閉眼
第292話 混ざった人間
―――――……
「シクはおそらく私様の家に行ったと思う。そこにいなきゃ一度戻ってきてくれ」
「はい。行ってきます」
「おう」
もう立派に魔法を使いこなして、弟子は空を駆けて行った。
なんとなく、これが親離れか、と思う。
親になったことないけど。
寂しいよりも誇らしい気持ちが強い。
答え合わせはいらない。
「さて」
私様は私様の仕事を。
戦いで損傷したこの広場に生物の気配はない。
なぜなら、私様が全てを『無』にしたから。
在るべき場所へ還した。
いきたい場所へ逝かせた。
葬った。
言い方はたくさんあるが、つまるところ、「殺した」。
命を奪うのは一人でいい。
私様だけでいい。
元より、もう一人にはさせないつもりだった。
アイツは生死の境を生きる人間じゃない。
死を扱う人間じゃない。
生き方を語らう人間だ。
「≪星々は夜の
目を閉じて、瞼の裏の星を探る。
上の階には星はない。
しかし地下……今も地下のはずだが、さらに下があるようだ。
地下に無数の光。
一等星の様に強い光。
六等星の様に弱い光。
流星のように絶えず動いている光。
惑星の様によく見ないとわからない程に動きがない光。
さて、あれはなんだろうな。
「うーん」
考えること、一秒未満。
行くしかない。
行かないことにはわからない。
直接行ったら危険かもしれないが、幸いなことにここには私様一人だ。
特大の魔法をポンポン使っても問題ない。
心を小躍りさせながら、光のある方へ向かう。
いかにも『ここです』と言っているかのような両開き扉がある。
いや、それしかない。
中で蠢く無数の光。
私様にも気付いたのか、扉付近に光は寄ってこない。
奥に引きこもってしまった。
警戒。いや、恐怖。怯えだ。
コンコン、コン
礼儀は大事だ。
扉をノックしてから、片方の扉を開ける。
「びぃぃぃぃぎゃああああああああ!!!!!!」
「はいストップ」
耳障りな声をあげながら飛んできたのは、鋭い刃。
……と、思われた、鎌。
腕に風を纏わせて受け止めた。
ついでに鎌を風で包んで逃がさない。
「なんだぁ?」
「クル! ナ! クルナ!!」
「んあぁーーー、お前ら、混ぜられた奴らか」
聞き覚えのある聞き取りにくい発語。
見た目は人間の肌が虫の羽の様に透明で、内側の見えてはいけないものが見えている。
それだけではない。
腕も虫の様に鎌に変形している。
大まかなシルエットのみが人間。
明らかに、実験によって混ぜられた奴だ。
そいつ以外を見れば、奥にはもっと……十や百で足りるだろうか。
絶対足りない。
もっといそう。
「なあ、お前ら、死にたい?」
「!?」
体を強張らせ、一瞬にして身を引いた。
腕は犠牲にしたようで、風に纏われた腕は頼りなくぶら下がっている。
痛くないんかな。
と思ってみたら、もうすでに再生している。
なるほど。
一応治癒系の研究も進めていたのか。
表情というものはあるようだ。
そして、明らかに意思疎通が取れる。
それは好都合。
上の広間にいた……もうすでに葬った奴らは意思の疎通は取れそうになかった。
だからこそベローズたちによって強制され、シクによって意思を伝達してもらった。
こいつらは幸か不幸か、人間の部分も色濃く残ったようだ。
「すまんな。唐突過ぎた」
よっこらせ、とその場に座り込む。
私様の一挙手一投足に警戒の色を見せ、ざわざわと喚く。
人間らしからぬ音がする。
それでもこいつらは主張するだろう。
「自分たちは人間だ」と。
それこそ
いかに姿形が変わろうと、残った意識と記憶が『他』であることを認めない。
認めてしまえば今この場にはいないだろう。
私様が葬った中にいるはずだ。
「今まさに起こったことを説明しよう。振動とかはここにも伝わっていたんじゃないか? そのことだ」
再び騒めく。
私様が何を言おうと騒めくだろう。
もういいや、気にせず進めよう。
「お前らを今の姿にした奴らは死んだ」
今日一の騒めき。
それは決して喜びではなく、悲しみや不安。
これからどうなってしまうのか、と。
自分たちは生きるしかないのか、と。
もう元には戻れないのか、と。
「残念ながら、現状私様にはお前らをどうこうできる力はない」
今日初の静寂。
見るからに意気消沈。
受け入れるしかないのかという悲嘆。
「私様から問う。この後席を外している間に考えてほしい」
数名が私様を見る。
光の宿らない、絶望に満ちた目で。
臆するな、私様。
夢だけ見ていられるような甘ったれではないだろう。
「生きたいか、死にたいか。どちらかを選ばせてやる。全員揃えなくていい。死にたければ苦しまずに。生きたければ苦しくとも、その手段を提供してやる」
二度目の静寂。
あ然とでもいうか。
死んでいたような目が見開かれ、光が宿る。
はてさてそれはどちらの光か。
よっこらせ、と立ち上がる。
「私様は席を外す。しっかり考えてくれ」
また来る、と言い残し、部屋を出た。
扉は閉めた。
まとまっていてくれないと困るから。
さあ、内部を探るかね。
情報が残っていればいいが。
残っていて、戻す手段があれば選択肢も増えるのだが。
『人間に戻れる』可能性がどれほどあるのだろうか。
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