第3話 イケメン主人公

 ホームルームでの連絡事項や説明が終わり、今日のところはお開き。次は来週の月曜日からの授業となる。


 早速ダンジョンに潜りたいクラスメイトの何人かが集まり、パーティー構成について話し合っている。まだ誰もダンジョン経験はなくジョブも【ニュービー】のはずなので、みんなで囲って叩く作戦で行くようだ。初心者でも行けるような浅い階層は敵も弱いし回復役やサポート役が入った構成を考えるより、皆で殴ったほうが手っ取り早いので間違ってはいない。


 俺はといえば訳の分からないスキルしかない上に、この体形。参加したいと声を掛けても躊躇ちゅうちょされるだけだろう。しばらくはソロで潜ろうか、いや、潜るのは良いがこの贅肉を落とすことも考えねば……などと考えていると。突然、教室に角刈りゴリマッチョとその取り巻きらしき男達がやってきた。


「Eクラスの落ちこぼれ共! こちらはDクラスを仕切る、刈谷勇かりやいさむという方だ。今からお前らを選抜して俺達の配下にしてやる。ステータスとスキルを教えろ」


 入学初日に落ちこぼれも何もないだろうに、服を着崩した細身の取り巻きAが勝手なことを話し始める。紹介された刈谷本人は教壇の上で腕を組んで静かに目を閉じ仁王立ちしている。


 そういえばゲーム序盤にそんなイベントがあったな。たしかコイツらに目をつけられる女の子を守るために主人公が庇い、1ヶ月後に決闘イベントとかいう流れだったか。


「おい、刈谷さんを待たせるな。まずはお前、ステータスを見せろ」


 取り巻きが近くにいた男子生徒を指差す。だが男子生徒は突然やってきての上から目線の指示に不服のようだ。


「なんでいきなり来たお前らに見せなきゃいけないんだよ」


 すると小太りでロン毛が絶望的に似合ってない取り巻きBの目つきが変わり、息が詰まるような淀んだ空気が場を支配する。


「……おい。お願いしてるんじゃねぇ、命令してんだぞ、あ?」


 これがレベル差による強者の《オーラ》か。至近距離で猛獣に息を吹きかけられたような威圧感が向けられる。


 レベルはダンジョンでモンスターを倒し、一定量の経験値を集めれば上がるのだが、それと同時にHP体力STR膂力など肉体的にも大幅に強化され、超人じみたことができるようになる。


 この肉体強化はダンジョンから漂う「魔素」が場に満ちていることが条件で、ダンジョン内部か、ダンジョン入り口から範囲150mほどまでしか効果がない。この魔素が満ちている場のことを「マジックフィールド」と呼ぶ。

 

 逆に、マジックフィールド外なら肉体強化はされないが、冒険者学校の校舎はダンジョン入り口を覆うように作られていて、この教室もマジックフィールド内。つまり、レベルを上げたことによる肉体強化がモロに出てしまうのだ。


 その肉体強化された状態で《オーラ》を垂れ流すと威圧になるわけだが……かわいそうに、威圧された男子生徒は取り巻きの前に縮こまってしまっている。


「あ……うぅ、こっ、これです……」

「さっさと見せりゃ弱い者いじめなんてしねーよ。やっぱりEクラスはレベル1の【ニュービー】か」


 A~Dクラスは中等部からのエスカレーター組。一般的には15歳以上しか入れないダンジョンに、彼らは3年も早く入ってレベルアップを経験している。そんな奴らとレベルアップを一度もしたことがない俺達が戦っても勝負になんてなるわけもなく、ワンパンで軽くぶっ飛ばされるくらいの実力差はあることだろう。


「次、そこのデブ! 早く見せろっ!」


 小太り長髪の取り巻きBが俺をデブデブと指差す……が、お前も大概デブだからな。別に言い争うつもりはないので端末から俺のステータスを見せる。


「っか~っ、何だこの低いステータスと使えなさそうなスキルは。雑魚すぎるな! 次、お前」


 はい、雑魚認定きました……まぁいいけど。これからレベルアップして無双しちゃうもんね! 悔しくないもんねっ!


 心の中で取り巻きBにシャドーボクシングをしていると、次にゆるふわピンク髪の女の子が指名される。そうそう、この子が目を付けられるんだっけか。

 

 彼女はダンエクのヒロインであり、女主人公としても選べる重要キャラ。三条桜子さんじょうさくらこさん、通称「ピンクちゃん」だ。親しみやすく愛嬌を感じる大きなタレ目に、これまた大きなお胸。大人しめの雰囲気が男性の庇護欲を掻き立てる。

 

 女主人公なだけあって数々の男を手玉に取るシナリオも用意されており、逆に言えば彼女を敵に回すと怖そうなので距離を開けておくべきキャラの一人とも言える。


「お前カワイイじゃん。能力は……レベル1だし微妙だが、特別に俺達のパーティーに入れてやるよ」

「えっ、えっと……」


 おどおどしているピンクちゃんの顔を無遠慮に覗き込む取り巻きA。卑下た顔つきの取り巻きCが彼女の肩を掴もうとするが――


「嫌がっているじゃないか」


 そこらでは見ないほど整った顔をした男子生徒が、少女へ向けて伸ばされた腕を制止する。

 

 燃えるような鮮やかな赤髪に金色の瞳。人好きのする笑顔を向けられているはずなのに、取り巻きたちは得体のしれない圧迫を受けたかのように怯んでしまう。


「な……テメェ何者だっ」

「僕はEクラスの赤城。今はレベル1だけど、いずれこの学園最強になるつもりだよ」


 取り巻きたちが突然の最強発言にドッと笑い出す。それでも相当自信があるのか赤城君の顔には憤怒や動揺は一切なく、笑顔を絶やさないのは大したメンタルだ。


 そう、彼こそがダンエクの主人公、赤城悠馬あかぎゆうま。レベル1の初期値ですら異常に高いステータスを持ち、クエストを進めていけば【勇者】という強力なジョブに就くことができる。甘いマスクで10人を超えるヒロインも同時攻略可能。色々な意味でまさに超人。

 

 ゲームで彼をメインキャラとして使っているときは爽やかさを保ちつつ、ストイックで向上心のある姿に好感が持てたが、ブタオとなった今はいけ好かないヤリチン野郎としか思わない。というかコイツに俺は粛清される可能性があるのか……


 見下していたEクラスの生徒が最強を語ったことで気に障ったのか、刈谷は閉じていた目を開き、赤城君を睨む。


「冒険者がどういうものなのかも何も知らない無知野郎が……調子に乗りやがって」

「かっ、刈谷さん。しょうがないっすよ、しょせんコイツはEクラスの雑魚だし」

 

 こめかみに青筋を浮かべながら怒り心頭の刈谷。慌てた取り巻きたちが宥めようとする。こいつはDクラスの中でも頭一つ抜けて強いのだ。


「本当に最強になれるかどうか俺が直々に試してやる。そうだな……1ヶ月後でいいか」

「……」


 スケジュールを確認しているのだろうか、端末の画面を見ながら刈谷が静かな口調で挑発する。怒りに任せて暴れると思った取り巻き達は、刈谷の冷静な態度を見て安心する。


(ここまではゲーム通りの流れと同じになっているな)

 

 この刈谷イベントはメインストーリー上のシナリオではなく、あくまでサブイベントの扱い。強制受諾イベントではない。

 

 仮にこの挑発を受けた場合は1ヶ月後に闘技場にて決闘イベントとなる。そこで主人公が勝てば、このクラスのヒロイン達の好感度が少し上がり、背後にいるBクラスの支配者イベントに発展する。受けない場合はその時点でイベント失敗扱いとなり、受けて負けた場合と同様にヒロインの好感度がやや下がる。

 

 ならば引き受ければいいと思うが、刈谷に勝つことはゲームを知り尽くしたベテランプレイヤーでなければ難しいという大きな問題がある。端的に言えばこのイベントは”二周目用”なのだ。

 

 1ヶ月という短い期間で効率よくレベルを上げ、装備を揃え、相手の武器特性とスキルを見切りつつ、急所やカウンターを狙う戦闘スタイルの確立。それくらいできてようやく勝つことができる相手なのだが――



 そういえば俺は今、ゲーム主人公ではなくブタオなのである。


 

 別に赤城君のこの後の選択に興味がないわけではない。だが、このイベントが進んだところでブタオに影響があるようなことは起きないだろうし、イケメン主人公である赤城君のハーレム具合が捗るか否かという問題でしかない。

 

 つまり「腹減ったなぁ」とか「やっぱりピンクちゃんのおっぱいデカいなぁ」などと大して変わらない事項であり、刈谷イベントなんてものは鼻をほじりながら気楽に眺めていられる状況に過ぎないのだ。

 

 そんな俺の心情とは裏腹に、尚も睨み合いが続く赤城君と刈谷。

 

「この学校には怪物がわんさかいる。1ヶ月の猶予とはいえ俺程度を倒せないようなら最強になるなんざァ……土台無理な話だ。違うか?」

「……違わない。受けて立つさ」

 

 背筋を伸ばし、真っ直ぐと刈谷の目を見つめて宣言する赤城君。その答えに囃し立てる取り巻きたちと、ざわざわとどよめくクラスメイトたち。3年早くダンジョンに潜ることができたアドバンテージを、たった1ヶ月で覆せという無理難題を受けるとはクラスメイト達も思ってはいなかったようだ。

 

「決闘はセーフティールール、闘技場で行う。死にはしないが……それでも腕の一本や二本くらいは覚悟しとけよ」

「……あぁ」


 さすが主人公。刈谷の《オーラ》を正面から受けても余裕のようだ。一方の俺はといえば、心臓を鷲掴みされたかのような恐怖を感じてビビってしまった……少しちびったかもしれん。威圧マジ怖い。


 刈谷たちが「お前の顔と名前は覚えたからな」と捨て台詞を吐きながら教室を出ていくと、赤城君はウィンクをして不安に揺れているピンクちゃんを気遣う。クラスメイトたちも心配だったのか駆け寄り、頑張ってくれと激励する。


 異性にちゃんと配慮できる上に、満ち溢れる自信で不安な空気を一変させるムードメーカー。あっという間にクラスの中心になるとは、これがカリスマか。悪役かつ小悪党のブタオと対極にいる存在と言える。


 だが、どう考えても刈谷イベントの受諾はメリットよりデメリットが大きい。最強なんてものは宣言するものではなく周りに認められるものだと思ってる俺からすれば、リスキーな挑発に乗っているようにしか見えない。まぁそこが物語の主人公と小物である俺との違いってことなのかもしれないが。


 さてと。色々と考えたいこと、やりたいこともあるので今日はもう帰ろう。自分の荷物を纏め、教室から出ようとすると――


「ちょっと」


 背後から不機嫌そうな声を掛けられる。振り向くとブタオの幼馴染であり許嫁の早瀬カヲルが腕を組みながら立っていた。

 

 ただ棒立ちしているだけなのに、切れ長の目に真っ直ぐ鼻筋が通った美しい顔、モデルのようなスタイルのせいで周囲の目を引く。ダークカラーの髪を高い位置で一本に縛ったポニーテールが、より清潔感を高めていて実に似合っている。

 

 ゲームのときのグラフィックよりも格段に美人になっている彼女に突然声を掛けられ、心の準備していなかった俺は浮足立ちそうになる。


「今日、どうするの……?」

「……」


 どうするの、とは。何か約束でもしていたのだろうか。

 

 ゲームではブタオが彼女に対し一方的にダル絡みをしていたような気がするが、幼馴染でもあるのでゲームには描かれていなかったやり取りが裏ではあったのかもしれない。


「何とか言ったらどうなの……」


 組んでいる腕の人差し指をトントンさせているのを見る限り、どうやら相当苛立っているご様子。


 ゲームを開始したらいきなり転移させられブタオとなった俺には、ゲーム情報以外で判断できる材料がない。そもそも、いきなり他人に入れ替わるとかハードモードすぎやしないか。

 

 ここで理不尽だと言ったところで何も解決しない。適当に言葉を濁し逃げに徹したほうがいいだろう。まずは色々と情報を集めるために時間が欲しい。


「今日はちょっと用事を思い出して。すまないな」

「……そう。それじゃ」


 さしてこちらに興味がないようですぐに視線を外し、赤城君のいる集団へと戻る幼馴染。とりあえず乗り切れたようなのでここを後にしよう。


(というかこの焦燥感のようなものは何なんだ……ブタオの感情なのか?)


 イケメン主人公に幼馴染が取られてしまうことを気にしているのかね。あれだけの美人なら他の男も放っておかないだろうし、その心配も分からんでもない。

 

 だが、ゲーム通りならば彼女に無理に関わろうとすればするほどブタオの立場は悪くなり、その先には粛清と退学が待っている。学校を辞めるかどうかは措いておくにしても、障害となりえるこの感情は押さえておくべきだな。

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