第294話 白い監禁小屋

「よし」



 何百のファイルを眺め終えた。

 勘違いされがちだが、私様は『記憶』だ。

 『人間』ではないので一度見れば大体は覚えられる。

 なので読み込む必要はそこまでない。

 一言ずつをしっかり目で追えばそれで頭の中に記憶される。

 なので字を追いながら思い出して、関連づけて考えればいい。


 浮いたまま足を組んで、何もない天井を見上げる。



 問。

 混ぜられた人間は、ただの人間に戻すことができるのか。

 解。

 おそらくは不可能。


 理由、その一。

 体は成長するものである。

 成長というのは体の構造が変わること。

 『変わる』というのは厄介で、別々のものが混ざり合う可能性がある。

 私様の知識にないものが他の何かと混ざった場合、私様では対処しきれない。

 弟子ならばもう少し知識はあるかも知れないが、定かではない。

 かつ、弟子は魔獣の知識は私様よりもないだろう。

 二人合わせるか?

 複雑すぎる。

 一朝一夕ではできないし、それでも完全ではない可能性がある。

 確実ではないことをやる。

 言うのは簡単。

 一度死ぬような目にあった奴らが、また死にに行くようなもの。

 そう言うやつ、あいつの他にもいるのかな。


 理由、その二。

 研究には魂の存在も関わっている。

 魂すらも混ざり合っていたら、今の私様ではお手上げだ。

 シクも……一つ一つは扱えるとしても、混ざってるものを分けるのは難しいだろうか。



「シクー」



 どこにいるのか知らないが、適当に読んでみる。

 危険が何もないのに、あいつが私様の近くを離れるなんてことはない。

 それをわかって適当に言ってみた。

 ほら来た。



「なによ」



 バラファイが人型になる。

 横目で見て、すぐ天井に戻した。

 浮いている私様を見上げる目は上目遣いなんて可愛いものじゃない

 普通に睨んでた。

 ちょっと怒ってる?

 いや、機嫌が悪いのか。

 気づかないふりしよ。



「あんさー」

「こっち見て話したら?」

「……あんさ、二つ以上の魂が混ぜられたとして、分離できる?」

「無理」



 即答だった。

 やっぱダメか。



「液体を混ぜて完全に分けろって言ってるようなものよ。混ぜる前の質量と濃度。手探りで」

「あーーー……」



 無理だな。

 私様なら魔法でなんとかなりそうだが、シクはそこまではできない。

 水属性持ってないし。



「一人だし、そもそもしかできないし」

「だな。私様が魂を見れればなぁ」

「下の奴らのことでしょ?」

「知ってたのか」

「まあね」

「実際どうだ? 混ざってる?」

「多少なりともね。死んだ魔獣を生きた人間に混ぜるだけでも魂は変質するのよ。魂は結構繊細なの」

「そうか。なら、やっぱ難しいな」



 結論が出た。

 あとはどう話すか。


 床に降りる。

 不機嫌そうな顔のシクは何も言わない。

 わかってる気もするし、わかってない気もする。


 資料は全て《虚無》に収納した。

 あとでもう一度確認して、この建物ないの資料は残さず回収する。

 その前に。

 床で寝こけてるウーを抱え、地下に逆戻り。

 結論は出ただろうか。

 出てなければもう少し時間を置くつもりだが。

 扉が床をする音を立てる。



「コンコンコン」



 果たして意味はあるかは問わないでもらいたい。

 忘れてたんだから仕方がない。


 突然音を立てたことに驚いたのか、中の奴らは奥に固まっていた。

 男、と思われる奴らは臨戦態勢。

 いい判断だ。

 何が起こるかわからないからな。

 得体の知れないやつ、私様が来たりとか。



「決まったか?」



 こいつらが私様をどう思っていても関係ない。

 私様はやりたいようにするだけだ。

 今は『こいつらの望みに沿ってやろう』という気分。



「あ、アノ!」

「ん?」

「私……もウ、無理……!」



 女、らしき相貌が、群衆よりも近づいてきた。

 今にも泣きそうな声で、いや、泣きながら訴えてくる。

 こんな自分は嫌だ。

 このまま生きるのは嫌だ。

 辛い。きつい。苦しい。

 悲痛を訴えてくる。


 それを止める奴らは一人もいなかった。



「わかった」



 その一言で、女は声を閉ざした。



「他には? 同じような奴」



 ここに近づいてくる奴がいる。

 そいつが来る前に片付けたくて、少し気が急いている。


 声かけに応じる奴。

 一人、二人、五人、十六人……相当の数に登ったが、半分ほどかどうだろうかと言うところ。

 私様が聞くのはこれで最後だ、と念押しして、最終決定した。



「せっかくだ。外でも行くか。シクも」

「ええ」

「他の奴らは待っててくれ。必ず戻る」



 ぱちん、と指を鳴らす。

 二つある道の一方を選んだ奴らを連れ、レルギオ国内の外に出た。

 最初に脱出した時も思ったが、周辺環境はとてもいい。

 草原と青空が広がる。

 開放的。

 弱い風も吹いている。



「ああ……外だ……」



 誰かが言った。

 その瞬間。

 泣いて、笑って。泣いて。泣いて。泣いて。

 表情はさまざまに、皆泣いていた。


 どれだけの時間、この城に閉じ込められていたのだろうか。

 出たくても出れない、建物そのものが監禁小屋。

 たとえ出れてもどれだけ生きられるのか。

 生きられても迫害されるかも知れない風貌。

 どう生きていけばいいのかわからない。

 囚われるまでの暮らしはできないとわかっていたのだろう。

 だから、いかに力があるもの同士がいても、その場に留まっていた。

 外の世界で生きるのは『絶望』だった。



「またこれて、よかった」



 しばしの解放と喜びを味合わせるだけの時間は、なくは……ない、かな。

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