第295話 外見とナカミ

 ―――――……






「お」

「なぜ外に?」

「ちょっと野暮用」



 気配は察していたが、弟子が空から来た。

 焦っている様子ではない。

 緊急事態というわけではなさそうだ。

 少し離れた位置に降りて、寄ってくる。



「お前も野暮用か?」

「野暮用……うーん、そうですね」

「歩きながら聞こう。シク、任せていいか?」

「はぁい」



 私様のここでの仕事は終わった。

 あとはシクに、魂の行く道を確認してもらうだけ。

 本来の死者ならばここまでする必要はないが、一応、な。

 混ぜられた魂。

 何か異常がないか確認しておいてもらおうということ。


 城の地下に移動している間、弟子から話を聞いた。

 ホローテの成分を吸収した王妃サマねぇ。

 研究に当たって国が協力していたのはそういうことだったわけか。

 国、というか国王としても、故人が生き還ることは望んでいたわけだ。

 愛する妻が帰ってくると言うなら協力したくもなるだろう。

 協力するか否かを決めるのは愛の大きさではない。


 絶望の大きさだ。



「封印だな」



 出した結論はそれ以外になかった。

 変に「眠っているだけ」と説明したところでいずれは限界が来る。

 殺そうにも殺せない。

 目が覚めた時に誰がどう対応するのかも決められない。

 何年、何十年、何百年と生きるかもしれないから。

 取説的な言い伝えでも残しておいた方が良いんじゃないか。



「方法はありますか?」

「ある。これ」

「これは?」

「ベローズが持ってた巨大な魔石。これに魔力を込めて、魔法を発動する」

「どんな魔法ですか?」

「≪冷却≫と≪眠り≫。ウーとロロと似たような奴だな」



 ウーとロロもある意味は封印だったわけだが、まあそれの別種だ。

 私様も弟子も、ため込んでいたはずの髪の毛を大きく失ってしまった。

 それでも常人よりかは多くの魔力を持っているが、半永久的となると心許ない。

 だから回収した魔法石コイツを使わせてもらう。

 一般的な魔法石が指でつまめる大きさに対し、両の掌に乗せてもはみ出る大きさ。

 ぎゅうぎゅうに魔力を詰め込んでやろう。

 ……何日かかるかな。



「コールドスリープみたいですね」

「こ? なんだそれ」

「私の世界にも、治せない病気というのはありました。そういう人は『治療方法が確立されてますように』って未来に託して眠るんです」

「ほー。そっちにも『治せない』なんてことがあったのか」

「もちろん。沢山ありましたよ。難病とか特定疾患とか言われるんですけど、対処療法しかないんです。症状はわかってもなぜその病気になるのかもわからないこともありますし」

「どうするんだそれ」

「薬やリハビリで対応していくしかないです。出た症状、予想される症状に対して対応していくんです」

「リハビリね。お前の仕事か」

「はい。なので、死にたい人もいましたよ。「こんなに苦労するならいっそのこと死にたい」、って」

「あー」



 扉の前。ふと足を止める。

 この先にはまさに「苦労するぐらいなら」と言う奴らがいる。

 大半はもう旅だったが、もしかしたら気が変わった奴もいるかもしれない。

 だが、私様は「今だけだ」と言った。

 だから変わった気に寄り添うつもりはない。

 ……けど、まあ。

 そのまま投げ捨てるつもりもないが。

 コイツが適任か?



「あのさ」

「はい?」

「一つ仕事を頼みたいんだが」

「仕事?」

「中の奴らのこと」

「中の……」



 重厚な扉が、弟子の瞳に映る。

 どこまで伝わったか。

 中に何かがいることはわかっただろう。



「やってみましょう」



 返答は想像よりも早かった。

 見もせずに。



「どんな奴らがいるか見てないのに決めていいのか?」

「見た後でも答えは変えませんよ」

「情報少ないだろ」

「少ないですけど、スグサさんの頼みですし。それに」



 扉から、私様へ視線を移す。

 まるで私様ではない顔になった弟子・ヒスイは、笑うでもなく睨むでもなく、深いことを何も考えていない顔で言った。



「本人にやる気があって取り戻リハビリしたいなら、受けます」



 ……ふむ。関心関心。

 身分や見た目に惑わされない。

 もちろんそれが普通で当たり前ではあるのだが、さっきまで人らしからぬ奴らを見ていたんだ。

 少しばかり警戒してもおかしくはない。



「お前っていい奴なんだなー」

「そ……う、ですかね?」

「たぶん」

「あ、うん、アリガトウゴザイマス」



 なんだよ。



「開けるぞ」

「はい」



 三度目に効いた音にはもう慣れてきた。

 中の奴らも奥に引っ込むことなく佇んでいて、しかしどこか不安そうな顔をしている。

 ちらっと弟子を見れば、こちらも特に変わった様子はない。

 イオラよりも異質で、でもベローズが引きつれていた奴らよりかは人間らしさの残る。

 それを見て驚いたりすることはないとは思っていたが、ここまで無反応とは。



「怖がったりしたら、私は私のことを殺していたかもしれません」



 ……ああ。

 なるほど。


 呟いた言葉の意味を理解するのに、少しの時間を要した。

 見た目がどんなに変わっても、中身はただの人間。

 見た目が健康でも中身は病んでいるかもしれない。

 見た目だけではすべてを判断しきれない。


 それは、弟子ヒスイの存在自体をさしているんだろう。






 ―――――……






「戻りまし……た?」



 弟子の話を聞いて、シクと寝こけたままのウーを連れて、フローレンタムに戻ってきた。

 城の窓から入ったそこは、事前に聞いた話によると王妃の部屋らしい。


 ベッドに眠る女性が生き還った王妃。

 その横に……王子サマが突っ伏して寝てる。

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