第296話 現実は残酷だ

 窓を閉め、話す内容が内容なので結界魔法を張る。



   光属性魔法 ≪嵐の渦中に花の囁き≫



 いかなる騒音も外部に漏れることはない。

 今は国中が慌ただしいから、いつだれがどのような行動をするのか予想がつかない。

 一つ。空を飛んでいる時に見た、黒焦げの塔。

 何があったのかはなんとなく察した。

 私様の魔力を感じたから予想は当たっているだろう。

 そしてそれを行使したのは王子サマだ。

 そこは塔が崩れかかっていて、調査がなかなか進まない様子だった。

 お節介かもしれないが、少し魔法で補強してやった。



「起きそうか?」

「いえ……疲れてるんでしょうけど……」



 王子サマも健闘したからな。

 城中から王子サマの魔力の残痕を感じる。

 父が兄を殺し。

 兄と思ったら父親で。

 父親は母親を生き還らせ。

 自分と弟のことからはそっぽを向かれ。

 王子サマとしてではなく、ただ一人の子どもとしても辛いものだったろう。

 『王子』という役職がなければ、そればかりで潰されていたかもしれない。

 幸ではない。

 だが、不幸とも言い切れない。



「……っ」

「あ、起きた」



 ぐしゃりと顔を歪ませ、うっすらと目が開く。

 寝起きらしい締まりのない顔が、ぼーっと周囲を見渡す。

 近くにいる弟子の顔を見て。

 そのすぐ後ろに立つ私様を見て。

 ……苦い顔をされた。なぜだ。



「コウ殿下?」

「……」

「……ん?」



 口をパクパクと動かす。

 片目をこする。

 なんだ。どうした。



「殿下……」

「……っ」

「喋れ、ます?」



 その質問は、まさか、そういうことか?

 ヒスイの肩をひき、王子サマを視る。



「……魔力は感じない。魔法をかけられたわけではない」

「コウ殿下。私の声は聞こえますか?」



 うん、と頷く。

 目が覚めてきたのか、冷や汗が垂れている。

 本人も身に覚えがないのだろう。

 弟子が来るまでは話せていたんだ。

 弟子がいなくなった間に何かされた?

 いや、それなら魔力の残痕があるはずだ。



「私がいなくなってから誰かに会いましたか?」



 弟子の質問に対して首を振る。



「体のどこかに痛み、痺れ、違和感は?」



 喉。そして左目をさす。

 喉は声が出なくなったことか。

 左目は、まさか見えていないのか。



「失礼します」



 弟子が王子サマの右目を隠す。

 すると、王子サマの左の眼球は私様たちを見ていない。

 右目を露にして、はっとしたようにヒスイのことを見た。



「喉触ります」



 男にしては少し細めの喉に指を押し当てる。

 これは弟子の知識による検査の方法かと勝手に思う。

 冷静に情報を集めていく姿。

 私様が生きている時に知りたかったな。



「「んー」と、「あー」と言ってみてください」



 王子サマは口を閉じる。

 ただ口を閉じているだけのように見える。

 そして口を開く。

 それも、ただ口を開いているだけのように見える。


 数秒の後、弟子は手を下ろしかけて、再度触る。



「……もう一つ。唾液を飲み込んでください」



 ごくっ、と音がした。

 私様でもわかる。

 それはできる。


 弟子がゆっくりと手を下ろし、目を閉じて頭を下ろす。

 落ち込んでいるというより、何かを考えている。

 自分の中に得られた情報を整理するためだろう。

 入ってくる情報を制限し、内部で考えをまとめる。

 頭が上がった時、結論が出される。



「……えっとですね」



 上がった。



「喉の筋肉の動きはあります。飲み込みは出来ている。けれど、声を出す『声帯』の動きがありません」

「つまり?」

「声を出すことができない。食事は可能。ということです」

「原因は?」

「私にはなんとも……魔力は感じなかったんですよね?」

「ああ」

「でしたら……外傷もないですし……私が離れるまでは話せていて今は話せない。急に現れた症状。考えられるのは……精神的なもの」

「ほう。あれか。心の怪我、か」

「コウ殿下の現状を考えればありえるかと」

「そうだな」



 一言で言えば『家族を殺した』。

 不本意とはいえ、状況だけ見ればそう言えるし、本人もそう思うだろう。

 そう思ったからこそ今の状況なのだと考えられる。

 見た目に差異はない。

 周りがフォローすればどのような状況だということは伝わらない。

 伝わらないからなんだという話だが。

 見た目以上のダメージを追っているというのは確かだ。



「コウ殿下の症状は一先ず様子を見るしかないと思います」

「期間は」

「それはわかりません。コウ殿下次第です。これもリハビリが介入する案件です」

「お。じゃあお前の専門」

「そうなります」



 弟子は意を決した顔で王子サマを見る。

 王子サマも、右目が開いていれば把握は可能だし、耳には異常がない。

 私様たちの会話を聞いていて、自分の状況を少し理解したのだろう。

 強張った顔で上塗りされ、隠れてたそうにしている不安の色の瞳。

 弟子はその瞳を見つめる。



「コウ殿下」



 声が出ないが、口が動く。

 「なんだ」、と。



「焦る必要はないし、責任を自分で重くする必要もありません。貴方は王族ですが、貴方以外にも王族はいます。頼っていいんです。背負い込みすぎなくていいんです。……頑張り過ぎです。今度は、私が支えますから」



 見開かれた目に光が反射した。

 何を想ったのかは本人のみぞ知る。






―――――……

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