第6話 成海家での昼食

 ひととおり部屋掃除が終わり、時刻は正午を少し回ったところ。時間はたっぷりあるのでダンジョンに潜ろうと思う。が、その前に腹の虫が鳴きやまないので腹ごしらえをしておこう。

 

 ブタオの記憶を見る限り朝食で結構な量を食っているはずなのに、眩暈すら覚えるほど無性に腹が減る。《大食漢》とかいうスキルがこの異常な食欲を引き起こし、ブタオをこんなに太らせたのではないかと疑っている。

 

 ダンジョンダイブをするにあたりこの体ではまともに動けるとは思えないのでダイエットは必須。食事は控えめにしておきたい。

 

 それにもかかわらず――。

 

(ちょっと、これは流石に多いのではないかね)

 

 目の前に、ご飯とおかずが山のように積まれている。ざっと2000キロカロリーはあるだろうか。しかも揚げ物と炭水化物だらけで野菜はほぼなし。太ってくださいと言わんばかりの量とメニューだ。

 

「あの、悪いけどこれからは量を少な目にしてくれないかな」

「大好物の唐揚げとコロッケなのに。風邪でも引いたのかしら」


 頬に手を当て心配そうに聞いてくるブタオの母親。昼飯を用意して貰っておいて何だが、これだけの量を毎日食ってるならそりゃ太る。先ほどからお腹がグゥグゥと鳴り、目の前のものを平らげよと訴えかけてくるが精神力で抑え込む。


「ダイエットしたいからさ。野菜中心がいいな」

「おにぃ、いつから野菜食べれるようになったの?」


 妹が垂れ気味の眉尻をさらに下げて疑問を呈する。まずいと思い、急いで記憶を引き出してみると……どうやらブタオは果物すら食べられなかった筋金入りの野菜嫌いだった模様。ここは適当に誤魔化すしかない。


「俺も冒険者学校に入ったわけで、意識を変えていこうと思ってね」

「確かに……ちょっとぽっちゃりしてるかしら?」

「おにぃはそのくらいが丁度いいと思うけどな~」


 身長170cmそこそこなのに体重も余裕の100kgオーバー……120kgくらいあるかもしれない。控えめに言っても「ぽっちゃりどころじゃないだろ」というツッコミを押し殺し、愛想笑いをしておく。


「でも、おにぃはもうダンジョン行くんだ」

「さっさとレベル上げようと思ってな」

「……ふ~ん」


 目の前にいるのはブタオの妹とはとても思えない可愛らしさを誇る、喜怒哀楽が分かりやすそうなショートカットの童顔女子。名前は成海華乃なるみかの。現在中学三年生で来年はブタオと同じ冒険者学校に行きたいと受験勉強を、そして武術スクールに通って頑張っているところらしい。


 その妹が何やら俯いてブツブツ言い始める。もしかして疑われている?

 

「……おにぃ。私もダンジョン連れてって」

「へ? でもお前まだ中三だろ」

「華乃、無理を言っちゃ駄目でしょ」

「ぶーぶー! 行きたーい!」


 ダンジョンに行きたいと駄々をこねる妹。ダンジョン入場には15歳未満は原則禁止、中学生は不可という法律がある。ダンジョン浅層の1~2階ならば中学生でも勝てる敵ばかりだけれど、絶対安全というわけではない。国は国民を守るために年齢による入場制限をしているのだ。

 

 本来は15歳ではなく18歳未満が禁止だったのだが、人工的なマジックフィールド――AMF(Artificial Magic Field)と呼ばれている――の登場により、肉体強化を利用した犯罪やテロが頻発し秩序が混乱。より多くの優秀な冒険者を幅広く育成したい国は法改正し、入場制限を15歳に引き下げた経緯がある。

 

 それでも、15歳未満かつ中学生である妹はダンジョン入場の許可が下りることはないが。

 

 

 

 目の前で母が妹を宥め、その妹が甘えてくる。家族がいない俺にはこの光景がとても温かく、儚いものに見える。

 

 小さい頃は家族がいたが、ほとんど記憶になく、こんな感じだったのかなと目の前のやり取りを見て思い出す。体を乗っ取ってしまったせめてもの罪滅ぼしとして、ブタオが心から愛している家族は何としても守ってやりたいし、何かしてやりたいものだ。通常なら入ることはできないダンジョンだけど、抜け道はいくつかあるしな。


「しばらくは無理だけど、良い子にしてたらいつか一緒に行くか」

「えぇーやったー! じゃあ約束だよ」


 余程ダンジョンに入りたかったのか、連れて行く約束をするとご機嫌で鼻唄を口ずさみながら自分の部屋へと戻っていく妹。母親も店番のため戻っていった。




 去っていく彼女たちの後ろ姿を見ながら、そっと安堵のため息を吐く。

 

 先ほどは中身を怪しまれはしなかったものの、いつもと違うと思われたはず。いきなり「中身が入れ替わっちゃいましたーてへぺろ」なんて言ったところで頭がおかしくなったと心配されるだけだし、言うつもりはない。

 

 家族に余計な混乱を招かぬよう、そしてこの世界で生きていけるように、普段のブタオがどんな人間でどんな口調でどんな癖があるのか、記憶を取り出し情報を整理しておく必要がある。独り身が長かったので、他人と暮らしていくということに戸惑い、頭が回っていなかった。

 

 しかしながらブタオの記憶や感情は意識的にも無意識的にも表に出てきているので、完全に別人になったわけではない。“新生ブタオ”という存在になったというべきか。本当に妙なことになったものだ。

 

 疑問に思うこともある。見た感じブタオと家族の関係は良好だし、特に心配もされていない。これがどうして学校であんな風に自意識過剰で破滅的な性格になったのか。早瀬カヲルに対する執着が原因なんだろうが、果たしてそれだけなのか。

 

 ゲームでのブタオに関してはひたすら嫌な奴に描かれているだけなので情報が不足している。学校ではなるべく目立たないよう、また、早瀬カヲルにはできるだけ絡まないよう慎重にいきたいところだ。

 

 


 腹八分どころか五分目すら届いていない少な目の昼食を終え、タンスにあった中学時代のジャージに着替えてダンジョンへ行く準備をする。太ももや腹がピチピチになっていることから、中学時代より更に太ったことが窺える。まったく。


 魔石入れのリュックを背負い階段を降りると母親が店のレジ前でゴソゴソとやっていた。


「今からダンジョン潜ってくる」

「手ぶらじゃない。何も持っていかないの?」

「部屋にバットあったからそれを持っていくよ。今日は1階しか行かないからそれで大丈夫」


 ダンジョンの1階は条件次第で隠しモンスターも出現するが、基本的にはスライムしかでないためバットで十分だろう。オリエンテーションのときに学校で武器レンタルができるようになるので、そのときに良いのがあれば借りてみよう。


 これから起きるであろう危機から自分と家族を守るためには、まず何よりも俺が強くなくてはならない。先は遠いかもしれないが、気合を入れていこう。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 再びダンジョンのある学校にダイエットを兼ねて走りながら向かう。

 

 ゆっさゆっさと脂肪を揺らしながら頑張って走ろうとしているものの、そこらを歩いている人よりやや速い程度の速度しか出ない。家から学校までは歩いて5分程度しかない距離なのに、半分ほどの距離で息が上がり、汗もだくだく。このままではダンジョン内で体力が尽きそうなので結局歩くことにした。急に動くものだから体がビックリしているのかもしれない。


 それにしてもこの辺りは本当に人が多い。


 元の世界ではこの辺りは田園都市で静かな住宅街や公園が多くあった記憶はあるが、こちらの世界では全国から冒険者やダンジョン関連企業が集まり、人口80万人以上の大都市となっており巨大経済圏を作り上げている。日本にはここにしかダンジョンがないためだ。

 

 また地価も高騰しているようでワンルームの家賃も東京都心を超えている。裏路地にあり大して広くはない成海家の家ですら地価は相当なものになっているようだ。

 

(買い食いポイントも多い。こりゃ誘惑に負けないようにしないと)

 

 周りの店を眺めながら、ダンジョンへ入るにはどうすべきだったか思い出す。



 通常、ダンジョンに入るには色々と面倒くさい登録と面接、何回かの講習を受け、その後に筆記試験を受けなければならず、その方法では数ヶ月掛かる。一方、冒険者学校の生徒は国による厳重な審査をすでにパスしており、端末見せるだけで即冒険者証が発行されると担任の先生が言っていたのを思い出す。

 

 なので、まずは冒険者ギルドへ向かおう。

 

 


 冒険者ギルドは異世界ファンタジーではお馴染みの組織だが、この世界の冒険者ギルドでも似たようなことをやっている。冒険者の登録、管理やアイテム売買、クエストなどもここで発注と受注が可能だ。


 ファンタジーの冒険者ギルドとの違いは、まずなんといっても利用者が多いこと。冒険者登録数は1000万人を超え、毎日10万人以上が利用する巨大組織だ。冒険者ギルドの建物内には民間企業が研究開発や出店していたり、病院や図書室などの公共施設があり、冒険者以外の利用客も多い。

 

 また、ダンジョン内外における怪我人の治療や治安の管理をし、冒険者同士の抗争においてはギルドに所属する高位冒険者を派遣するなど警察や自衛隊のような役割も担っている。そのため、冒険者ギルドの建物は40階を超える近代的な高層複合ビルとなっている。

 

 そんな冒険者ギルドという名の巨大ビル入り口で立ち止まり、思わず見上げてしまう。


「校舎からも見えていたが、でっけぇな……」


 人通りが多い中で立ち止まるのも何なので、エントランスからそそくさと中へ移動するとしよう。




 中はレンガ調のモダンな造壁と大理石の床になっており、数百人が動き回っても余裕があるほどの大きな空間があった。左側には銀行のような受付がずらりと並び、右側には多数のエレベーターやエスカレーターでせわしなく移動する人たちが見える。


 確かここでも絡まれるイベントがあったが、今の時間は比較的人通りが少なくガラの悪い冒険者はいないようだ。


 新規受付は……あっちか。



「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか」


 人当たりが良さそうな受付嬢がニコニコと聞いてきた。しっかり教育ができている。ファンタジー小説のように冒険者の見た目やランクで態度をコロコロ変える受付嬢なんて流石にいないか。


「新規登録したいのですが」

「冒険者学校の生徒さんですね。その腕の端末ID番号と名前をこちらに記入してください」


 腕にしている冒険者学校の端末を見た受付嬢は登録書類を渡してきた。端末IDはこれか。


「こちらが冒険者証となります。冒険者学校の生徒さんなので登録料は掛かりません。冒険者階級は9級からとなります。冒険者に関することはこのマニュアルに書いてありますが、何かわからないことがありましたらいつでもいらしてくださいね」


 以降はこの冒険者証か腕の端末を入り口にある機械にかざせば中に入れるようになる。冒険者証は身分証明書にもなるので大事にリュックへしまっておこう。マニュアルはまた後で読めばいいか。


 それではダンジョン入口へ向かうとしますか。ワクワクが止まらないぜ。


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