第7話 はじめてのダンジョン

 ――ダンジョン。


 大正の初め頃、突如現れた異界への入り口。


 内部と外部の往来は可能だが電波や光は行き来できないため、入り口の境界面は真っ黒。空間的に別物。異空間なのである。


 発見当初は地獄だの鬼が出るだの、はたまた神隠しされるだの様々な理由で恐れられていた。しかしモンスターを倒したときに落とす魔石がエネルギー源になると分かると、我が国は戦争そっちのけで軍を動員し、ダンジョン攻略に動いた。


 最初のうちは銃剣をメイン武器にして深層を目指していたが、そのうち銃が効きづらいモンスターが増えて軍の被害が甚大となり、一定階層以上の攻略が止まってしまう。


 だからといって国の上層部はエネルギー資源である魔石や未知なる素材を諦められるわけがなく、政府主導でダンジョン攻略に向けて研究開発を進め、大きく力を注ぐことになる。


 軍だけでなく広く募った民間人――彼らは後に冒険者と呼ばれる――も育成し、レベル上げを支援。そのための法整備や教育機関――後の冒険者学校――や行政改革を行い、ダンジョン省庁を創設、多くを巻き込んで再び攻略を開始する。


 世界では貴重なエネルギー資源が産出されるダンジョンの支配権を巡り、いくつもの紛争や内戦、国家間戦争が起こり多くの難民が生まれたが、幸い日本には一つだけだが国内にダンジョンが現れ、他国から狙われることなくエネルギー資源を確保することができた。


 ダンジョンで産出された魔石は、海外頼みだった日本のエネルギー事情を大きく改善させ、世界に誇れる魔石エネルギー企業がいくつも誕生し、エネルギー輸出国へと発展。経済成長に大きく貢献した。




 ここまでは日本も世界も順調だった。




 しかし、今から15年前。フランスのとある民間企業が、一時的にではあるが人為的なマジックフィールドの作成に成功したと発表。

 

 本来、肉体強化が現れる範囲はダンジョン内と入り口から150mほどまでしかなかったのだが、この発明により場所を問わず至る所で肉体強化を発揮させることができるようになった。これにより世界は良くも悪くも新時代へと強制移行することとなる。


 考えてもみてほしい。銃弾すら効かず、剣の一振りで大岩をも砕き、走れば100mを数秒で駆け抜けられるような超人共が溢れるほどいる世界を。


 人工マジックフィールドは農業や建設業などの経済面で確かに利益を出したが、当然のごとくテロリストや政治家、宗教団体に悪用され、ついには米国大統領が殺される事件が起こった。


 武装したボディーガードが多くいたにもかかわらず、たった一人のテロリストによって大統領がボディーガードごと剣でぶった斬られるというショッキングな映像が流れ、世界中の人々を震撼させた。


 それに目を付けた国や組織は多額の金を積んで冒険者を雇い入れ、国家間紛争にも投入。工作、諜報、暗殺部隊要員にも使われ、戦争、外交の在り方が大きく変化。この頃から政治や宗教において傭兵組織が次々と表舞台に立ち、各国の安保にも深刻な影響を与え始める。


 国連によりマジックフィールドとダンジョンは悪用阻止のため厳格に管理されることになったが、それでも未発見のダンジョンを使われているせいか、冒険者による犯罪は後を絶たない。対応は後手に回っている。




 ――という感じのが冒険者マニュアルに書いてあった。

 

 これがここ十年のことだというが……いやぁ深刻だね。この辺りは家でもさくっと調べたが、米国大統領までマジックフィールドの被害に遭っていたとは。


 ゲームのときはこういう世界観なんだなと頭の片隅にでも置いておき、ダンジョンに潜りつつ能天気にヒロイン攻略と冒険者無双を楽しんでいればよかったんだけども。


「そういえばクラスメイトにも他国のエージェントがいたっけかぁ」


 後に局地戦争や工作員と戦うためのトリガーとなるイベントキャラがEクラスに在籍しているのだ。彼女と行動を共にして降りかかるイベントをクリアしていけばダンジョン攻略において大きなアドバンテージが得られるが……正直関わりたくない。

 

 暗鬱な気分になりかけたが余計なことは考えず、今はダンジョンダイブを頑張るとしよう。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 ダンジョン入口は、地下10階から地上18階まである冒険者学校校舎の1階部分にある。

 

 校舎は中等部と高等部、大学部が共用。1階と2階は中等部、3階から5階は高等部、その他は冒険者大学や研究機関、民間企業などが使用している。


 元の世界では小山の麓に位置していたであろうダンジョン入口だが、貴重なマジックフィールドを隈なく利用する関係上、小山を半分取り除きダンジョン入口を中心とした巨大建造物を作り上げた。それにはダンジョン資源に対するこの国の執念を感じる。


 ダンジョンに入るには、まず冒険者ギルド前の広間に行き、そこにある駅の改札口のような機械で冒険者証、または特定の端末を複数の機械にかざす必要がある。俺の場合は学校で配られたウェアラブル端末をかざせばいい。


 ギルド前の広間は一日で数万人以上が出入りするため、多くの冒険者でごった返している。


「しかし派手な人が多いな」


 革製の軽鎧ならまだ地味なほうで、ピカピカに磨かれた金属製の鎧や極色彩のローブ、マントを装着していたり、巨大な武器を引っ提げている冒険者もチラホラ見える。この世界の時代設定は現代だが、周りの人だけ見るとファンタジー世界そのものだ。俺のようにジャージにバットなんて人はよほどの初心者だけだろう……というか俺だけか。




 改札から中へ入り、行列の流れに沿ってゆっくりと歩きながらダンジョン入口前に立つ。縦横10mもの巨大な入り口だ。境界面は光を少しも反射しないため驚くほど真っ黒。黒すぎて異様である。入るときはゲームではなかったヌメっとした感覚が体を包みこみ、思わず息を止めてしまう。


 数秒かけて境界を通り過ぎると、中は100m四方ほどの広間になっていて、広間の端のほうには外界と太い配線で繋がれた通信施設がいくつも設置されている。電波は届かないが、有線なら外との通信が可能なようで、入り口には外からケーブルの束も通されている。ダンジョン内でも端末を使えるようにするためだろう。


 休憩所や売店もあるが、どの席も埋まっていて非常に混雑している。すぐそこが入り口なのだから、ここで休むくらいなら外へ出て休んだほうがマシだと思ってしまうが如何なものか。


 そこからも人の流れに逆らわず分岐もない一本道を進む。


 内部は巨大な洞窟となっており、地面は平らだが天井や側面は巨大な炭鉱のようにゴツゴツとしている。また、光源がないにもかかわらず明るい。壁が発光しているわけではなく、透過する光が壁全体から降り注いでいるようだ。


 モンスターは……全くいない。モンスターがポップした瞬間に近くにいる冒険者が殺到し瞬殺しているせいだろう。とにかく人が多すぎる。これではろくに戦えないためさらに奥へ進む。




 入り口から1時間ほどかけて2kmほど歩いただろうか。ダンジョン2階へと続くメインストリートからわざと外れ、人通りの少ない場所へ向かう。ここに来るまでいくつか分岐があったが、学校の端末にはダンジョン内で使えるGPS機能に加え、自動マッピング機能もあるため浅層では迷うことはない。

 

 そして、どうやらこのダンジョンはゲームのときの内部構造と全く同じであるようだ。今後のダンジョンダイブも計画が練りやすくなって捗ることだろう。


 逆に誤算もある。ここまで来るのに1時間もかかるとは思わなかった。マジで人多すぎだろ。毎回こんな人がいる場所を通るのは億劫だ。今後のダンジョン計画をどう修正すべきか考えながらゆっくりと歩いていると、目の前に黒い靄が現れる。モンスターがポップする前兆だ。


 靄が消え、かわりに出てきたのは20cmほどの大きさの薄青の塊、スライム。


 モンスターはポップした瞬間から数秒ほど動かないという特性がある。その特性を利用し隙だらけのスライム目掛けてバットを振り下ろすと、スライムはゼリーが砕けるようにバラバラに散った。


 スライムの破片は十秒ほどで靄になって消え、後には小指の爪ほどの大きさの魔石だけが残った。このくらいの魔石だと買い取り十円ってところか。時給効率はものすごく悪いが、これだけ人がいればしょうがない。


 ゲームにおいてスライムはモンスターレベル1であり、俺もレベル1なので経験値は100%入る計算になる。自分のレベルより下のモンスターを倒すと経験値が減り、逆に自分よりレベルが高い場合は経験値ボーナスが貰える仕組みだ。あくまでゲームと同じならば、だが。


 レベル2になるためにはレベル1のモンスターを100匹以上倒さなければならない。さくっと倒してレベル2になる予定であったのだけれど、ポップ待ちしているとかなり時間がかかりそうだ。


「もうちょっと奥へ行けばスライム部屋があるんだったな……」


 ダンジョン1階の北東には、スライムを3匹を集めると合体して大きな特殊個体に変化する小部屋があり「スライム部屋」とも呼ばれている。経験値も普通のスライムの10倍で、さらにモンスターレベルも2のため経験値追加ボーナスも貰えてダブルで美味しいのだ。ゲーム開始時はまずこの合体スライムを倒すのが攻略セオリーとなっている。


 先ほどの場所からさらに30分ほど歩き、スライム部屋近くまで来ることができた。もう周りに人がいないためかスライムが瞬殺されることなく疎らに見える。


 スライムは人を見つけてもこちらが攻撃を仕掛けない限り攻撃してこないパッシブモンスターなので、軽くバットで叩いてヘイト(※1)を集め、こちらに注意を向けさせる必要がある。


 よし、やってみるか。


 手筈通りにスライム3匹のヘイトを集めてスライム部屋へ駆け込むと……


「おぉ、合体が始まった」


 薄水色をしていたスライムが一つにまとまると数秒で色が変わり、より深い青色のスライムへと変化する。気持ち動きが速くなったか?


 合体スライムは敵を認知次第、積極的に攻撃をしかけてくるアクティブモンスターのため注意が必要だ。元のスライムの重さは2~3kgほどだったが合体後は10kg近くなり、その分、二回りほど大きくなる。時速数十キロでバウンドして腹に飛び込んでくる攻撃を喰らったらその場で悶えるほど痛いだろう。まぁ俺には分厚い脂肪があるから平気かもしれないけどね。


 初めは警戒し、少しの間だけ合体スライムの攻撃パターンを見ていたが、どうやらゲームと同じく真っ直ぐにこちらに飛び込む単調な動きしかしないようだ。ボールを避ける感覚でスライムの動きを予測し、半身をずらして躱すと同時にバットを叩きこむ。


 普通のスライムは芯に当たれば一撃で倒せたが、合体スライムになると二発以上当てないと倒せそうにない。それほど難しい相手ではないので問題はないが。今日はレベル2になるまで頑張るとしよう。




 休み休みで数時間ほどスライム部屋を利用して狩りを続けた。合間に近くを散歩してみたものの、合体スライム狩りをしている冒険者は俺以外に見当たらない。モンスターレベル2としては倒しやすく人気のモンスターなのだが、もしかして知られていないのだろうか。


「お、レアドロップゲットォ。ラッキー!」


 スライムリング。鈍く光る赤銅色。VIT+2の効果が付与されている指輪だ。気休め程度しか生命力は上がらないが、こんなのでも序盤はうれしいものだね。サイズはこの太い指よりさらに大きいが、マジックアイテムは装備すれば装備者に合わせて大きさが変わるため、気にすることはない。


 その後も合体スライムを狩り続けてトータルで10匹ほどだろうか、ようやくレベルアップが来た。初めは体から一斉に熱がこみ上げる酔ったような感覚が気持ち悪く、調子を崩したのかと思ったが、すぐに治まり体がスッと軽くなる。


 体の動きもわずかに良くなった気がする。ステータスも上がっているはずだが、確認するには冒険者ギルドの鑑定所か、10階の隠し部屋にあるストアに行く必要がある。鑑定所でステータスを鑑定すると端末のステータスも更新されてしまうので、急激なレベルアップの仕方をすると目立つので避けたほうがいいかもしれない。まぁレベル2や3程度なら変に思われないだろうけど。


「しかしレベルアップは全能感がでるな、癖になるというか。ってもうこんな時間か」


 端末で時間を見れば、すでに夜7時を回っていた。腹も減ったし足も疲れた。今日は終わりにして、急いで家に帰ろう。






(※1)ヘイト

モンスターからの敵対心のこと。モンスターはヘイトが高いプレイヤーを優先して狙うため、ボス戦などでは後衛にターゲットが行かないようヘイト管理には注意を払う必要がある。


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