第12話 オリエンテーション

 ここ冒険者学校はダンジョン攻略だけではなく勉学にも重きを置いている。

 

 自習室、音楽室、理科室などの特別教室や、教材、実験道具、視聴覚関連の設備にも相当な金がかかっていて、見て回る場所は多い。俺が元の世界で通っていた公立の高校とは使っている器具のレベルが違うのが一目で分かる。この音響施設一体いくらだよ。


 これほど金がかけられるのは、国から莫大な予算が下りているためだ。それに加え、官僚とズブズブで民間企業からの献金も絶えない。その辺りの理由もあって、一般の学校とは違い、桁外れの資金が集まるのだろう。


 先生からは「ダンジョンだけにかまけているとクラス昇格はできないから頑張れよ」と、ありがたい薫陶を賜りつつ、今度は一度校舎から出て外の施設の見学に向かう。


 ちなみに「クラス昇格」とは1年間を前期、後期と分け、それぞれの期末にダンジョンでの成績と学力によるクラス編成を行うシステムのこと。Eクラスでも成績が良ければDクラス、Cクラスと個人昇格が可能だ。


 だが、1回の昇格ではどんなに良い成績を取っても1つ上のクラスまでしか昇格できない。EクラスからAクラスになるには高校3年間、6回の昇格チャンスのうち、最低でも4回の昇格が必要となる。逆に、成績が悪ければ降格することもある。


 Aクラスで卒業できれば冒険者大学へのフリーパスが貰えるため、Eクラスの皆も必死で頑張るようだが……Eクラスは他クラスと違って初めてのダンジョンダイブも高校からなので、本気でAクラスを目指すとなると入学から1年間以内でDクラスと張り合う程度の能力が求められる。俺ならばともかく、ゲーム知識のないEクラスの皆には酷く不利な条件のように思える。




 そんなことを考えて歩いていると一際大きな施設の前にたどり着いた。


「ここは闘技場だ。もちろんこの全域がマジックフィールド内で、スキル訓練にも耐えうる強度を誇る。刃先を潰した武器や様々な金属製防具も各種用意している。利用には事前に申請が必要なので注意しろ」


 スキル確認や対人戦の訓練はここでできるようだ。外でもやろうと思えばできるが、強力なスキルを発動すると器物損壊してしまう恐れがあるので気を付けないといけない。


 そして先生によると、闘技大会や冒険者大学への進学を考えているなら対人戦は訓練しておいたほうが良いとのこと。対人戦の技術はもちろん重要だが、レベルが低いうちは素直にレベルを上げたほうが強くなるので俺はそちらを重視するつもりだ。




 次に、かすかに薬品の臭いがする保健室のような場所に連れてこられる。


「ここは医務室。平日には《中回復》や《簡易再生》ができる【プリースト】の先生が常駐している。ダンジョンや訓練で怪我したらすぐにここへ来るように」


 まだ若い【プリースト】のイケメン先生がにこやかに手を振っている。刃を削って攻撃力を殺した武器とはいえ、殴り合うなら怪我の1つもすることはあるだろう。《簡易再生》は指の一本二本程度の欠損なら治せるというので頼もしい限りではあるが、あまりお世話になりたくない。




 次は入り口が大きく開いた工場のような建物が並ぶエリアに連れていかれた。建物内にはいくつもの種類の武器が並び、その奥には金属製品の鍛造をするための治具やエアーハンマーがいくつも見える。ここで鋼やダンジョン産の金属の精錬、加工を行っているのだろう。


「ここは武器、防具だけでなく、魔法道具も研究している工房が集まっている。民間からの出店もあるので失礼のないように」


 素材を持って工房の鍛冶職人に交渉すれば、装備を安く作ってもらえるという。ダンジョン産の素材には魔力を帯びた金属もあるため、いい素材が手に入ったら工房へ依頼するのもいいかもしれない。


 冒険者ギルドの店舗でも作成依頼は出せるし、高レベルになればダンジョン内の隠し店舗でも武器防具を取引できるので、じっくり見比べてみたいものだ。カヲルと仲良くなれば辰さんにも依頼することは可能だが……これは今は除外しておこう。


「工房では生徒相手に武器も貸し出している。まだ自分の武器を持ってないなら後でここに借りに来るといい。それほど上級の武器は置いていないが、10階までならこのクラスの武器でも十分だろう」


 レンタル品の武器を見てみれば、剣やメイスにしても色々な重さや長さのものが置いてある。下手に店で買うよりかは借りたほうが安上がりだし品質も良さそうだ。昨日、バットが木っ端微塵に壊れたので丁度いい。




 工房の次は部活説明のため部室棟へ。この一帯には専用の部室と訓練施設が集まっており、これまた随分と金がかかっている。トレーニング機器や武具、資金などを提供しているスポンサーがいるようで、至る所に企業のロゴが見える。


「この学校の部活とは、総じてダンジョンダイブに関するものだ。武器やジョブによって活動が分かれている。特定ジョブの知識を増やすため、または自分の得意な武器を鍛えるためにも部活動参加を奨める。今週末にも部活動勧誘式があるが、希望者はそれを見てよく考えてから入るように」


 武器に関する部活は剣術部、弓術部などがあり、剣術部でも第一剣術部、第二剣術部など、同じ剣術でも派閥やスポンサーで分かれている。ゲームでも部活に関連するイベントは豊富にあったが、俺はダンジョンに潜る時間が欲しいから入らないでいこうかと思っている。帰宅部サイコー!


 ……まぁ正直なところ、部活関連は醜悪な人間関係や暴力への対処など、面倒なイベントが満載なので回避したいというのが本音。それなりの報酬はあるが、あれらをリアルで経験したいとは思わない。主人公に任せた。




 最後にEクラス一行はダンジョンの入り口付近へ。


 この学校の校舎や施設は入り口から半径150mほどの限られたマジックフィールド領域をフルに活用するため、ダンジョン入り口を覆うように建っている。マジックフィールドは冒険者教育のために使うのはもちろん、ダンジョン産の資源や素材の研究を行うのにも必須。


 しかしダンジョン内部へ入るには冒険者ギルド広場にある改札を通る必要がある。学校内からは入り口付近に行くことはできても、セキュリティーを通さず中に入ることはできない決まりだ。


「冒険者証の登録は冒険者ギルドでしてもいいが、まだやってないならこの用紙に必要事項を書いてこちらに提出しなさい。すぐにでも冒険者証を発行しよう」


 いちいち冒険者ギルドへ登録しに行く必要はなかったようだが、少しでもダンジョンに早く入りたかったので問題はない。




「それではいい時間なので今から昼飯とする。向こうにあるのが学食。今後も利用を考えているなら回数券を買っておくといい」


 先生が時計を見ながら学食を指さす。外でも食べられるテラス席があって、まるでレストランのようだ。学食の入り口周辺ではすでに沢山の生徒が集まっていて、よくできた食品サンプルメニューを眺めている。


 日替わり定食が280円……だと……しかもご飯と味噌汁はお代り自由!? このボリュームでこの値段なら弁当じゃなくてもいいかもしれない。俺の胃腸が唸るぜ!


「13時に冒険者ギルド前の広場に集合としよう。ダンジョンに入るから食いながらでも三人から五人程度の班を作っておけ」


 ダンジョンではモンスターが奇襲を仕掛けてきたり落とし穴などのトラップもあるため、一人にトラブルが起きても互いの安全を確認できるようパーティーを組み、複数人で潜るのが基本だ。


 でも、やらかした俺と組んでくれる人なんているのだろうか……


「俺と組みたいヤツいるかー? 前衛2、後衛2募集」「あたし《マジックアロー》使えるよ~? 誰か組まない?」「こちら前衛1後衛1。サーチスキル持ち優遇しまーす。いないかな」「ねぇねぇ君、俺と組まない?」「え~どうしようかな~」


 一斉にパーティー募集や自身の売込みが始まる。まだ飯の前だってのに陽キャ共は楽しげに勧誘し始める。陰ながらこっそりそば耳を立ててみると。


(やはり攻撃スキル持ちが一番人気か)


 低階層では特殊エリアを除き、凶悪なトラップやモンスターもいないので事故率が低く、効率が重視される傾向があるようだ。クラスメイトの募集要項を聞いてみれば回復よりも攻撃スキルが人気なのも頷ける。


「赤城君、よかったら私たちとどうかな?」


 赤城君が複数の女子から勧誘合戦させられている。羨ましいっ。イケメンのうえに最初から《剣術マスタリー》とかいう超優良スキルを持っているから、人が集まるのも当然と言えば当然なのだけれど、どうやらカヲル達と組むようで誘いを断っている。

 

 ピンクちゃんとカヲルが立木君の手を引っ張りながら赤城君を呼んでいる。あの四人は上手くやっているようだ。……うっ、まずい。またブタオマインドが悲しみの雄叫びを上げそうなので何か気をそらさねば。そうでなくてもボッチ濃厚で泣きたいのに。


「みんなっ、あそこ空いてるからまずは席を確保して食べながらパーティー談議しましょうかっ」


 委員長気質の大宮さんが「学食入り口で集まっているのも邪魔になるので」と言いながらが空いている席を指さす。そういうことならと席に荷物を置いてランチを頼みにいくクラスメイト達。

 

 ネガティブ思考に包まれそうなので俺も飯を食って気を紛らわすとしよう。今日の日替わり定食は、ご飯に味噌汁、鯵フライとサラダに漬物と非常にバランスがいい。ご飯を山盛りにして席に着く。


「それじゃ頂きましょうっ」


 大宮さんの号令で昼食開始となる。食べながら端末でステータスを見せ合い、自分をアピールして売り込んでいくクラスメイト達。最初のパーティー編成はそれほど重要ではないが、初めてのダンジョン探索なので皆真剣に取り組んでいるようだ。


 俺もさり気なく初期スキル持ちだとアピールするものの、苦笑いどころか露骨に嫌な顔をされて泣けてくる。まぁ《大食漢》とか「いつも腹ペコで大食い可能です」と言ってるようなもんだしアピールになんてなるわけがないか。


 食事が始まって数分だというのに数人組のパーティーが次々でき上がり、和気藹々とした雰囲気に。この後は武器を借りに行こうかという話になっているようだが……


「まだ組んでない人いる? あ……ブタオね」

「スライムにすら負ける奴なんてパーティーに入れてもね~」

「あいつマジで負けたの? あの体型だから?」

「誰か入れてあげなよ~。あ、ウチはもう満員だし無理だけど」


 俺の学園生活、初っ端からコケ過ぎた。な、泣いてないもんね。ちょっと花粉が目に染みただけだ。

 

 だがそんな中でも拾う神あり。


「もうっ、成海君だってちゃんとこの学校に受かった生徒なんだからっ。じゃぁ、よかったら私達のパーティーにくる?」


 ふと顔を上げると大天使が――いや違った。大宮さんが微笑んでいた。


「ほ……ほんとっすか! ありがとうございますっ!」


 ゲームでは次期生徒会長派だった俺だが、こりゃもう委員長大宮派に転向するしかねぇ。


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