選ポップ
敵が再出現時する際に、一定確率で違うモンスターが出現すること。よりレアなモンスターが出る場合が多い。
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