災悪のアヴァロン

鳴沢明人

第1話 豚と見紛うような男

「――新入生の皆さん、入学おめでとう」


 やたら肩幅が広く目つきの鋭いオッサンが壇上でこちらを睨みながらマイク越しに話している。この学校の校長だというが、その雰囲気はスーツを着ていても明らかにカタギではない。


「我が国が誇る国立冒険者高等学校。ここには最新の知識と最高の環境がある」


 そう、ここは冒険者学校の入学式、らしい。らしいというのは――


「精進し、選び抜かれた諸君らの才能をさらに磨き上げ、国民の期待に応えていけるよう期待している」


 気づいたらこの席、扇状に席が並ぶ講堂にいたからだ。

 

 もしかして壮大なドッキリかと疑ってもみたが、小物かつ小市民である俺にそんなことしても大したリアクションなど取れるわけがなく、視聴率的にも意味がない。にしてもここは――


「冒険者大学進学、特殊任務部隊、高位冒険者が在籍する攻略クラン。それぞれ希望する進路や目標があると思うが、仲間達と切磋琢磨し」


 この巨大な講堂も、あの厳つい校長も見覚えがある。前の方にいる真っ赤な髪を刈り揃えた男子生徒に、軽いウェーブがかかった桃色のセミロングの女子生徒も知っている。

 

 周りには両刃の斧や槍のようなものを持ち込んで入学式に臨んでいる学生もチラホラ見える。中央の一番先頭には派手な色の着物を着た女の子が、その隣にフルプレートメイルも見える。


 間違いない。ここはあのゲームのオープニングの場面だ。


「貴重な学校生活を、悔いのない充実したものにできるよう過ごしてもらいたい」


 まさか。本当にゲーム内に来られるとは。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 より強力で珍しい武器と防具を探し集め、凶悪強大な敵との死闘を潜り抜けながらダンジョン深層を目指し攻略する本格派アクション、でもあり、幾人かの可愛い女の子達――後に実装されたDLC(※1)で女性プレイヤー向けのためにイケメンも複数人用意!――と恋愛が楽しめる恋愛学園アドベンチャーを織り交ぜた、ダンジョン恋愛VRMMO、ダンジョンエクスプローラークロニクル。通称「ダンエク」。


 要するに「ドキドキの恋をしながらダンジョン潜らない?」ってゲームだ。


 プレイするにはVR用のヘッドマウントディスプレイと手にはめるグローブ型のコントローラー、そしてモーションキャプチャーカメラが必要なため初期コストが高く、またゲームを作ったメーカーも無名。発売当初は全く売れず、知る人ぞ知るといったゲームだった。


 しかし美麗なグラフィックに完成度の高いアクション、奥深いゲームシステムがじわりじわりと口コミで噂になり、後に追加された攻略キャラやカスタマイズモード、PvPや数百人規模で参加できる戦争モードで人気に火が着き、ゲーマーなら誰もが知るほどのゲームとなるまで時間はそれほどかからなかった。


 俺は学生時代にハマってから、社会人になってもずっとこのゲームを続けていた。最初の頃は下手っぴだった操作も今ではボス攻略や対人戦を幾度も繰り返し、かなり上手くなったと自負している。まぁ上には上がいるもんだが。


 家に帰るとすぐにシャワーを浴びて、レンジで温めた冷凍食品を掻き込み、コントローラーのグローブを装着。腕を振り回すので、壁や物に当たらないようにポジション取りをしてゲームを起動する。

 

 掌で空中をなぞり、生体認証ログイン。メール着信のマークが付いている。ダンエク運営からだ。


「よし、ちゃんとアップデートのメールが来てるな」


 数日前に「次期大規模アップデートのテスター参加権が貰えるよ!」という運営主催のゲームイベントがあり、まんまとその餌に釣られて参加したのだが、そのイベント内容は本当に地獄だった。

 

 


 ゲームイベント会場には数万人のプレイヤーが集結し、期待に胸を膨らませてクエストを待ち望んでいた。「やぁお前もきたのか」「楽しみだぜ」「腕が鳴るぜ」「クリアできたら結婚するんだ」などと和気藹々あいあいとした雰囲気を作り出そうとしているものの、景品であるテスター参加権を虎視眈々と狙っているのはモロバレ。どいつもこいつも出し抜いてやるというギラついた目付きを隠せていない。


 何気ない会話で密かな牽制をしていると、突如として空から漆黒の超巨大ドラゴンが墜ちてきて、数万トンの巨体に踏み潰された参加者の一割が早速蒸発。混乱の中、トッププレイヤー達が何とか態勢を整えて反撃するが分厚い表皮に弾かれてまともに攻撃が通らない。時間を置かずドラゴンが即死級ダメージの極太レーザーを乱発し、次々にプレイヤー達が塵芥と化す。


 それでも集まっているのは歴戦のプレイヤー達だ。何とか壊滅を回避し態勢を整えたのは流石といったところか。約2時間に渡る死闘の末、参加者の半数以上が犠牲になりながらも攻略法を編み出しバランスブレイカードラゴンを倒す……が、それは序章。

 

 ドラゴンのドロップアイテムを求めて死体に群がるプレイヤー達を尻目にイベント会場が崩壊。そこから死の脱出ゲームが開始した。ルートを間違えたら即死、探知無効の即死トラップのオンパレード。道中にもボスクラスのモンスターが集団で、しかも連携しながら襲ってくる始末。その上、脱出タイムリミット有り。


 結果的にクリアすることができたものの、ほぼ運要素という糞バランス。あんなの俺以外の誰がクリアできるんだってくらいの難易度だった。




 とはいえ運も実力のうち。勝ち得たものは素直に喜ぼうぢゃないか。報酬となる大規模アップデートのテスター参加権が添付されているメールを開いて確認。思わず顔が緩んでしまう。


 早速インストールを開始する。許諾契約書に書いてあることを斜め読みすると。


「えーと、このパッチをインストールしてプレイ開始をすると、ゲーム内へ転移します……え? 転移?」


 転移ってどういう意味? そういうゲーム設定なのか、言い回しに過ぎないのか。運営もほとほと頭がおかしいので深く考える必要もあるまい。


「テスターだから既存のキャラは使えず、まっさらの状態からか」


 キャラは「おまかせキャラ」にするか、自分でキャラメイクする「カスタムキャラ」を選ぶかだが、面倒なので「おまかせキャラ」でいくことにする。ある程度プレイして気に入らなければキャラメイクをし直せばいいだろう。


「よしインストールは無事に完了。それじゃ早速始めるぜ!」


 そして俺はゲームスタートのボタンを勢いよく押したのであった。




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 ふむ。


 俺がここにいる経緯を思い出してみたがやはりアップデートプログラムのせいなのか。そんなことがありえるのだろうか。


 たしかに日頃「ダンエク」の世界に行って俺TUEEEしたい! モテたい! あのヒロインとチュ~したい! って妄想してたけどさ。……いい歳こいて恥ずかしいって? 男は何歳になっても冒険心に満ち溢れているもんなんだよ。


――ということで少し整理しておこう。



 Q1、ここは現実なのか。 それともゲーム?


 「ダンエク」では校長のスピーチ、アナウンスなどはアドベンチャーゲームのように会話ウィンドウ内に言葉が表示されていた。しかし今そんなウィンドウは何処にも見当たらない。またどこを見てもゲームとは思えない段違いのグラフィック解像度。情報量が一目瞭然だ。


 ダンエクも美麗なグラフィックだが、よく見ればCGだとすぐに分かるレベルではあった。だが今の俺の視界は――巨大な武器や防具などのファンタジー要素を無視すれば――目を凝らしても現実にしか見えないリアリティがある。近くに座っている生徒の衣擦れの音や、椅子の軋む微かな音なんてゲームにはなかった。


 したがって、ここはゲームではなくゲームが現実となった世界と考える方が自然。元々ダンエクは現実世界の仮想化、いわゆる「メタバース」を意識して作られた圧倒的な情報量を有するゲームであるものの、正直この作り込みがゲームだとしたら度を越している。とはいえ、もう少し情報が欲しいところだ。



 Q2、ここがゲーム内ならログアウトすることはできるのか?


 ゲームのときは常に表示されていたインターフェイスからログアウトの項目が選択できたが、現時点で視界内にはそれらしきモノは何も見えない。それ以前に今まではログアウトなんてせずともヘッドマウントディスプレイを頭から直接外せばゲームから離れることはできた……が、今の俺はそんなものを頭にかぶっていない。


 そういえば会話ウィンドウはともかく、インターフェイスは学校で端末が配られてから見えるようになった気もする。ログアウトできるかどうかの判断はそれまで保留にすべきか。



 Q3、元の俺はどうなった?


 不明だ。意識だけがこちらにあり、体は元の世界にあるケースも考えられる。アップデートプログラムの説明に書いてあった”転移”というのが真実ならば、元の世界に体は無いのだろうか。確かめるにも実際にログアウトするしかない。



 Q4、俺は果たして帰りたいのか?


 元の世界に帰らなければならない理由は、ある。

 

 まだ入社して数年とはいえ、俺がいなくなれば手がけていた案件が止まるし、多くの人に迷惑もかかる。それに一人暮らしとはいえ家賃や光熱費も掛かっている。放っておくのはまずいかもしれない。

 

 だが。あちらに俺の体は無く、これが完全なる転移だとしたら……


 それなら割り切ってこの世界を楽しんでしまおうか。どうしようもないときはどうしようもないのだから。幸か不幸か俺には家族がいないし、俺がいなくなって悲しむ人もいない。帰ることができたならその時に考えればいい。




 色々な考えや疑問が湧いてくるが確かなことは何も分からない。密かな興奮と混乱に身を包まれ、周りの生徒らに質問攻めを仕掛けたい衝動に駆られる。だが今は冷静になるべきだ。落ち着け、俺。


 入学式の壇上で複数の教職員が、要約すると「頑張ってね」という長い挨拶をし終え、やっと入学式が終わるようだ。


「――以上をもちまして、冒険者高等学校入学式を終了します。この後は各クラスにてホームルームを行います。Aクラスから退席してください」


 Aクラス。


 「ダンエク」のストーリーでは後に生徒会長になるものや、有名冒険者や有名商社の子弟など、錚々たる実力者が多数在籍していた。続いて退席していくBクラスやCクラスでも主人公のライバルやイベントでキーとなるキャラも垣間見える。


 メインストーリーの登場人物を思い出しながら生徒達の顔を見ていると。


「では、最後にEクラスの皆さん、どうぞ」


 周囲が一斉に立ち上がり出口へ向けて移動を開始する。これから俺が在籍するクラスはどうやらEクラスのようだ。ゲームでも「主人公」でプレイしたり、カスタムキャラを作るときはEクラスからのスタートとなる。俺は「おまかせキャラ」を選んだのだが、カスタムキャラ扱いなのだろうか。


 講堂から外へ出た生徒達は探り探りで周りを見たり緊張した空気を醸し出しながら教室まで無言で歩いている。窓から見える景色は圧巻だ。巨大な訓練施設やら大型テナントの売店、工房それぞれに結構な金が掛かっているのが一目で分かる。


(こんな凄い学校で学べる生徒は幸せだろうな)


 俺が元の世界で通っていた高校は何の変哲もない古びた学校だったので、施設の差が歴然。この国立冒険者学校は、資源確保などの商業的、政治的な理由から国を挙げて運営され、国庫から莫大な金が投入されている、という設定を思い出す。




 二度目の高校生活を送るかもしれないことに対して回顧の念と複雑な感情を抱きつつ階段を上り「1-E」と書いてある教室へ到着。


(はぁはぁ……おかしい。妙に息が上がるぞ……はぁ)


 階段を上ることがとにかくきつい。そういえば妙に腹が出てるな。手足もふっくら、というより膨らんではち切れそうだ。もしかして俺、デブキャラ?


 どんなキャラにされたのか気になったのでトイレに行って鏡の前に立つと――

 

 

 豚と見紛うような男が映っていた!

 

 

 これでもかというほど脂肪がついた顔に肥えた体。ジャンボサイズの学生服。そしてこの顔は……ヒロインの一人に纏わりついて悪事を働く悪役かつセクハラキャラ。

 

 通称――

 


じゃねーかっ!!!」






(※1)DLC

 ダウンロードコンテンツ。メーカーがインターネットを通じて配信し、ユーザーがダウンロードして利用できるコンテンツの略称。ダンエクでは無料で定期的に受けることができる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る