第9話 オラますます混乱してきたぞっ

 早瀬家から帰ってきてストレッチを再開。一通り体を伸ばして温めた後、リュックに弁当と水筒を入れて再びスライム部屋にやってきた。

 

 何度かひやりとした場面はあったものの、順調に合体スライムを狩り続け、スライムリングもまた1個ゲット。いい時間になったので昼食を取り始める。


 ゲームでは指輪の装備スロットが2枠分しかなかったため、両手に1個ずつの合計2個までしか装備できなかった。物は試しと指に3個とも嵌めてみたら全て装備できたのだ。リアルタイムのステータスが見られないので3個分の効果があるかは分からない。


 このようにゲームとは違う仕様も出てきているため、色々と実験したり調べたりする必要があるというわけだ。冒険者ギルドにある図書室にもダンジョン関連の本が沢山あったはずなので、帰りにでも寄って情報を仕入れてみるとしよう。

 

 


 それにしても誰もいない。

 

 ダンジョン1階のMAPは数km四方ほどの平面上にある。スライム部屋はその隅のほうに位置していて歩いて辿り着くにはいくつもの分岐を通り抜けなければならない。それでもあれだけいた冒険者たちが誰一人として来ないというのは何故なのか。


 ここよりも2階への階段のほうが近いし、同じモンスターレベル2の相手をするなら手っ取り早く2階のモンスターを狩りに行ってるのだろうか。しかし合体スライムは2階にポップするゴブリンと経験値量は同じでも、より楽に倒せる上、スライムリングというレアドロップ品も結構な確率で落とす。やはりスライム部屋というものを知られていないのかもしれない。


 まぁいないならいないほうが好都合。あれだけいた冒険者が数少ないスライム部屋に押しかけられても俺が困るだけなのだから。




 アクティブモンスターがいないためゆっくりと寛ぎながらカロリー控えめの物足りない昼食を食べ終え、スライム狩りを再開。そして2時間ほど経った頃――


「レベル3キター!」


 軽い酔いのような状態から覚め、活力がみなぎる。バットを振る速度が段違いになったぞ。フンッフンッ!


 ジョブレベルのほうは確認ができていないが、まだ7には至っていないはず。随時ステータスを確認できる手段が欲しいところだ。


 初期ジョブである【ニュービー】はジョブレベル7でアクティブスキル(※1)の《簡易鑑定》、最大のレベル10でパッシブスキル(※2)である《スキル枠+3》を覚える。


 《簡易鑑定》は文字通りアイテムや所持スキルを鑑定できるスキルだ。深層のアイテムや特殊スキルは鑑定できない場合が多いが、序盤においては大抵のものが鑑定可能なので重宝する。

 

 人やモンスターに対しても鑑定できるが、【やや強い】とか【とても弱い】とか自分を中心とした相対的な強さ基準の判定しかできず、ステータスやスキルなどの所持数は分かるがそれが何なのか分からない。大雑把な情報しか得られないのだ。また相手に鑑定を使うと気づかれてしまうため、不用意な使用は厳禁。下手に使えば探りを入れていると思われトラブルの原因となってしまう。


 もう一つの《スキル枠+3》はダンエクのシステム上、非常に重要なスキルだ。


 ダンエクでは、スキル枠以上の数のスキルは覚えられない。スキルを多く覚えたいならスキル枠をそれだけ増やす必要がある。スキル枠はレベルを10上げるごとに一つ増えるが、ゲームを始めたばかりの状態だとスキル枠は二つのみ。なのでレベル3の俺では二つまでしかスキルは覚えられない。


 スキル枠が全てスキルで埋まっていて、新たにスキルを覚えたい場合は、既存のスキルを一つ消して覚えるしかない。異常な肥満と食欲の根源と疑われる《大食漢》というスキルを消すときはこのシステムを利用するつもりだ。


 そんな貴重なスキル枠を増やすのが《スキル枠+3》。他のジョブでもスキル枠を増やすスキルはあるが、それらを全て覚えてスキル枠を最大まで増やしてもなお、スキル枠制限には苦しめられる。なので【ニュービー】で覚えられる《スキル枠+3》は絶対に回収しておきたいスキルなのだ。




「さてと。2階に上がるか、それともスライム狩りを続けるかだが……」


 レベルが3になったため、モンスターレベル2の合体スライムでは経験値がやや減少してしまう。しかしここは非常に狩りやすく、おそらく2階に行ったとしても混んでいるだろう。それに――


「二階であの四人に会ってしまったら気まずいしな」


 カヲル達は二階で狩るとか言っていた。空気を読んで赤城君の誘いを断っている手前、鉢合わせるのは避けなければならない。キャッキャウフフしている中でブタオ登場とか目も当てられやしない。

 

 レベル4まではここで狩り続けたほうが良さそうだ。

 



 結局夕方までに合体スライムを百匹近く狩り続け、スライムリングは計五つ手に入れることができた。試しに全部右手につけてみたが特に変わった感じはしない。しかも見た目が何だかギラギラしていて悪趣味だ。ゲームのときは性能優先で見た目にはそれほど拘らなかったが、この世界では見た目にも気を付けたほうがいいかもしれない。


 少し早いが今日は切り上げて、情報収集のために冒険者ギルドのビルへ向かうことにしよう。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 冒険者ギルドがある高層複合ビルの1F。


 ここでは新規受付のほか、アイテムや素材、魔石の買い取りも行っており、ダンジョン帰りの冒険者や業者が取引して賑っている。ぱっと見ただけでも千人はいるだろうか。書き入れ時の海鮮市場のような雰囲気だ。


 アイテム売買所では買い取りの値段が書いてある冊子があったのでスライムリングの値段を調べてみたものの、どこにも載っていない。リストにはないようだ。登録料を払ってオークションに出すこともできるが、それほど貴重なものでもないため家族にでもプレゼントするとしよう。


 売買所を後にしてエレベーターに乗り、目的地の図書室がある18Fに向かう。入った先は天井が吹き抜けになっており、木目調の壁が落ち着いた雰囲気を作り出している上品な広間だった。ヨーロッパの有名な図書館をモチーフにしているらしく、一目で金が掛かっているのが分かる。


 ここでは、冒険者証があれば自由に本を読むことができ、借りることもできる。蔵書数はそこらの市民図書館と比べても非常に多く、ダンジョン関連以外にも様々な本が置いてある。


 足音がしない上質なマットに密かに驚きながら、ダンジョン関連の本を探し歩く。




 日本ダンジョンモンスター図鑑というのが目についたので開いてみる。一昨年発行の本で、目次を見る限り29階までのモンスター情報が挿絵付きで書かれている。それ以上の深層モンスターは探索が不十分なため情報を集めているそうだ。


(29階ってまだ中層にも達してないじゃないか)


 ゲームでは1階から30階までは浅層、31~60階までは中層、それ以上が深層と呼ばれていた。29階は浅層の範囲。ちなみに俺がゲーム時代に潜っていたのは90~100階の超深層だ。


(そういえばダンエクのNPC(※3)には、高レベルの冒険者ってほとんどいなかったな……)


 仮にこちらのダンジョン攻略の最前線が30階前後だとするならば、最前線にいる攻略クランメンバーのレベルも30前後となってくる。ゲーム時での最前線プレイヤーがレベル90だったのと比較すれば、状況が大きく変わってくる。


 とはいえ、こちらの世界の冒険者が「下手糞」というわけではないだろう。


 ゲームではダンジョンで死んだらアイテムロストと衰弱のペナルティーを負うものの、ダンジョン入口で復活することができたが、どうやらこの世界では、死んだらその場で蘇生魔法を唱えられる仲間がいなければお終いのようだ。


 痛みも疲れもなく、命を失う恐怖もないゲームの中でなら、死ぬかもしれないボス戦でも鼻歌を歌いながら戦える。しかし、死んだら終わるこちらの世界では、リスクを極限まで減らすダンジョンダイブとなるのは容易く予想がつく。同列に比べるのがそもそもおかしいのだ。


(もしくはDLCがない発売当初の可能性もあるのか……)


 ゲーム発売当初の上限レベルは30でカンストだった。この時点ですでに存在したメインやサブストーリーに関するNPCキャラ達は、どのシナリオでもそれほどレベルが高い設定ではなかった。ブタオもストーリー後半の退学時ですらレベル10いくかどうかだ。

 

 当時はダンジョンに深く潜ろうにも40階前後が限界だったが、いくたびのDLC発売により、様々なジョブやクエスト、アイテムが追加され、上限レベルも最大90まで引き上げられた経緯がある。


 そんな訳で現在攻略している最前線の階層が30階前後ということは、この世界はDLCがない「発売当初のゲームの世界と同じ」という線が考えられるのだ。


 てっきり俺はこの世界が転移直前と同じで、カンストはレベル90と考えていた。その場合キャラのビルドは剣も魔法も使えるバランス型が強い。


 しかし最大レベルが30止まりでジョブやアイテムもゲーム発売時と同じとなると、育成方針はバランス型ではなく、前衛か後衛のどちらかに絞った特化型のほうがいいのかもしれない。理由はいくつかあるが、ゲーム発売時ではスキル枠数とジョブが限られているためだ。


(カンストレベルがいくつなのか調べる必要が出てきたな。でも運営からのメールにはアップデートって書いてたし、レベル30カンスト時代に戻ることなんてあるのか?)


 調べる方法はいくつかある。DLCにしかないアイテムやジョブ、追加エリアや追加モンスターを見つけることができれば、少なくとも初期の世界ではないことが判明する。それはもう少しダンジョンに潜ってみないと分からない。




 次に近くにあった「最新」と書かれたジョブ辞典があったので手に取ってみる。裏表紙を見れば発行は……去年か。


 ジョブは初期ジョブ、基本ジョブ、中級ジョブ、上級ジョブ、最上級ジョブと5段階にクラス分類されており、この順でより強力なジョブが用意されている。これらのジョブがどの程度実装されているかで、この世界のDLC実装具合が分かるのだ。


 例えば最上級ジョブはゲーム発売時には一つも実装されていなかった。これが一つでも記載されていたら何かしらのDLCが実装されているとみていい。


 早速ページをめくり、ジョブ辞典に書かれているジョブを斜め読みしてみる。


 初期ジョブの【ニュービー】に、2段階目である基本ジョブの【ファイター】、【キャスター】、【シーフ】の3職。これは転移する前でも変更も追加もなかった。


 3段階目である中級ジョブは【ウォーリア】、【アーチャー】、【プリースト】、【ウィザード】の四つ……のみ? 4段階目の上級ジョブでは【聖女】と【侍】しか書かれていない。


 これらのジョブはDLCで追加されたジョブではなく、初期からあった。しかし中級ジョブには【ナイト】や【魔法戦士】、上級ジョブには【アサシン】や【狂戦士】なども初期からあったはず……。パラパラとページを捲って探してみるが、見当たらない。


 どうして書かれていないのだろうか。知られていないのか、もしくは隠匿されているのだろうか。冒険者くずれやテロリストが猛威を振るう世界だということを考慮すれば、国や国際機関が情報を隠匿、もしくは制限している可能性は十分あり得る。


 【ニュービー】についても読んでみたが、どうにもおかしい。

 

 要約すると「【ニュービー】に大した恩恵はなく、早めに中級ジョブにチェンジしたほうがいい」と書かれている。【ニュービー】のジョブレベルをカンストさせたときに取れる《スキル枠+3》という重要スキルについてはどこにも書かれていない。これを取り逃すと後々苦労するはずなのに、そんなことがあるのだろうか。




 今度はスキル辞典という本を手に取って読んでみる。目次からスキル一覧を見てみるが《簡易鑑定》は載っていても《スキル枠+3》は載っていない。上級ジョブの【侍】や【聖女】についての項目も見てみたが、特殊条件で得られるスキルについても何一つ書かれていなかった。


 このスキル辞典も去年発行のはずなのに情報が穴だらけ。はっきり言って辞典と呼べる代物ではない。他にも十冊ほど読んでみたが、似たようなことが書かれていただけで足りない箇所も同じく書かれていなかった。

 

 


 結果から言えば、図書室で調べた限りではDLCで追加された要素は確認できず、ゲーム発売時の環境と同じ「DLCがない世界」の可能性が高い。しかし仮にDLCがない世界にしてもここにある資料の情報不足感は否めない。書かれていないからといってそれがないと断定するのもどうなのか。オラますます混乱してきたぞっ。


 まぁ攻略を進めていけば分かることだし今焦って結論を下す必要はないか。分からないことも多いけど、少しずつ情報を集めていくとしよう。


 明日辺りにスキルの「マニュアル発動」をやってみようと思う。ゲーム初期にはなかったスキルの発動方法なので、これができるならDLCの可能性を否定できなくなる。






(※1)アクティブスキル

スキルを使用しないと効果がでないスキル。


(※2)パッシブスキル

スキル枠にあれば使用しなくても効果がでるスキル。


(※3)NPC

プレイヤーキャラクター(PC)ではなく。ノンプレイヤーキャラクター。ゲーム世界の住人など設定された行動をするキャラクターのこと。






 以下はジョブのまとめ。()内のジョブは転移後の世界では知られていない未知のジョブ


初期ジョブ――何もジョブチェンジしていない場合のジョブ

【ニュービー】


基本ジョブ――初期ジョブから最初にジョブチェンジできるジョブ。最初からこのジョブの場合もある。

【ファイター】 【キャスター】 【シーフ】


中級ジョブ――基本ジョブのジョブレベルを上げると就くことができるジョブ。

【ウォーリア】 【プリースト】 【アーチャー】 【ウィザード】

(ナイト) (魔法戦士)


上級ジョブ――中級ジョブのジョブレベルをいくつか上げるか、適正が必要。

【聖女】【侍】

(アサシン)(狂戦士)


最上級ジョブ――最終的なジョブ。その一つであるウェポンマスターは颯太がこの世界に来る直前に使っていた。

(ウェポンマスター)

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