第309話 進め

「生き還ればいいだなんて……」



 クザ先生がつぶやく。

 医術師のクザ先生は、患者にとって一つしかない命だからこそのベストを尽くす。

 治癒魔法があればと思ったことは一度や二度じゃないだろう。

 だからこそ、安易に『生き還る』とか、『他人の人生、または魂を使う』とか、思うところはあると思う。

 たった一言呟いただけだが、とても重い一言だった。

 誰も何も言えない。

 そんな中。

 一人が静かに語りだす。



「俺は、『転生魔法』は有り方が違えばいいものだと思った……です」



 ヒイラギ先生はふざけるでもなく言った。

 それに異を唱える人はいないが、ただ続く言葉を待っていた。



「今回俺が協力した理由は、『転生魔法』が他人の人生を奪うものだったからだ。自分の体と自分の魂。そして魔法を使う上での対価さえ支払えば、それはそれで使い道があったんじゃないかと思う」

「ヒイラギ先生は使いたいのかよ」

「そうだなあ。死ぬ直前にやり残したことを思い出すかも知れないから、お手軽な値段なら契約してたかもしれん。ほら、恥ずかしい思い出の品の焼却とか」

「みみっちい」

「大事なことだろ」



 シオンとヒイラギ先生の、いつもと変わらなそうなやりとりに、いつの間にか緊張していた肩が楽になる。

 少しほぐれた体で、ヒイラギ先生の言葉を噛み砕く。



「一度死んでいる私からすると、すごく理解できました。私も向こうの世界に少しでも戻れるなら、親や友達や職場の人たちに一言言いたいですし、黒歴史をなんとかしたい」

「だろ? 美化してるかも知れないが、救いたい気持ちは本当だったんじゃないか? オリエンテーションでも言ったように、『自分を守る』っていうのは大事なことだ。でも、もちろん叶わないこともある。俺は正直、ライラたちが合流しなきゃ死を覚悟してたと思う。そして、死んでも……最期の言葉を伝えて、伝えられるなら……救われる奴もいるんじゃねえかな、と」



 この世界は『死』と隣り合わせだ。

 十代の学生でも魔獣いきものを殺す任務がある。

 私のいた世界でのバイト感覚で、魔獣いきものを殺す。

 必要だから、適性があるから。

 この世界では普通のこと。


 イオラさんが亡くなった時。

 シクさんのおかげで最期の言葉を聞けて、最後の言葉を伝えられた。

 救われたことは事実だ。

 確かに有り様によっては……。



「残念です」



 医術師が言った。

 『治癒魔法』も『転生魔法』も今はない。

 治せないし、戻らない。

 苦しんでいる様子を診ていくしかないのだから。

 魔法ができあがれば、使えれば、救える命は増えただろうに。



「クザ先生」

「はい?」



 言ってないことがあった。



「スグサさんから頼まれました。私の知識を広めてくれ、と」

「ヒスイさんの、知識?」

「私の知識であるリハビリは、病気や怪我に付き合っていきます。前の世界の知識がどれだけ使えるかわかりませんが、少しでも患者さんが前を向けるように」

「ヒスイさん……」



 これは私の決意表明だ。

 この場で言うことに意味がある。

 スグサさんの意思を、ロッドの名をもらった私が、スグサさんのやりたかったことを広める。



「スグサさんやベローズさんのようなすごいことはできませんが、私は私のやり方で、医術師見習いとして、医療を行います」



 私が生きる道。

 できることをやる。

 この世界を知って、この世界の人たちを知って、生きていく。

 死ぬのを待つしかなかった人たちに、彩りを。


 気付けば、私は笑っていた。

 口角が上がっている。

 少し頬が固く感じるが、それは気のせいということにしよう。


 クザ先生が微笑む。

 隣のヒイラギ先生が息を吐く。

 アオイさんとロタエさんが見合って。

 シオンは背もたれに寄りかかる。

 コウは、同じように笑っていた。



「『医術師見習い』って、なんか締まらねーな」

「いいんです。私は診断はしませんから」

「新しい役職でも作るか?」

「え、あ、いや。いいですいいです」

「なんだよ遠慮すんな。なんか考えとけ」

「丸投げ」

「いやか。なら俺が考えようか」

「シオンは……適当につけそうだからいやです」

「適当につけるつもりだったわ」

「ですよねー。んあー、じゃあ、これで」




 『療法士セラピスト




 紙に書いた。

 まんま元の世界の職業だ。

 当然だが一番しっくりくる。


 声に出して読んだシオンはそれ以上何も言わず、書類の一番上に置いた。

 扱い適当……。



「あーあ。スグサ様にも結婚式来て欲しかったなあ」



 背伸びをしながら、室内にしては大きい声でアオイさんが言う。

 重苦しい空気を吹き飛ばすように。



「スグサさんは……誘われてもいかなそう」

「そうかな?」

「はい。来ても周りに認識されないように見てそう。あとはこっそり悪戯するか」

「悪戯は……うん、されそう。それでもいいけどね」

「結婚式挙げるんですか?」

「お互いの両親と、経緯を知っている人たちだけ呼んでね。カミルも来てくれるんですよね?」

「ええ。夫婦で参加させてもらいます」

「ありがとうございます。てことではい、ヒスイちゃんへの招待状。コウ殿下にも」

「わあ、ありがとうございます」



 細かい装飾がされた封筒を受け取る。

 本来の目的はこれなんだよ? と謎の念押しをされた。

 隣の人も目元が柔らかくて、あ、内心は嬉しいんだな、と思えた。

 話を聞いた感じ、好き同士だったからというわけだはないそうだけど。

 印象的な言葉が「夫婦は対等だから」というものだった。

 この二人は、役職はともかくとして、元々対等に思っていたけれど。

 二人は二人で思うところがあったのかもしれない。

 その結果が、結婚等という道。


 肩を叩かれた。

 振り向くと、封筒を顔の近くにあげ、耳を指差すコウがいて。

 何をするのかと思いきや、耳打ちしてくる。



「一緒に行こう」



 至近距離で囁かれた、久々のコウの話し声。

 思わず体中が熱を持った。






 ―――――…… Fin.

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