第8話 シクシクと痛む心

 初めてのダンジョンダイブを終えてヘトヘトになりながら家路につく。

 

 合体スライムをそれほど労せず倒せたのは良かったが、往復で3時間ほど歩いたので足がヤバい。というか……冒険者学校に入るというのに体を全く鍛えていなかったというのはどういうことだ、ブタオよ。

 

 玄関を這うように進み、やっとのことで靴を脱ぎ捨てる。すぐにでも寝たいところだが、飯を食えと胃がうねりを上げるので茶の間に行くとオッサンが飯を食っていた。一見二十代かと思うような気の優しそうなイケメンだが、よく見れば目尻にシワが刻まれ、うっすらと白髪も生えているので四十代くらいだと分かる。この人はブタオの親父で『雑貨ショップ ナルミ』のオーナー兼店長。記憶は取り出してあるので対応も大丈夫……のはずだ。

 

「颯太。もうダンジョンに潜ったんだってな」

「まだスライムしか倒してないけどね」


 片方の眉を上げ、興味深そうに聞いてくる親父。この表情の豊かさは妹に似ているな。

 

「俺も冒険者稼業で食っていけたらいいんだけどなー。何か面白いものでも拾ったらうちの店に置いてくれよ」


 親父は昔、冒険者をしていた経験があり現在はレベル4。今でもたまに飲み仲間と潜っていて4階まで行ったことがあるそうだ。だがその程度では食っていけるほどの収入には至らず、かといってこれ以上の探索やレベルアップには命がいくつあっても足りず。冒険者稼業は才能がなければとても割に合わないという。

 

 それでも冒険者に未練があり、一念発起して冒険者知識を活かせる冒険者グッズの小売店を開いて今があるらしい。


 ビールをちびちびしながら「専業で食っていける冒険者なんぞほんの一握りなんだぞ」とか「冒険者学校に受かるほどの才能はあるはずだから頑張ってくれ」などと再びぼやき始める。ブタオに冒険者の才能なんてあるとは思えないし、俺にはゲーム知識しかないけども。


「まぁ自分のペースで学校もダンジョン潜りも楽しんでいくさ。お宝見つけたら親父の店に置くから期待していてくれ」

「男はデカい夢もたないとな! はっはっは」


 明日と明後日は休みだしダンジョンに潜る時間はたんまりとある。どうやって攻略していこうか、などと考えつつ飯のおかわりは……やめておこう。


「おにぃ、冒険者学校ってどんなだった?」


 隣で耳をそば立てつつ飯を食っていた妹が、次は私の番だとばかりに興味津々に聞いてくる。


「どうって。施設は凄かったな」

「凄いってどんな? あとダンジョンはどうだった?」


 俺がこの世界に飛ばされたのもブタオが入学したのも今日のことで、まだ施設も利用したことはない。ゲームではよく利用してたけどな。


「施設は遠くから見ただけだ。来週にあるオリエンテーションで説明を受けてからしか使えないっぽいな。ダンジョンもまだ1回しか行ってないから何とも言えん」

「へぇ……私も早くダンジョン行ってみたいなぁ。市で募集してたダンジョン体験ツアーはあるけど、あれって指導員の後ろについていくだけで戦っちゃダメだし。参考にならなそう」


 妹は来年の冒険者学校受験のためにダンジョン情報を色々仕入れたいようだ。ブタオの記憶を見る限り、冒険者学校入学試験は学力、運動能力に加えて潜在能力を見るようだが……潜在能力って何だ? 初期スキルや初期ジョブのことだろうか。


 ダンエクにおけるスキルは、特定のジョブに就いてジョブレベルを上げれば覚えることができる。それとは別にキャラメイク時に初期からランダムでスキルが付いている場合があり、ブタオの場合は《大食漢》というよく分からないスキルを最初から覚えていた。

 

 ジョブに関しても初期から【ニュービー】ではなく、レアジョブの場合がある。しかしこれに関してはデメリットもあるため一概に良いというわけではない。【ニュービー】はジョブレベルが最大となる10レベルで貴重なスキルを覚えるためだ。しかも他のジョブから【ニュービー】にだけはジョブチェンジできないため、ある意味特殊なジョブともいえる。


 初期スキルで良いスキルを引けば多少序盤で有位に立てるとはいえ、入学においてそこまで優先するほどのものではなく、初期ジョブにおいても【ニュービー】であろうとなかろうと一長一短だ。どちらを優遇するというものではないと思う。


 そもそもの話。この使えない初期スキルと、とても鍛えているとは思えないこの体で難関と言われる冒険者学校に受かっている時点で大量の疑問符がつく。何か秘密があるのだろうか。もしかしてめちゃくちゃ頭が良いとかだったり。

 

「まぁ慌てるな妹よ。兄ちゃんもまだ入学式を終えたばかりだ。けど試験に関しては俺のほうでも探っておくよ」

「ほんと?!」

「冒険者学校の試験ってアレだろ、コネがいるんじゃないのか」


ビール片手に親父が聞いてくる。


「コネって、おにぃが受かってる時点でコネなんて大して関係なさそう」

「そりゃそうだな、わっはっは! 母さんビールもう一杯」

「今日はもうそれでおしまい。颯太、さっさとお風呂入ってきて」


 俺も食ったしさっさと風呂に入るか。

 

 

 

 明日もダンジョンに潜る予定なのでマッサージをしながら湯船につかり、この世界のことをぼんやりと考える。

 

 常に一人で生きてきた俺にとって、家族が生きているということは何とも不思議な感覚だ。とても安心でき、実に居心地が良いものだ。この感情はブタオのそれが表に出ているだけかもしれないが……大切にしていきたいね。


 そして元の世界に帰る手段についてだが、現状は何も分からないまま。当然あちらに俺の体があるかどうかは確認ができないし、ログアウトの方法も不明。この世界がゲームなのか現実なのかすら未だに曖昧だ。精巧にできたメタバースという線も捨てきれないが、あまりにできすぎているので現実の可能性が高い。

 

 ログアウトできず、この世界で生きていくにしてもゲーム知識が当てになるのかどうか。明日もダンジョンに潜るとして、少し情報集めと実験をしておこうか。

 

 それにしても食ったばかりなのに腹が減る。毎晩空腹に苦しみそうだ。本当にこの胃はどうなっているのだろうか……

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 翌日、土曜日の早朝。

 

 『雑貨ショップ ナルミ』は土日こそが稼ぎ時だ。朝から両親が伝票のチェックや売り物の確認で動き回る中、俺はダンジョンダイブへと赴く準備を終えて家の前でストレッチをしている。

 

 ダンジョン内で足が攣ったり故障したりしてしまうと重大な事故になりかねないので、念入りに太い脚を伸ばす。意外に柔らかい体に密かに驚いていると、後ろから野太い声がかけられた。

 

「おう、颯太君。調子はどうだい?」

「おはようございます、辰さん」


 振り返ると厳ついオッサン……ではなく、早瀬カヲルの親父であり『早瀬金具店』のオーナーの早瀬辰はやせたつさんがいた。

 

 冒険者用の武器から鍋や包丁などの生活用品まで幅広く販売しており、自身で武器を作れるほどの腕前を持っている。ブタオの親父と辰さんは今でも一緒にダンジョンに潜るダンジョン仲間で、成海家と早瀬家はブタオが生まれる前から家族ぐるみの付き合いをしている。

 

 ゲームでは主人公が早瀬カヲルと仲良くなっていくと、手助けをしてくれるサブキャラとして登場する。ブタオにも優しくしてくれる気のいいオッサンだ。


「カヲルは庭で稽古してるよ、颯太君も一緒にどうだい?」


 善意で言ってくれているのだろうが……この人は俺がカヲルに嫌われていることを知らんのだな。まぁここで断るのもなんだし挨拶くらいしていくか。




 早瀬家の庭はちょっとした広さがあり、小さな日本庭園っぽくなっている。四季折々の植物が植えられていて、枝も丁寧に整えられている。鯉が泳いでいる池も見事だ。そんな庭を見ていれば、長年時間をかけて手入れしてきた辰さんの姿を自然に思い出す。ブタオの記憶の取り出しに慣れてきた証拠だ。


 その整った庭の中央で熱心に木刀を振るうカヲルがいた。こうして少し離れて見ているととても絵になる。声をかけようか迷っていると、向こうから声をかけてきた。


「……颯太か。休日のこんな朝早くから起きているなんて珍しい」

「そこで辰さんに会ってな。カヲルにも一応挨拶しておこうと思ってさ」

「そうか。私はちょっとこれから出かけるので忙しいのだ」


 ブタオは彼女を「カヲル」呼びしていたので不自然にならないよう呼び方は統一しておかないといけない。それにしても俺を見るや否や露骨に不機嫌顔になるじゃないか。先ほどまでの精悍な顔を綺麗に歪ませている。


 カヲルも忙しそうだし挨拶も済ませたし、さっさと退散してストレッチを再開しようかと考えていると、「こんにちはー!」という元気のいい声が聞こえた。

 

 表にいた辰さんが客人をこちらへ案内したようで、庭に入ってきたのは主人公の赤城君。背筋を伸ばし、赤い髪を陽光で光り輝かせながら歩く姿は高校一年生だというのに貫禄抜群だ。その後ろには三条桜子さん――通称ピンクちゃん。ふわふわとしたボリュームのあるピンク髪とおどおどとして入ってくる雰囲気が小動物のように可愛らしい。


 最後に入ってきたのは――立木直人たちぎなおと君か。長く暗めの髪色をセンターパートにし、メガネをかけたインテリキャラ。彼は赤城君のルームメイトで、メインストーリーでは相棒として活躍する重要キャラでもある。


「ここにいたんだね、カヲル」

「……ユウマか。ダンジョンに行く前に稽古を少しな」


 花が咲くような笑顔で嬉しそうに迎え入れるカヲル。俺と随分と対応が違うじゃないか……まぁブタオだしな。しかしまだ一日しか経っていないのに互いを呼び捨てとは。男女問わず距離の縮め方が上手いね。


「あれ? 君は……」


 四人で朝の挨拶をしている傍らにポツンと立っていると、ようやく俺に気づいた赤城君。だけど名前が出てこないようだ。まぁ俺は入学式が終わってすぐに帰ったから覚えているわけもないか。


 それでも横に立っていた立木君は俺の姿を覚えていたらしく、こっそり耳打ちでクラスメイトだと教えた模様。


「あぁ、クラスメイトだったのか。僕たちはこれからダンジョンに行くんだけど、君も一緒に行くかい?」


 こういう誰にでも手を差し伸べる優しい性格がカリスマを生むのだろうけど、空気は読めないタイプのようだ。俺を誘ったことでカヲルとピンクちゃんの女子二人が露骨に嫌な顔をしているじゃないか。でもピンクちゃんに嫌われる理由はないと思うんだが……見た目か。この暑苦しい見た目が原因なのか。デスヨネー。ワカリマス。

 

 不穏な空気をすぐに察知したのか立木君が動く。


「ユウマ。いきなり誘うのも彼に悪いから今日は俺達だけで潜ろうよ」

「……そっ、そうよね。お弁当も四人分しかないし」


 赤城君の空気が読めないという唯一の欠点をフォローし、トゲが立たないようにまとめようとするフォロリストの立木君。ピンクちゃんはお弁当を作ってきたようで、ウサギのマークが入ったランチバッグを大事そうに抱えている。


 そも俺はダンジョンにはソロで潜るつもりなのだ。今の状態ではまともに動けず足手まといになるかもしれないという心配もあるが、ゲーム知識や実験など、試したいことが山ほどあるので多人数だと都合が悪い。

 

「気にするな。俺もちょっと用事があるからな。頑張ってきてくれ」

「あぁ。それじゃ月曜日に学校でな」


 四人は再びこれからのダンジョンダイブについてワイワイと話し合う。カヲルも楽しそうにコロコロと笑っている。


 

 ――そんな姿を見ているとシクシクと心が痛む。

 

 

 “俺”ではない別の経験からくる感情が『カヲルを取られるな』『諦めるな』と盛んに訴えかけてくる。本当に彼女が好きだったんだな……


 だがちょっと考えてみて欲しい。


 現時点でカヲルの俺に対する好感度はゼロどころか大きくマイナス領域だ。その状況であのイケメン主人公相手に彼女を取り合うのは正直分が悪すぎる。変に付きまとったり、こちらを向いて欲しいからとセクハラして破滅するよりは、スッパリ諦めて別の恋を探すことをお勧めしたい。

 

 確かにカヲルは目を見張るほどの美人だし、気立ての良い性格で周りからも好かれている良物件だ。それでも他に目を向けてみれば、冒険者学校にはゲームをモチーフにしたせいか、美男美女が多く在籍しているし、実力さえあれば容姿は気にしないって子も多い。これから頑張って実力をつけて良い娘を探すのもアリだろう。

 

 ゲームで俺のお気に入りだったヒロインの次期生徒会長ちゃんとかはマジでおススメだ。容姿端麗で才色兼備、超金持ちで爵位持ち。実力がある者なら性格、容姿、生まれ問わず婿に迎えたいという最強の逆玉物件。マイナスポイントの多いブタオには最高の条件を持ち合わせていると言える。

 

 まだこちらの世界での彼女は見たことないが、後でブタオに遠目からでも見せてあげたいものだ。

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