第一章

第一話 苦難


 兵が走る。 その数は100程。 切ったのは何の変哲もない村々の民だ。 城の城壁内にある住居ではなく。 城から少し離れたところに隣接する場所で、囲いも薄い。 


 その虐殺は王都アングリア領域内で起こっていた。



 当然、逃げ惑うしかできない中、殺されれば、歯向かうものもいた。


 だが、武器も何もかもが違う。 敵う訳はなかった。




 兵士たちはある程度やると、満足そうに帰っていった。 






 業火に包まれていた。  必死に叫ぶ少女自身の声。

 私は誰かを探している?


 彼女は誰かを探していた。 


 その目の前にまた一人、少女が現れた。 


「…… ど、な、の?  ……アー…… 、……こ? ど……の?」


 遠くに見える女の子は必至で何かを叫んでいた。  火に包まれた部屋の中で。


 涙を流し、額から血を流し、 燃える熱さを我慢して、必死に誰かを探している。



 燃える火は彼女を包んでいる。 早く引っ張りあげてあげないと手遅れになる。



 だけど体が動かない。 


 彼女は熱い、痛いと苦しみもがいている。 これだけ部屋全体が燃えているのだ。人が吸える酸素などすぐになくなってしまう。


 炎の光で赤くなびく彼女の長い髪、 


「アーネ……!、 どこぉぉぉぉぉ!」



 そうだ彼女は私を探しているんだ。 早く行かないと


 でも彼女は見ている事しかできなかった。 なぜか、動かしても、体はピクリとも動かないのだ。 だから彼女は必死に彼女の名前を呼んだ。 


 燃え盛る自身を顧みず、親友を助けようとする燃える彼女の名前を



「ターニャちゃん! ターニャちゃん、ここよ。 私はここ。 早くこっちに来て

 そんなところにいたら、ターニャちゃんが死んじゃうよ ターニャちゃん!」 

 

 ターニャは息朦朧としていた。 だけど探すことをあきらめない。 そして彼女の上に、とても大きな柱が彼女を押しつぶした。 



「イヤァァァァァアァァッァァァアッァァァアァ」



 彼女の手だけが見えた。 その手はまだ私を探しているような、 助けを求めているような。 


 アーネはただ苦しんだ。 一番大切な……



「……ネ、 ア……、 アー……、 アーネ!」




 誰かが呼んでいる。  そこで目が覚めた。 






 彼女が目を覚ました先は自身の部屋のベッドだった。 


「アーネ、またうなされていたぞ。 大丈夫か!? こんなに汗もかいて」



「お父さん……?」


 急に部屋に父がいるのだ。 頭はまだ起きていない。


「大丈夫よ。 ちょっと悪い夢を見てしまっただけ」



「そうか……。 ならいいんだか」


 彼は心配そうな表情を浮かべる。



「それより、今日はお祈りはいいのか? 」



「へっ!? うそ!? もうそんな時間!!?」


 彼女は飛び起きた。


「急いでしたくしないと」



 途中扉の角で小指の先をぶつける。 



「まったく……」


 アーネの父はそんな娘を見守った。




 アーネは教会で祈りを捧げていた。 


 ずっと目を瞑ったまま、膝をつき、金に輝く十字架に前で動かない。 


 

 脳裏に現れるのは、あの夢で見た女性。 血を流しながら必死に誰かを探している。 きっと私……

 

 彼女はアーネを見つめると、近寄ってくる。 


「どうして、出てきてくれなかったの? どこにいたの? どうして助けてくれなかったの? どうして…… どうして…… どうしてあなただけ生き延びているの。どうして? ねぇ、どうして? 私のお父さんと、お母さんを返して。 」


 祈りを捧げていると毎日聞こえてくる声。 アーネはそれにごめんなさい

と、毎日謝っていた。  外見だけを見ればそれは立派な祈りでも、やっていることは懺悔に近い。 


 その後は国民や、民の平和を神に祈る。



 教会は木々の生い茂っている、林の中にぽつんとある。 

 

 すべてが木で組まれた教会。 


 外見からは古そうに見える佇まいは王国にあるような立派な大聖堂とは違う。

 だが、入れば、中は整理され、ステンドグラスから入る日の光に照らされたイルミネーションはとても美しい場所である。 



 そんな輝きを浴びながら、アーネはいつもお祈りを捧げた。



 急に協会の扉が開く。 ものすごい勢いの男たちが入って来た。



「大変だ。 街が……、隣町の区画が襲われた」


「始まったんだ、虐殺が」


「俺たちはどうしたらいいんだ」 



 皆彼女を頼って来た者達だった。 



「あいつらここのサーシャ様まで手にかけただけでは飽き足らず」


「なぁ、アイネ様だって我慢してるんだろ? もう十分だ。 こんなののどこに神が思召すっていうんだ」



「やめないかぁ! 」


「レヴィオ……」



 一人の男が声を荒げた。 彼はとてもやさしい口調で続けた。


「ジーン。 それ以上は言うな。 一番つらく苦しんでらっしゃることだ。 サーシャ様の事は我々だって辛いし今でも怒っている。 だけど一番辛いのは彼女だ。 彼女の姉なんだぞ!  俺たち同様、いや、それ以上に苦しみに耐えてらっしゃる」


 レヴィオは続けた。

 

「だけど奴らは言っていた通り、戦争を仕掛けてきた。  我々を滅ぼす気です。 今度ばかりは黙っているだけでは、皆死んでしまいます」






 その頃ほかの街でも赤き旗を上げた彼らが民を虐殺していた。 


「おい、あまり殺すな。 今回は奴隷の収集だ。 見せしめとは言っても

奴隷にできるやつを殺すな。 全部つないで連れてこい」


 一人の男は命令する。 こうして逃げ延びた者以外はつかまり、遭遇した兵によっては殺された者も沢山いた。


「ザイ隊長。 いいんですか? そんなに出会ったやつ、いじめて殺してしまって? 見つかったら叱られるどころでは」



「あぁぁ? いいんだよ。 こんな奴ら。殺したって価値はねぇ。 所詮はアンリアの糞の集まりだろう」



「ですが、指揮官殿は生け捕りにと」


 ザイは女と遊びながら、兵隊と話す。 そして逃げようと近くを通った男を切り殺すと、遊びを続けた。 そうして意識を無くした女は殺された。 



「なんだ? うるせぇな こんな蛆虫はそこら中にいるだろうが。 てめぇこそ、こそこそと告げ口したらどうなるかわかってんだろうな?」



 兵士はゴクリと唾を呑んだ。その目に恐怖したのだ。 



 ザイはまた逃げる少女を見つけると、遊ぶために捕らえに行った。 




「ったくなんなんだよ。 あいつ。本当に野蛮な奴だ」

「まったくだ。 まぁ、こいつらアングリアの生き残りなんだから、手厚くする必要も全くないがな。 こそこそと寄生してやがるんだからな」



 ザイが行った後、兵の二人が語り合っていた。 


「そこ! 何をサボっている! 早く捕まえろ 」


「げっ、シュブン様だ」



「目を付けられたら最悪だ」


 シュブンが馬に乗てゆっくりと近づいてくる。


「お前たち、何をしていた」



「いえ、あのぉ…… ザイ隊長が……」


 シュブンはザイを見ていた。 男を殺し、女性を楽しそうに殺すザイを。


「あいつか。 あいつは仕方がない。 あぁ言う人間だ。 ほっておけ」



「いいんですか? 命令を無視しているんですよ」



「あいつはあいつで、自分で始末をつけるだろう。 お前たちもあれに構って、訳わからぬ疑いを被りたくなかったら、さっさと自分の仕事をしろ」



「……は、はい、」



 兵達はせっせと逃げる民を捕まえていった。





「どうするんですか? また街が襲われたぞ。 ロビンソンの所もだ」


「奴らが戦線布告してきてから、どれだけの者が……」


 彼らは地下室に集まっていた。 30人ほどでぎゅうぎゅうになる部屋の中、机を囲んで談義する。



「もうだめだ! 戦いましょう。 このままではやられたい放題殺されてしまう」



 取りまとめる男は腕を組み黙っていた。


「バカ言え! 戦うったって こっちには武器もないんだぞ。 殺されるだけだ」


「いっそのこと逃げましょうよ」


 彼らの議論は白熱していた。 


 一人の男が机をたたく。 


「い加減にしろ! てめぇら! 話を聞け!」


 辺りは一瞬にして静かになった。 



 腕を組み黙っていたおじさんはそのまま皆に語り掛けた。 逃げたい者、戦いを望むもの、他に意見がある者。 多数決を取り、戦う事ととなった。 


「うむ。 では、皆覚悟はいいな。 皆を守るため我々は、奴らと戦う」


「し、しかし、武器はどうするんです。 奴らは兵隊ですよ」



「か、数だって違う……」


「てめぇら、びびってんじゃねぇよ」


「ク、クルーバルさん。 ……でも」


 先ほど机を叩いて黙らせた男。


「俺たちは少なくともアングリアの兵士だろうが!  あの悲劇のような悪夢からなんとか助かった少数だ。 その俺らが、敵兵ごときにビビッてアングリアの民を差し出すのか!? あぁん!?」



 どすのきいた声に皆が黙る。 


「ん―――。 武器についてだが、少なからず、 ここにいる者たちの武器なら、なんとか用意がある」



「な、なんですって!!」


「いったいいつの間に」


「はっはっは。 別にわしもただ、のんきに隠居していた訳ではないよ。

 クルーバル。 頼む」


「はっ。 お任せください」


「では明日、戦いの準備をする。 皆の者は、このことをすべての者になるべく伝えてくれ。 そして、私の家の前に、夕刻時皆は集合してくれ」




「かしこまりました」



 皆はこぶしを包み、彼の言葉に従った。 


「た、大変だ!! アソン区が襲われている。 奴らがヴィクトリア修道院が危ない」


 クルーバルが焦りを見せる。


「ヴィクトリア修道院だと…… あそこはアイネ様がいらっしゃるところだぞ!! 」



「皆急ぎ出るぞ!! 持てる者は、鍬や斧を持て!!」


 そう叫ぶおじさん筆頭に、欠相を書いて皆と飛び出た。

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