第291話 不老不死

「母上は、ホローテの成分を飲んだらしい」

「ホローテ、ですか」



 長期休みに、ライラさんたちと訪れた施設の地下にいた魔獣。

 ウーパールーパーの様な見た目の、体が水でできているような生き物。

 あの時、ベローズさんが自ら調査に来ていた。

 一人がホローテの体の一部を見つけて、持ち帰っていた。

 あのときのだろうか。



「その結果、母は『老化しない体』になったと」

「そうなのですね」

「そして、陛下……兄上は死んでいたようだ」

「……ん? え?」

「いや、死んではいなかったか。「殺さずに魂を抜いた」と言っていた。魂が抜けた兄上の体に父上の魂を入れたと。仮面舞踏会の頃にはもう」



 理解が追い付かなかった。

 少し噛み砕いて復習する。


 第一王子・カト様その人は、もういない。

 なぜか。陛下に魂を抜かれたからだ。

 本人がどう受け止めていても、それは一種の『殺人』と呼べるのではないだろうか。

 この世界の法律を全て理解しているわけではないから、その言葉は私の中で留めるが。

 魂が抜けたカト様の体が用意できたところで、今度は陛下が死ぬ。

 抜けた魂をカト様の体に宿す。

 周囲には、あたかも王位を継いだように見せかけて、実は本人が続投していたということ。


 また、カト様は独身だった。

 王族に限らず、貴族は血を繋ぐことも責務とされる。

 無論、伴侶が必要。

 しかし、陛下には心に決めた人がいた。

 その人のためにその人を生き還らせ、自分も新しい人生を得て、世界を巻き込んだ。

 誰でもいいから選ぶ、というのは、心に反したのだろう。

 一途に妻を想っていたのは、間違いない。



「……」



 言葉が出なかった。

 少なくとも陛下としては、ただただ純粋な恋心で、『愛』だったのだろう。

 愛する人が亡くなってしまった。

 それはどんなに辛いことだろう。

 これからともに生きていくはずだった。

 これからのことを楽しみにしていたのに。

 これからもずっと、死ぬまで一緒にいるはずだった。


 唐突な別れは、残された側をその瞬間に置き去りにする。


 他者は進む。

 時計も進む。

 世界も進む。

 無遠慮に。


 一つだけ、確信をもってわかること。



「一緒に、生きたかったんですね」



 大半の人が叶える未来。

 望んでいたものの、叶えられない人もいる。

 私も思ったことだ。

 『なんで私が』。



「いかに強い願いだとしても、やってはいけないこともある」



 コウ殿下が呟く。

 そう。その通り。

 願ったからと言って叶えられるものばかりではない。

 努力したからと言って、必ずしも実るわけではない。



「……そうですね」



 それしか言えなかった。

 言葉とか表現って難しい。



「母上は、この後どうなるのかわかるか?」

「え……」



 少しだけ話の方向性が変わった。

 扉付近からようやく足を進め、横たわるベッドの横まで進む。

 殿下がいる中で、お母さんの手首と口元に手を近づける。



「脈はあるし、呼吸もしてます。生きてはいます。やはり気絶かと」

「うん」

「けれど、ホローテのことがあります。意識のないまま、かつ老いないまま」

「……それは」

「老化しない、つまり不老というのは不死に近いもの。現状は『不老不死』です。どれだけ生きるかわかりません。このまま眠り続けるのか、途中で起きるのか。食事を必要とするのか。永遠に死なないのか。時が来れば死ぬのか。不確定要素もあって、明確には言えません」

「『不老不死』、か。そういえばあの人も、そんなことを言ってたな。今度こそ二人で生きるのだと。そのために、若い体を手に入れ、若いまま亡くなった母と過ごすのだと」



 ああ、やっぱり。

 ただ『生きたかった』んだ。

 辛い。

 ただただ辛い。


 まるで眠っているだけの、コウ殿下のお母さん。

 数時間後には起きても不思議ではない。

 けれど、なんとなくだが、起きない気がする。

 それはただの直感で、何の根拠もないもの。

 なんとなく、そう感じた。



「ならば、このままにしておくわけにはいかないか」



 そう。

 このまま寝かせておくことはできない。


 事情を知っている私たちだけならともかく、中心にいた人たち以外はなぜこの人がここにいるかを理解できないだろう。

 洗脳されていたから記憶も曖昧。

 その曖昧な記憶の後、死んだはずの人間がなぜか息をして寝ているのだから。

 それを説明できないわけではないが、混乱が生じるだろうと言うのは明らか。

 『生き還り』を望む人が、再度同じことをするかもしれない。

 巻き込まれた人が怒りや悲しみを抱え、集まり、国に対して暴動を起こすかもしれない。

 もちろんないかもしれないが、あるかもしれない。

 城の人たちだけの話にしておけるならいいが、人の口というのはどうやっても完全に蓋をすることはできない。

 それこそ、全員に洗脳しない限りは。



「スグサさんにも相談しましょうか」

「そうだな」

「すぐ行ってきます」



 三人寄れば文殊の知恵、ということで、三人目を頼ることにした。

 スグサさんはレルギオにいるはず。

 私は窓からレルギオに向かって飛んだ。

 コウ殿下、声を張らしていた。

 張らせなければと思うほど疲れているのだろう。

 少しの間でも休めればいいけど。






 ―――――……

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