第41話 事無きを得る
目を開ければそこには、先生に怒られている男の子二人がいました。
「戻ったか?」
「はい」
隣から声をかけてくれた殿下にぺこりと会釈して、前を見やる。
青と白の頭が垂れ下がっている。
二人の目の前にぼさぼさの頭から指導と言う名の叱責。
その三人から距離を開けて様子を伺う何人か。
先生の指導は終わりどころが見えない。
さてどうしようかと問うよりも早く、隣の人が立ち上がった。
「行こうか」
「いいんですか? 弟殿下とは……」
「あの様子じゃあしばらくは無理だろう。時間も時間だ。最後の締めは模擬戦と思っていたんだがな」
爽やかだけどどこか悪戯っ子のような雰囲気の笑みは、私に「安心したか?」と問うているようだった。
ええ。
安心しましたとも。
ええ。
座席から立ち上がり、訓練室①を後にする。
訓練室②は素通りし、自習室に戻ってきた。
机に広げた問題集や教科書をまとめる。
殿下はカミルさんに来てもらうため、職員室に連絡しに行った。
窓から見える景色はオレンジ色で、日が落ちるのが早くなってきたのだと実感する。
片づけをして、お迎えを待って、お城に変えれば夕飯時には着いているはずだ。
―――――……
「じゃあまたな」
「はい。ありがとうございました」
「失礼します」
校門前で殿下とはお別れ。
殿下は寮に向かうため、お城とは方向が逆だ。
感謝の意を込めてお辞儀し、カミルさんと帰路に就く。
夕焼けの空には、ふわふわと宙を漂い、金色の鱗粉を撒く白い蝶らしきもの。
青空で見たときもキレイだったけど、夕日でもキレイだなー。
行きと同じように前を歩くカミルさんは、距離が空きすぎないように歩幅に気を付けて歩いてくれているよう。
つかず離れず、程よい距離感で。
無言でいることに違和感や苦痛はないが、せっかくなので話をしてみよう。
「カミルさん」
「なんだ?」
「今日、クザ先生と会いました」
ピクリ、とカミルさんの肩が震える。
表情は変わらないがそれは気付けた。
「そうか」
「年上に失礼かもしれないですけど、とても可愛らしい方ですね」
「……そうだな」
素直だ。
これを機に色々聞いてみた。
クザさんとのこと。
出会いについて。
お子さんについて。
嫌そうな顔をせず、いや、もしかしたら嫌だったかもしれないが、答えてくれた。
愛妻家で家族愛に溢れている話だった。
そんな幸せなお話が途切れたのは、あっという間にお城についたから。
「あ」
お城についてすぐ、カミルさんが声を上げる。
声から察する、「そういえば」と。
「殿下から、眼鏡の件の了承を得た」
「あ」
続けて私が声を上げる番だった。
そういえば。忘れていた。
「ありがとうございます」
「今から行くか?」
「……行きたいです」
ということで、部屋に戻る前に寄り道が決定。
以前は緊急事態の騒動に乗じて移動していたが、今日はそんな事態ではないので。
外からこっそり保管室に向かう。
丁度、夕飯時ということだったから人気は少なく、移動しやすかった。
保管庫に入り、眼鏡を探す。
――― 向こう。
「こっちですか」
――― そう。んで上。
「上……あ、あった」
うん。見せてくれた眼鏡と同じだ。
試しにかけてみた。
眼鏡越しに自分の手を見る。
自分の知識が反映されると言っていた……『骨を見る』とかの指定でもいいのだろうか。
「あっ」
殆ど度の入っていないガラスに映る手が、透ける。
手根骨、中手骨、基節骨、中節骨、末節骨。
不思議。骨の名前がわかる。
手の骨以外は透けて、まるで骸骨だ。
でもこれで≪透視≫の魔法が使えることは確かだ。
「カミルさん、手を貸してください」
「ああ」
左手の包帯を外す。
自分にした時と同じように、『骨を見る』。
カミルさんの皮膚や筋肉が消えて、血管も神経も消えて、骨が浮き上がる。
「…………うん。折れてないです」
「そうか」
「てことは捻挫とかだと思うのですが、完治までは大体三十日前後を見てください」
「……長いな」
「少しぐらいの痛みだからって、あんまり使っちゃだめですよ。癖になりやすいですから。自分で弱点を作るようなものですよ」
「…………わかった」
捻挫は本当に癖になりやすいから……。
カミルさんは忠告を無視することはないだろうから、無理して動くことはないだろう。
……「弱点を作る」なんて、意地の悪いことを言ってしまった。
「ありがとうな」
「……え」
「? 俺のために言ってくれているんだろう?」
クザ先生の言葉を、思い出す。
「ありがとう」と言ったクザ先生の顔は、どんなだったか。
「……いえ。お大事にしてください」
包帯を直す。眼鏡を元に戻して、保管庫を後にした。
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