第11話 最弱のブタオ

「颯太~カヲルちゃんが迎えにきたわよ~」

 

 一階からお袋がそんな声をかけてくる。幼馴染であるカヲルとは中学時代から毎日一緒に登校するという謎の約束を交わしていたようで、それは冒険者学校に入った今でも変わらない。あんな美人な娘に迎えに来てもらえるとは……幸せ者め。


 急いで制服を着て階段を降りると、しかめっ面というほどではないが決して機嫌がいい顔ではないカヲルが腕を組んで待っていた。

 

「遅いぞ颯太。……まぁいい、それでは行くとしよう」

「おうよ」

 

 長い髪を翻し颯爽さっそうと歩きだすカヲル。一緒に並んで歩いていくのかと思って横に並ぶと、それを拒否するかのように足を速める。なので無言のままやや後ろを歩く形となった。そんなに嫌なら何故律義に迎えにくるのかね。……まぁ、登校するといっても学校まで数百メートルしかなく、大した話をするほどの時間もないので気にしないことにした。一緒に登校できるだけありがたいと思わなきゃね。

 

 しかし。先ほどからチラチラとこちらを見てくるのは何だろうか。俺の前を歩いているから振り返る動作で分かりやすい。目が合うと急に顔をそらす。もしかしてブタオに惚れ直したとかかな。なんちって。

 

 そんな都合のいいことを考えつつ春の街中を歩く。今日の朝の空気はやや冷たいが、汗っかきの肥満体には優しい温度だ。植えられている桜はもう八割方散っており、落ちた花びらを掃除している清掃員が何人かいる程度。生徒のほとんどは寮住まいなので、登校で正門を通る生徒はそれほど多くないのだ。




 今日から本格的な学校生活――二度目だが――が始まるのかと感慨深く下駄箱に靴をしまっていると、何人かが俺を見ながらヒソヒソと話している。寝ぐせ直ってないのかと思い、手櫛で髪を撫で付けつつカヲルと共に教室へ入ると……


「おい、お前。スライムに負けたんだってな」


 えーと、名前はまだ知らないクラスメイトが俺に話しかけてきた。


「スライム?」

「ダンジョン1階のスライムに負けて救助されたって」


 そう。昨日はなんと救助されたのだ。気づいたら冒険者ギルドにある医務室に寝かされていた。なんでも発見時は複数のスライムにどつかれてたらしい。分厚い脂肪のおかげか軽い打撲だけで特に異常はなく、すぐ帰ることはできた。帰る際に「君、重くて大変だったよ~」と愚痴られたけども。いや、それよりも。


「え、みんな知ってるの?」

「救助員がお前を連れて出てくるところを他のクラスのやつが見たって。学校中の噂になってるぞ」

「だっせぇな、スライムなんて子供でも勝てるのに、どうやって負けるんだよ」

「まじで~ヤバすぎるでしょ~、アハハハッ」


 別にスライムに負けたというわけではない。実験目的で大技を撃ったら何故か成功し、MPが枯渇。その後に視界が暗転し気絶してしまったのだ。


 ……とはいえ。そんなこと言ったらゲームの知識があると思われるし、これが未知の情報なら――多分そうだろうが――テロリスト共が闊歩するこの危険な世界では、十分に命を狙うに値する理由となりうる。まぁ頭がおかしいと思われるほうが可能性が高いか。


「あ、あぁ。ちょっと体調が悪くてね、えへへっ」


 ここは当たり障りのないように適当に誤魔化しておこう。だがクラスメイトの追撃は止まらない。


「おいおい、学年最下位つっても限度があるだろ。Eクラスの足引っ張んなよ」

「そーよ、それにアンタ……臭くない?」

「まるで豚みたいだし。お前今日からブタオな」

「ブタオって。ギャハハ」


(やべぇ、白い目で見られてる。オラ恥ずかしいっ)

 

 カヲルが登校中……今思えば侮蔑の表情を滲ませながら俺をチラチラと見ていたのはもしかしてスライムに負けたことを知っていたからか。教えてくれたら……いや、すでに噂は広まってたし教えてもらっても何も状況は変わらないだろうな。

 

 あとブタオってあだ名を付けられたのはこのタイミングではなかったはず。全てがゲーム通りというわけではないのか? まぁブタオと呼ばれるのも時間の問題だしどうでもいいか。


 しっかし何故発動したのかマジで分からん。試しに選んだ《真空裂衝撃》はスキル枠にはないスキルで、発動できるほどのMPだって持っていない。それなら《ヨルムンガンド》が発動しなかったのは一体何か理由が……



「ホームルーム始めるぞ。席につけ」


 縮こまって色々考えていると担任の村井先生が来た。ホワイトボードに今日の予定を書き出していく。


「今から自己紹介をやってもらう。その後はオリエンテーションだ。学校の授業システムや施設の紹介。その後にダンジョンの入り方を説明する。……ダンジョンについてはもう入っていた奴がいたらしいがな」


 と、俺を見ながら話す村井先生。クラスから笑いが出る。てへっ。


「それでは自己紹介。廊下側の前から順にするか」


 中等部からエスカレーター式で進学してきた内部生のAからDクラスと違い、このEクラスだけは高校からの外部生となるので、中学まではバラバラ。俺に至っては異世界出身の元サラリーマンだけどな。


 自己紹介してもらいつつ、ダンエクキャラのおさらいでもしておくか。そんなわけでEクラスの筆頭は――



「赤城悠馬(あかぎゆうま)です。東京の東中学ってとこから来ました。武器は片手剣、【ウォーリア】志望です」


 この赤い短髪のイケメンが「ダンエク」の主人公、赤城君。鍛えて成長していけば勇者という非常に強力な特殊ジョブに就くことができる。だがいくたびのDLCによりカスタマイズキャラが最強となったため、主人公はあまり使われないキャラとなってしまった。とはいえステータス的に非常に恵まれており強いことには変わりない。彼の今後の動向次第で厄介なイベントが起こる可能性もあり、最も注視すべきキャラだ。



「三条桜子(さんじょうさくらこ)と申します。北海道から来ました。【プリースト】志望です。鈍器も杖もいけます。よろしくお願いします」


 三条さん、ことピンクちゃんは、ダンエクのヒロインの一人で人気も高かった。今はややぽっちゃりだが、ダンジョンで揉まれるうちにボンキュッボンになるという色んな意味で成長著しいゆるふわ系女子。


 そしてなんとDLC追加後には主人公としても使用可能で、イケメン共も攻略でき個別シナリオも追加されている。クエストを進めていけば【聖女】に、BLモードだと【ソーサリー】にもなることができる。当然能力値も非常に高く、赤城君を上回るほどの超強力キャラ仕様となっている。あの可愛らしい見た目からは想像しにくいね。

 


「立木直人(たちぎなおと)。千葉出身。志望は【ウィザード】だ。今後ともよろしく頼む」


 立木君は赤城君と同じ寮のルームメイト。士族出身で上位者の雰囲気を持つ。その硬い雰囲気のため誤解されやすいが、彼は非常にフレンドリーで思いやりのある少年なのだ。陽気な赤城君と少し影がある立木君のペアは多くの腐女子ファンを唸らせた。BLモードでは彼も攻略可能だ。



「早瀬(はやせ)カヲル。神奈川出身【ウォーリア】志望です。武器は刀。よろしく」


 カヲルもヒロインの一人で、見た目も能力も共に超ハイスペックな女の子。カヲルルートではブタオが悪役として登場する。シナリオを進めると退学に追い込まれてしまうかもしれないので、彼女関連のシナリオやイベントの進行具合には注視しておきたい。

 

 また、ブタオとは家が隣同士で幼馴染かつ許嫁。嫌われている割には接点が多く、一緒に通学をしていたりする。関係性的に距離が近いのか遠いのか上手く掴めない。ただ、こちらからセクハラなり嫌がらせをする気はないので、彼女との関係はそれほど悲観的に考えなくてもいいかもしれない。

 

 それよりも、現時点では彼女と赤城君が仲良さげに話すと、俺の内なるブタオマインドがシクシクと悲しむことのほうが問題だ。放置しておくと俺までネガティブな思考に陥るので、適度にケアしていくべきだろう。


 そして別の意味で注意しなければならないのは――

 


「久我(くが)……琴音(ことね)。愛知から。武器は短剣と弓を予定。【アーチャー】志望」


 彼女はメインクエスト「久我の叛乱」のキーとなるクエストキャラ。見た目はおかっぱで大人しそうな日本人だが、アメリカの情報収集部隊出身という身分を隠して学校に転入してきた日系アメリカ人だ。彼女のイベントを進めると、共にテロリストを討つか、情報を抜こうとしたのを咎めて彼女を討つか、という選択を強いられる。今、不用意に近づくのは危険だろう。


 ちなみに、さきほどから上級ジョブ志望とは言わず中級ジョブ志望ばかりなのは理由がある。この世界で上級ジョブになれているのはほんの一握りの頂点冒険者のみで、上級ジョブ志望というのは現実的ではないかららしい。それでも言うやつは言うけども。



「磨島克幸(まじまかつゆき)が嫡男、磨島大翔(まじまひろと)、新潟で準爵の士族をやっている。武器は刀、目指すは【侍】! 後衛の仲間を募集中だ! あ、お前はいらねーわ」


 俺の方を見ながら言われてしまった。これでは誰もパーティーを組んでくれなくなるので、なんとか挽回せねば……。しかし士族か。特権階級を相手にするときは気を付けないとな。


 

 次は個人的に気になる女の子。


「大宮皐(おおみやさつき)と言います。高知出身ですっ。武器は魔導書かメイスを使う予定で【ウィザード】志望です。みんな頑張っていきましょう!」


 左右の髪を低い位置でまとめ、おさげを垂らした可愛らしい小柄な女の子。ゲームではこのEクラスの委員長的なポジションで、上のクラスからの圧力をどうにかすべくこのクラスをまとめようとするも、上級生や派閥から目を付けられ失敗し挫折してしまう。果たして彼女はこの世界でもそうなるのか……



 その後も自己紹介は続く。クラスメイトには主人公をはじめ美男美女の割合がかなり多い。そのせいで逆に俺の容姿が浮きまくっているけど、気にしたら負けだろう。


 最後に俺の番がやってきた。ジョブ志望はまだ決めてないけど何がいいかね。ステータス的におかしくない【プリースト】とでもしておくか。


「成海颯太。神奈川出身。武器はバット使ってました。志望は【プリースト】です。よろしくぅ!」


 横ピースを出してウケを狙ったが「バットって……」「……あれが史上最弱の男……」「スライムに負けるとか……」「所詮ブタオ……」などとヒソヒソと冷めた話し声が聞こえる。おい、ブタオは関係ないだろ。

 

 はぁ。二度目の高校生活は前途多難そうだなぁ……


「それではオリエンテーションに移るとしよう。逸れないよう俺の後をついてこい」


 これから外の施設を見て回ると村井先生が言う。教室の窓から外を見ただけでも多くの施設が立ち並んでいるのが確認できる。Eクラスの生徒たちが一斉に立ちあがる中、俺はオリエンテーションに思いを巡らせ、皆と共に先生の後について校舎内をぞろぞろと練り歩くのだった。

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