第38話 『間抜け』
すっごくストレートに馬鹿にされた。
そんなに阿呆なこと言ってしまったかと、発言を振り返る。
だがその思考はすぐに、微かに巻き起こる風で途切れてしまった。
「俺の前でそのような言葉を使うとは、いい度胸だ」
隣に立つ、コウ殿下。
怒っている。
その顔は普段の笑みや爽やかな様子は全くないと言っていいほど、魔力とともに湧き出る感情に染まっている。
微かに起こる風は魔法かと思ったが、体感で魔力だと判断。
以前読んだ本の中に『感情と魔力を同一のものとして扱うことは未熟者の証』と書いてあったが、それは一概には言えないのではないかと思う。
魔力を身の内から放出するにしても、それがどれぐらいの勢いなのか、魔法に変換されているのか、特に乱れの程度にもよるのではないか。
なので私なりに言い換えるのならば『感情と魔力を同一して扱った場合、未熟と成熟の分別がつく』となる。
そして今回。殿下の場合。
巻き起こっている魔力の風は、無意識ならば吹き荒れる。
しかし今の風は、均一。何なら隣にいる私が恐れを感じないほどに整っている。
つまり、コントロールしている。
静かに怒っているのだ。
怒っていながらも、周囲を認識しているのかいないのか、影響が出ないように留めている。
「っ!」
青髪さんが息を飲む様子が離れた場所からでもわかる。
だが反対側からこちらの様子を見ている弟殿下は、一緒にいる子の前に立ちつつも平然としている。
焦りや戸惑いの様子は見えない。
慣れているのか、わかっているのか。
そして、青髪さんの力量がどれくらいの物かはわからない。
殿下の力量も、一般的に見て強いほうなのか弱いほうなのか、私は知らない。
それでも圧倒する雰囲気を纏う殿下は、周囲を黙らせる。
「言ったはずだ。俺の『客人』だと。それでもその言葉を口にしたということは、それ相応の覚悟があるということか」
「……失礼いたしました。『ウ』の名を頂戴するものとしてあるまじき発言をしたこと、ここに謝罪いたします。申し訳ございません」
「二度はない。ゆめゆめ忘れるな」
小さく「はい」と口を動かしたのを確認し、殿下は魔力を収め、元のように座った。つられて私も座席に座る。
「……殿下」
「すまん、ヒスイ。今のは流してはいけない内容だった。……いや、事前に対応するべき内容だ」
聞き取るのもやっとなほどに小さい声なのは、さっきまでの雰囲気が理由ではなく、姿勢の問題。
前かがみになって、両肘を両足に乗せ、うなだれる。
こんな姿もするんだなと、新たな一面を発見。
「聞いてもいいですか」
「『間抜け』についてか」
「はい」
気にしているわけではないが、気にはなるというのが本音。
私の少ない知識の中では人を罵るときに使う言葉だ。
言い換えれば『愚か者』とかそんな感じの。
今のがそういう意味だったとして、なぜあの話の中でその言葉が出てきたのか。
「『
間の名前がない。
だから『間抜け』か。納得。
由来は違くとも同じ音で同じ蔑称になるとは。
すごいなあと感心してしまった。
青髪さんは貴族としての誇りのようなものがあるのだろう。
ただ、それだけではない。
誇りだけなら王族に対する姿勢はまだ違う気がする。
誇り、矜持、優越感、自尊。
加えて、敵対心……いや、反感。
少なくとも殿下に対し、そしておそらくは弟殿下にも。
魔力に威圧されたのか、青髪さんは座席からは見えにくい死角に入ってしまったようだ。
「理解しました。『間抜け』どころか家名すらないのに殿下の『客人』と扱われていて、気に食わなかったと」
「そういうことだろう。その言葉は国としては禁止されている。しかし一部で使われているのは把握していた。そしてウ・ドロー家は貴族以外を見下していることは周知の事実だ。まさか、俺やシオンの前で使うほどとは思わなかった」
「シオン?」
「ああ、弟の名前だ」
弟殿下の話題となって、ようやく頭を上げた。
一緒に学校散策をしていた時よりも少々疲れが見える。
そんなことでもこの人は真面目でいい人なんだなあと再度実感。
殿下は体を起こし、弟殿下の方を向いて「白い髪の奴」と一言。
こちらに気付いていない弟殿下は、背中を向けている。
「弟殿下は何科を選ぶんですか?」
「決めているらしいが……それはいずれな」
勿体ぶられた。
まあでも、弟殿下の話題で少し気が晴れたようだ。
怒りの表情も疲れた表情も見えにくくなっている。
よかった。
「お待たせー!」
元気で明るい、重くなった空気を弾くような高めの声が訓練室に響き渡った。
教師……また見知らぬ男性教師を連れた、薄紫色の髪の少女、ライラだ。
決闘が始まろうとしている。
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