第14話 早瀬カヲル ②

 ―― 早瀬カヲル視点 ――



 冒険者学校に入ってすぐにユウマ、ナオト、サクラコという素晴らしい仲間と出会えたのは僥倖だった。

 

 入学初日にユウマと話す機会があり――実は私から話しかけたのだが――冒険者について話が盛り上がって、流れでダンジョンに潜ることになった。この土日はとても充実した時間を過ごせた。

 

 これからどうやって強くなっていくべきか、ダンジョンを攻略していくか。また成績を上げてAクラスを狙っていくか。私にとってどれも手探りで悩ましい問題であった。それらについて真剣に相談し励まし合っていける仲間ができたというのはこの上なく幸せなことだと思う。

 

 ユウマは勇気があり向上心も高く、才能の塊だ。今までも鍛えてはいたものの、それほど剣術の心得はないと言っていた。しかし獰猛に襲い掛かってくるゴブリンを倒すその姿は見事であり貫禄すらあった。Dクラスのならず者に対しても毅然とした態度で立ち向かったのはカッコよかった……私とて乙女であり、あのような姿には心を打たれても仕方がなかろう。

 

 ナオトは一見仏頂面に見えるが気配りができ、紳士的であることは私の中で彼の評価を上げる大きなポイントとなっている。また彼の魔術関連の賢知は広く深いということが分かった。剣しか知らない私は魔術方面には疎い。これから先、一流冒険者を目指すにおいて魔術師と組むこともあるだろう。その際にナオトと共に戦った経験と、そこから学べる知識は大いに糧になるはずだ。

 

 サクラコは、失礼だがあのふわふわした見た目と性格なのであまりダンジョンでは期待できないと思っていた。しかし、近接戦において同じダンジョン初心者とは思えないほど高い運動能力を発揮し、回復魔法も使いこなし、おまけに視野も広い。彼女の才能には舌を巻くばかりだ。もしかしたらユウマをも超える才能があるのではないだろうか。

 

 

 

 そんな素晴らしい仲間に比べて私は大した才能を持ち得ているわけでもなく、あるとすれば幼少よりやっていた剣道くらいしかない。それでも剣術という分野で皆と話し合い、貢献できたのはこの上ない満足感と充足感をもたらした。こんな私でも役に立てるのだと。

 

 だがこのままでは才能溢れる彼らの隣には居続けられないだろう。今後も背中を任せられる関係でいられるよう、これまで以上に必死に努力しなければならない。学校生活にも気合が入るというものだ。


 

 

 とはいえ、今日のオリエンテーションは2階までのメインストリートを往復するだけ。まともに戦闘なんてすることはなく、すでにここは通った道。目新しいものもない。

 

「1階はモンスターも弱いし、どうせなら3階まで行きたいものだな」


 少しつまらなそうに言うユウマ。確かにレベルアップを経験している私達にここは物足りない。この四人なら2階ですらもう余裕だろう。


「でも、これが終わったら解散ですし。この後また四人で狩りにいきませんか?」

「あぁ、僕もそう思っていた。カヲルもどう?」 


 ナオトがこちらに顔を向けて聞いてくる。もちろん、望むところだ。


「せっかくいい武器をレンタルして持ってきたのだからな。お供させてもらおう」


 了承の言葉と笑みで返す。お互いくすりと笑いながらダンジョンを確かめるように一歩一歩を踏み歩く。これからのことを見据えるように目の前を見てみれば――

 

 ――恰幅の良い男子生徒が大股で歩いているのが目に入った。胃がピリリと痛む。

 

 


 昨晩のことだ。

 

 風呂から上がり、予習でもしようかというときに”ストレス”がやってきた。

 

 なんと颯太がスライムごときに負け、搬送されたというショッキングなニュースがサクラコからもたらされたのだ。学校の掲示板に書き込まれ、噂になっていたらしい。

 

 スライムといえば入場制限が解除される年齢ならばまず負けることはありえない。さらにいえば子供でも勝てると言われている最弱のモンスターだ。それなのになんたる無様。醜怪極まりない。

 

 成海家のご両親は颯太の無事を喜んでいたが、あんな体たらくを知って心を痛めているに違いない。私がもっと厳しく鍛えてやれば良かったのだろうかと良心の呵責に苛まれそうになるものの、本人にやる気がないのだから何を言っても無駄だろう。

 

 今朝も迎えに行ってやったのだが、昨晩のことについて何も気にしていないようで、呑気に欠伸を繰り返して向上心のかけらも見られない。冒険者学校の生徒ならばスライムにすら敗北したことにもっと気にするべきではないのか。

 

 しかし私のほうでも気になることはある。

 

 あれほど私に執心していた颯太が、入学式以降ほとんど構ってくることなく大人しくしている。いつもなら無意味に電話をしてきたり突然押しかけてきたり、デートをしろと強要してきたりするのに。土曜の朝練の時に少し話はしたが、いやらしい目で見てくることもなければ、ユウマ達とのダンジョンダイブにも割り込んでくることもなかった。

 

 今日だってパーティーを組めと言われたとき、必ず私を誘いに来ると身構えていたというのに一言も声をかけてこなかった。

 

 

 ――もしかして私に関心がなくなった?

 

 

 いや、それなら“結婚契約魔法書”を返却すべきだろう。あれがある限り、私は大きな弱みを握られ逆らうことができない。それを返さないということは私に対する執着は捨てずに持ち続けているということだ。

 

 それに、あれほど努力を嫌い成長が皆無だった颯太がそんなに急に変わる訳がない。現に目の前で、あんなに鼻の下を伸ばしてデレデレしているではないか。ここはダンジョンで、オリエンテーションの最中だというのにデートタイムと勘違いしている。実に情けない。

 

 両サイドにいる女子は……確か大宮さんと新田さんだったか。きっと颯太がクラスメイトから忌避されているのを放っておけなくて、同情心から組んであげたのだろう。彼女たちは彼奴の本性を知らないのだ。この後にでもセクハラ被害に合わないよう忠告しておくべきだろうか。

 

 はぁ。彼奴のことを考えるだけで、ため息が止まらない。

 

 私は一流の冒険者に近づけるよう頑張りたいし、自由な恋ができるようにもなりたい。颯太のための時間なんて取りたくはないのだ。一刻も早くこの身を縛る結婚契約魔法書の在処を見つけ、後顧の憂いを断たなければならない。

 

 今のところなんの手がかりも掴めていない。余りにも颯太を嫌いすぎて疎遠になりすぎているせいかもしれない。我慢して近づき颯太の機嫌でも取るべきか。でもあの視線には耐えがたい……

 

 一番良いと思うのは妹の華乃ちゃんと仲良くなって堂々と成海家に遊びに行くことだが……最近は華乃ちゃんに声をかけても反応が悪く、嫌われている可能性すらある。彼女は兄である颯太を慕っているので、私の颯太を嫌う態度に気づかれたのかもしれない。


 全く、前途多難とはこのことだ。

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