第26話 彼女!? ……花火のことだろ?
***
家の前まで来た俺はインターホンを押す。
海斗さんに予想外の大変なノルマを課せられてしまった以上、本来はもう開放されていたはずの瀬渡は少々の間は俺の家で匿うしかなかろう……。
数秒経った後、インターホンから瀬渡の声が。
『……あ、憩野? 今行く……』
「おう……」
なんか元気なさそうだったぞ瀬渡。何があったんだ?
すぐに内側から鍵の開く音がし、瀬渡が出てきた。なぜか顔を引き攣らせている。
「い、憩野、遅かったな……。彼女来てるわよ……」
「彼女!? ……花火のことだろ?」
「そうそう……花火ちゃん」
「あいつが自分でそう言ったのか?」
「……そうよ」
途切れ途切れの言葉ばかり話して明らかに様子のおかしい瀬渡。まるで何かを恐れているようだ。「彼女」についてはどうせ花火がふざけただけだだろが、花火よ、なぜわざわざそんな嘘を……。
「それで、お前さっきからどうしたんだよ……?」
「リビングに上がれば分かるわ……」
俺は何も分からないまま、初めて見る戦慄した表情の瀬渡について行く。俺の自宅ゾーンの扉を開けるとすぐ右に階段があり、そこを登れば家のリビングだ。
そしてリビングに出た俺の目に入って来たのは、テーブルいっぱいに広がっている美味そうな料理を無言で食べまくっている花火の姿だった。
学校帰りにそのまま来てくれようで、いつもの制服姿。花火は食べることに集中しているのか、こちらを見もしない。
なんだ、瀬渡の動揺の理由はこんなことか。でも確かに初めて見たらビックリするよな……。俺も昨日めっちゃ驚いたし。
……あれ、でもこの料理、どこからやって来たんだ?
俺は隣で棒立ちしている瀬渡に問いかける。
「全部、お前が作ったのか?」
「……ん? ええ、そうよ」
「すごいな、お前」
すると急に瀬渡は不敵に笑い、俺に指を指してきた。
「あ〜れー? ウチを女子力ゼロって言ったのはどこの誰だっけぇ〜?」
「そういうことか……」
あの部屋で瀬渡が言った「二度とそんなこと言えない身体にしてあげるから」というのは、俺に手作りの料理を振る舞ってくれるということでいいのだろう。
もしかして毒が入ってるとかじゃないよね? ね? って言うか、「料理が上手い=女子力がある」ってことになるのだろうか。
「で、そのためだけにこんなに作ったのか?」
「いやいや、一番はお礼よ!」
そう言ってグッとサムズアップしてきた。その瀬渡の男らしさと言ったらもう!
普通はこういう時、ちょっと照れながら言ってラブコメ的な展開が……まぁ、どうでもいいか。逆に「あんたのために作ったんじゃないんだからね!」とか言うツンデレ的な瀬渡はあまり見たいと思わん。
そして俺は、一つずっと気になっていたことを聞く。
「お礼は嬉しいがお前……、料理の食材ってどうしたんだ?」
俺の家にこんなにたくさん、食材は無かったはずなのだ。
すると、瀬渡は目を逸らして答えずらそうに言った。
「帰りにスーパー寄った……」
「――すぐ帰れっていただろっー!」
軽く瀬渡の頭を叩く。すると、ひょいとその手をどかされ憂鬱な表情を向けられた。
「はいはい、悪かったわね」
「それとだな、瀬渡……」
警察署の前で「なんとかする」なんて言ってしまった手前、とても言いづらいがこれは言わなくてはならないだろう。
「ちょっと話が複雑になっちまってだな、少しの間、ここに住んでもらってもいいか?」
「え、まだ家帰っちゃだめってこと?」
大して驚きはしなかったものの、瀬渡は怪訝な表情を浮かべる。瀬渡が今家に帰ると、まず機村さん側の人間に襲われるだろう。
「……まぁ、死にたくなきゃそうしてくれ」
「分かったわ。こっちは助けてもらった側だし文句は無いわよ」
瀬渡はふむと腕を組むとそう言った。
本当はもっと簡単に海斗さんとの交渉を済ませるつもりだったんだがな。まさか曇神組が今あんな状態だったとは。とにかくさっさと片付けたいものである。
「それにしてもお前、料理上手かったんだな」
「それは食べてから言ってほしいわね……まぁ、あんたの彼女に大体食われちゃってるけど……」
瀬渡は呆れた様子で俺に背を向けてキッチンへ向かおうとした。
俺はその背中に一言添えておく。
「あいつは彼女じゃないぞ。依頼人だぞ」
すると瀬渡は、背を向けたまま「ほーい」と言ってキッチンへ向かった。本当に信じてもらえただろうか。
まぁ、瀬渡は花火に対して大食いということ以外は興味無さそうだしいいか。
そして俺は、まだかろうじて料理が残るテーブルへ向かって花火の正面に座った。
ここのテーブルは四人くらいの家族用の大きさの長方形の木製テーブルだ。だから椅子も四つある。
そしてもちろんのこと、俺以外の人間がこの椅子に座るのも、俺以外の人間が使用するのもこれが初めてなのだ。
なんかいつも使っているテーブルなのに別物みたいだ。
それは花火が座っているからか、それとも大量の食べ終わった食器が置かれているからか……、おそらく両方だろう。
そして俺はまず、花火に謝らなくてはならない。
「ごめんな花火。学校が終わって急いで来てくれたんだよな? 呼んだ俺が遅れて申し訳ない」
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