第42話 医術師の見習い

 殿下と会ってから、また数日後。

 今度は殿下と、お城の中で顔を合わせている。

 自室のソファーで優雅なティータイムという、なんとも優雅な時間。

 対面で紅茶を飲む姿も様になっている殿下は、突然訪れては「話そうぜ!」と小学生のノリでやってきた。

 外はいい天気。

 殿下がここにいるということは、今日は学校も休みなのだろう。

 仕事、というわけではないのだろうか。

 ……いや、私に関することは仕事のうちか。

 仕事だとしても、こうして紅茶を頂く時間は大事だよね。

 うん。カミルさんがくれた紅茶はやっぱり美味しい。

 温かい飲み物が好きだ。



「美味いな」

「そうですね」



 おいしいなあ。



「田舎のおじいさんとおばあさんですか」



 ロタエさんの厳しいお言葉がグサッとどこかに刺さった。

 湯気の立つ紅茶を飲んでいるはずなのに、冷ややかな目で紅茶が冷めそう。

 ……大丈夫、温かかった。気のせい気のせい。



「お話は済んだのですか?」

「い、いや……」



 実は殿下とロタエさんは一緒に来室していたので、お話が済んでいないことは知っていると思うのだが。

 涼しいというよりも寒気を感じる視線から逃げるように紅茶を一気飲みし、殿下はもっともらしい顔で口を開く。



「カミルの手首の件は聞いた。骨は大丈夫だったのだな」

「はい。折れてませんでした」

「よかった。それで聞いた話だが、ヒスイにはそういう、医療的な知識があるということで間違いないか」

「はい。少しですが、思い出してきた中には」

「そうか。それは、今後も増えそうか?」

「……わかりませんが、もしかしたら」



 質問に答えて、殿下は黙ってしまった。

 口元に手を当てて考え込んでいる。

 ロタエさんも特に何を言うでも、急かすような仕草をするでもなく、静かに殿下を見つめている。



「…………もし」



 もし。



「カミルと同じように怪我をした奴が来れば、診れるか?」



 診れるか。

 診れる、だろうか。

 私の知識がどれくらいあって、この世界にも通用するのか、わからない。

 が、それは殿下も知った上での提案なのだと思う。

 今回はたまたま、この世界の人と向こうの世界の人の『骨格』が一緒だったから、何とかなったのかもしれない。

 でも。

 だとしても。



「個人的には」

「ん」

「やりたいです」



 やりたい。本心だ。

 「ありがとう」と言われたことは、やはり大きい。

 この世界にいること、私にもできることがあること、力になれたということ。

 この世界で生きていくということを承知の上で強いられている身としては、何か自分に『役割』が欲しかった。

 私で役に立てるのなら、なるべく応えたい。



「でも、どうやってですか?」

「それはもちろん、これで」



 懐から取り出されたのは、あの眼鏡。

 ≪透視≫の魔法だ。

 犯罪と言われていたが……。



「ヒスイに頼みたいのは、あくまで『意見』だ。公には『医術師見習い』として説明する。眼鏡を使用して状態を診て、推奨する処置をこっそり伝達してもらいたい」

「私は、構いませんが、医術師さんや診せに来る人……患者さんは、いいのでしょうか」



 私なら、突然現れた人物に怪我を診てもらって、診断を付けられても信用できるのだろうか。

 医術師さんの立場だったとしても、ぽっと出の私が『意見』を出しても、素直に聞き入れられるだろうか。



「患者はまあ、人によるだろう。そこは甘くないな。だが医術師については問題ない」

「なぜですか?」

「この城の医術師は一人に専任されている。さて、誰でしょう」

「……っ」



 その聞き方は、知っている。



「え、クザ先生ですか?」

「そうだ。ああでも、カミルの包帯が雑だったのはクザ先生じゃないぞ」



 クザ先生が雑に包帯を巻く人には思えない。

 でも医術師に診せて巻いてもらったところまでは事実らしい。

 つまりは、雨の中の作業を終えて後片付け兼帰宅中に騎士の一人が転倒。

 その際にカミルさんが手首を捻挫。すぐに医術師に診せて包帯処置。

 問題はその後。

 カミルさんはそのまま帰宅せず、仕事に戻ったのだという。

 雨の中、怪我をした手首も使いながら片付けに参加して頑なに帰らないカミルさんと、休ませたい騎士団の人たちとで押し問答となり、そのうち騎士の一人が魔法師団長のアオイさんを呼んできて、どうにか説得した、と。

 騎士の人曰く、怪我したのにやってもらっては医術師の先生に怒られる。

 アオイさん曰く、あいつは人に任せて休むことができないタイプ。

 だから負担の少ない仕事を与えたほうが説得するより早い。

 そして仕事に戻ったカミルさん曰く。



「「痛くなかったから」だと」

「捻挫自体が軽かったのと、包帯で固定されたからですかね……」



 それでも使えば悪化することもある。

 クザ先生が心配しているのはこういうところもあるのかもしれない。

 でも、これでわかったことがある。

 アオイさんがびしょ濡れで部屋に来たのは、カミルさんを説得していたから。

 講師が直前に変わったのは、アオイさんがカミルさんに『負担の少ない仕事』を与えたから。

 クザ先生があんなにも感謝してくれたのは、きっと、カミルさんの家族であり、主治医でもある。二つの立場から、カミルさんのことを心配していたのだろう。

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