第44話 役割を得た『ヒスイ』
いや、全くないというのは語弊があるな。
正しくは、感情の表出、表情がない、だな。
感情というのは人柄に直結する。人柄は人物を表す。
弟子を研究対象とした以上、弟子という人物を知る必要がある。
そのためには怒りや喜びなどの感情の割合から人物像を捉えようと思ったのだが……まさかそれ以前に表出自体がないとは。
弟子の表情は私様には読み取れない。
見えない。
体を共有する、同じ視点だからという理由だけではなかったな。
表情を過剰に表出するのにここまで最適な場はないと考えていたのだが、その必要もなかったか。
体は自室。
自室にはウーとロロしかいない。
ちびどもには護衛というか見張りをするよう伝えたから、必要があれば何かあるだろ。
「どうかしましたか?」
また話の途中で考え込んでしまったから、声をかけられた。
こういう時にする顔は……心配や好奇心などだろうか。
弟子はやはり無表情。
声色からは心配。
対面で胡坐と正座で膝を向かい合わせ、正座の弟子は上体を倒して覗き込むようにしてくる。
「いいや。なんでも」
奇色満面の笑みと言っておこう。
少なくとも喜びではない笑顔で答える。
控えめに「そうですか」と返した弟子は引いたようだ。
表情に出ない代わりに言動が素直だな。
「じゃあそろそろ、本題に入るか」
「いつものですか?」
「そう。いつもの」
一日の振り返りと今後の行動確認。それが『いつもの』。
今日は弟子に肩書きができて、今後は医術師と城の連中に関わっていくことになるだろう。
城の連中の中でも騎士や魔術師が多いだろうが、そこまでガキな対応する奴はいないと思いたい。
学校に行けば正しくガキだらけなのだから、課題の『人と関われ』の初段階としてはいい相手になるだろう。
「今日は……役割をもらえました」
ぽつぽつと、決して小さな声で話し始める。
無表情なのは最早今更だが、声に感情は篭っている。
だからこその違和感は大きいが、弟子は人間であろうとしている。
しかし体と魂が馴染んでいないことも一つの要因として、他にも弟子自身が無意識で感情を抑え込んでいるようにも思う。
この世界の人間ではない。
人を殺した。
殺戮人形。
『五番』
自我を得た時に人として扱われない状況から始まったのだから当然か。
当然か?
サンプルがないから断定はできない。
いずれにせよ。
弟子については念入りな観察、情動変化を見ていく必要がある。
「…………ということです。なので私が担当するのは訓練になりそうです」
「ん? あ、悪い。途中から聞いてなかった」
「……なんとなくそうかなって思ってました」
「やっぱり、あはは」と。
私様の周りでは怒る奴は結構いたが、笑う奴はあまり見ないかな。
予想が当たったからの笑いか、怒りを隠しての笑いか、とりあえず笑っとけか。
笑っておけばなんとかなるというのもあながち間違いではないがな。
無表情で笑うのは怖いな。
あはは。
「怪我をする人は一日に何人いるかいないからしいので、私は新規の患者さんではなく既存の患者さんに対応することになりそうです」
「既存の? なにをやるんだ」
「機能回復です。先の、戦いでの」
「……負傷兵か」
それはまた。辛い役割だろうなあ。
『先の戦い』。
つまりは弟子が自我を取り戻す前の戦いだ。
弟子も負傷兵も味方同士だったから遺恨はないだろうが、弟子としては戦争のことに関わることは嫌じゃないかなあ。
戦いの相手を殺しているわけだし。
…………そういや、その戦いとやらのことは知らないな。
「弟子は『先の戦い』について調べたか?」
「はい……少し」
「相手と、損害は?」
「損害は、敵は一万程度に対し、こちらは百人未満。民間人の負傷はなかったそうです。相手は……」
「相手は?」
「………………ばけもの、だったそうです」
ばけもの、とは比喩ではなさそうだ。
詳細は語りたがらなかったが、抽象的だったのでもう一言で表現させると。
「人間ではないものが人型をしていた、と」
そう本には書いてあったそうだ。本も随分抽象的だったな。
戦いの全容については負い目があってあまり調べられていないそうだから、さらに調べたら詳細があるかもしれないが……。
予想だが、詳細はないだろう。握り潰されていると考える。
「人間ではないものが人型をしていた」、なんて。
人と何かを掛け合わせたと言っているようなモノだ。
例えば、魔物と人。
例えば、人と人。
例えば、私様と、弟子。
―――――……
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