第307話 後日談
お城の門が開門される。
シオンが来るとわかっていたのだろう、門番は私たちの歩く速さと門が開き切るタイミング合わせていた。
「そう言えば、国王なのにお供を一人も付けないで平気だったんですか?」
「お前がいるからな」
「私?」
「『ロッド』の名を継いだお前がいるんだから、他なんていらねーだろ」
「む、む……」
「何その反応」
なんか照れる。
照れた顔を隠したくて、両手で頭のフードを引っ張った。
スグサさんが旅立った次の日、私は早々にそのことをコウ、そしてシオンに伝えた。
家名は住民票のようなものに登録され、学校にも知らされ、『ロッド』という偉大な名前は人の噂となってこの世界に広まった。
それは少し覚悟の上ではあった。
なんせ、歴史に名を遺す人だったのだから。
けれどそれがどんな人物かと探る人が多く、結局フードを被る生活は変わらない。
「フード被ってると落ち着きます」
「顔が隠れるわけではないから、怪しさは控えめだな。城ではもう知られてるし」
「ありがたいことです」
久しぶりのお城の中は特に真新しい様子もない。
話しながら向かった先は、シオンの部屋。
当然のことだが問答無用で入ると、机の上には大量の書類が……。
「くっ……」
悔しそうな声を上げ、一直線に机に向かう。
強い敵を倒した後に裏ボスが出てきたような気分だろうか。
回復なしで連荘バトル。
「紅茶でも入れましょうか?」
「くれ……」
学業と仕事の兼業は並大抵の努力じゃないだろう。
労わる気持ちを最大限に振り絞り、紅茶を丁寧に入れた。
シオンの部屋で静かに過ごすこと数十分。
コンコン、コン。
耳慣れたリズムが、紙とペンの擦れる音を止めた。
「どーぞ」
「失礼しまーす。アオイですよー」
「……なんかムカつくから帰っていいぞ」
「あはは! ひどいなぁ」
「失礼します」
「こいつの管理が甘いぞ、嫁」
「この人の管理ができるといつから思われていたのでしょうか」
「……無理を言ってすまん」
「いえ」
「失礼いたします」
「……ます」
「あれ、先生がた?」
「こんにちは、ヒスイさん」
「なんで俺が来てるんだろうな?」
「ヒイラギ先生もいるんですから……まあ、十中八九」
戦いの後のことを聞いてもらう、と言うことだろう。
もちろんそのつもりで来たが、まさかこんなにも人が来るとは。
あの戦いに参加した大人たちが勢ぞろい。
「アオイさん、ロタエさん、お久しぶりです」
「久しぶり、ヒスイちゃん」
「お久しぶりです。お元気そうですね」
「はい。変わりなく。……おめでとうございます、でいいんですか?」
聞くと、二人は対照的だった。
満面の笑みと、真顔。
まさか嫌そうな顔をするとは思ってなかったけど、まさか真顔とは……。
……反応に困る。
それに気づいたアオイさんが、ロタエさんを覗き込む。
「ロータエっ。照れすぎだよ?」
「っ」
え、照れてるんだ。
と思ったのは部屋の全員だろう。
まさかとは思ったが、言われた瞬間のロタエさんの様子を見ると一目瞭然だった。
顔や耳や首が赤いし。
指を組んでわきわきと落ち着かないし。
視線は横にずれるし。
なにより、言い返さないし。
えぇー……ギャップ。
「照れると強張っちゃうんだよねー」
るんるんと楽しそうに。
アオイさんって、結構人のことを見ているのかなとか。
それともロタエさんのことに限り見ていたのかな、とか。
ちょっとわくわくしてきた。
もっと聞きたい、そう思った時。
コンコン、コン。
今度は窓が叩かれる。
カーテンが引かれ、誰かが浮いているのがわかる。
誰だろう。
誰もが思って、身構えた中で、一人だけ、迷いなく窓に近寄っていく。
「来れてよかったです、兄上」
宙に浮いたコウの姿が暴かれる。
片目に眼帯をして、片手を小さく上げる。
私も驚いた。
来るとは思ってなかった。
口ぶりから、シオンが連絡を取っていたのだろう。
ここまで魔法を使った……?
「コウ」
入ってきたコウに駆け足で寄る。
何の気もない顔をする。
急くようにして、早口に問いかける。
「魔法、言えたの?」
こくり、と。
変わらぬ笑顔で頷き、私も嬉しくて笑った。
国を超える移動。
魔法を使う精神力。
例え
最初は使えても途中で使えなくなってしまったら。
私の不安を見透かしたように、コウは紙に文字を書いた。
「『魔法名は一人の時には言えていた。人前だと声がほぼ出ない』。え、知らなかった……」
「ヒスイが思ってるより回復してるってことか?」
「そうかも……です」
言葉の通りの嬉しい誤算。
『意味のある言葉』が話せるようになってきているということだろう。
心の中で、「よかった」と呟いた。
実際に声に出して言えるのは、まだ先のこと。
―――――……
「そっか。そういう最期だったんだね」
皆が集まったところで、私はスグサさんの最期について話した。
そして、スグサさんの家で眠っていたマリーさんも、眠りについたこと。
イオラさんのお墓を建てたこと。
レルギオではシクさんとウーとロロが、混ぜられた人たちのサポートをしていること。
戦いの影響は引き摺る人もいれば引き摺らない人もいる。
それは当然のこと。
今では覚えている人と覚えていない人がいる。
忘れてもいいのだろうか。
……少なくとも、当事者の私たちは忘れてはいけないと思う。
「僕も調べてきたよ。ベローズ所長のこと」
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