第2話 成海颯太

 「おまかせキャラ」を選択したら「ブタオ」になった件。


 つい先ほどまで「せっかくゲームの世界に来れたんだからヒロインとイチャイチャしつつ無双できるんじゃね」的な感じで学校生活に淡い期待を抱いていたが、それが今、木っ端微塵に砕け散ったわけだ。


 鏡に映っているのは身長170cmほどで、紺色の髪をオールバックにした男子高校生。しかし体重が100kgは余裕で超えていそうな超肥満体で、首も脂肪で埋まって見えない。さして暑い日でもないのに階段を上っただけで汗だくだく。息も途切れ途切れ。

 

「これ……本当に俺か?」


 鏡の中の男も驚いたようにこちらを覗き込んでいる。あたかも俺をトレースしたかのように。そんな姿を見ると意識が消え入りそうになり現実逃避したくもなる。

 

 元の世界では標準体重で一度も太ったこともなかったため、階段を上がってちょっと移動しただけでこれほどの息切れは経験がない。ドッキリかもしれないので――ドッキリなわけがないが――試しに変顔をしたりモノマネ芸をしてみるが鏡の前の男はどうみても俺だった……


「むおぉ……おまかせキャラなんて選ぶんじゃなかった……」


 頭を抱えて蹲るが、出ている腹が突っかかる。

 

 「おまかせキャラ」というのは自動でランダムの能力と見た目が作られるキャラだと思っていたが、まさか既存のキャラののことだったとは。Eクラスには格好いいキャラなんていくらでもいるのに、よりにもよってブタオを引くあたり運がない。


 ブタオとは、とあるヒロインの攻略ルートに入ると登場する悪役キャラのことだ。

 

 度々下ネタでヒロインを困らせ、そのヒロインと仲良くなる主人公に対しても嫌がらせを散々繰り返す。そして最後には主人公に粛清され退学に追い込まれ、主人公とヒロインが結ばれハッピーエンド、といった流れがあったのを思い出す。

 

 とはいえブタオは主人公のライバルなどではない。強くもなく邪魔なだけの不快モブキャラなので俺も思い入れなどなかった。ゲームでも”ブタオ”呼びだったため本名なんて覚えていない。

 

「そういえばブタオとあのヒロイン……早瀬はやせカヲルは確か幼馴染で許嫁だったか」


 早瀬カヲルの情報を思い出す。

 

 すらりと伸びた四肢に長い睫毛と切れ長の目、腰まで伸びた髪を後ろで一本に結んだ和風の女の子。剣道では中学時代に全国大会での優勝経験があるほどの腕前で、学力も高く文武両道、まさに才色兼備。竹を割ったような性格で誰にでも分け隔てなく接する――ただしブタオ以外。

 

 ゲームを進めていけば早瀬カヲルは主人公の強力なパートナーとなり恋人にもなるわけだが、ブタオからしてみれば好意を抱いていた幼馴染かつ許嫁を、爽やかイケメン主人公に簡単に取られるのは我慢ならなかったのだろう。反撃手段がセクハラなのが救えないけれども。

 

 問題は入学時点でブタオ――悲しきかな、今は俺のことだが――と彼女は険悪な状況になっているということ。こちらの世界でもゲームと同様に嫌われているのかは分からないが、トラブルの元になるかもしれないのでなるべく近寄らないでおくべきか。


 ――しかし何故だろう。

 

 早瀬カヲルのことを思い浮かべるほどに焦燥感のようなものを感じる。もしかして頭のどこかにブタオの記憶や感情が残っているのだろうか……。何か思い出せそうな気もするが、どこかにつっかえたように記憶を引き出せず、モヤモヤする。


 このままここで考えていてもストレスでおかしくなりそうだ。教室へ戻るとしよう。




 何度目かの深いため息をつきながら教室へ入ると、例のヒロインから刺すような視線を感じた。ここは気づかない振りをして無視だ。

 

(この時点で相当嫌われてるな)

 

 ブタオの記憶から何も引き出せないので、これほど関係が拗れた原因も解決方法も分からない。時間が解決してくれることを期待しよう。

 

 気を取り直して自分の席を探す。前から成績順に並んだ席らしいが、なんと俺の席は一番後ろ端の”学年最下位”の席だった……。はて。入学試験ってどんなのだっけ。


 この冒険者学校高等部のAクラスからDクラスまでは冒険者中等部からの進学、いわゆるエスカレーター組で、国がダンジョン探索能力があるものを特別に選抜した生徒達だ。

 

 一方、Eクラスだけは外部受験組。受験倍率は優に100倍以上あり、そこを勝ち抜いてきた相当なエリート、という設定だったはずだ。


 ブタオがこの学校に入れたということは、そんな化け物じみた倍率を勝ち抜いて入ってきたはずだ。何か特別なスキルがあるとかか? 最下位だとしても受かっただけ凄いし自信を持とうじゃないか。


 クラス内の何人かは知り合いなようで話をしているのもいるが、やはり緊張のせいか教室自体にピリピリとした空気が漂っている。主人公やヒロインもまだ大人しく初々しいね。


 そんなクラスメイト達をぼんやり眺めていると、まだ二十代だろうか、スーツ姿の若い男が教室に入ってきた。


「皆、席につけ。これからホームルームを始める。まずは俺のことと、この学校。そして成績や進路についても説明する」


 自己紹介によるとクラスの担任、村井むらいはじめ先生という。冒険者大学卒。ということは、この冒険者高校も優秀な成績で卒業したOBなのだろう。細身ではあるものの、一つ一つの動作や身のこなしからして只者ではなさそうだ。学校の教師というより軍人っぽい。この一年間はこの先生が指導していくとのこと。


 自身のことを説明し終えると、次に学校についてホワイトボードに箇条書きで書いていく。


「この学校で良い成績を収めれば、国立冒険者大学の推薦枠が得られたり、あるいは冒険者になる際に優遇措置を受けることができる。一流クランや民間企業からもスカウトがくるだろう。これら人気のある進路は基本的に成績の順位で割り振られていく」


 国立冒険者大学はダンジョン関連に特化した特殊部隊、またはダンジョン省の官僚候補となる人材の育成を目的としている大学だ。元居た世界で言えば防衛大学や気象大学のイメージに近い。先生によると冒険者大学進学が一番人気の進路なので成績順で割り振るらしい。


 次に優遇措置。


 この学校の生徒には公務員のように様々な特典が付いており、冒険者ギルドにあるダンジョン施設が半額、または一部無料で利用できる。日本の国公立大学の学生のようなちょっぴりお得な待遇と似ている。利用の際は申請が必要な場合があるので注意するようにとのこと。


 あとは冒険者学校の生徒は冒険者ランク(1~10級があり、1級が一番高く10級が一番低い)のうち9級からスタートでき、簡単な手続きで即ダンジョンに入ることができる特典がある。普通の人は手続きの後、身元証明、筆記試験、講習、実地訓練の後に10級からのスタートとなり相当に面倒らしい。


 冒険者ギルドでのクエストの受注には冒険者ランクによる制限が課されていたり、一定以上の等級では国からも優遇措置が施される。冒険者ランクを上げることは基本的にメリットしかないので、常日頃から意識してクエストを熟し昇級試験を受けてみて欲しいとのこと。


 またこの学校は卒業後の進路も多様とのこと。


 ダンジョン関連はホットな分野で市場規模は大きく研究開発も盛んだ。例えばこの世界の発電所は過半数が魔石を使ったもので、エネルギー産業の多くがダンジョン資源に支えられているともいえる。この魔石発電は二酸化炭素を出さない上にコストも火力発電より安く、しかも小型化できるためかなり普及しているようだ。


 他にもダンジョンから取れる素材を利用した素材技術革新も相当なもので、軍需産業やIT産業も多大な恩恵を受けている。これらはとにかく富を生み、世界中が競って投資し研究開発を行っている。そのための優秀なダンジョン探索員は官民問わず多くの機関が喉から手が出るほど欲していて、冒険者学校には好待遇で青田買い目的のスカウトが来るそうだ。

 

 もちろん普通の大学へ進学することもできる。この冒険者学校の偏差値は相当に高く、去年の卒業生の進学先も錚々そうそうたる大学名が並んでいる。


 そして成績について。


「ここでいう成績というのは主に勉学とダンジョン攻略での成績の二つ。校内での試合やイベント、大会なども成績に加算されるが、それはまた後の機会に説明する」


 ただダンジョン内でのみ活躍できればいい、というわけではなく、学業も成績に考慮されている。学力はダンジョンという未知の環境に対する適応力を高め、ステータスのINT上昇にも影響が出るから重視されているそうだ。一応俺は元の世界で二流とはいえ大学は出ているし、学力勝負というならちょっとは有利かね。


「ダンジョン攻略は仲間と協力して進めるものだ。同時に君らは成績を競い合うライバルでもある。是非精進してもらいたい」


 ダンジョン攻略はゲームのときでも基本的にソロより前衛後衛のバランスがいい職業で組んで潜ったほうが効率が良かった。例外として浅層ではソロのほうがいい場合もある。パーティーメンバーを見つけて組むか、ソロでひっそりと潜るか。それは後で考えるか。


「それでは今から端末を配るので、名前を呼ばれたらここに来い」


 腕にはめてボタンを押すと目の前に映像が浮かぶ機能が付いたハイテクなウェアラブル端末だ。空中に文字などを表示する技術は元の世界でもあったが、ウェアラブル端末としてこれを実現できたことはないはず。これもダンジョンの恩恵を受けた技術の一端なのだろう。ガジェット好きのオラはワクワクが止まらないぜ。


 早速、端末にあるボタンを押して開いてみると、目の前に15インチほどの大きさの画面が開いた。他人の開いている画面も見えるので網膜に映しているのではなく、空中に投影しているタイプだ。

 

 トップ画面には名前やステータスが書かれている。



<名前> 成海颯太(ナルミ ソウタ)

<レベル> 1

<ジョブ&ジョブレベル>ニュービー レベル1

<冒険者階級>:―未登録―


<ステータス>

最大HP:7

最大MP:9

STR:3

INT:9

VIT:4

AGI:5

MND:11


<スキル 1/2>

・大食漢

・<空>



 ふむ。ブタオの名前は成海颯太というのか……言われてみればそんな名前だったような。ともあれ、元の世界の俺はおっさんに片足突っ込んでたし、高校生活を送るうえで若返ってくれたのはポジティブな面だ。


 レベルとジョブレベル(※1)は共に1だ。戦ったことがないから1なのだろう。ちなみに【ニュービー】ってのは「初心者」や「新参者」とかいう意味で、初期状態なら例外を除いて最初のジョブは【ニュービー】となる。経験値を貯めてジョブレベルを上げていけば特定のスキルを覚えたり、他のジョブへジョブチェンジしたりすることもできる。


 冒険者階級が未登録になっているのは、現時点では冒険者ギルドで登録をしていないからだろう。ダンジョンに入るなら早いところ、冒険者ギルドへ行ったほうがいいと心にメモしておく。


(ステータスの能力値は……正直低いな)


 ゲームではこの初期能力を決めるのに何度もリセットマラソン(※2)をしてALL10以上のステータスとレアスキルを狙ったものだ。育ってしまえば初期ステータスなんて誤差みたいなものになるが……まぁ文句を言っても変わる事はないので気にしないでおこう。


 これらの数値は入学試験のときのジョブチェンジ装置で測定した数値らしい。それが冒険者学校のデータベースに送られてこの端末に転送されたものなので、リアルタイムのステータスが反映されているわけではないということは注意しなければならない。


 ――そして。


(……え? 《大食漢》なんてスキルは初めて見た。というかコレのせいで太ってるんじゃないのか?)


 この世界ではダンジョンでレベルやジョブレベルを上げていなくても初期の状態からスキルを覚えている人もいる。攻撃スキルや回復魔法なんてのを覚えていると序盤におけるダンジョンダイブがスムーズになるため、俺もリセットマラソンをして良スキルを狙っていたものだが……《大食漢》なんてスキルが果たして何の役に立つのか。


 文字からして大量に食べそうなスキルだけど……もしこの体で生きていくことを強いられるのならば、さっさと他のスキルで上書きしてダイエットに励んだほうが良いかもしれない。ダンジョンに潜るのに階段を上がるだけで息を切らしている場合ではないのだ。


 他には電話やメール、カメラ、SNS機能がある。ダンジョン内で仲間との通信にも使えるし、これで作戦指示や指揮も可能なようだ。レポート提出などにも使う機能もある。


(さて、肝心のログアウトの項目だが……ない。やっぱりないぞ。ログアウトできないのか?)


 やはり意識だけがゲームの世界にあるのではなく、完全な転移なのだろうか。端末のインターフェースにログアウト項目がない以上、他に帰る手段は思いつかない。どうしても帰りたいというわけではないが、ブタオになってしまったせいで鬱々とした気分だ。

 

 せっかく夢にまで見た「ダンエク」の世界の中に来ることができたのに……






(※1)レベルとジョブレベル

レベルが上がるとステータスも上がり、恩恵を受けることができる。「ダンエク」での最大レベルは90だった。

ジョブレベルは最大で10まで。ジョブレベルを上げるとスキルを覚えることがある。ジョブチェンジするとジョブレベルは1からスタートとなる。ジョブによってはステータスにボーナスが加わるものもある。


(※2)リセットマラソン

ゲームをリセットしニューゲームから再び始め、キャラを作り直して良いボーナス値のステータスや特典を狙う方法。略して「リセマラ」とも言う。

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