第10話 スキル実験

 翌日のよく晴れた日曜日。朝から南風が強く吹いている。


 元の世界での俺は花粉症で、この季節にこれだけ晴れて風が強いと鼻がズルズルして気分が滅入っていたものだが、ブタオはそういったことがなく快調そのもの。


 カヲル達は今日も朝早くからダンジョンへ向かったようだ。ゲームではパーティーに誘えるなら様々な生徒と自由な編成で組むことができる。そこで最初期から誘えて能力が高いカヲル、ピンクちゃん、立木君の三人を選んでパーティーを作った赤城君は慧眼と言えるだろう。このメンツならメインストーリーや個別シナリオ、イベントを進める上で非常に効率が良いからだ。

 

 それに赤城君は刈谷イベントを受託してしまったので何としてもレベルを上げなくてはならない。1ヶ月で刈谷を倒すのは相当な難易度になるとは思うが、負けたらEクラスの空気が悪くなるので頑張ってもらいたいね。

 

 一方で、センチメンタルなブタオマインドがささくれ立っている。『どうしてオレを誘わないんだ!』なんて思っているのだろうか。だがそんな精神ではこれからやることに響くので、深呼吸をして落ち着かせる。今日はマジックフィールドで色々と実験を行うつもりなのだ。

 

 

 

 向かう場所は学校のマジックフィールドエリア。警備員が見守る正門から入る。日曜にも拘らず部活動やサークル活動のために登校している生徒が多く、静かな場所を求めて歩く。第二運動場へ行く途中にベンチがあったのでそこにしようかね。この辺りもマジックフィールド内のはずだ。

 

 今日やることはスキル実験。

 

 俺のスキル枠には《大食漢》というスキルしかないが、ダンエクにはスキル枠になくても使えるスキルが3つある。《小回復》、《トーチ》、そして《オーラ》だ。


 《小回復》はMND依存の回復スキル。ただし大した傷は治せず、MP効率も非常に悪い。このスキルが使い物になるくらいMNDが高いなら、上位の《回復》を覚えて使ったほうが遥かに良いという、いわゆる「死にスキル」だ。今の俺のMNDならほぼ全量のMPを費やして、ささくれを治せる程度でしかないだろう。ささくれに悩んでいる人には価値があるのかもしれないが。

 

 《トーチ》は掌に小さな光球を浮かべ、周りを照らすスキル。しかしこれも死にスキルと言える。貴重なMPをこのスキルに使うくらいなら、素直に懐中電灯を持って行った方が良いからだ。

 

 最後に《オーラ》。刈谷イベントで取り巻きのモブが威圧してきたが、アレが《オーラ》だ。本来はレベル差がある雑魚モンスターを寄せ付けないために使うものだが、レベル差がある人間やモンスターに使うと威圧として作用する。安易に脅しとして使うアホが多くいそうなので「アホ発見器スキル」としても名を馳せていることだろう。

 

 この3つの中で実験に選ぶのは《トーチ》だ。今の俺にささくれは――ブタオマインドのささくれ以外に――ないし、《オーラ》は通行人がびっくりするかもしれない。初期スキルの《大食漢》は常時発動型のパッシブスキルだろうし除外。

 

 ということで早速試みる――が。


「……え、どうやって使うんだ?」


 ゲームではグローブ型コントローラーのショートカットキーを押せば、登録してあるスキルは自動で発動できたが、今はそんなグローブは装着しておらず押せるボタンなんてない。仕方がないので小学校のとき練習したカメ○メ波の要領――もちろん当時も撃てなかったが――で念じてみた。


「はぁ……ぁああぁああああああっ!!!」


 この世界でなら上手くいくと思ったけど、何の反応もなく途方に暮れてしまう。どうすりゃいいんだ?

 

 


 良案が思い浮かばなかったので図書室へ行き「サルでも分かる! スキル発動入門」という本を借りてみた。若干こちらを挑発している表紙絵が気になるものの、挿絵が多く分かりやすそうなのでこれにした。


 この本によると「一般的には魔力を感じるところからはじめる」とのこと。魔力は魔法道具から簡単に放出させることができ、それほど出力がないものが適任らしい。冒険者ギルドの売店に該当する魔法道具がないか探してみたら、懐中電灯のような灯りの魔石道具があった。これを買ってみよう。


「このスイッチを押すと光るのは分かるが、魔力ってどう出すんだ?」


 灯りの魔法道具の中がどうなっているのか分からなかったので分解してみると、小さな魔石と魔法陣が描かれた数cmほどの大きさの金属板が入っていた。この魔法陣が魔力を光にエネルギー変換させているのだろう。


 この魔法陣の一部を外し、わざと失敗させて起動してみると……思った通り魔力そのものが流れ出てきた。


「魔力って無色透明なのな」


 見た目では出ているのかどうか分からないので触ってみると何かチクチクというかピリピリとした不快な感触があった。


「で、これに似た感触を出せと……はっ……はぁあぁあぁああ!」


 やはりどうしても力んでしまい、カ○ハメ波の練習っぽくなる。近くを通った女子生徒に笑われてしまった。てへっ。


 再び本を手に取り、サルが体からやんわりと魔力を放出している図と、その下の説明を読み返す。図解にされても無理な気がするが……試しに道具の魔力回路を戻して灯りの道具を動作させてみる。


「普通に点くよな……」


 しばらく気長にピリピリした感覚と点燈を繰り返しながら試行錯誤してみる。この世界に魔力というモノがあるのは間違いない。俺のステータスにもMPが9と書いてあったし俺にも魔力はあるはず。己を信じよ! はぁああぁああ! 


 ……っとまた悪い癖がでてしまう。


 今まで力任せに無理やり魔力を出そうとしていたが、このサルのように体内にあふれている何かを外へ出すように手をかざしてみる。すると道具を利用してないにもかかわらず、ピリピリはしないが掌に何かが溢れている感覚を掴んだ。


「これが俺の魔力か? ならば……」


 次に《トーチ》を念じつつ魔力を放出。するとキラキラとしたエフェクトが手元に舞い上がり、豆電球にも劣る光量の小さい光の玉がぽわんと出てきた。


「できだぞ! いぃぃやっふぅううぅうう!」


 はっ……いかんいかん。また周りの人に白い目で見られてしまった。でも魔法を使えたことでファンタジー世界に来たという実感がようやく湧いてきた。スライムをバットで殴っているだけではどうにも異世界という感覚が掴めていなかったのだ。


 まぁ常日頃からダンエクの世界に入りたいと思っていたわけで、テンションが上がりまくるのは大目に見て欲しい。




 よし次。これなら「マニュアル発動」もできるのではないだろうか。


 先ほどのスキル発動方法は「オート発動」と呼ばれている。ゲームのときは、覚えているアクティブスキルをショートカットキーに登録すれば、そのボタンを押すだけで発動するお手軽発動法のこと。

 

 ワンボタンでスキルが発動するのは使用したいときにいつでも確実に発動するため、大きなメリットとなる。デメリットとしては、ショートカットキー登録は最大4つしかセットできないし、再使用するためのクールタイムも、消費MPも大きくなったりする。


 それとは違って体のモーションを使ったり指で魔法陣を描いたりして発動するのを「マニュアル発動」という。元の世界ではプレイヤーの前方に置いてあるモーションカメラとグローブ型コントローラーでスキルの成否を判定していた。


 マニュアル発動は高レベルの技になると動作が複雑化し、体全体のモーションを混ぜて入れなければならず、さらに入力の時間も長くなるためミスも多くなる。しかし発動さえ成功できればクールタイムも消費MPも大幅に減少し、強力な武器となりえる。簡単なモーションのスキルならデメリットもほぼ消える。


 またスキルの動作にマニュアル発動を組み込み、スキルとスキルをつなげる「スキルチェイン」と呼ばれる発動法や、スキルモーションは成功させるが発動はさせない「フェイクスキル」など高度な駆け引きもできる。これらはとにかく対人戦や強敵相手に重宝したものだ。


 マニュアル発動はスキルアクションにおいて大幅な自由度をもたらし、ダンエクの核心とも言えるシステムとなっていた。


 ただ裏技扱いなのか、ゲーム内では一切説明がなかった。情報を集めるにはインターネットで探すのが一般的だが、全てのスキルモーションがインターネットで公開されているわけでもなく、中には僅かな人にしか知られていないモーションもある。


 マニュアル発動とオート発動は一長一短なので織り交ぜて使うのが一般的な戦い方だ。




 ということで、早速マニュアル発動を試してみよう。《トーチ》は魔法扱いなのでマニュアル発動の方法はモーションではなく、魔法陣を描く方法となる。

 

 まず魔法陣を書くぞ、と目の前の盤面を掌でなぞるモーションで開始する。その後に空中に《トーチ》の魔法陣である逆三角形を描くだけ。


 何度か試したが、どうやら描き終わるときに魔力を放出するのではなく、魔力が指から出るように空中をなぞることで初めて成功した。オート発動のときと同じく《トーチ》エフェクトが飛び出す。キラキラの光量が少しだけ多いかもしれない。




 さらに次の実験をすべくダンジョンの1階の奥へ移動し、周りに人がいないかどうか確認する。


 ゲームではオートでもマニュアルでも、誰でも発動できる3つの初期スキルか、スキル枠にあるスキルしか発動しなかったが、試しにまだ覚えていないスキルのモーションをやってみる。


「まずはそうだな……召喚魔法とかやってみるか」


 複雑な幾何学模様の魔法陣を一気に描ききる。一生懸命覚えた魔法陣だが、ゲームのときは結局スキル枠が足りなかったので消してしまっていたスキルだ。


「召喚! ヨルムンガンドォ!!」


 スキル《ヨルムンガンド》は神性持ちの巨大な蛇を召喚する魔法。物理耐性、魔法耐性が共に非常に高く、周辺にいる全てのモンスターのレベルを下げるという強力なデバフスキルも持っている。モンスターレベルは75。召喚できるならコイツだけで中層までスイスイと攻略することが可能となるだろう。


 ……が、当然のように発動はせず。期待はしてなかったけども。魔法陣にミスはなかったはずだが、魔法陣を描いている最中に魔力が全く通っていなかったので失敗する予感がヒシヒシとしていた。


 失敗した理由として、レベルが足りてないとかMPが足らないとかいうより、ただ単に今現在のスキル枠に《ヨルムンガンド》がないから発動しないのだと思う。


 だが物は試し。試すだけならタダだしな。次はスキルモーションをやってみよう。


「よく使ってた技だと《マジックランス》だが、せっかくバット持ってるしメイス系のスキルにするか」


 深く考えずに目の前のスライム目掛けてゲームで何度もやった剣舞のような複雑なモーションを正確になぞる。これからやるのは最上級ジョブ【ウェポンマスター】で覚えるスキルだ。


「真空裂衝撃ィ!!!」


 大剣かメイスでのみ発動することができる対軍スキル《真空裂衝撃》。高密度のオーラにより、前方広範囲に破壊的なダメージを与える大技の1つだ。


「なにぃい!? 発動しただとぉ………うぉお、きつぃ……」


 発動と同時に視界が真っ赤なエフェクトと破壊音に包まれ、体のエネルギーがぐんぐんと吸い取られる感覚に陥る。


 このスキルはSTR膂力と武器依存のためか威力がやけに低く、数匹のスライムに当たったものの1匹も殺せていない。


 手に持ったバットは粉々に砕け散り、持っている以上のMPを持ってかれた俺は、その場で気を失ってしまった……




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 翌日の月曜日。

 

 ダンジョン内で気絶し、スライムに絡まれていたところを救助された俺は「冒険者学校史上最弱の男」として学校中の話題を独占することとなった。


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