第308話 歪み
声に合わせて、アオイさんの隣に座るロタエさんが資料を取り出す。
一つにまとめられた何枚かの資料を渡され、受け取ってはすぐに目を通す。
「そこに書いてある通り、そして依然話した通り、ベローズ所長は代々研究員。でも城に仕える、つまり城に出入りするようになったのは十年ほど前から」
それまで、ベローズさんは個人で研究を続けてきたのだろう。
スグサさんの様に、一人、ひっそりと。
私が今回調べてもらったのは、ベローズさんについて。
どんな人かを知りたいと思った。
連絡を取る上で何気なしに呟いたのを、アオイさんが拾ってくれた。
「初めは治癒魔法を研究していたようだよ」
「治癒……」
確かに書いてある。
病気や怪我を治せる研究を行っていた、と。
これはベローズさんの字だろうか。
『研究報告書』と書いてあるから、おそらくは。
「初めは小さなこと。事故で怪我をした人を見かけた。もう同じように働けなくて、人生に悩んでいた。そんな人を助けたいと思ったんだ」
「真っ当な意見を持ってたとは、意外だな」
「シオンは特にそう思うでしょうね。研究に没頭している様子を主に見ていたでしょうし」
「ついでに嫌味も言われながらな。「シオン様のおかげで、国王陛下が私の研究をお認めになられました。感謝いたします」とか」
「残念ながら本心から言っているだろうね。そして、『治癒魔法』が『転生魔法』になった理由は簡単。『治せない』からだ」
『治す』と言うのは簡単だが、実際は難しい。
『治す前』を知らないと『治せない』から。
この世界では医術は発展していない。
死体は水に流すか、土に埋めるか、火で弔うか。
死体を暴くという習慣はないし、慣例もない。
知ることができない。
スグサさんは自分をコピーするという強引な手を使ったけど、それは例外。
ベローズさんには『治癒魔法』を編み出すことはできなかった。
ならば、と考えたのだろう。
「『治癒魔法がないのなら、生き還ればいい』」
黙読のつもりが、音読になった。
人を救いたいという願いが歪んでしまった瞬間を表していたから。
実際に、スグサさんがベローズさんに問いただした時も言っていた。
体を知ることができないなら、そのまま使えばいい。と。
『転移魔法』があるのだから、何かを移動させることはできるだろう。
『死ぬ』ことで『生きている』状態と違う何かを見つけ、それを戻せばいいのではないか、と。
だが、それを見つけるには今までと違う研究になる。
研究を続けるにはお金がかかる。
材料も資材も場所にもお金が必要だ。
スグサさんのような強い力があればギルドで高ランク任務を受けて稼げるだろうが、全員がそうではないのは言わずもがな。
例にも漏れず、ベローズさんにはそれが難しかったのだろう。
そして思いついた。
『協力者が必要だ』
けれどスグサさんには一蹴される。
はてさて困ったベローズさん。
『この魔法は発明されれば人類は変わる。究極の魔法だ』
頭を抱えている時に、思いついた。いや、おもいだした。
魔法至上主義である、ユーカントリリー教。
魔法に関わることなら協力してくれるかもしれない。
打診した。
受け入れられた。
人手が増えた。
しかし金がない。
しかし、
『王妃様が亡くなられた』
悩んでいる時の王妃の訃報。
ベローズさんは国王陛下にお目通り願った。
正直、シオンが産まれて王妃様が亡くなったのは、ベローズさんからしたら天の助けだったのだろう。
「「私は『転生魔法』を研究しています。王妃様を生き還らせましょう」。前国王陛下からしても救いの言葉だったんだろうね。お二人は仲がいいことで有名だったから。深い悲しみに暮れた人間には、倫理なんて二の次になってしまった」
仲がいい頃を思い出しているのか、アオイさんは少し悲しげに笑う。
けれど、コウは神妙に、シオンはぶっきらぼうに目を流す。
一度目を閉じたアオイさんは、もう一度開くと顔を引き締めた。
「それがきっかけで、ベローズ所長は国からの援助を受けて研究するようになったんだって」
紙を捲る。
研究員の名前だ。
知っている名前は数人。
知らない名前が大多数。
こんなにも研究に参加していたのかと、名前だけが連なった紙をただ捲る。
「同じような境遇の人を集めて協力していたんだって。マリーが関わってからは、洗脳したうえで実施していたらしい」
「マリー・ウ・リーダーが……」
ヒイラギ先生が、はっとして手で口を覆う。
思わず出てしまったのだろう。
まさか自身の教え子が主犯に近いものだとは。
それも二人目もいたとは。
驚いても不思議ではない。
「あの子の洗脳は強い。音は意識を持っていく。勧誘が成功しても、次第に研究に疑問を持つ者もいただろうから、そういう人やそうじゃない人も含めて洗脳して、研究を漏らさないようにしていたんだろうね。計画的に、秘密裏に。一般人も巻き込んで。今思えば、マリー自身も洗脳にかかっていたかもしれないね」
『転生魔法』の研究に、疑問を持ってはいけない。
そんな洗脳がかかっていても不思議ではない。
確かめる術は、ないけれど……。
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