第43話 嘘と本音
カミルさんは休むのが苦手な人なのかな。
それとも気負いすぎる人なのかな。
そういう気質もあって、クザ先生は私に「気にかけてあげて」って言ってきたのかな。
うん。気にします。
手首のことはしっかり休めてくれるだろうけど、それ以外のところも気にしよう。
「まあカミルのことはいいとしてだ」
一つの咳払いで、脱線しかけた話を元に戻す。
私の肩書は『医術師の見習い』。
設定は、国の片隅の名もない村で身寄りがないまま暮らしていた。
両親は医術師だったが他界し、小さな家と教え込まれた知識だけが残っていた。
そんな中、医術師の後任が欲しいと考えていたクザ先生が、私の話をどこからか聞いた。
そして私の後見人、つまりは弟子として面倒を見ることにした。
「その事情を聞いた殿下が、一旦は私を客人としてお城に住まわせて、時を見てクザ先生のもとで働くことになった……?」
「そういうことだ」
……はてさて。
この設定が通用するのかしないのかは判断がつかないが、おそらく発案者の殿下は得意気だ。
突然部屋が与えられたのも、図書室に通っていたのも、これから患者さんを診る予定だから勉強していた、とすれば説明はつく……と思う。
不安。
これでいいのか。
これで、これから人と関わっていけるのか。
自信満々で何かブツブツと呟いている殿下。
その隣で、奇麗な所作で紅茶を飲むロタエさん。
見ていたら、目が合った。
目が合った相手は、にこりと優しく微笑む。
「……ロタエさんの表情を信じます」
「ん? ちょっと待て。どういう意味だ」
「信頼していただきありがとうございます」
「……つまり俺のことは信頼されていないということになるな」
「私は何も言っておりませんが」
「暗に言っているだろう! 傷つくぞ!」
決して馬鹿にはしていないですよ。
信じられるものがあったから、信じようと思う。
ロタエさんの表情と、殿下の人柄を。
いつものといえばいつもの光景で、立ち位置としては上なはずの殿下が、部下である人たちにイジられて、ツッコミを入れる。
ここでは何気ない光景。
私はそれをいつも見ているだけなのが多かった。
私はこの世界の人間ではない。
私はこのお城の人間じゃない。
私はここでは、何もできない。
ないないずくしだった私が。
もらってばかりだった私が。
また与えられている。
けど、返せる。
「私、頑張ります。みなさんの怪我、みます」
「……おう。任せた。ま、わかんなければわかんないでいいからな。気負いすぎるなよ」
「はい」
その言葉が与えてくれる、安心感。
「よし。じゃあロタエ、手回し行くか」
「承知しました」
「手回し……? 何かやるんですか?」
響きとしてはいい表現ではないように思うが。
ソファーからゆらりと立ち上がった殿下は颯爽とマントを翻し、まるでこれから晴れ舞台に行くかのように凛とした佇まいで扉に向かう。
扉の前でくるっと回転。
仁王立ちで雄々しく宣言する。
「これから、研究員の奴らに見習いの件と学校の件。双方の話をつけてくる。頭の中では完璧だ」
「え……え? 今からですか?」
「今からだ。自論だが、決めた日に行動した方が勢いで行ける」
思い立ったが……なんて言葉があった気がするが、殿下はそれを座右の銘にしているのか。
遠足にでも行きそうなほどウキウキわくわくしている殿下はやはり小学生の様で、さらに不安度上昇。
私も行った方がいいんだろうか……。
「ヒスイさんはこちらでお待ちください」
「ロタエさん……」
心を読まれたのかと思うほど、的確な指示を頂いてしまった。
いつもの通りのポーカーフェイスで、やや不安度減少。
ロタエさんが殿下と一緒に説得に行ってくれるようだ。
紅茶を飲み切って、「ごちそうさまでした」と丁寧にティーカップとソーサをテーブルに置いて、やはり凛々しくマントが煽られ、扉に向かって、殿下と並んで。
扉を開ける前に、振り向いて。
「ここで、良い知らせをお待ちください」
「いつも通り過ごしてろよ」
二人の見惚れるほどにかっこいい笑顔を頂いてしまった。
「…………はい。待っています」
この後の言葉はない。
目を見て、扉と靴音を聞いて。
『
―――――……
灰色の世界。
向かい合う、全く同じの二つの顔。私様と弟子。
ただただ雑談をしていただけだが、弟子はなにも宿していない無表情。
当然と言えば当然だが、今は当然ではない。
どんなくだらない話題でも、感情というのは揺れ動くものだ。
怒りも喜びも悲しみも、たとえつまらないとしても眠いとしても、何かしらの感情が優位になるはずだ。
闇属性魔法 ≪嘘つきな鏡≫
魔法がかかった場合、感情を過剰に表出させられる魔法。感情を隠せない。つまり嘘がつけない。
今回は私様が弟子に向けて魔法をかけたが、何分同じ体だ。私様にもかかってしまった。私様の顔は相当自身に満ち溢れていることだろう。見えないけど。
そして、わかったこと。
弟子には感情がない。
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