第13話 ボッチに舞い降りる天使達

「ええ~!? サツキ、ほんとに入れるの?」


 眼鏡のカワイ子ちゃんが大宮さんの勧誘発言に反応する。どうやら大宮さんと同じパーティーメンバーのようだ。俺にあんな噂が立てば反対寄りなのは仕方がないのかもしれない。


 だがボッチになってたまるかという反骨精神を前面に、何食わぬ顔で「ヨロシクオナシャース!」 と、にこやかに挨拶しておく。女子パーティーに入れるなんてオラちょっぴり興奮しちゃう。

 

 「じゃぁちょっと断り入れてくるねっ」とどこかへ行ってしまう大宮さん。眼鏡の女の子によると三人の女子グループと合流する予定だったらしく、俺のためにその女子グループへ辞退を申し出にいったとのこと。俺が入ると六人グループになってしまうからだ。なんだかすまないね。

 

 

 

 戻ってきた大宮さんが早速作戦会議をしようと近くに席を寄せてくる。少し吊り目のくりっとした顔が小動物感がして可愛らしい。シャンプーか何かのいい香りがしてきて内なるブタオマインドも大興奮だ。いや俺のマインドかも。


「じゃぁお互いの情報交換でもしましょうかっ。まずは私からね。名前は大宮皐おおみやさつきよっ」


 これが私のステータスだと端末から画面を開いて見せてくる。覗いてみると【ウィザード】になりたいという割にはAGIが高く、近くの敵の気配を察知する《気配察知》を持っていた。ゲームでは希望通り【ウィザード】になってたが、小柄ですばしっこそうだし【シーフ】方面の適性もあるかもしれない。


「私は新田利沙にったりさだよ~。【アーチャー】やりたいと思ってたけど~、最近は魔法系もいいかな~なんて」


 真っ直ぐのセミロングで眼鏡ッ娘の新田さん。やや垢抜けていてキュートというよりビューティーな雰囲気のお姉さん系女子だ。言動は柔らかく天然っぽくみえるが、瞳の奥には何か冷静な思考を感じる。【アーチャー】志望とのことで、すでに自前の弓を肩に担いでいる。


「んじゃぁ俺は……」

「知ってるよ、成海君でしょ。今有名だしね~……スライムに負けたってホントなの?」

「リサ、そんなこと聞いたらダメだよっ!」

「い、いやいいんだ。一応【プリースト】志望だけど、メイス振り回して前衛やろうかと思ってる」


 マイナス方向の有名人ね。強さこそ正義という冒険者学校だしマイナスに見られるのはデメリットが大きい。ちょっとくらいは弁明したほうがよかったかもしれない。昨日医務室に運ばれたときにステータスを計測して更新してあるので見せてみるか。


「もうレベル3なんだ~……あれ~? じゃあスライムかゴブリンは沢山倒してるってことなの~? パワーレベリング(※1)……は、1、2階程度では流石にやらないよね~」


 人差し指を頬に当てて首を傾げる新田さん。レベル3ならスライムなんかに負けることもおかしいし、レベルが上がるほど倒してるのに負けることはもっとおかしいと口にする。


「あの時はちょっと体調が悪くなってさ」

「やっぱりっ。この学校に受かってる生徒はスライムなんかに負けないよっ」


 フレンドリーに接してくれる大宮さんと新田さん。思っていたよりも俺に対する拒否反応がなくてびっくりするほどだ。新田さんについてはこれほどの美人なのにストーリーに出てきた記憶がない。まぁ主人公やヒロインと接点がなければゲームに登場することもないので、それほど不思議なことではないか。




 陣形確認をしながらの食事を終え、武器工房へ向かうことに。レンタル料は無料だが端末で登録する必要があると教えてくれたので良い武器があったら借りてみよう。ダンジョン産の金属は入っていない普通の鋼製武器とはいえ、買ったとしたらPC一式くらいの値段がするそうだ。


「これなんてどうっ?」

「この弓いい感じかも~。後で借りてみようかな」


 ワイワイと武器選びに精を出す大宮さんと新田さん。俺も良いメイスがないかとレンタルコーナーを物色。手に持って握りを確かめてみるが、やはり金属の武器となると小型の武器ですらずっしりとした重みを感じる。負担となりそうだ。現時点のSTRで振り回すなら木製のほうが良いだろうか。鬼の棍棒のようなトゲトゲが付いた木製メイスがあったのでそれにしておいた。


「そろそろ13時だし、集合場所に向かいましょうかっ」

「成海君、レベルが一番高いし頼りにしてるよ~?」

「ははは、頑張ります」




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 多くの冒険者が行き交う冒険者ギルド前の広場。

 

 ぱっと見えるだけでも数千人はいるだろうか。突入前に作戦会議を開いていたり、茣蓙を敷いてフリーマーケットのようなものを開いている人もいる。ここは露天商をするにも登録制となっているらしいが、ここで店を開けるなら儲かりそうだ。


 集合指定場所である時計台の下を見れば、クラスメイトのほとんどがすでに集まって会話していた。


「オレ、もうレベル2だぜ」

「すっごーい」

「でも他のクラスはもう10を超えてるのがいるらしいよ」


 俺や赤城君達と同じように端末が配られたその日にダンジョンに潜ったクラスメイトも何人かいたようだが、それはどうやら少数派のよう。ほとんどは冒険者ギルドの図書室で情報収集や資料集めをしていたらしい。


 この国のダンジョンの入場条件は15歳以上――ただし中学生は不可――だ。中学を卒業してすぐにダンジョンに入ろうにも、通常は冒険者講習を経て実地訓練とテストを通過する必要があり、冒険者申請から10級の冒険者証を貰うまでに最短でも2カ月もの時間がかかってしまう。


 一方、冒険者高校の生徒なら冒険者ギルドで端末を見せればすぐに9級の冒険者証を貰えるという特典がある。中学卒業と同時に申請するより端末が配られるまで待ったほうが潜るまでの期間が短いのだ。よって、Eクラスのダンジョン履歴は、端末を配られた入学式以降、つまり最長でもここ3日間しかないことになる。


 クラスメイト達はその3日間をモンスターを調べるだけでなく、武具調達やパーティーの連携確認、冒険者ギルドの見学など様々なことに費やしていたようだ。


(慎重すぎる気もするが、俺もゲームの知識がなかったらそうしてたのかな)




 周囲の雑談に耳を傾けながら大宮さん達と集合場所で待っていると、一際派手な冒険者集団がやってきた。


 ピカピカに磨かれた金属製の全身鎧に大げさな装飾が施された大剣を担ぐリーダーらしき前衛の男。その後ろにはマジックアイテムらしき紋様のローブと仮面をしている後衛らしき冒険者が数人続く。


(冒険者高校の校章を着けてるってことは同じ学校の生徒……校章の色からして三年生か)


 全身防具なんて着てたら生徒なのか一般の冒険者なのか分からなくなるため、授業中のダンジョンダイブでは胸の位置に冒険者学校の生徒を意味する校章を着ける校則がある。装備を見るにレベル20前後だろうか。広場にいる冒険者のほとんどがレベル10以下なので、STR要求値が高めの重装備はかなり目立つ。


「すげぇ装備だな。冒険者高校の生徒らしいぞ」

「レベル20を超えてるって本当?」

「まだ高校生なのにそんなに高いなんて凄げぇ」


 周りにいる冒険者達がヒソヒソと話しながら見ていると、全身鎧の男が突如《オーラ》を発する。


「……邪魔だ。どけ」


 沢山いた人たちは強者による《オーラ》で威圧され、広場に道ができる。そこを先輩方は我が物顔で通り過ぎて行った……


(おいおい、レベルが高めとはいえ一般人に向かって威圧的に振舞っていいものか?)


 俺も刈谷イベントのときにあの圧をモロに受けたが、何か巨大な生物に心臓を鷲掴みにされたような感覚になったのを覚えている。通行の邪魔になったとはいえ安易に他所の人たちに対してあれ以上の圧を掛けるとか、この学校のコンプライアンスは一体どうなっているのか問いただしたい。


 そういえば、ゲームだったときも学校にいるレベルが高い奴らは妙に高圧的だった。俺だって強くなれば少しはイキりたくもなるかもしれないが……こういうのを見ると不快だし、自重していくべきなんだろうな。




「よし、みんな揃ってるか?」

「はぁはぁ……すみません、遅れました」


 定時になり先生が点呼を取ろうとすると、学校方面から赤城君が走ってやってきた。その後ろにカヲルとピンクちゃん、立木君が息を切らせながら走り込んでくる。工房で武器を選んでいて思いのほか時間がかかってしまったと言っている。レンタル品とはいえ武器は冒険者の命とも言えるものだし仕方がないね。……しかし、いちいちブタオマインドが嫉妬で暴走しそうになるのはやめてほしいものだ。


「それではパーティーのリーダーを決めて、メンバーの名前を報告しろ」


 うちのリーダーは当然大宮さん。パーティーごとに報告が終わると、胸に着ける冒険者学校の紋章が配られ、順次ダンジョンへの移動を開始する。


「あの機械に冒険者証か腕の端末を当てれば入れるようになる。報告を済ませた者から順に入れ」




 パーティーごとに端末を掲げ、ダンジョン入口へ行くための通路に入る。昼過ぎだからか、それほど混まずに境界面まで来ることができたのは幸いだ。クラスメイト達は真っ黒で異様な境界面に躊躇なく潜っていくが、この粘着質な感触はどうにも慣れそうにない。


 入り口から入って少し進んだ場所で一度集合し、先生が今日の予定を説明していく。どうやら今回は2階までの道を往復するだけらしい。端末の地図で現在位置を確認しながら歩くようにと言われ、各パーティーごとのMAP管理役が端末を弄りながら2階へのメインストリートを誘導して移動する。




 1階入り口から2階へ行く通路は冒険者の行列が途絶えずできている。モンスターが現れた瞬間に倒されるのは俺が最初に入った時と同様で、倒すモンスターが全くいない。

 

(こりゃ武器を借りても使う機会が全くないぞ)

 

 クラスメイトの何人かは重い武器を借りて担いでいるが、無駄な労力になりそうだ。先ほど女子に良い所を見せようとしていた男子も項垂れている。


「人だらけ。これじゃ観光名所みたいなものね~」

「道を外れないと冒険者だらけねっ」


 初めてこの世界のダンジョンに来たときは人の多さに驚いたが……日本全国から何十万人も集まるならこうも混雑してしまうのは致し方なし。特に、階と階を繋ぐメインストリートは人の行列が途切れない。もし1階で戦いたいならこのメインストリートを外れた場所に行くか、夜中など人の少ない時間帯に入るしかない。


 ゲームではダンジョン内にはプレイヤーしかおらず、浅層なんてすぐに通り越すためガラガラだった。ゲームとそれが現実化した世界ではこういった違いもあるようだ。




 入り口から2kmほど歩いただろうか。そこには数百メートル手前からでも見えるほど巨大な空洞が見える。天井には照明が炊かれていてここから見るとかなり眩しい。広間の奥には2階へ続く階段もあり、救急所、トイレなどの標識もある。オリエンテーションはここがゴールだ。


 クラスメイトの点呼を終えた先生がここでホームルームを始める。


 階段を降りた先にも広場があり、一階と同様に自動販売機や軽食を出す休憩所がある。ただお値段は多少高く、下の階に降りるほど値段が上がっていく。モノを買うなら外で買っておいたほうがいいと先生が忠告してくれる。


 高山でジュースが高くなる仕組みと同じで、手間賃や運送料が含まれているから高くなるのはやむを得ない。ここに来るまでにも小型輸送車を何台か見たが、そういったサービスのための荷物も運んでいるのだろう。


 また、4階には宿泊施設やアイテム取引所などもあるが、かなり割高なので基本的に特権階級や観光客しか利用しないそうだ。ゲーム内でも4階に宿泊施設があったものの、終始ダッシュで高速移動することができたため、そんな階層で宿泊をする人はいなかった。


「今日は少し早いが、ここで解散するとしよう。この後はパーティーで狩りをするなりなんなり自由にしていい。明日から普通に授業だから遅れるなよ」


 今はまだ二時を過ぎたばかり。大宮さんに1階を一緒に回ろうかと誘われたが、2階を回りたかったので断腸の思いで遠慮しておいた。可愛い女の子達とダンジョンダイブを楽しむのも良いが、一刻も早く先へ進みたいという欲が出てしまったのだ。

 

 「お互い頑張ろうね」との激励を貰い、笑顔で別れることに。彼女達にはボッチから救ってくれた借りができた。いつか恩を返したいね。






(※1)パワーレベリング

高レベルプレイヤーに助けてもらって経験値を稼ぎ、高効率かつ安全にレベル上げをすること。

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